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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第一章 神世界
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第七節 マホガニーの都市 中編

 ローナさんの家。空さんの家よりも質素で小さな家だった。だが、いい香りはした。

 ローナさんは、まだ仕事中だったので僕を家に招き、すぐにどこかへ行ってしまった。

 なんというか、窓が多いな。だが、両開きの木製窓だ。ガラスじゃない、時代を感じる。それに、砂時計みたいな物……なぜか水が入ってる、変なの。ローナさんは『部屋の物は自由にして構いませんよ』と言っていたので、まずはシャワーを浴びよう。


 履きっぱなしだった靴を脱ぎ、浴室みたいな所にやってきた。やっぱり木製だ。腐らないのかこれ。

 お、おお?

 ナチュラルにシャワーを浴びようなどと思ってたら、本当にシャワーがある。どうしても木製だが。なんなんだ、いくら資材豊富だからって全部木で作るなよ。と思ったら、壁に正方形のツルツルとした石が埋め込まれていた。これに対してもローナさんがなんか言ってたな……魔力という特殊な力を通すだけで、温水が出るんだっけ。まさかシャワーだとは思わなかったが、こりゃ凄い。


「カァ!」


 ツルツル石に触れ、手に全神経を集中させた。魔力を込めた……つもりだ。うんともすんとも言わない。だめだこりゃ。たしか水ためてあるところがあったな……もうそれでいいや。


 無造作に置いてあったボロ布を水に浸し、体を拭いた。凄く冷たかった。水を頭から被った、心臓が止まりそうだった。

 部屋に戻ると、本を見つけた。ずいぶんとボケボロだ。タイトル、神世界。他に三冊ある。

 タイトル、聖女と魔女。タイトル、エーチェスの奮闘録。タイトル、必勝カジノ。

 必勝カジノ? なに読んでんだローナさん。神世界から読んでみよう。



 正直言って、凄かった。僕は雷に打たれた。

 ボケボロの本には、この世界の事、他の世界の事が書いてあった。

 科学が発達した世界、科学世界。

 法則を無視し無限に分岐する世界、枝世界。

 魔法が発達した世界、魔法世界。

 魔法と科学、両方が存在する世界に、ドラゴンや恐竜が生き残っている世界。

 そして、妖怪と呼ばれる者たちや異形の怪物が住む朝なき世界、夜世界。僕が楽園と呼んだ場所。


「ほん、ものだ」


 この世界には、神が実在する、と記されている。ここは……神世界。

 すべての世界は、雷神が作り出し、その雷神本人がこの世界に住む。だから、神世界。

 どうやら僕たちが居た所とは時空自体が違うようだ。

 この世界において、雷神が眠る場所……神域を守る、神託者たち。

 この本に記述されている内容は、信憑性(しんぴょうせい)が高い。


 べつのページには、通貨の事が書いてある。

 高い順に、雷神金貨、王豪金貨、豪金貨、金貨、豪銀貨、銀貨、凡銀貨、銅貨、凡銅貨。

 二桁に達すると、繰り上がるらしい。


 一億円が雷神金貨。

 一千万円が王豪金貨。

 百万円が豪金貨。

 十万円が金貨。

 一万円が豪銀貨。

 千円が銀貨。

 百円が凡銀貨。

 十円が銅貨。

 一円が凡銅貨。

 のような感じだろうか、実際の価値は違うだろうけど。

 あ、もう頭から抜けていってる。どうでもいいや。


 ページをめくる。


 見た事もない生物が沢山載っている。魔獣というのは、どういうものか。

 人間以外の生き物は魔力が濃い所に適応し、魔獣となる。最も魔力が濃く、最も魔獣が発生するのは魔窟と呼ばれる場所。魔力って生物に流れているだけではなく、場所にもあるんだ。

 放っておくと、魔獣が大勢沸いて出て、人間の魔力を嗅ぎ付け、国を襲う。鬼獣と同じようなもんか、シンプルだね。

 魔窟を攻略すれば、一時的に魔獣は生まれなくなるらしい。

 人間も同じく、魔力の濃い所に適応し、魔人となる。獣っぽい人とかも、魔人。逆に魔力が薄いと魔力があるだけで体は僕と変わらない人間そのものっぽい。その中で、ダムルト族といった種族に分かれていく。魔獣との大きな違いは、知性の有無。


 ページをめくる。

 炎界王とかのページだ。


 炎吹き荒れる、紅蓮(ぐれん)の大陸を守護する、炎の使い手、炎界王(えんかいおう)

