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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第一章 神世界
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第五節 サマーグリーンの異世界 後編

 戦慄した。

 宴会王ではなく、炎界王だったらしい。

 炎界王アレクト。彼は騎士、どころか国を挙げても太刀打ちできない。むしろ、国が滅ぼされるくらいだとか。

 それを倒した僕……ていうか、崩術も使ってないし、だまし討ちしただけなのだが、どうなんだろう。偽者だったりして……ありそうだな。


「ジェッス、死ぬなよ。刺激もするなよ」


 オーレンティウスさんが、ジェッスさんに震えた声を向けた。ジェッスさん、下っ端なのだろうか。

 それに猛獣扱いされるアレクト。だが、人智(じんち)を超えた力を使う者はどこの世界でも、そういう扱いをされるのだろう。お父さんも、強すぎて妖怪たちにそういう扱いをされていたらしい、すぐに打ち解けたらしいが。

 僕からすれば、魔術使ってるだけで人智を超えている。


 ジェッスさんは、人生の終わりを顔で表現し、なんとか聞き取れるくらいの声量で答えた。ビビっている。

 偽者と言ったほうがいいのか、でも、もしかすると本物かもしれない。自信がない。

 少なくとも僕からすればただの賊なのだが、どうにも可哀想になってきた。ジェッスさんがどうにも、他の騎士たちを目に焼きつけ、死地に赴くという決意を固めているように見える。

 いいや。


「すみません、冗談、ということにしましょう」


 騎士たちは『だが……』などと言いながら心底安心した顔をしていた。これでいいんだ、炎界王とはもう二度と会うこともないだろうし。


 団長であるオーレンティウスさんがフルフェイスの西洋兜を被り、馬へ乗り込むと、他の騎士たちも続いて馬へ乗り込んだ。廃村の中で馬にまたがる騎士たちは、胸が躍る光景を見せつけていた。映画のワンシーンで似た光景を見たことがある、あのときは菫さんと一緒に……あ、誰が誰だかわからない。ローナさんどこだ。見失った。みんなしてフルフェイスなもんだから、わからないぞ。


「オウガさん、こっちですよ」


 あ、居た。


 ローナさんの後ろへ乗り込むと、僕は生唾を飲んだ。興奮しているとか、そういう訳ではない。少し、いい匂いはしたけど。


 馬の上が、高くて、怖い。地面が遠い、怖い。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、馬はゆっくりと歩き始めた。そして、鼻を鳴らす馬はまるで「落とさないよ」とでも言いたげだ。オーガとは比べものにならんほどいい子だね、このお馬さんは。

 しかし僕は、夜行さんがまたがる彼の馬を思い出した。もう一つ、少し昔のニュースも思い出した。確か、落馬して大怪我したんだ。大丈夫だろうな、人生で始めての乗馬だぞ……。

 ローナさんを背後から思い切り抱きしめる。怖くて、遠慮とかできなかった。


 オーレンティウスさんのかけ声で、一斉に馬が駆け出した。なんでこんな一気に走るんだ、競馬じゃないんだからゆっくりでいいだろう。あぁ怖い! 僕は高所恐怖症とか低所恐怖症とかいろいろあるんだよ、怖いんだよ。欠片眼(フラグメント・チップ)で映る上空からの映像も、神経すり減らしてるんだよ。だから自分の視点にできるようになって、実は結構うれしいよ、現実の映像を自分の視点から映したところで、目が輝くだけだが。

 使い道ないなぁ、欠片眼(フラグメント・チップ)


「あまり下は見ないほうがいいですよ」


 馬の足音の中、ローナさんがそんなことを言った。確かに、高速で流れる地面を見ていると余計に怖いかもしれない。自動車学校でも言われた、近くを見ているとスピードが出ているように感じるし、事故の元となるので遠くを見ろと。

 僕は、視点を真横に向けてみた。緑色の風景が後方へ吹き飛んでいく。木と土しかないなここ。だが、道は整っているからそこまでの振動はない。

 元々僕は、乗り物酔いだとかゲーム酔いだとかしたこともないし、吐き気はしないが、なんだろう、それが余計に恐怖心をあおっているのかもしれない。吐き気に気を取られていたほうがマシなんじゃないか。


