表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第四章 幻想
62/100

第六十二節 レインボーの少女 中編

 息を飲む。何時間も結晶の魔窟を彷徨い、魔獣に行方を阻まれるたびに倒し、倒し。途中、何者かが残した食べかすや冒険者らしきの死体の山を目にしながら、僕たちは進み続けた。

 そしてついに現れた大扉、探索はし尽くした、この先はおそらく核魔獣だ。

 いまも尚、戦っているのか? それとも、七愛が居るというのはデマか? その答えが先にある。


 アリスさんのリュックから、エンドがひょこっと顔を出した。表情は読み取れない、なんだろう。


「エンド? いきなり普段やんないことしないでよ、おっかないな……なんの顔だよそれ」


 うーん、困った表情、だろうか? なんだと言うのだろう。


「菫ちゃん、王雅くん、行こうか」

「ほらエンドちゃんは隠れておるのじゃ、危ないからの」


 アリスさんは緊迫感のある声で扉に手をかけた。菫さんは優しい声音で、エンドをアリスリュックの中へ戻した。


 扉は開いた。


 煌く大部屋、宝石の中のような部屋。中央の結晶の塊に腰をかけている少女が居た。いや、すでに少女という年ではないのかもしれない。僕と同じくらいの年だろう。

 栗梅色の髪は整っておらず、どこか不安定な印象を与える。雀茶色の瞳はつまらなさそうに、地面に転がった大きな魔宝石を眺めている。それと同時に据わっている、荒んでいる。

 口元からなにかが流れていた、なにかと思えば、酒瓶を片手に持っていた。

 まるで廃人のようだ。


 僕の前に居るのは、七愛には似ても似つかない女性。しかし確実に七愛だろうと言える女性だった。


「はっ……よりにもよって」


 彼女はそう言った。視線は僕に移されている、擦り切れたポンチョから腕が伸ばされた……真っ白で、か細い腕が。酒瓶を投げ飛ばし、左腕を軸に、右腕を乗せている。右手の形は親指と人差し指を立てて、銃を模しているかのようだった。


「王雅くんたちの姿で、弁えてよ魔獣風情がぁっ!」


 目を見開いて、金切り声で叫ぶ彼女を見て、僕は涙が出そうになった。


 七愛が、こんなになるまで、僕は待たせてしまった。


 優しい目をしていた七愛、まん丸で軽忽みたいに純粋な瞳を持つ七愛、マイペースで恥ずかしがり屋で、菫さんもアリスさんも七愛の友達もしっかり者というが、僕にはとってもそうには見えなかった七愛。一緒に感動映画を見ればとなりで鼻水たらしながら泣いてた七愛、ドラマの感動シーンでも泣いてたな……アニメでも泣いてた、感受性豊かな七愛。


 もはや、見る影もない。

 部屋を覆いつくすほどの膨らんだ殺気に、息苦しさを覚える。


崩丸(ほうがん)っ!」


 収束しつつあった緑色の光が、七愛の指先で輝く。それは弾丸のように僕に向かって進んだ。


 動けなかった、菫さんとアリスさんに突き飛ばされてから、攻撃されたのだと理解した。


「な、なめぇ、ごめんっ、ごめんなさい!」

「いやいや王雅、母上は酔っ払っておるだけじゃし、髪型はあれじゃが……あの目は王雅とおらぬ頃、よくしておった目じゃ。いや、もうちょっと優しげじゃったかな」

「ほら、ボクらの姿を真似てくる結晶魔獣も居たでしょ? それだと思ってるんだよ。それにしてはちょっと、様子がおかしいけど。ていうか崩術を真っ向から受けようとしちゃだめでしょ! お母さまのあれは別格なんだよ!?」


