第五十一節 ビジョンブルーの夢 後編
妖怪ってのはなに? というジトたんの質問で僕たちは昼食の手を止めた。
ジトたんの出会いから一日、寝るときはドキドキしたなあ。そして今更になって、あのジトたんが目の前に居るという事実に感動している。
それよりも、質問に答えなければ。こっちの世界よりも質のいい保存食をジトたんからもらったことだし。
「諸説ありますが、幻という説が有力ですね。妖怪を知っている僕でも否定しきれませんし」
「幻……ジトも幻という可能性はあるんか?」
「考えましたけど、ないと思いますよ。妖怪の出自というのは想像妊娠に近いんですよ」
昨日僕が考えたこと、さらにジトたんの人生をさらに細かく話した。アリスさんのために預言者さんの言葉も補足した。アリスさんは『忌々しい』とこぼし、なにか考え込んだ様子を見せる。
「改めて問いますが、僕の知っているジトたんと、実際のジトたんの相違点は?」
「ない、きめぇ」
なんだろう、ジトたんに罵られると体の芯が熱くなるというか。
「ジトたんが持っていた携帯保存食、これは食べられますし僕もアニメで見たデザインです。日本には売ってませんでしたが、実在するものなんです」
現にここにあるから、実在する。
「だから妖怪とは違うんですよ、ジトたんは。妖怪は想像妊娠、想像から生まれたものです。やってきたことは生まれた後にやったこと、そして出来事に多少の差異がある。見た人が伝えたのだから当たり前ですよね、想像妊娠で出来事までは現実にできません。生まれてしまう想像妊娠、それが妖怪です。しかしジトたんはどうでしょう、差異がまるでない。ジトたんのお友達、親族に至るまで一貫してジトたんを見てきた人はいません。ジトたんの人生のすべてを知るものが書いたものでもない……そしてこの携帯保存食含むジトたんの所持品。現実に存在しない武器などを持った妖怪も居ますが、あれはもはや体の一部のようなものです、生まれながらに持っていたものです。ですがジトたんの所持品は違うでしょう? 途中で手に入れたものばかりで、生まれながらに持っていたものは一つとしてない。だというのに実在している、幻じゃない。でも僕たちから見れば、ジトたんはアニメのキャラクターです、だから結論を言えば、わからない。ジトたんは僕たちが簡単に思いつくような、単純な出自ではないでしょう」
ジトたんも、菫さんも、アリスさんも黙って聞いていた。
「さすがオタクは得意分野に入ると饒舌だね、いつもの王雅くんじゃないみたい」
いやいや、ここで茶化さないでくださいよアリスさん。
「聞いといてなんだけどさ、べつになんでもいいや。ジトはジトだし、ジトはいままでのことを覚えている、経験してる。あのときの痛みも、あのときの喜びも、全部本物だから」
「そうです、ね」
でもジトたんの正体を知れば、僕の正体に近づくかもしれない。やはり怖い、幻と言われてしまうと、僕はなんなのかと。
なんであの世界に赤ん坊の僕が居た? なぜ妖怪は成長しないのに僕は成長する? 欠片眼や異彩眼なんて人間離れした力がなぜある? それは大和さんもそうか……先行者だってそうだ。やっぱり僕は幻世界で捨てられた普通の人間なのか? じゃあ一番目さんは? 僕じゃない僕の正体がわからない。王我さんは? どうしてあんなに僕に似ていた? やっぱり幻なのか? 人間じゃなかったのか? いやだったらなんで成長……だめだ、堂々巡りだ。というか、こんなことを考え出すって余裕ができたのかな……できたんだろうな、正直アリスさんは頭がキレるし、感が鋭い。そしてなにより、七愛の情報を掴んでいるとさっき聞いた。
「アリスさん、本当に情報どおりなら七愛に会えるんですよね?」
「情報が正しければね、もしお母さまに会えなくても、手がかりはつかめると思う。ジトちゃんもこう言ってることだし、気にしなくていいんじゃないかな……王雅くん」
僕の名前を強調して言われた。ジトたんが、というよりは僕が気にしていることのほうがいけないのだろう。そりゃそうだ、七愛はまだ見つかったわけじゃない。アリスさんと再会できたからといって、気をゆるめるにはまだはやい……そう考えると、ジトたんと行動を共にしようと考えたのは早計だったか?
