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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第四章 幻想
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第五十七節 アヴェンジャーレッドの憤怒 前編

 アリスさんがなんとかよれよれと歩き、退場した。


「魔術、体術、あらゆるものを超越せし者。超越者・レッドォォォォォゥ・アヴェンジャーァァァ!」


 赤き復讐者? 七愛、なにを考えてそんな名前を……まあ、神世界に来てから結構な時間が経った。恨みのある相手の一人や二人居たとしてもおかしくはないだろう、うん。

 出てきたのは、茶色くすりきれたローブをまとった七愛と同じくらいの背丈の人物だった。


「なおこの試合では、素顔を晒すことが認められています」


 それを聞いた七愛が、ローブを取り去ろうと動作する。僕もそれに合わせて……鎧をあれ、おかしいな、あれ。


「会いたかったぜ……」


 あれ?


「誰ですかあなた!」


 かっこよくローブを投げ捨て、現れたのは少年だ、僕によく似た少年だ。僕より身長も低く、顔立ちも幼く、ただ目をぎんぎらぎんに光らせて僕を睨んでいた。

 七愛とは似ても似つかない、僕には似てて似つく。


「だれ、だと? ふっざけるなよぉ! 捨てたどころか、俺のことさえ忘れたのか!? なんだその他人行儀な、口ぶりはァァァ!」


 だめだ、本気で怒っていらっしゃる。僕がなにをしたってんだ、僕が彼を捨てたのか? だめだ、思い出せない、まったく思い出せない。こんな僕に似た少年を僕が忘れるだろうか? 絶対に忘れない。


「いいぜ、名乗ってやる! 俺は紅我(こうが)! お前の、弟だ! 行方知れずのお前を、この世界に呼び出したのも、ここにお前の女が居ると情報を流したのも、すべて俺だ。決着をつけようぜ、兄貴」


 僕に弟が居たのか! この僕に!? そんな聞いたことない、お父さんはんなこと一言も言ってなかったぞ! えぇ、お父さん、隠し子が居たの? いやいや、それだとおかしい、僕に似ているわけがない。お父さんは義理のお父さんだ、ということは僕の本当の両親との子か? えぇ? ていうかこの世界に召喚したのはこいつ? ってことは、あの転移は召喚だったのか? どうやって、いやその前に、なぜ? 決着? 知るかお前を知らないから知るか!


「人を裏切り、国を裏切り、神を裏切り、たった一匹のバケモンのために、家族さえも……俺さえも! 裏切ったお前は! 許さない! 連れて帰って、然るべき罰を受けさせてやる!」


 絶対僕のことじゃないなこれ。他人の空似だ。


「アテ、アーグ、ラーケ、メガアクティブ・ラン!」


 聞き覚えのない詠唱、しかしどこかで似たような詠唱を聞いたことがある。どこだっけ、くそ、ていうか僕も詠唱しなければ。

 僕は少年に手を向けて、詠唱を始める。


「アテ、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン!」


 僕が言い終わると同時に少年はぶつくさとなにかをつぶやいた。と認識した瞬間、後ろから衝撃を受けた。この衝撃も間近、少年、紅我さんは消えていた。まさか、最近さらに研ぎ澄まされてきた僕の動体視力と思考速度を超えて後ろに移動した? ありえない、あるものかそんなこと。


 僕は勢いよく地面をすべった。ペンギンみたいに優雅に滑っていって、壁に激突した。

 しかしダメージはさほどない、立てる。


 立ち上がって紅我さんを確認すると、ぼっ立ちで僕をまだにらんでいた。しかし天に掲げられた指先からは、見覚えのあるものが光っている。月にも似た巨大な、巨大すぎる球体。それが凄まじい速度で、しかし無音で僕に接近する。


