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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第七章 ナナメをススメ
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第九十九節 ヴァイオレットの物語 後編

 透き通るような青空。氷界城の広いホールに、あらゆる者たちが押し詰められていた。

 皆、口を閉ざして僕たちを見ている。


 あの最後の戦いから、しばらく。


 残した課題を片付けるべく、毎日鍛錬をつんでいた。あるときは闇雲に剣を振るい、あるときは妻たちにボコられ。結局、僕は弱くなった。いままで、いかに眼の力に頼ってきたのかがよくわかる。

 いまの僕に使えるのは絶対眼(スプリーム・イメージ)だけだ。しかも自分で決めたタイミングじゃないときに発動することがある。うまく発動しないときもある。

 正直、頼りにならない力だろう。


 それだけなら、まだいい。恐ろしいのは絶対眼(スプリーム・イメージ)が力を増してきているということ。この間は、ゴミを見つめながらどこかに消えないかなと思考しただけで本当に消えてしまった。

 万が一、僕が他人に対してそのような感情を向けてしまった場合。その人は消滅してしまうかもしれない。早急に対策しなくてはいけないな。


 平行して、世界転移について研究している。あいにく紅我さんが見つからないから、こっちでやるしかない。ただ、空さんとリートさんはすぐに見つかった。ここにも来てくれている。


 リリーさんは、あのあと氷界城で休ませていたら、ある日突然姿を消した。

 それ以外の顔見知りである人物は、ほぼ全員列席してくれている。ローナさんは行方不明のままだったけど。


「本日はご列席いただき、まことに感謝申し上げます」


 今日は結婚式だ。僕と、メアリーさんの。時間はかかってしまったが、ついに、待ちに待った日だ。

 と言っても、僕は結婚式になにをやるかなんて知らない。すでに三人も妻を(めと)っているのに知らない。だから適当だ。メアリーさんはこっちの世界の人間だし、神世界でポピュラーな結婚式にしようかとも思ったけど、あれは雷神教式らしい。僕もメアリーさんも雷神教徒ではないから、適当だ。

 と言っても、今日は大事な日。やるべきことはきちんとやり、ちゃんとメアリーさんを迎え入れるための日だ。

 進行が適当なだけで、態度は真剣そのもの。


「ここに居るほぼ全員が、僕が異世界人であることは知っていると思います」


 妖怪たちも欠けることなく、全員居る。魔王軍の兵も、偽アレクトがやったの以外は死傷者が居なかったそうだ。だから最近、世間であの戦争はこう呼ばれている。


 奇跡の無関心戦争。


 まず、死傷者が居ない戦争なんて本当ならばありえない。だが妖怪たちの装備に殺傷できるようなものは支給しなかったし、妖怪たちも人間を殺すのには慣れていない。その結果が奇跡を生み出した。

 そして、魔王軍はどうやら他国への影響力が少なく、同盟国もなかったらしい。だから、魔王軍と僕たち以外は参加してない。比較的、世間からの関心がなかったみたいだから、無関心戦争。


 なんとも不名誉だ。こっちは命がけだったのに。


「いつまでこっちの世界に残るかも、定かではありませんが……またみなさんにご迷惑をおかけすることもあるかと思います、そのときはどうぞよろしくお願いします」


 ウェディングドレスをまとったメアリーさんはなんとも美しい。この世界ではたとえ結婚式であろうとも、一般人が着ることはないみたいだけど。んなの関係ない、女の子の晴れ舞台は着飾ってなんぼだ。

 手に入れるのは大変苦労したけどね、その分似合ってるからよしとする。


 神世界のウェディングドレスは、露出が少ない。肌はほとんど見えていない。その代わり、なんといってもお上品だ。白と青を基調として、金の装飾がなされている。見ようによっては、お姫さまに見える。まぁ、彼女は氷界城の城主だから、女王さまなのかもしれないけど。


「本日、私長内王雅とメアリーさんが結婚することになりました……あー……えっと」


 あれ、言葉につまった。なんだっけ、メモはどこだ。


 いや、もういいか。ここに居る連中はそういうの気にしそうにない。


「ひとまずはめでたい日を祝いまして、乾杯!」


 口笛、歓声、乾杯、おたけびが入り乱れつつ、全員がグラスを手に取った。さて、本来なら絶対にやらないんだろうけど、僕はやる。どうせ今日中にほとんどの人が帰るだろうし、いまのうちだ。


「メアリーさん、似合ってますよ」

「うん、オーガは私が幸せにする」


 逆だよ。


「ちょっとみなさんとお話してきますね」


 僕は絶対眼(スプリーム・イメージ)で作り出したタキシードのしわを取り、立ち上がる。


「菫さん、いつもみたいに和服でよかったんですよ?」


 菫さんも絶対眼(スプリーム・イメージ)製のドレスをまとっている。お上品だけど、幼女が背伸びしているようにしか見えなく、それでもなんだか似合っていた。

 白と菫色のドレス、菫さんの髪色をイメージしたものだ。


「妾だってこういう服は着てみたかったのじゃ。王雅だってあんまり似合ってないのじゃ」


 えっ。そりゃないよ、うそでしょ?