 結局昔と同じなのか違うのかどっちなんだ。


「王雅くんが居ないの! 菫ちゃんもアリスちゃんも居ないの! だれも、居ないのに!」

「七愛! 落ち着きましょう! 僕は本物です!」


 七愛の目は、さらに鋭く。七愛の口は、歯をかみ締めているように震えていて。七愛の殺気は、それだけで僕を殺さんと肌を突き刺す。

 軸にしていた左手が伸びる、その手先に黒い本が表れた。なんだあれ……裏面に四つの目、表面に三つの目が七愛と同じように、鋭く僕を睨んでいる。


「七魔の原典……色欲手鏡アスモデウスミラー


 つぶやかれた瞬間、次は右手に禍々しい手鏡が現れる。七愛も創造が使えるのか? まさか。おそらく七魔の原典というのが本の名前で、色欲手鏡アスモデウスミラーというのが手鏡の名前だろう。


 その手鏡を僕に向けると、僕が移った。うん、え、なに? よくわからなくて、菫さんとアリスさんを見た。すると、彼女らも鏡を直視していた、どうやら三人とも鏡に映ってしまったようだ。

 なんか……様子がおかしい、菫さんなんか顔が異常に赤いし、アリスさんは乙女の顔をして七愛を見ている。


「胸が苦しいのじゃ……」

「これ、魅了(チャーム)の効果があるみたいだね……ボク、お母さまが愛おしくてしょうがない!」


 僕どうにもなってないんだけど……あ、すでに惚れてるからか。


「死ねっ!」


 七愛の言葉が大部屋の中で反響する。死ね? 死ねって、死ねって命じたら、まさか言うとおりになっちゃうのか!

 まずい!


「いや、そこまで耐性ないわけじゃないのじゃ。自害などせぬわ」

「まあね、でもなんか……動く気が起きないや。元々王雅くんに任せようと思ってたし、がんばって」


 ま、そうだな。ここまで来たんだ、七愛を見つけたんだ。もう焦ることはない、いま酔いを醒ましてやる。


「どうして!? 怠惰椅子ベルフェゴールチェア!」


 手鏡が消え、次は椅子が現れる。


 それを見た瞬間、僕は強烈な眩暈に襲われた。


 疲れた、眠たい、なにもしたくない、激しい無気力感と疲労感に襲われた。そして、あれに座れば楽になれる、自然にそう思った。足は進む、椅子に向かって。


 しかし、立ち止まれた。そんなことしている場合じゃない、七愛を向かえにきたんだ。


「七愛、僕、長内王雅」


 思考が回らず、どうしてか自己紹介をしてしまった。ふらふらとした足取りで、七愛に向かう。座ったまま、泣きそうな目になった七愛に。


「片言じゃんっ! 偽者!」


 殺気は消えていない。


「僕は」

「もういいっ! 聞きたくないよ! 憤怒剣サタンエッジ!」


 あれはまずい、一番やばいやつだ。威圧感が跳ね上がった、魔王鎧でも防げないと直感できる。


「僕は、七愛を、愛してます。七愛、もう大丈夫ですから!」


 憤怒剣サタンエッジを握る手に、僕は手を重ねる。七愛のほうが、冷たい手をしている……いつもぽかぽかだったのに、こんな冷たい手をしている。


「僕の手、暖かいでしょう? 僕も結晶の魔獣と戦いましたよ、冷たかったですねあれ……ね、七愛」

「うそ……でしょ、王雅くんなの? 本物の? 幻覚なの!?」


 目元がきらりと光って、涙がこぼれ落ちる。生暖かい涙が僕と七愛の手ではじけた。


「もう一人ぼっちにさせません、もう、絶対に。七愛、髪の毛ぐちゃぐちゃです、目も荒んでます……いつも髪型は毛一本乱れなく、目はまん丸の軽忽面だったのに……かわいい顔が台無しです、おっぱいは相変わらずですけど」


 言い終わった瞬間、七愛に手を引っ張られ僕は姿勢を崩した。七愛のお腹にしがみついて、頭を強く抱かれている。


「痩せましたね」

「だって、みんな居なかったんだもぉぉん!」


 七愛は子供みたいに、『うぇぇぇぇぇん』と泣き声をあげて、僕を抱く力が強くなった。いい加減苦しい、息ができねえ。ていうか臭い、臭いというか、胸焼けしそうなほど甘い香りがする。転移した格好のままだし、まともに風呂も入ってないのか、洗濯すらしてないのか。

