第九節 ミルキーホワイトの天使 前編
黄紙依頼、オーガの魔窟攻略。
黄紙依頼、ウィスカーウルフの群れ討伐、二十匹。
白紙依頼、ジェンル討伐、三匹。
黒紙依頼、フラワーモース討伐、四匹。
黒紙依頼、ホーンスクワール討伐、三匹。
これだな。
僕は壁に並べられていた、黒紙依頼、ホーンスクワール討伐をはがす。
大変おそろしかった試験の後日、聞きこみを行って、成果がなくて悲しくなったりしながらも三日間を過ごして冒険者組合を訪れた。そうすると、さまざまな説明とともに冒険者証なるものをもらって、僕は正式に冒険者となった。
今日、記念すべき初クエストだ。あ、こっちじゃリクエストっていうのか。ゲームみたいにわかりやすくしろよ。あとスライムとか倒したい。
と、思いながらも表情だけはニッコリとしながら、受付の人へ紙を差し出した。
「ホーンスクワール討伐ですね、受理します。どちらになされますか?」
受付の人は、カウンターに背負いカゴと大きめの袋を並べた。
ほとんど聞き流した説明で聞いたな。確か、そう、魔獣の一部を討伐証明として差し出すために借りられるんだ。背負いカゴは、戦うとき邪魔だろう。袋でいいか。
「では、こっちで」
そう告げながら受け取った袋は、どうやら腰に巻くタイプらしい。
僕はローナさんにもらった防御力がまったくなさそうなズボンへひもを巻きつける。
オーレンティウスさんからもらった皮の胸当て、ローナさんからもらった防御力のなさそうな衣装一式、首にかけた冒険者証、ひもを通して左手首につけた幻永花ストラップ、ついでに袋。
おぉ、完全に冒険者だ。クールだぞ僕。雰囲気ぶち壊しのメガネがなければもっといいが、まぁ自分からは見えないのでよしとする。
ホーンスクワールが確認されたのは、正門から東に行った平原って書いてあったな。
東ってどっちだ。
そんなのは衛兵さんに聞けばわかるのだ。僕って冴えてる。
自画自賛を繰り返しながら、門までたどりつくと、やっぱり衛兵さんが居た。
「こんにちは、東ってどっちですか?」
「あ、坊主、それ、冒険者になったのか!」
衛兵さんは僕の冒険者証を指差しながら言った。おやおや、この間と同じ衛兵さんなのか。
と、いうか、毎日門番やってるのか……? 大変だ、重労働だ、これはひどい。週休二日を要請してほしい。いや、休みあるのかもしれんが。
「ええ、まぁ。凄いでしょ?」
「やるなぁ! 東は門からまっすぐ行ったところだから、気をつけていきな」
と、言いながら彼は僕の肩を力強くたたき、門を開いた。
痛い、痛すぎるぞ! 何すんじゃい! と口走りそうになった。
「ありがとうございます」
だがお礼は忘れてはならない、僕の中の好感度ゲージに従えば、この人も好きの分類に入るのだから。
「あれ? 坊主、大丈夫か?」
「へ? 大丈夫ですよ?」
突然、そんな事を言われた。もしかして顔に出てしまったのだろうか。反射で答えてしまったが、間違いではないだろう。
会釈して僕は歩き出す、栄光の冒険者道を。
気持ちのいい風の中、僕は歩みを進めていくと、遠くの左手に山が見えた。
あれ、もしかして、僕が転移した山かな。すると、このまま歩いていくと村があるのか。もう村人は村に戻っていることだろう、隠した僕のおパンツなどは見つからないことを祈る。ていうかあんだけグチャグチャにされたら復旧作業が大変で見つける暇などないか。オーガはやっぱり悪い奴だ。
背の低い木々が少なくなってきた頃、平原へたどりついた。
絶望。
一際異彩を放つ、でっかい蛾が優雅に舞っている。紫紙依頼に指定していいほど気持ち悪いぞ。僕はいくら金を積まれてもやらないが。
蛾と距離を取りながら、ホーンスクワールを探した。ホーンスクワールは額から緑色の角が生えているらしい。身長は人間のひざくらいで、草が生い茂っているここじゃ、ちょっとばっかり見つけにくそうだ。
じゃあ緑色の角を探せばいいじゃない。
草が生い茂ってんのにか!