 どこまでも広がる、自然の大陸を守護する、土の使い手、土界王(どかいおう)

 花咲き乱れ、そよ風がなびく大陸を守護する、風の使い手、風界王(ふうかいおう)

 天空に浮かぶ大陸にある、唯一の国モヴィニアで、聖剣に選ばれた、光の勇者、光界王(こうかいおう)

 地中深く眠る、全土が魔窟の大地を守護する魔人、闇の魔王、闇界王(あんかいおう)


 そして、なにもかもが白く凍る大陸を守護する、水と氷の使い手……氷界王(ひょうかいおう)

 僕が転移する直前、全てが凍結していた……そして、この世界においてそのような芸当ができるのは、氷界王だけみたいだ。つまり、元凶、だ。氷界王が僕や妻たちを転移させた本人だと言うのなら、行方くらい知っているだろう。

 彼らを総称し、六界王(ろくかいおう)と呼ぶ。これは、襲位らしい。だから、当代の氷界王が誰なのか、どこに居るのかはわからない。

 だが、しかし、それでも。

 僕の目標は決まった。

 氷界王を見つける。これしかない。


 他の本にも、参考になる記述があるかもしれない。聖女と魔女って奴を読もう。

 えーと。


『昔々の事です』


 あ、やめようかな。いやいや、手掛かりになりえる。


『空に浮かぶ国モヴィニアがありました。そこには聖女が、大地の下には魔女が居ました』


 光界王と闇界王と同じ流れだ。流し見しよう。


 大体把握できた。聖女と魔女は、謎の怪物に喧嘩売ったら負けてしまい、魂を百に砕かれ、剣に収められた。聖女の魂の欠片が眠るのが、聖剣。故に聖剣は百本ある。魔女の魂の欠片が眠るのが魔剣。やっぱり魔剣も百本。

 うん、有益な情報はない。ただの童話だ。


 エーチェスの奮闘録は、オーガが如何に悪か、という話で始まった。なんかすこし(しゃく)に障る。しかも、たいした話ではなかった。魔王のお嬢さまがオーガに(さら)われて、魔王配下のエーチェスさんがそれを救うという話。僕もオーガにいい思い出はないが、名前が似ているのでやめてほしい。


 必勝カジノは……読まなくてもいいだろう。絶対タメにならない、僕を悪道へ突きおとす悪い本だ。間違いないのだ。でもすこし興味ある。


 結局読んでいると、ローナさんが帰ってきた。必勝カジノの内容は四冊の中で一番面白かった。


「お疲れさまでした!」

「ありがとうございます、ちゃんとした服も持ってきましたよ」


 おお、そりゃ助かる。まだ女物の服だったからね。ていうかそれだと余計にお金掛からない?

 ねぇ。


「助かります……本、読ませて頂きました」

「文字、読めるんですね。なにか参考になりましたか?」

「そりゃもう。とくに必勝カジノ、あれは面白いですね」


 ローナさんの眉がピクりと動く。なんだろう。


「それ、団長からもらったんです……やっぱりそういうの好きなんですね」


 もう鎧を着込んだ騎士のローナさんはそこに居ない。厚手の模様もない服を着て、僕の前に座るただのローナさん。

 僕にくれたお金といい、必勝カジノといい、オーレンティウスさんはずいぶんと羽振りいいな。やはり騎士、正義の味方、憧れる。いや、そうだ、ローナさんも普段は騎士だ。

 ローナさんなら氷界王の居場所を知っている、かもしれない。


「ローナさん、氷界王の居場所って、わかりますか?」


 言ってみて、自分の声が震えている事に気づいた。

 ここで居場所を知るのと、居場所もわからない氷界王を探すというのは、名は立っているとはいえ多分困難だ。だから、ローナさんが知らなければ妻たちの行方と一緒に氷界王を探すしかない。


「誰でも知っていますよ?」


 心臓が高鳴った。

 僕は思わず前のめりになる。ローナさんが驚いたように身を引く。


「氷界王の居場所は、当代の氷界王が建てたといわれている氷界城という所です。ここからだと、海を渡らなければいけませんが……それが?」


 氷界城、僕はそこに行けばいい。海を渡る……ムーリンは海に面している、貿易が盛ん。つまり金さえあれば船くらい乗せてくれるだろう。

 最初の目標は、海を渡る為に金を貯める。最終目標は、氷界城に行く。

 就職(しゅうしょく)するか……あの出店とかやればいいのか? 許可とかいるの?