「冗談じゃよ、妾たちの夫はかっこいいのじゃ」


 よかった。


「アリスさんは、なんか似合ってますね」

「そう? 照れちゃうな」

「アリスさんが照れるなんて珍しいですね」


 あ、悪い顔してる。なにか言うぞ。


「ボクだって乙女だからね、好きな人に褒められたら照れるさ」


 あれ……なにも言わなかった。あ、そうか、僕が気づいたからそれを読まれたんだ。うん、アリスさんはいつも通りだな……だと言うのに、その隣に居るこいつは。


「お初にお目にかかります、長内王雅です。ご列席いただきありがとうございます」

「え、私だよ!? 忘れちゃったのっ!?」


 七愛は、なんともキリッとした顔をしていた。別人と見間違うくらいキリッとしていた。私こういう場に慣れている貴族ですからと言わんばかりの顔をしていた。正直、一割くらい七愛じゃないのでは? と疑った。


「冗談です、七愛のドレスも似合ってますよ」


 七愛はドレスを自分で買ってきた。七愛がより一層かわいくなる、七愛らしいドレスをイメージしていたのに。まあいい、こっちも似合ってるし。


「うん、ありがと! これから楽しみだね~」


 これから、そうだな。きっと楽しくなるな。七愛はムードメーカーだし、居るだけで幸せな心地にしてくれる。メアリーさんは、これからなにをしたいんだろう。それもまた楽しみだ。菫さんは腕っ節を磨きたいらしいから、しばらく僕とともに鍛錬するだろう。アリスさんは世界転移について研究してくれている。あまり苦ではないらしい。


 次は、彼だ。


「オーレンティウスさん、本日はご列席いただきありがとうございます」

「おう」


 めっちゃにらまれてる。


「オウガ、俺ぁさ、騎士やめようか迷ってんだよな……どう思う?」

「え?」

「冗談だよ。おめでとう、おら乾杯」


 僕の持っているグラスに、オーレンティウスさんは優しくグラスを当てた。心地よい音が鳴って、オーレンティウスさんはもう僕をにらんでいなかった。


「あとで一人くらい、紹介してくれよ」

「いいですよ」


 誰がいいだろう。うーん……ミッドさん? いや、ベンさんここに居るしな。親の前で親と似たような年齢の男に口説かれてるのみたら、キレるかもしれない。

 あー、じゃあ、世界一の踊り子さんなんてどうだろうか。


 なんて考えながら、次の席に行く。


「大和さん、こんにちは」

「ご結婚おめでとうございます」

「そんなかしこまらなくていいですって」


 大和さん、ちょっと見ない間にまた、たくましくなってる。さすがにもう負けないだろうけど……でもなんだかこう、男らしくなったな。


「オウガさんおめでとっぱい! そして乾杯!」


 マーシャスさん、うまい。彼女はあいかわらずロリでぺったんこだ。


 次は。


「エノさん、テュプルさん、ご列席いただきありがとうございます」

「次は私たちの結婚式に来るのよ?」

「オウガお兄ちゃん似合ってる!」


 彼女たちは、それ以上語らなかった。きっと、リリーさんについて思うところがあるのだろう。


「オッガさん、エインさん、ロマさん、エインさんのお父さん、料理のほうはどうですか?」


 ミッドシェフ特製なんだぞ、七愛も手伝ったんだぞ、おいしいに決まってるよな!


「おめでとう、オウガさん。おいしいよ」

「ご結婚おめでとうございます、オウガさん」

「おメで、とござ、マす」

「この度はこのような席にお呼びいただきありがとうございます。ご結婚、おめでとうございます」


 四人とも祝ってくれている。でも、エインさんは微妙な顔をしていた。わかってる、オッガさんは近々旅に出る予定だ。助けたことについて恩を感じているようで、なにもしないのに行っていいのかと悩んでいるらしい。そしてエインさんは、それについていきたいがロマさんのことが心配なんだそうだ。

 ロマさんは旅についていける体力はない。だから僕らで面倒を見よう。彼女も彼女で、なんだかやりたいことがあるみたいだし。それができるだけの体力がついたら、笑顔で送り出そう。