クソ寒い脳内劇場で身も心もガチガチに凍りつかせながら歩いた。さながらロボットダンスのように歩いた。そこでチョコチョコとかわいらしく走りまわる、黄色い物体に気づいた。
ホーンスクワール、発見。
ゆっくりと近づく。顔が見えてきた。
すんごく怖い、すんごく怖い顔してる。オーガの顔より怖い、なんだあれ、マフィアでも、もうちょっとマシな顔するぞ。顔だけで人を殺せそうだ。殺人フェイスだ。ていうか思っていたよりでかい、ひざくらいって、角も含めてじゃないのかよ。鼻のあたりに角ついて、まっすぐ伸びてるじゃん、殺人フェイスだよ。
僕は歩みを止めて、背中に手を回す。武器がない。腰に手を回す、武器がない。尻を触る。武器がない。
そもそも僕は。
武器を持っていない。
帰ろ。
心臓が縮まった。
僕は、たぶんこの世界において非常に運が悪いのだろう、そう思った。
殺人フェイスに殺人目線を送られて殺人加速されてる。
逃げよ。
僕は体をうねらせて走った。たかだがリス、追いつけるはずもない。って、思ったら絶対後ろに居るんだよね。オーガで学んだ。
たちまち息があがって、自分でもスピードが落ちているのがわかったとき、お尻に硬いものが押しつけられているのがわかった。いやん、変態。と言いますか。
掘られる?
冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない。いやだ、そんな、こんな魔獣なんかに、わたしの花園を踏みにじられるなんていやよ!
その一心で、僕は右足を後ろへ突きだした。
「べぐっ!」
当然、走っている最中にそんなことをすれば転ぶだろう、転んだだけでよかった。一歩間違えば股が切りさけていた。足にも感触があった、蹴りが当たったんだ。ラッキー。
僕はハイハイのような格好を取り、ホーンスクワールへ振りかえった。
君、駄目だよ、そんな顔しちゃ。
さっきにも増して形相がやばい、ホーンスクワールの怒りがドクドクと僕へ流れ込んできている。
この姿勢から崩術は無理だ。欠片眼でビビらせよう。
体を完全にホーンスクワールへ向ける。
「欠片眼!」
が。
ホーンスクワールは、微動だにしなかった。ビビってないねぇ。そしてこの位置、角が目と鼻の先だねぇ。ていうか目先だ。目が抉られる、欠片眼で、なにかこう、剣とか出そう、名案。
一秒にも満たない思考の末、すばやく視点を上空へ切り替え、ホーンスクワールの頭の上に剣があるとイメージする。物質創造、頼むから、今回は!