いや、でもやっぱり、ほっとけないよ。もしジトたんの仲間も存在するとして、彼らもジトたんの帰りを待っている。そして僕も、ジトたんの帰還を望むうちの一人だ。
「ジトたんは再び転移し、元の世界に帰りたい。帰る世界は違うけど、僕たちも元の世界に帰りたい……七愛を見つけたあとですが。だから世界を転移する方法を知れれば僕もジトたんも帰れます」
「それに妾たち鬼と、王雅や母上たち崩術師は幻世界へと渡る術をもっておるのじゃ。もし転移に技術が必要なら、妾たちで手助けできると思うのじゃが」
菫さん、乗り気じゃなかったのにジトたんのためを考えてくれている、優しいなやっぱ。
「菫ちゃんはこの世界の敵、魔獣の知識もあるし。ボクも菫ちゃんと同じくらいには強いよ? 生身のジトちゃんよりは腕が利くと思うけど」
「僕も魔獣知ってるんですけど! 戦えるんですけど!」
ジトたんは僕の言葉を無視して、菫さんとアリスさんとエンドを見る。
「言ってることはわかる、だけんども強いのならジトは必要なくない? ジトにメリットがあってもそっちにはない。菫もアリスも強いしエンドはかわいい」
ちょっと待て、菫さんとアリスさんはわかるけどエンドは違うぞ、僕側の子だぞ。かわいいと言うのならせめて僕にもかわいいと言ってくれ、そのアニメ声優と同じ声で僕を、僕を褒めてぇ!
「メリットならある、ボクらが旦那さまの望みだからね。それに戦う力ならボクたちのほうが上でも、サバイバル能力ならジトちゃんのほうが上でしょ? いまは自分たちがどこに居るのかもわからないからね。お母さまの情報が正確だとしても、日が経てば正確ではなくなるんだ」
たしかに、劇中のジトたんはサバイバル訓練で群を抜いて好成績だった。同期の連中に引かれてたくらいだ。まあジトたんはなにやっても凄かったけど……訓練中に別荘建てたのはジトたんくらいだ。もはやサバイバーというより、開拓者だ。ていうか待て、僕を無視しすぎている、僕の望みを叶えたいというのなら構えよ!
「ねえエンド、みんなが無視するんだよ。エンドは僕の味方だよね?」
エンドはやはり出てこない。図太くなってきたな、居留守かよ。だんだんずる賢くなってきてやがる、こいつほんと! たまにゃ味方しろよな!
と思ったら、エンドの代わりにアリスさんが僕を凝視した。
「うわあ! なに王雅くん! なにその、喋り方!」
そっか、アリスさんは僕が動物とお喋りしたところは見たことがなかった。菫さんはあんまり驚かなかったけどなぁ、一度そういう場面を見ているからだろうか。
「そっちのがいい、敬語似合ってないあんた」
ジトたぁ……ん。
「敬語やめたら好いてくれます?」
「浮気を許した覚えもないしボクをスルー!? 王雅くん、王雅くんっ! どうしよう菫ちゃん、ボク透明になっちゃったよ! 王雅くんに見えてないのなら、ちょっと開放的なファッションにしちゃおうかな」
後ろで騒ぐアリスさんへ僕は急いで振り返る。アリスさんは体中から黒い電気をほとばしらせていた。開放してんのはファッションじゃなくて能力だよな、なあ?
アリスさんが笑みに染まる、やられた。
「やかましぃんだ! 頭痛くなってくるな!」
「まったくじゃ!」
「あんたも昨日悪乗りしてただろ! 妄想と現実がどうとか言ってたやろがい!」
やかしいな菫さんとジトたん。
本当におとなしいのは、エンドだけだった。
「はあ、まあいいか。とりあえずジトはあんたらと同行してもいい……もうすこし静かにしてほしいけど」
「じゃあジトちゃん、お手並み拝見」
昨日は普通に食って野宿したけど、今日から目的の地を目指して本格的にサバイバルだ。といっても、まずは生き残ることが優先だろう、ここは山でも平地でもなく、人の手が加わっていないような森だ。しかも動物も魔獣も姿を現さない、虫はいるけど食べたくない。
菫さんとアリスさんは拠点を構えそこから動かなかった、まともに旅をしたことがあるのは僕だけで、本格的なサバイバル経験はジトたんだけ。
ここからは僕とジトたんが力をあわせなければ、生きていけない。だからアリスさんはジトたんの知識を欲しているのだろう。
「まずは持ち物の確認だろーな」
まず、菫さんがひびの入った剣と銀貨二枚を置いた。え、こんだけ? え? ていうか剣ボロボロだな。
次にアリスさんが背負っていたリュックから、裁縫セットと手紙みたいな封筒、消毒液に絆創膏、ガーゼにテープ、百円ライターとときぐしを取り出した。え、こんだけ? ついでと言わんばかりに頭に装着しているゴーグルつきヘッドフォンも地面に置いてみせた。関係ねーよ。
僕は微笑をこぼしながら、ポケットからスマフォと、ひもでくくりつけた盗賊伝書を衣服の中から取り出した。え、こんだけ?
