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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第六章 氷界城
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第八十六節 パウダーピンクの鞭 前編

 僕は直立不動のまま下を向いていた。そのうち妖怪が通りかかって、面白がって正座しろと言ってきた。言われるがままに僕は正座した。


「オーガ、なんで一人で行ったの」

「酔って……いえ、言い訳はしません。申し訳ございませんでした」


 抑揚のない声が背筋を凍りつかせる。


「本当に言葉を喋る魔獣なんているの」


 そこを否定するなら僕はなぜ叱られているんだ。


「いたんですよ、僕はあれを人間だとは思いません」


 魔王の鎧の下には、人の顔があった。修復能力も治療能力も繰り返される悲劇(リワインドパースト)と同じだ。情報だけで考えれば、人間が特殊な鎧を着用していたと考えるのが自然だけど。

 それでも、あれは魔獣だった。人間ではなかった。確たる証拠はなくとも。

 僕はいままで人を見てきた、魔獣を見てきた。だから判断することができる、あれは魔獣で間違いない。


「それしか言わない」

「それしか聞かないからじゃ……」


 あっ、まずい! 火に油を注いでしまった! いや、水に氷をぶちこんでしまった! 寒気がした! これは威圧感で寒気がしているわけではない、実際に冷気が出ているんだ。


「もう一人で危ないことしないで」


 魔王軍への意地悪も割りと危ないことなんだけどな。魔王との戦いも必要なものだった。僕に備わっているありとあらゆる力を使いこなすためには、強敵との戦いは必須だ。僕は机上で考え、実践で試さなければ力を生かしきれない。そしてなにより、自信がついた。

 だがそれを言って理解してくれる人なんてあんまりいない、メアリーさんは特にだ。だから了承し、彼女の言う通りにしよう。すべてがプラスに働くのならいいけど、彼女が危惧している通りの、危ない目で済まないことになったら洒落にならない。


「わかりました」


 しばらくはゆっくりじっくり、危険の少ない方法を取ろう。命がけは決戦のときだけでいい。僕の目的はただ一つなのだから。


「朝起きたらオーガ居なかった」

「帰ってくる途中で疲れて寝てしまいました」

「心配した」


 昼前には到着したんだけどなぁ。


「わかってます、もうしません」

「わかってない」


 氷界城の最上階の部屋。こんなに広いのに、窮屈に感じる。メアリーさんがつめより、透き通った瞳で僕を見るからだ。無表情なのに、力強いなにかを感じる。


「わかってない、心配した」


 ああ、僕もばかだな。損得とか目的だとか、そういう話じゃないんだ。


 僕はやっぱり、これを現実だと認められないのかもしれない。散々、散々だ。考えてきた、散々考えてきた。妻たちが居ないことも、こんな意味のわからない世界に居ることも、僕が……幻だとかなんとか。

 だから僕はこの世界を架空だと、僕自身が架空だと、どこかそう考えていたのかもしれない。


 ああ、僕は最初から。


 そうだ散々だ、もういいじゃないか、明確なんだ、すべて。


「もう心配はかけません、僕は僕のことなんてまあ、大事なんだかそうでないんだかわかりません、けど」


 自分のことを大切にする理由は最初からあった。

 メアリーさんと出会ってさらに強くなった。

 そのはずだった。


 どうしてなんだかなぁ、僕はばかだから気づかなかった、ないがしろにしてしまった。もっとも大切なのはなんだ? 

 モニカさんの願いを叶えよう。ギアさんを探し出そう。菫さん、アリスさん、七愛、エンド、そして、メアリーさん。彼女らと一匹と、共に生きよう。

 そのためにはなにが必要だ? なにがもっとも大切だ?

 僕だ、僕が必要なんだ。僕という存在が大切だ。

 この世界が非現実だとか、僕が誰とか、いまだけは関係ない。


「メアリーさんが心配してくれるので、僕は今後気をつけます」


 僕とみんなが望むもののために、僕は臆病な根をさらに臆病にしなければならない。いままでとは違うんだ、なにがどうなったとしても、最後の一人になっても、望まれる限りは。


 うじうじうじうじといつまでも成長しないな。

 決めた! 笑おう!