 いやいやいや、僕はなんの為に必勝カジノを読んだ? 僕は運命に選ばれている。運命が味方している、当たり前だ。妻と一緒に居るのは当たり前のことなのだから。

 だが、そもそもカジノはムーリンにあるのだろうか?


「カジノ、カジノはどこにあるんですか?」

「えっ!? まともなやり方で稼いでくださいよ!」


 やっぱ駄目? でもあの必勝カジノがあれば僕だって!

 というか。


「まともなやり方って、なにがあるんですか?」

「えぇ、まぁ……冒険者とか。魔獣と戦うという危険性はありますが、騎士と同じように人々を守るという名誉もあります。ご家族を探す旅をするというのに、カジノはあまりにも……」


 あ、なるほど。魔獣倒せば金になるんだ、そりゃそうか。倒さないと困るもんな、崩術師と同じようなものだ。カジノは行き詰まる可能性もあるし、そうするか。


「わかりました、僕は冒険者になります!」


 僕が高らかに宣言すると、ローナさんは、にっこりと笑った。そしてそのまま人差し指を天井へ突き刺した。


「あ、でも治療魔術と強化魔術は使えないと、あまりに危険すぎます。ですので、私が教えますよ!」


 よろしくお願いします、ローナさん。


「まず、魔術を発動させる方法は、三つです。これはわかりますよね?」


 え、わからんのだが。常識なの?

 僕が言いあぐねていると、ローナさんはライトブルーを輝かせ僕の顔を覗きこんだ。


「……あは、一つ目は魔音字(まおんじ)を書き込み、発動させます。二つ目は、魔音字を詠唱し、発動させます。三つ目は、魔音字を正確にイメージし、詠唱を行わずに発動させます、これを詠唱破棄と呼びます。ですが、三つとも全て、魔術がどんな風に起こるかも正確にイメージしなければなりません。ですので、詠唱破棄をできる人は見た事がありません」


 なるほどね。魔音字、それは多分あの部屋の床を覆いつくした文字や、治療の際に紙に書かれていた文字の事だろう。あの治療魔術の『ラー、なんちゃら、ハーケ』とかいうのも魔音字だろう。

 僕は空想力に自信がある。


「がっちし理解しました!」

「よかったです。では一番手っ取り早い詠唱のプロセスを説明します。まずはイメージを固めて、次に魔音字を詠唱、最後に魔術名を発し発動させます」


 う、本の内容と相まって、もう駄目だぞ。もう覚えれないぞ。


「魔術の種類は、モヴィニア族が作り出した治療魔術と結界魔術。魔人が作り出した攻撃魔術と強化魔術。人間が作り出した転移魔術と機能魔術です。転移魔術と機能魔術は少々特殊で、詠唱という方法が取れません」

「は、はぁ……」


 駄目だ、頭から抜けていく。いいや、引っ掛けろ、転移魔術?


「転移魔術とは? べつの世界に行く事はできますか?」

「へ? べつの世界になんて行けませんよ?」


 じゃああれはなんだったんだ? もっとべつのなにかなのか?


「そうですか……」

「えっと、話を続けますね。あの部屋に、石が埋め込まれていたでしょう? あれが機能魔術が施されたものです。あれは誰でも発動できます、魔力を通すだけで簡単に使えたでしょう?」


 ローナさんがシャワールームを指差し、そう言った。あぁ、頭から抜けていくよぉ……。

 あれは誰でもできる、魔力を通すだけでいい、簡単? でもさっき……。


「詠唱方法で冒険者に必須、と言えば強化魔術です。ですので今日は、まずそれを」


 わかった、とりあえず今頭に入れるべき事は、強化魔術の方法だ。

 違うよ、僕は魔力通せなかったから……多分僕に魔力は流れてないんだ。


「あの、僕、機能魔術も使えないし、魔力流れてないんですけど」

「はい? すみませんが、出身はどこですか!?」

「日本ですけど」

「あぁ、ニホンですか! ……ニホンって?」


 やっぱり知らないよね。


「異世界の、日本という所です」

「斬新な冗談ですね……」


 冗談ではないよ? と言おうと思ったが、語感的に怒っていると取られたら困るので適当な言葉を探すことにした。


「いえ、変な服に、馬を使わずの旅、通貨も持ち歩かないで、魔力もなく、名前も変わっている……ひょっとして、本当ですか?」


 僕がなにか言う前に、ローナさんはそう解釈したようだ。問いにうなづくと、ローナさんは姿勢をピンと正した。


「異世界から来た人の未来は、昔から決まっています……勇者さまか魔王さまになるんです」

「ローナさんこそ斬新な冗談ですね」


 思わず思った事をそのまま声に出してしまう。なんだ勇者か魔王って。そしてどうしようもなく笑ってしまう。あまりにも似合わないよ、僕には。


「……僕がですか?」


 と言ってしまう程に。


「はい……ですが、似合いませんね、オウガさんには」


 え? いやいや、もっと期待していいのよ、僕は未来の勇者か魔王よ?