「あれ? 僕の鞄は?」
「先行者とやらの戦いのとき降ろしておったじゃろ」
戦うときはいつも無意識に身軽にしてんだよな、ってことは。
「あ。全部ないですわ、全部置いてきちゃいましたわ。あ。もいっこありましたよ、預言者さんにもらった変な輪っこ」
黒い輪っこを地面に置く。
「や、役に立たねぇ……まじでかこいつら、ジトにどんだけ働かせるつもりだ! ボイコットするぞ!」
出た、ジトたんの十八番ボイコット脅迫! 生で聞けるなんて感動だなあ。
「といってもジトもたいしたものはもってないけど」
そうだ、ジトたんはパイロットスーツ着て転移して、ジトたんが乗る専用機、巨大ロボット……天秤を傾ける巨人のコックピットに持っていけるものしか、持ち合わせていないはずだ。衣装が軍服なのは天秤を傾ける巨人に乗せといた予備だろうな。
ちょっと待て、じゃあ天秤を傾ける巨人はどこにやったのだろう。
「天秤を傾ける巨人は?」
「その名前すら知ってるのか、引くわ。あいつは夜が明けない世界、幻世界だっけ? に着いた瞬間に大破した、最後の戦いでだいぶ無理させたもんな。いま持ってんのはこんくらい」
ジトたんが大木の根の上に缶詰と水の入ったパックをいくつか並べ、最後に長方形の球体がついた物体を優しく置いた。
「そ、それ、もしかして」
驚いた、まじかよ。
「天秤も知ってん?」
天秤、天秤を傾ける巨人の起動キーであり、マルチツールでもある。双眼鏡にもなるし、録画もできるし、再生もできるし、通信もできるし、レーダーにもなるし、太陽充電も自家発電もできる、スコップにもなる、ノコギリにもなる、武器にもなる。頭がおかしいほど機能が搭載された天秤。劇中のサバイバル訓練でジトたんは使用しなかったけど、使っていいならサバイバルなんて余裕だろ。
「水を確保しなくちゃ、まずは水、なんといっても水」
「それならボクのゴーグルで探せるよ」
アリスゴーグルすげー。
「次に水を入れる袋かなにかが必要」
「妾の足で走り回ればまあ見つかるじゃろ。ついでに果物や動物も探すのじゃ」
菫足すげー。
「あとは燃料、ここは幸い木がたくさんあるから、だれか」
「菫さん、エンドを連れていくといいですよ。エンドは無害な食物を見分ける能力があります」
「おいあんたは!? あんた木切らんかや!?」
だってどう考えたって、魔術使えない僕より、菫さんとアリスさんのがマシじゃん。異彩眼を使えばできないことだってないけど、体壊すし。それにさあ。
「知ってますよジトたん、天秤はチェーンソーにもなると」
「げっ! 働きたくない!」
許しまへん。
では僕はなにをしようかな。そうだなあ、僕にしかできないこと……道具の作成とかか?
「では僕はアリスさんに付いていって、釣りでもしますかね」
「道具は?」
欠片眼で竿をイメージし、生み出す。
「そっか、王雅くん、ボクが知らないところでいろんなこと、できるようになったんだね」
寂しそうに、辛そうに、だけど嬉しそうに、アリスさんは言った。
「二人きりになったら、全部教えてあげますよ」
「淫らなことも?」
「ふしだらであるさま」
「それじゃあ、淫らなことを教えてるんじゃなくて、淫らのことを教えてることになるよ」
はい、話も終わったし行こうね。
「王雅くん、で、淫らなことは?」
「姉上……いつまでもやっておると、日が暮れるのじゃ」
「菫わかってんじゃん、サバイバルは夜との戦い。すべては夜に備えて行動する、明日も明後日も、夜を生き抜くことがサバイバル」
ジトたんと菫さんとのやり取り……萌える。
「じゃあ、いこっか」
ゴーグルを装着したアリスさんは辺りを見渡すためか一回転し、歩き始めた。僕もそれに続く。菫さんは太い枝から太い枝へと、飛んでいった。彼女は忍者かなにかなのか?