「オッガさん、旅に出ても、また落馬して怪我とかしないでくださいね」

「……ありがとう、本当に」

「エインさん、彼のサポートよろしく頼みました」

「ありがとうオウガさん……ロマちゃん、絶対また会いに来るからね」

「はイ、マってマす」


 みんなすっきりした顔になった。よかった。ガレオルさんはやっぱり逃げたらしい、いまどこでなにをしているんだろう。ワット村で外部の人間を受け入れる、ヌックさんみたいな存在になってほしかったのにな。仕方ないか。


「アルナさん、アレクトさん、どうもです」


 正直こいつらには警戒している。いまにも暴れだすんじゃないかって思ってる。


「あぁ、王雅兄ちゃん、その、本当にすまなかった」


 アレクトさんはうつむいて、震えていた。ビビられてるのか? なんだろう。


「気にしないでください、あのことはお互い水に流しましょう。ね、アルナさん」

「貴様、いや、王雅さまは敵である私の目を癒し、悲願を達成してくれた。殺されても文句は言わん」


 いやだから水に流そうって言ってんだろ。こいつ話聞いてないのか? かわいいくせにポンコツだな。


「お二人も、いつかは結婚されるのでしょう? そのときは呼んでくださいね」


 僕はいま、暗に出ていけと言っている。こいつらを氷界城に転移させてから、なにもせずただずっと居座ってきた。その態度はまるで捕虜だった。

 正直、居られても怖いからやなんだよね。


「あ、ミッドさんベンさん! 食が進んでいるようでなによりです」


 厄介な話をされる前に、アルナさんとアレクトさんの近くに腰かけていた彼らに話をふっとこうと思った。


「作ったのは私でありますからな! えっへん!」

「無い胸張るなよ。なんかこれ塩辛いでちゅよ、ミッドちゃん」

「うるさいであります!」


 ほ、本当に親子なのかな?


「ベンさん、驚きましたよ、まさかミッドさんの父親だったなんて」

「は? まじでちゅか? おめー、言ったのかよミッド」

「もう魔王軍は解散したし、問題ないでありましょう」


 本当に親子だったみたいだ。


「オーガちゃん、助けてもらった恩はこいつが返すからよ。俺は故郷に帰らせてもらうぜ」

「娘に丸投げですか!」

「そりゃ俺だって、色々考えたぜ? 本当は俺が残ってこいつを帰すつもりだったんだけどよ……こいつ俺の言うこと聞かなくって困ったもんでちゅよ」


 ミッドさんは、どうやら氷界城に残るらしい。僕たちと正式に仲間になって、これから共に過ごしたいと。異存はない、彼女は働き者だし、強くもないし、裏もなさそうだから。

 というか、なんでこの人たちは親子であることを隠していたんだろう……あぁ、魔王軍で家族っていうのは人質に取られる可能性が高いからかな。


「オウガ伍長、じゃなかったであります、えっと」

「普通に王雅でいいですよ」

「そういうわけにはいかないであります! そうだ、私のことはメイドとでも思ってほしいであります。これからもよろしくお願いするであります、ご主人さま」


 え。親の前でそういうプレイしないでくれ。ゆがんでるなミッドさん、変態だ。近寄らないでおこう。


「空さん、リートさん」

「王雅……あのときは本当にすまなかった。だが、いまは祝わせてくれ。ご結婚おめでとう」

「おめでとうございます、王雅さん」


 僕も、思うところがないわけではない。それでも、素直にその言葉を受け取った。


 妖怪たちはもう、なんか踊りだしてる。あそこに混ざったらかなり時間を持っていかれそうだから、行かない。

 心残りはある。名前は忘れちゃったけど、僕にフェリルーンをくれた少女とお爺さん。彼らにもお礼を言いたかったが見つけられなかった。

 もう居ない人たちにもお礼を言いたい。

 モニカさん、ジトたん、本当にありがとう。約束は果たすよ、僕は絶対に神託者になる。

 ギアさん、もうすこしだけ待っていてくれ。世界転移の方法がわかれば、必ず迎えに行く。


 さあ、自分の席に戻ろう。


「メアリーさん、ただいまです」

「うん」


 メアリーさんは、よろこんでいるのだろうか。ドレスがごわごわしてて着心地悪いとか思ってそうだ。


「メアリーさん、じゃあ、やりましょうか」

「うん、これでオーガとみんなとも家族になれる」


 あらかじめ創造しておいたマイクを手に握る。


「それでは、ウェディングケーキを入刀します!」


 僕の手に、メアリーさんの手が重なる。暖かくて、小さくて、真っ白で、すべすべ。


 暖かい拍手に包まれて、入刀するその瞬間だった。


 ケーキの中から、黒い物体が突き出てきた。うん、あぁ、こいつ、ほんと。


 満足そうな顔をした、ホイップだらけの顔面。


 エンド。

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