「あの、もうすこし、下のほうを……」


 もう村からもだいぶ離れただろうという頃、激しくなる馬の足音の中でまたローナさんが口を開いた。


 僕は気づいた。いつの間にか、思い切り胸をつかんでいる、と。だが、感じるのは冷たさと硬さだけだ。だって鎧だもん、当たり前だよね。

 ローナさんのお腹へ手を回しながら、僕は謝ろうと思った。無様に小便漏らした僕にそんなことをされて不快だっただろうし。後ろに乗せてもらっているだけでありがたいことだ。


「すみません」

「いえ、鎧の上からでは、つまらないでしょう?」


 おもしろいなローナさん、冗談が言えるタイプか。僕の中で根づく騎士のイメージというのは、お堅く正義感が強いイメージだったのだが、ローナさんはなんか、へにゃっとしてる。だが、僕の手を直してくれたのは彼女だ、僕にとって、ヒーローだ。

 ……そういえば、手のお礼言ってないじゃん!


「手、ありがとうござました」

「わたしの治療魔術なんて、必要なかったのかもしれませんが、どういたしまして」


 どうにも、笑っているようだった。

 で、必要ないとはどういうことだ。僕は少し頭を捻らせる。えーと、僕に手はいらないということか? いやいや、それはあまりにもひどいだろう。違うな、なんだろう。この世界は、手を切り落とされても自然再生するとか?

 わからん、聞こう。


「必要ないとは?」

「いえ、ご自分で治療魔術を使っていただろうなと思いまして」


 僕は魔術なんて使えないんだが。

 どうやってやるんですか、簡単ですか、女の子のパンツを見る機能はありますか。妻を探す機能とかも標準搭載していたら苦労しなくて済むな。そんなもん聞いたことないから、たぶんないだろうけど。


「いえ、治療魔術なんて使えませんけど」


 ローナさんが、「えっ」と声を上げた。そんなに駄目なのだろうか、この世界では必須技能?

 覚えなくてもいっか、妻たちを見つけてさっさと帰るんだ。

 人と一緒に居るということだけで、少し、余裕ができた。自然と、あの部屋のことを思い出す。


 あの部屋はなぜか凍っていた。

 僕の予想では、あの謎の鎧と、白ローブはグルだ。空さんとリートさんは、なぜかリビングから姿を消していた。転移を予知し、逃げられたのだろう。妻たちは確かに転移中、吹き飛んでいた。この世界に来ているに違いない。

 もっとべつの世界に行っているなんて、考えたくなかった。怖かった、一生会えないかもしれないということが。


 あの床に浮かんだ文字は、たぶん転移の予兆かなにかだ。凍ったのも、そのせいかもしれない。そしてあの白ローブ、たぶん女だ。顔はよく見えなかったが、体つきが女ぽかった。

 最後に聞こえたあの……『おかえり、ボクの……』という声は、聞き覚えのある声だった。そしてあの口調……アリスさんのものだ。

 でもアリスさんは、こんなことしない。僕は一番知っている、彼女はそんな人じゃない。聞き違いだ、勘違いだ、もしかしたら僕の空想かもしれない。


 あの謎の鎧と、白ローブの女は、なにを目的にこんなことをしたんだ。

 犯人を見つけ、妻たちの行方を聞けばわかるか……いや? そもそも転移させたくらいだから、妻たちが目的だったのかもしれない。それも可能性の一つだ。


「そろそろ着きますよ、ムーリンです」


 ローナさんの声に、僕は現実へ引き戻された。

 ムーリンってなんだ。オーレ……オーレンティウスさんも言っていたな。やばい、まだそんなに時間は経っていないのに、名前忘れそうになった。名前を覚えるのは不得意なのだ。しかも横文字だし。


「ムーリンって、なんですか? 国?」


 考えてもわからなかったので、聞いてみた。


「ご存知ないのですか? ムーリンは、小さい都市ですよ。ですが、海に面していて貿易が盛んなので、種族問わず大勢の人が滞在しています」


 種族……読めた、きっとエルフとか居るんだ、間違いない。ていうか、大勢の人が居るのか、じゃあ妻たちが見つかるかもしれない、見つからずとも、目撃情報くらいはあるかもしれない。七愛はとくに目立つし……胸が。


 少しニヤニヤしていると、ムーリンと呼ばれる都市が見えてきた。正確には、門とそれを繋ぐ国を覆う壁が見えてきた。全部木製だ。門は開いているようだが、中は見えない。

 しかし、海に面してんのに大丈夫なのか、津波とかでぶっ壊れたらどうするんだ。台風とかも確か、海で発生するんだよな、大丈夫かこの都市!