現れた。
ゆるく、緊張感もなく、それは落ちてくる。
僕は草を握って、勝利を確信する。
剣がホーンスクワールの頭へと接触し。
ぐにょ。
と曲がった。
硬度までイメージしてなかった、してなかった、馬鹿か僕は。
殺される、絶対怒ってる。裸にひん剥かれて死刑台に送られて周囲から罵声を浴びせらながら殺される……よりも屈辱な死に方だ。ぐにょで死ぬのはいやだ。
だが、ホーンスクワールは天を見上げた。
そうか、死角からの……攻撃? だもんね。ここだ。
菫さんの言葉が一つ、欠片眼とともに思い出の中で輝いた。
いっしょにテレビでボクシングを見ていたときの言葉。
『そうじゃ! あぁ、あごが上がった! アッパーじゃ!』
あごが上がった、アッパーだ。カエル跳びアッパーだ。
右肩を引き、左手と両足の勢いとともに拳を突きだす。
「ピキ!」
いやな音がした。とんでもない感触が、するりと拳の中に入りこんで、これでもかと暴れまわる。そして甲高い声、ホーンスクワールのものではない、僕のだ。
くそ、リスの骨なんて柔らかく折れやすそうなもんだけどなあ。魔獣は違うってんなら補足説明しとけよ。痛すぎる。
だが、見事なカエル跳びアッパーだった。いちおう、左手で崩衝を放ち、手ごろな石を見つけてホーンスクワールへとどめを刺した。
口からため息がこぼれて溶ける。確か、角を持ち帰るんだっけか。石で折ろう。
あと二匹、気が遠くなる。武器があれば楽なんだけど……そうだ、欠片眼でちゃんとイメージして出せばいいじゃん。できるなら遠距離攻撃がしたい、安全だから。弓とかどうだろう、いや、右手が痛いからいやだな。なら、やはり銃だろうか。
銃だ。
構造を知っている銃といえば、やはり。
リボルバー、RS&Rだ。ロイヤルセーフ社とロック社が結託して……それはイメージには関係ないか。とにかく僕の大好きな銃だから、よく組み立ての映像を見ていた。あれはカスタム版RS&Rだったが。
まず、グリップパネルからイメージする。掘りがあって、色は白だ。次にグリップ、グリップから繋がるトリガーガード、内部から出るトリガー、トリガーに繋がる内部パーツ、ここは慎重に。それを守るフレーム、ラチェット、シリンダー、ファイアリングピン、クレーンラッチ。
イメージを繰り返して、創りだしていく。
すべての工程を終え、足元に出そうと試みる。
……出た。
青白く輝くメッキ、スリムだが、どこか、たくましいシェイプ。これだ! 格好いい! クール!
ホルスターは……いいか。どうせ十分で消えるんだ、余計なものはいらない。それから、弾丸も創造した。一つ一つ、シリンダーに収めていく。うん、ちゃんと入った。問題ない。この銃はシングルアクションで、予めハンマーを起こしてトリガーを引かなくてはならない。年代ものだ。
現代で使われているリボルバーは、トリガーを引くだけで勝手にハンマーが上がって撃てる。それをダブルアクションと呼ぶが僕ぁそんなのにロマンを感じない、やはりシングルアクション、クール。
僕は急いでホーンスクワールを探した。せっかく苦労して造りだした銃が空間に溶ける前に。ていうかこの世界に銃刀法違反はないよな、大丈夫だと思うが。ていうかそもそも銃がないだろう、みんな剣持ってるもん。
それはともかく、また一匹ホーンスクワールを見つけた。
両目をしっかりと開き、ホーンスクワールへサイティングする。
よし、撃つぞ、ちょっと怖いな、ていうか大丈夫か、爆発とかしないよな。いや、撃とう、撃つぞ、大丈夫だ。
トリガーに手をかけた、左手の人差し指が震える。シングルアクションだから、少し力を込めるだけで撃てる。
「べっ!」
痛い。
火薬が爆発する音がした。バレル内部のねじれた掘りに従って、弾丸が回転しながら射出されたことだろう。もうどうでもいいそんなこと、反動でRS&Sが顔にぶつかった。もういやだこの世界。メガネのレンズに小さなヒビが入ったんだ、痛いしヒビ入るしもういるかこんなもの! 鼻血まで出てる!
僕は怒りまかせにRS&Sを地面へたたきつける。二度と銃なんて創造しない、心に決めた。
あぁもう! オタクの象徴である太縁メガネが! もう! もう!
よし、崩術をもっと学ぼう、たしか国燕さんが一ヶ月ほど僕のスマフォに崩術の資料を送ってきていたはずだ。一回もそのメール見てないけど。電源が切れては元も子もないので、木板にでも書き写そう。紙は高そうだし。初給料はローナさんへのお礼と木板と羽根ペンとあとなんだ、インクか、それに決定だ。どうせ毎日冒険者やるんだ、これくらいの出費は仕方ない、ていうか崩術をもっと学んで損はないはずだ、ないに決まってる、クソが、銃創るよりはよっぽど有意義だ。でも、どうしてもRS&Sは嫌いになれない!