 いつもの百倍はきつい香りだ、甘すぎる、お菓子に包まれてるみたいだ。


 でも、なんだか安心した。嫌いになれない匂いだった。


 当たり前か、好きな人のもんだし。


「べぶっ!」

「わっ!」


 結晶の山は崩れ去り、僕と七愛はすべり落ちて転がった。ここも水の膜がはってあるからビショビショだ。

 気づけば。互いに背に手をまわして、横臥おうがしていた。至近距離で七愛と見つめあう、いつもなら照れくさいけど、いまはなんか、うれしい。


「七愛、ひっどい顔ですね。鼻水ちーんしなさい」

「王雅くんも、涙と鼻水だらけだもん……お揃いだからこれでいいの」


 そっか、お揃いか。ならこれでいい、これがいい。


「ほれ」

「ほんとにひどい顔だね……」


 菫さんが七愛に、アリスさんが僕に手を差し伸べて、僕らはそれを取って立ち上がった。


「ずびれじゃぁん! あじずじゃぁん!」


 ほぼなにを言っているかわからない七愛は、菫さんとアリスさんに抱きついて、三人で固まって動かなくなった。僕が見たかったもの、僕が求めていたものが、ここにある。


「母上……妾の位置がその」


 言われてみればたしかに、菫さんは七愛の胸に顔を埋めている、変わってくれてもいいんだよ……菫さんも七愛も変わってくれてもいいんだよ、胸に顔を埋めたいし、埋めてほしい。うん、でも、僕はなにも言わない。さっきも僕に譲ってくれたし、今度は僕が譲る番だ。

 菫さんも、アリスさんも、僕との付き合いより七愛との付き合いのほうが長い。そうでなくたって、七愛のことが大好きだ。きっと僕が抱える好きとは違う好きだけど、やっぱり僕らは家族だから、お互いが好きで好きでしょうがないんだ。


「そういえばお母さま、どうしてこんなことしてるの?」

「え? っとね、いっぱい魔宝石を集めれば王雅くんたちを召喚? できるって聞いたんだよ」


 僕は口をぽかーんと開けた。菫さんはぶるりと七愛の胸で震えた。笑ったないま。アリスさんは信じられない軽忽を見るように七愛へ上目遣いを送った。


「七愛、それ騙されてますよ。魔宝石にそんな力はございません」

「えへへ、でも、見つけてくれたもん」


 有無を言わさないかわいさだった。こいつ僕よりちょっぴり年上なんだよな、このかわいさあり? アウトじゃないか?


「さて、そなえるかの、姉上」

「うん、そうだね。これを超えればグッと楽になる」


 なんのことだろうか。


「なんのこと?」


 僕のかわりに七愛が聞いてくれた、僕もよくわからない。


「もうそろそろ気絶した魔王軍兵が見つかっていてもおかしくない。きっとボクらの痕跡を見つけて入り口で待ち構えてるか、進入してくるよ」


 そうだ、そうだった。すっかり忘れていた、魔王軍とかいうのが居たんだった……さすが七愛、近くに居ると危機感をそぎ落としてくる。ムードというのか、なんというのか、七愛のそれはとにかくすごいのだ……男ならわかると思う、こんな女の子と居て和まないのは男じゃない。不思議となにもかもを許してしまえるような、七愛の雰囲気。


「王雅兄ちゃん、残念だよ」

「炎界王、アレクトさん」


 大部屋の扉を埋め尽くす魔王軍、その中央に立つ炎界王アレクト・ハイマックスさん。そして横に車椅子の少女……闇界王アルナ・ハイマックスさん。

 対して僕らは四人ぽっちだ。


 だけど、もう。

 もう誰にも、もう誰にも邪魔はさせない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