「ですが、それなら強化魔術が使えなくたって、大丈夫でしょう」


 ローナさんは続けてそう言う。そうだよ、僕なら……大丈夫なわけないじゃん?



 夕食を作ってもらって、僕たちは夜に身を委ねていた。

 僕は体も脳も心も、極度に疲労していた。

 しかし、眠れなかった。

 七愛や菫さん、アリスさんならいざ知らず、昨日今日会った女の人、しかも綺麗な人と一つ屋根の下だなんて、緊張しないほうがおかしいのだ。ローナさんは小さい寝息を立てて眠っているが。

 それにローナさんの、平均的で、美しい自然、谷で、谷間が、見えるんだ。

 自然と足が動く。トイレに来た。


 欠片眼(フラグメント・チップ)が映し出す桃色と息切れ音がトイレの個室に息吹を与えた。そして、氷界王、勇者、魔王を超える、その時が来た。

 僕は魔術師を飛び越し、賢者になるのだ。

 白く薄い、だが確かにそこに存在する紙を……ティッシュが僕の僕の僕を包み込むのだ。

 だが確かにそこに存在しなかった。

 ティッシュがない。トイレットペーパーもない。の癖、ボットンではない。これも機能魔術仕掛(じか)けか。

 僕の僕は、天国へ向かっている最中だというのに、僕はなぜ地獄にいる? 理解できない。


 獣は賢者になる道を外れる。体が硬直した。まずい。

 ここで邪道を進んではいけない。なぜならば、その獣が願うのは安楽の王道だからだ。

 このままローナさん眠る聖地へ向かう? できない。

 崩術を僕の僕に使うか? 潰しちまうか? 嫌だよ。

 なら、今力を注いでいる欠片眼(フラグメント・チップ)なら? どうにもならん、これはあまり役に立たんのだ。


 なら、どうして僕はこの力に目覚めた? なにか理由があるはずだ。例えば、この状況をどうにかするとか。

 だって、ピンチなんだもん、かなり。

 視点を僕の頭の上へと切り替える。


 見渡す限りトイレだ。見渡さずとも僕は滑稽だ。ばかだ、ばかが居る。

 右目を紺碧へ輝かせ、眉間にしわを寄せたばかが居る。僕なのか? これが? うそだろ?

 頼む、この場限りでいい。頼む、助けてくれ。

 頼む、僕を我道へ導け。

 僕は王だ。

 僕は雅だ。

 僕は、王雅だ。


 お父さんの言葉が一つ、欠片眼(フラグメント・チップ)とともに思い出の中で輝いた。


『王のように堂々と、雅やかに自信を持って。自分らしく生きなさい、だからこそ貴方は、王雅です』


 信じたものは、そこにある。僕の手は、それをつかめる。

 僕は、僕が持つ力で、僕ができる事を、僕の手で、僕を信じて。


 空間を切り裂く手は、矛盾を抱える。


「うおっしゃぁああああああああ!」


 ティッシュがあった。ティッシュが生まれた。ティッシュが、ティッシュが!


 全てを終わらせ、ハッピーエンドを作り出した僕はすっかり満足し元居た場所に戻った。

 ローナさんが起きていた。そりゃそうだ、あんな大声上げたら起きるよね。


「ずいぶん元気な声でしたね、そんなに勇ましいものが出たのですか?」


 勇ましいものが出たのじゃなく、勇ましいものから出たのだ。言えないけど。


「すみません、起こしてしまって」

「お気になさらないでください」


 欠片なのに、こんな素晴らしい能力も開花するなんて。

 うわぁ、うわぁ。


 格好いい!


 僕は思わずテンションが上がり、ローナさんの手を握ってぴょんぴょん跳ね回った。

 ローナさんは驚きながらも、一緒に跳ねてくれた。


 よし、冒険者になるぞ。

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