「あ」
忘れてた、弾丸はきちんと、ホーンスクワールに当たったのだろうか?
緑色の角とともに、地面へ横たわっている。当たったのか。あれ、意外と僕才能ある? ちょっと機嫌よくなったぞ。ふふーん。
こんな単純では七愛をバカにできないな、なんて思いつつも先ほどと同様の手順でホーンスクワールの角を折り、袋へ入れた。はぁ、妻たちはこんな苦労、してないといいな……再会したら、今日のことは笑い話にしよう。だから、強くなってさっさと氷界城に向かおう。そしたら、慰めてよね。だから、無事でいてよね。
よし、次行くか。
殺栗鼠計画を立てながら歩く。
銃は駄目だし、崩術を使う間合いには入りたくないし、やっぱり剣とか槍とか出そうかな。そういえば衛兵さんって槍を持っていそうなもんだけど、剣を腰にかけてたな。なんでだろう?
一分ほど考えた。
結果は、暴力少年とオノ……名前忘れた。マッチョ面接官からヒントを得て、こうだ。
多分暴力少年とマッチョが使ったのは強化魔術と呼ばれるもの。気づいたら目の前にいるくらいの身体強化だ、リーチよりも小回りが優先されるのだろう、しかし、あまりにも短すぎると使い勝手がよろしくない。だから剣なんだろう。僕は強化魔術が使えないから槍がいいかもしれない。うーん、なんかもっと簡単な方法がありそうなもんだが。
天才。
簡単にイメージできて、遠くから攻撃できて、即死級。
でかい石だ。
またでっかい蛾が居たので、避けながら足を動かすと、またまた一匹のホーンスクワールを見つけた。群れで行動すりゃいいのに、なんで孤独を好むのだろう。
僕は予定どおり、欠片眼を開き、イメージを固めた石を思い浮かべる。下が平らになっていて、ホーンスクワールより一回り小さい感じ。
まずい、気づかれた。ホーンスクワールが向かってきている! 修正、落下地点を修正しなければ。
修正に修正を重ねる。もう、距離がない。止められない、僕のまん前。
物質創造。
上空に、石が現れた。剣のそれとは違い、風をかきわけながら落下してくる。頼む、間に合って! ください!
肉が砕けた、血が咲いた。ホーンスクワールは、頭だけを残して潰れていた。
「う、わ、あ」
果てもなく棒読みだった。グロテスクすぎて、感情がこもらなかった。オーガをたたき潰したときはあんなに笑ったのに、不思議なものだ。角取ろ。
凄く、疲れた。一番簡単な依頼でこれか。額ににじむ汗を拭って、空を見上げる。
あぁ……今、見上げてる途中、なにか、とっても小さいのに塊になったものが見えたような。
いやいやながら、両手でメガネを持ち上げ、目を凝らす。
向かってくる、魔獣の集団と……先頭に居る、人。
あー、騎士とかこないかな。本物の炎界王でもいいから、なぎ払ってくれないかな。
僕にまっすぐ向かってくる、きっとこのまま突っ立ってたら電車にひかれるみたいにミンチになるんだろうな、数が異常だ。なんだありゃ。帰ってローナさんの愚痴でも聞いていたほうがよっぽどいい、十時間くらい聞いていたほうがマシだ。速度が半端じゃない。僕やホーンスクワールの比じゃない。本当に電車並だ。音も聞こえてきた。騒がしい、騒がしい、ほら見ろ、でっかい蛾だって尻尾巻いて逃げたぞ。魔獣の集団が横に広がってるもんだから、もう真後ろに逃げるしかない。あぁ、誰だよ、なんてことをするんだ。僕みたいに一匹一匹丁寧に戦えよ。欲張りが。
もう、いや、だ。