「わはははは」

「なに」


 いきなり笑うのはまずかったか。なんとかこの重圧的な雰囲気から逸脱したかったんだけど。

 咳払いを一つして、仕切りなおす。


「アリスさんはゲームが得意なんですよ、あ、ゲームっていうのはですね、仮想戦争のようなものです」


 久しぶりに欠片眼(フラグメント・チップ)を使い、ふっかふかのソファーを創造した。糸を切らすように座る。メアリーさんにも目配せして、座ってもらう。


「菫さんはとにかくお酒が大好きで面倒見がいいんです」


 みんなの話をしたのは、初めてかもしれない。


「七愛はおばかです、かなり頭のねじが飛んでますが……優しい子ですよ」

「なんで、急に」

「エンドは臆病ですよ、もうこれ以上ないくらいのビビり……僕は会いたいです、メアリーさんはどうですか?」


 僕は欲深い、きっと生きることだけを望まれても満足しない。


「面白い子たちですよ、会ってみたいと、思ってくれますか?」

「会う、会って家族になる」


 僕が繋ぐ、メアリーさんと妻たちとエンドを。エンドをビビらせてやる、僕ですらビビりまくった氷界王で度肝抜いてやる。


 まずは、妖怪たちの酒とつまみを調達しよう。


「メアリーさん、さしあたってはお酒とおつまみを調達したいので船を手配してくれませんか」

「船ない」

「氷のです」


 地図を借りて、直進でのみ行ける都市を探そう。


「私も行く」


 断る理由はない。だけどできるだけなら連れていきたくなかった。必要以上に外に連れ出して、もしも氷界王だとバレたら騒動になる、そうすると魔王軍に伝わるだろう。氷界城は妖怪たちが見張りをしているから立ち寄れないにしても、物資調達に使う場所を塞がれるとまずい。

 だけど、その程度だ。断るほどのことじゃない、僕が気をつけていればいい。


 酒を求めてさ迷う亡者(妖怪)に僕とメアリーさんが城から離れるという旨を伝え、バルコニーから船が出発した。

 徒歩なら歩いて数日のところも、我が氷界航空の力を持ってすればわずか二時間ちょいだ。メアリーさんは相変わらずなにを考えているかわからないから、僕は適当に話題を振りながらめまぐるしく移り変わる景色を楽しんだ。


 いつも通り、冒険者も居ないような国境の外から降りる。


「そういえば、魔王軍の機能兵器でアイススケートに使う靴みたいなものがあったんですよ」

「アイススケートってなに」


 紙とペンを創造し、下手糞な絵で伝えたところ、どうやらあれは機能魔術を付与された刃で魔力を切っているという推測が下された。さすがはメアリーさんだ、実は頭がいい。


 氷界王の力を使い、なんとか似たものが作れないか試みると、わずか十数分で完成した。いや、物自体はすぐに作れたけど、コツをつかむまでに十数分かかった。彼女のやわらかく白い手を取り、練習に付き合った。アイススケートやったことない僕はアドバイスの一つもできなかった。結局コツは体重を預ける感じ、らしい。


「僕は魔王鎧を下半身だけに装着すれば高速で移動できますし、メアリーさんもそれで高速移動が可能ですね。戦闘に運用することも難しくないと思います」

「うん、できそう」


 というわけで、人目を気にしながら僕たちは急いだ。僕は走っているのに対して、彼女は器用に障害物をよけながら幽雅に地面からすこし浮いて滑っている。なんだか羨ましい。

 すぐに目的地へたどり着く、が。


「お腹、すきませんか?」

「うん」


 久しぶりに外食しようと思い立った。僕たちはこんな危険を冒してまで、酒とつまみを補給しにきているんだ、このくらいはいいだろう。

 適当に食堂にあたりをつけて入る。いつも酒場でご飯を食べていたから、本当に適当になってしまったが。


「てめえは! 何度言ったら! わかんだよ!?」


 おお来た来た、いつもの味気のしないスープといつもの硬いパンだ。メアリーさんも同じものを頼んだから、運ばれてくるのも同時だった。


「おい! 聞いてんのか! てめえのでけぇ耳はよぉ! 飾りでつけてんのかぁ!?」


 地獄はよかったなあ、料理が結構おいしかった。なんというか、スパイスが効いてて食べやすいんだ。たぶん目の前に居る少女にはなにを食べさせても同じ顔をするだろうけど。いまだってまったく表情を変えない、機械のように料理を口へ運んでいる。規則正しい速度で。