 逃げる場所を探していると、視界の端で観客たちが悲鳴を上げて逃げていくのが見えた。なるほど、この闘技場の中心部だけではなく、観客席まで被害が及ぶ規模か。真下から見ているとサイズ感がおかしくなるな、これほど巨大だと。つまり、逃げ場はないということだ。エンドは観客席に居たんだったな、大丈夫か? せめてエンドの身は守らないと……視界の端にエンドを抱えている菫さんが見えた、よし。


 ならば受ける。


 悲鳴が遠のいていく中、僕は青白い光に包まれた。燃えているような激痛が体中に走る、こともなく僕は突っ立ったままだ。


「紅我さん、僕は本当にあなたを知りません。速やかに召喚の謝罪と七愛の所在を吐けば許します。いや、許しませんけど」

「な、どうしてだ! 無傷だと!?」


 ええい、とか言いながら紅我が詠唱に入る。なるほど、戦うわけか。


 砂塵に黒い粒子が紛れ込んだ。僕の鎧は肩部が剥がれ落ち、それを皮切りにあらゆる部位が鉄の板となる。その下から黒く禍々しい鎧が顔を覗かせる。黒き粒子をほとばしらせながら、威圧感をもたらす。繰り返される悲劇(リワインドパースト)よりは恐ろしくなく、ただただ黒く、美しい鎧だ。と言っても、一番目さんの鎧よりは繰り返される悲劇(リワインドパースト)に似ている。残念だがまだ名前がないから、かっこよく変身を叫べなかった。まあ変身なんて済ませてあるけど。仮名は魔王鎧。僕が魔王であったとき、魔剣の魔王と呼ばれていたが、真の魔王としての能力は鎧だったみたいだ、だから魔王鎧。


「謝罪迅速に」

「ふざけるなぁ!」


 情けない声で彼は叫んだ。僕は欠片眼(フラグメント・チップ)で僕の頭から胸元までの大きさを持つ石を出現させ、左手でそれに触れた。


「僕が持つ能力は目に見えるものの創造、目に見えないものの創造、そして……侵蝕(しんしょく)


 石に黒い粒子が集まり、真っ黒に染め上げた。気づけば紅我の腕を吹き飛ばしていた。遅れて血が噴出し、乾いた土の地面を赤く湿らせる。次第に彼の顔は苦痛にゆがんでいき、吹き飛んだ右手を押さえてうめいた。


 異彩眼(アナザー・アンノウン)でただの石を飛ばしたとしよう。やりすぎると石が砕けたり燃え尽きたりするかもしれない。異彩眼(アナザー・アンノウン)自体に強度を上げる機能はない。あるいは絶妙に押し固めればできるかもしれないが、そこまで行くと制御がめちゃくちゃ難しい。魔王鎧の能力、侵蝕は強度を上げ、さらに修復機能を付与する。ほかにもいろいろできるけど……まだ慣れてないから無理だ。秘められた能力に気づいても、それを完全に使いこなすとなると話が違う。欠片眼(フラグメント・チップ)は使い慣れた能力だしすぐに慣れた、異彩眼(アナザー・アンノウン)はそこそこ使ってたから、がんばって慣れた。に比べ魔王鎧は昨日今日使えるようになった能力だ、いきなり使いこなせない。


 それでも、十分すぎる能力だ。欠片眼(フラグメント・チップ)で突然生み出される物質。魔王鎧の侵蝕でバカみたいな強度になり。異彩眼(アナザー・アンノウン)で決して壊れないであろう物質を音速突破で射出。いくら強化魔術で体を頑丈にしようと、より硬く、より速く、より威力があるものがぶつかればどうなるか。体が消し飛ぶ。


 というか、耳を狙ったんだけどな、まだまだ精度が低い。


「あぁ、クソ、俺は負けねっえっ!」


 ゆらゆらと僕に向かって歩いてくる紅我。僕を許さない? 僕がお前を許さん。くそが、僕たちを離れ離れにしたのが、勘違いだと?