ジトたんは動かない、まあやるときゃやるだろ、過度な休息を取りながら。必要な分は集めてくれるはずだ。
アリスさんの後ろ姿を眺めながら歩くと、水の流れる音が聞こえた。
「アリスさん、すごいですねそのゴーグル」
「ま、ボクが作ったものじゃないけどね」
アリスさんのゴーグルヘッドフォンって、出会ったころからつけてるけど菫鬼は標準搭載なのだろうか。いや菫さんつけてないしな、水場を探せるゴーグルってなんなんだよ。
割り箸もどきを創造。
「ではだれが?」
「ボクも知らない人だよ。これを高額で売っててね、妖怪が見える子だった」
「幻世界ではなく、日本での話ですか?」
遅れないようにささっと幼虫を探す。気持ち悪ぃ、居た。何匹か確保し、ゲージを創造してそこに突っ込む。
「うん、そう。屋根もない露天商してて、すごく美しい子だったから試しに買ってみたんだ。日本に来てすぐのころだったから、これが日本に流通してるものだと思ったよ。技術として確立してるってね」
アリスさんの言葉から映し出された川に寄り、岩場に腰をかける。
「美しい子ですかぁ」
「王雅くぅん、あのさ」
「冗談ですよ、てい」
がんばって割り箸もどきで虫を針に通し、川へ投げ込む。
「だれだったんだろうね、これすごいんだよ?」
ゴーグルを外して、それを指差したアリスさんの声はせせらぎに溶けた。ついでに僕の脳も溶けた。アリスさんはゴーグルの機能について説明をし始めた。初めて聞いたけどこりゃあれだ、天秤に勝るとも劣らない。天秤はサバイバルや日常生活に役立ったりと汎用性が高いけど、このゴーグルヘッドフォンはどうやら専門的なことに特化しているみたいだ。ゴーグルは液晶ディスプレイのようなものらしく、見る、聞くことに関して最大限発揮できるように詰め込まれた機能、オーバーテクノロジーだ。アニメじゃないんだから、そんなもん売ってたやつって何者だよ。
「さて、水も見つけたし菫ちゃんに知らせようか」
「戻ります? 僕は釣りを続けましょうかね」
一匹も釣れてないし。
「あ、王雅くん一回竿上げて」
言うとおりにした途端、心臓がとどろいた。天から黒い雷が落ち、川へ流れ込む。水に浮く黒い電気が蛇のように走る。正直雷だけなら菫さんよりアリスさんのほうが扱いがうまい。彼女らの技を見てもそうだ、菫さんは雷と剣技を融合させた技を使うが、アリスさんの場合は雷単体が多い。雷の使い方、アイデアもアリスさんが勝る。
おそらく、黒い雷を落としたことで居場所を菫さんに伝えるのが目的なのだろう。
「さて、菫ちゃんが来る前にちょっとだけ」
肩と肩が、ぶつかった。
「王雅くん、ボク、心細かったよ」
「え……? 意外ですね……いや、空気読めてない冗談じゃないですよ。やっぱりアリスさんはうまいやり方を思いついていましたし、事実ちゃんと僕らを見つけられたじゃないですか。だからなんていうのか、アリスさんの口から心細かったなんて聞くことになるとは」
僕の肩を押す力が強くなる。
「ボク、妖怪だけど、ちゃんと女の子だよ。王雅くんのことが大好きな女の子だよ、夫を愛する妻だよ。菫ちゃんに会えないことが寂しくて、お母さまに会えないことがもどかしくて、王雅くんに会えないことがつらいと思う女の子だよ」
「やっぱりさっきのは失言だったみたいです」
「ねえ、キスしていい?」
「え?」
そ、それはちょっとこう、久しぶりに会ったから恥ずかしいっていうか、菫さん足速いからすぐ来ちゃうっていうか、心の準備ができてないっていうか。
「菫ちゃん、キスしていい? って聞いてるの」
「ほじゃっ!? 妾に言っておった!?」
「盗み聞きしてる悪い子にはお仕置きしちゃうぞ~」
居たの!
「いや、なんというかこう、イチャイチャしておったから邪魔かなと思っての」
「菫ちゃんが邪魔なわけないじゃん、ボクは菫ちゃんのことも愛してるんだから」
「姉上……妾も姉上を愛しておるのじゃ!」
「エンドぉ、菫さんの中から出てきてくれえ! 僕をぼっちにしないでぇ!」
エンドは菫さんの胸元からひょこっと顔を出した、口に食べかすをつけている、こいつ食ったな!? 僕らの食料をつまみ食いしたな!
「王雅くん、さっさと魚取ってよ」
「いや、え? なぜか一匹も釣れないんですけど」
「なんか浮いておるよ?」
あ、さっきの雷で魚が死んだのか。僕の意味、ないじゃん。ジトたんの手伝いでもしとけばよかったか? それではアリスさんと話できなかったか。
ジトたんの元へ戻ると、彼女は夢路をたどっていた。まだ日は落ちていない、ぜんぜん集まっていない木材は僕が集めよう。