 侵入者を決して許さないという意思と、安らぎのような優しさを訴える大きな門の前まで来ると、騎士たちが馬から降りたので、僕もゆっくり降りた。降りるときも降りるときで、結構怖かった。

 ローナさんは、その光景を見ながらまたクスクス笑っていた、よく笑う人だな。


「次は、鎧の上からではなく、直に触っていただいて構いませんよ?」


 笑いながらそう言われた。本当におもしろいなこの人。


「ローナ・ロナルド! 騎士とは名誉ある者だ、そのような発言はよせ!」

「はっ! すみません!」


 オーレンティウスさんに怒られてるし。オーレンティウスさんも僕のことを、散々笑ってたじゃん、と突っ込みそうになってしまった。フルネームは、ローナ・ロナルドなんだね、こちらは結構覚えやすい。

 さて、助けてくれた騎士の皆さんにお礼を言っとくか。


「みなさん、ありがとうございました!」


 頭を下げながら、本当に感謝しながら言った。そうすると、ローナさんが一歩前へ出てきた。


「いえ、騎士として当然のことをしたまでです。またなにか困ったことがあったら、助けになりますよ?」


 ローナさん、格好いいね。さっきの冗談と説教がなかったら、軽く口説いていたかもしれない。ウインクもされているし。そう思った刹那、僕は身構えた。

 いつもだったら、ここでアリスさんが僕の顔をガッチリつかんで、怒るのだ。だから、その習慣に自然と体が強張った。

 でも、なにもされなかった。当然だ、居ないんだから……早く、探そう。

 ていうかお腹が減った、死にそうだ。まずはご飯が食べたい。


「すみません、飲食店ってありますか?」

「坊主はその前に、ちゃんとした治療魔術院(ちりょうまじゅついん)で治療してもらえ! ローナの治療魔術は当てにならんからな!」


 うわ、ひっどい。ちゃんと手はくっついているよ? 擦り傷はあちこちにあるけど。服が擦れるたびに痛いし、着替えるときに、膝を見たらそりゃもうひどい有様だった。だけどちゃんとしたものだったよ。


「わかりました、その治療魔術院……ってところは、どこにありますか?」


 そう聞くと、オーレンティウスさんは門の中を指差した。

 わかんないし、ホスピタルマークが見えないぞ。まあ自分で探すか……。


「わかりました。なにからなにまでお世話になりました」

「ちゃんと滞在許可証を発行してから入国しろよ、俺の責任になっちまうからな」


 なんだそりゃ、滞在許可証? パスポートみたいなもん? そんなものが必要なのか。身分証明証とか、お金とか居るのかな……あ、お金持ってないぞ!


「それってお高いんですか?」

「あぁ、銅貨五枚だ。それくらい、知っとけよ」


 責めるような口調ではなかった、茶化している感じだ。

 でもこれ、ないって言ったら怒るかな? ないもんはないんだけど、言いづらいな。


「その、銅貨って奴、持ってないんですけど」

「……はぁ!? 坊主、旅してんだろ!? 馬も通貨さえも持たずに旅してんのか!?」


 一呼吸空けて、オーレンティウスさんがうなりを上げた。

 そう言われても困るが、これでも地球ではお金持ちだったんだよ? 僕が中学一年生のときに亡くなってしまったお父さんの遺産は、僕が大学費と大学卒業後少しまでは生きていけるくらいあったし。僕は高卒だが。

 お父さん、死ぬ前に豪遊してたからなぁ、きっとかなりの資産があったのだろう、僕に残してくれるほど。

 なによりジトたんとコラボしたネトゲのモバイルガシャで奇跡級レアが当たって、R(リアル)M(マネー)Tトレードし大もうけした。狙っていたジトたんコラボアイテムではなかったから、いらなくてすぐさま金に変えた。