「セット」


 と言いながら、僕は左手の中指を親指の根元にぶつける。


 僕は少年の後ろを取っていた、小さな背がよくわかる。年齢もアレクトさんとそう変わらないだろう、僕はこんな小さい子の……両腕を奪ったのか。しかし後悔はない、ぜんぜんへっちゃらだ。むしろなんだか。腰元に指した剣を侵蝕させながら抜き、放った。僕至上最速の一撃。体に痛みはない、異彩眼(アナザー・アンノウン)で痛覚を遮断しているし、もししていなくとも、この鎧があれば無理のある動作速度でないから。


「さようなら」


 十分痛めつけられただろうか、次で終わりにしてやろう。もちろん勘違いでした召喚なのだから、故意で僕らを離れ離れにしたわけではないだろう。でも人はな、たとえ勘違いであろうとも、許せないことがあるんだ。教えてやる、来世まで覚えておけ。


欠片眼(フラグメント・チップ)


 落ちてくる、巨大な石が。触れ、黒くする。一度左手で触れ、その場に浮かせる、二度目の接触で回転。次触れれば、この石は回転されながら射出され、彼をバラバラに引き裂くだろう。


異彩眼(アナザー・アンノウン)、バグ……セッ」


 手を掴まれた、意識の外からだ。菫さんか? アリスさんか?


「僕の愚弟がとんだ迷惑をおかけしたね、本当に申し訳ない」

「はっ?」


 否、男の声。


「今回、手を引いてくれるのなら君が愛する女性の居場所を教えよう」

「王我……さん。なるほど、彼はあなたの弟でしたか」


 申し訳なさそうに彼は立っていた、いつ来た? いつ近づいた? わからなかった、意識が紅我に集中しすぎていた。


「紅我、しばらくぶりだね。その後は元気にしてた……かな?」


 最後の二文字の瞬間、紅我の腕は再生し、再度斬りおとされた……それが何度も繰り返される、王我さんの手によって。


「どうかな、これで殺すのは許してやってくれない?」


 王我さんが紅我を蹴り飛ばし、頭から地面に落ちた。危険な落ち方だ、死んでもおかしくない。実の弟なのにすごいなぁ。どうしようかな、七愛の居場所を知ってるって言ってたよな? もし紅我を殺したら教えてくれないかもしれない、それは困る。欠片眼(フラグメント・チップ)の記憶を盗み見る力があれば、こんな悩みを抱えなくて済んだのに。前に会ったときは動揺してて選択肢になかったし、今回は能力が失われて使えない。いつか彼の思考を読んでみたいものだ、なに考えてんだかあまりわからないから。そもそもどうやってこの場所を知った? いままでどこに居た? 考えても仕方ないか。


「まあ……いいでしょう。彼、あなたに用があるらしいですよ。今後このようなことがないように、しっかりお願いしますね」

「もちろんだとも。また会おう、王雅」

「あ、あと空さんをこっ酷く振っちゃったので、アフターケア頼みます」

「空も来てるんだね……彼の運命はこの世界を必要としていないのに、誰かの運命が空を必要としているのだろうね」


 で、七愛の居場所は?


「それで、どこです?」

「北の都市、ゴルモーラーテ。君の残されし愛はそこにある」


 そりゃどうも。


「菫さぁん! アリスさぁん! 七愛の居場所がわかりましたぁ!」

「ちょっと待つのじゃ王雅! どういう経緯じゃ!?」


 菫さんはエンドを抱えたまま、中央に降り立った。二人とも無傷、よかった。


「菫ちゃん、あとで王雅くんに話を聞こう。王雅くんのそっくりさんたちは放っておいたほうがいい」

「終わったら話を聞くという話じゃったが、そうじゃな。いまは母上じゃ」


 なるほど、終わったら紅我に話を聞く予定だったのか。


 ただいまは、全力で走ろう。これで最後だ。


 魔王鎧で走ると速い。うん、もう町を出た。しまったなぁ、紅我に氷界王との関係を聞くのを忘れていた。紅我の召喚を氷界王が手伝ったのだろうか? まあそれもいいか、七愛に会えさえすれば。


 七愛、今度こそ向かえにいくよ。

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