「おい! いつまで無視してんだ!」


 食器が軽い音を立てて転がってきた。木製だから割れはしない。

 面倒ごとに首を突っ込むつもりもなかったし、終始無視しようと思っていたけど……メアリーさんが不思議そうにあいつらを見ている、このままだと首を突っ込むかもしれない。


「なんで大声出すの」

「怒ってるんです、今朝のメアリーさんのように。あと聞こえちゃいますから、静かに喋りましょう」

「あんなに大きな声は出してない」

「メアリーさん、なにもせずに食べていてくださいね」


 怒気が向いてきたな、メアリーさん普通に喋るから……もう。


「うるさいですね! せっかくの飯がまずくなりますよ!」


 先に牽制しておこう。


「あぁ? てめえ俺が誰だかわかって言ってんのか?」

「こっちは静かにご飯が食べたいだけです、静かにしていてくれませんか?」


 身長は僕より少し高いくらいだが、盛り盛る筋肉のせいでかなり大きく見える。二十代中盤くらいの男だ。彼の後ろには数人の嘲笑する取り巻き四人、怒られていた耳の大きな男性。

 おそらく向かってくるのは総勢で五人。耳の大きな人はなにもしないだろう。しかし五人とは、パーティーではないのだろうか、アドスティなのかな。全員剣をもっているところを見るに、冒険者で間違いはなさそうだけど。


「てめえ、俺が、誰だか、わかって言ってんだな?」

「ミスターマッスラー?」


 食べられるうちにスープに浸しておいたパンを流し込む。

 目の端で捉えている、大振りの右。避けるのもカウンターを決めるのも簡単だけど……まずは一発殴られよう。

 倒れこむとまずい、マウントを取られる。下半身に踏ん張りを利かせるが、いかん。筋肉が伊達じゃねぇ! 衝撃を逃がそうとしたのも失敗だった。自分から首をひねったらそのまま押し込まれた。

 倒れる寸前、すぐさま馬乗りになろうとする男にひざを上げて金的をかます。ここは食堂だ、ほこりが舞ったら周りのお客さんもかわいそうだし、投げ飛ばさずに横に寝かせ、一応魔力を抜いておく。


 立ち上がり確認すると、すぐに取り巻きのやつらが向かってきていた。こういう所で剣を抜くのは法律で禁止されている、血が流れることはないだろう。


 まず一人、さっきの男と同じ動きだ。もう一発殴られているし、これ以上受けたくはないな、痛みはなくても顔がはれる。僕のプリティーフェイスが。

 紙一重で避け、あご目掛けて掌底(しょうてい)打ち。進行方向へ足払い。


 残り三人……前に出てきたのは二人、もう一人が後ろで詠唱している。ただの絡みで魔術まで使うつもりか……視界の端から白くしなる物体が三人をほぼ同時にぶちのめした。視線を移すととんでもなくでかい男が目についた。入り口にすら入れないほど巨大だ、顔がのぞかせて細い目で僕を見ている。そしてニッとさわやかな笑顔とともに白い歯を見せてきた。

 その前には小柄な少女。純白の布を一枚まとったようなあられもない姿で、いたるところからひらひらと風になびいていた。腰には鞭がベルトのようにぶらさがっている。さっきのはこれか。


「ノークスの連中がまた悪さをしたようだな! この国の悪事は雨男クリスと!」


 超大男がさわやかな笑みで叫ぶ。ノークスとは彼らのことだろうか、人数的にアドスティだろうし、アドスティネームだろう。


「でももう、リーダーがのされてたじゃん?」


 小柄の女が軽い口ぶりで告げた。


「世界一の踊り子が許さんぞ!」


 超大男が無視して言った。会話の流れからおそらく、超大男がクリスさんで、小柄の女性は世界一の踊り子らしい。

 知らん振りしよ。


「食べ終わったみたいですね、行きましょうか」

「うん」

「待て君たち! 彼らをやったのは君たちだね?」

「いいえまったく違います、見当違いです」


 周りのだれかに罪をなすりつけるべく、周囲を見渡すが、人っ子一人いやしない。どの段階だ? 気づかなかった。まさか、あの耳が大きな男も消えている! おいおい! べつに恩売りたくてやったわけじゃないけどさあ!


 この、恩知らず!

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