 妻たちの収入は、ずっと貯金してある。


「坊主、お前……どっかの村から追放されたんだろ? 事情はわかった」


 オーレンティウスさんは、眉をひそめながら近寄ってきて、僕の肩に手を置いた。

 なんでそんな勘違いをするのだろう、もしかして、よくあることなのだろうか。村八分なんてあるんだなぁ……よくないよ、そういうのは。

 僕が頭の上でそんなことを浮かべていると、オーレンティウスさんが僕の手を掴み、なにかを落とした。


 金属のようなものが擦れた音を奏でつつ、僕の手の上に落ちたそれは、二枚の銀貨だった。

 おぉ、マジか、銀貨だよな、二枚もくれるのか、優しいなぁ。


「こんなに?」


 価値はわからなかったが、驚いてみた。


「持っていけ。このことは他言無用だぞ、騎士が平民に通貨を渡した、なんて知られたら、事だからな。まぁ凡銀貨(はんぎんか)だが」


 なんだそりゃ、凡銀貨?

 オーレンティウスさんは、周りをキョロキョロと気にしているので。彼の言うとおり、僕は上着のポケットにすぐさま凡銀貨を仕舞いこんだ。

 というか、今の僕の格好凄いな。上はサンタ服、下は、黄ばんだスカートのようなもの。ダサすぎるぞ。元々履いていたサンタズボンとパンツは、捨てた。ありゃとってもじゃないが、持っていけないよ。達者で暮らせよ、僕のズボンとパンツ。

 あ、サンタひげがない、いつの間に落としたんだ。


「おいローナ、なに見てんだ。俺はなにもしちゃいねぇからな?」


 オーレンティウスさんがローナさんにくぎを指した。同じ騎士団の人間にもバレてはいけないのか、それなのに、いい人だなぁ。この借りは、出世払いで返すよ、いつかね。


「衛兵にも言い含めといてやる、身分を証明できるものなどないだろう?」


 彼は僕にそう言って、馬へまたがり門へと向かっていった。ハハハと笑いながら。騎士たちも、それに続いた。

 すっかり夕暮れになった赤きムーリンの前、僕は彼らに手を振った。

 最初こそ、この世界には悪意しかないと思った、オーガに盗賊だ。でも、彼らのような人も居るのだ。その事実が、僕の胃を引き千切ろうとする痛みに、癒しを与えた。でも腹は減ったまんまだった。


 門へと向かうと、やはりフルフェイスの衛兵さんが居た。


「オーレンティウス殿が言っていた青年とはお前のことか?」


 男だった、年はわからない。

 彼の問う人物は、間違いなく僕だろう。


「はい」

「あの人はお人好しだからなぁ……オーレンティウス殿の顔に、泥を塗るような真似は慎んでくれよ?」


 事件とか起こすなよってことかな。あんまり自信はないが……大丈夫だろう。


「任せてください!」


 笑顔で答えた。その後、簡単な手続きを済ませ、凡銀貨を一枚支払うと、銅貨と思わしきものが五枚返ってきた。

 衛兵さんは歓迎するように左手を町内へ流し、「ムーリンへ、ようこそ」と言ってくれた。それに僕は、「お邪魔します」と返しておいた。


 門を潜ると、灼熱(しゃくねつ)が降り注いでいた。ほぼ全ての建物が木造建築で、夕日と相俟って、僕を暖かく抱擁した。瞳を焦がすこの光景の下には、大勢の人が居た。

 獣の耳を持つおじさん、毛むくじゃらのお姉さん、動物が二足歩行になっただけのような人も居た。

 爬虫類(はちゅうるい)のような肌を持つ人も居た、黒人のような人も居た。

 整った土の大通りの端には、屋台の中、なにかを売っているような人も居た。

 まるで、楽園に、来た気分だった。


 夕日がまぶしかったのか、この光景に感動したのか、楽園を思い出してしまったのか、それはわからないけど僕の目から、一滴の涙が毀れた。


 あるいはお腹が減ったからかもしれない。

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