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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第三章 神託者
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第四十四節 ピンクベージュの翼 後編

 ひぃ。


「王雅!」


 菫さんが僕の足にしがみついている。僕は空を飛んでいる、地獄には天井がある、垂直に飛んでいる、ぶつかる。これは必然だ、避けようがない。攻撃魔術でも使えれば穴を空けられるかもしれないけど、使えない。崩放(ほうはう)だと威力が弱すぎる。菫さんも僕の足にしがみつくのをやめては落ちる。もはや僕らがどうにかできる高度ではない。できるのはこの巨大な純白の翼……その持ち主だ。


「やめてください! どうしてこんなことするんです!」


 リリーさん、あんなに小さな翼だったというのにいまはこんなに大きい。なぜだ? なぜ僕たちを攫おうとする、ネズミ顔の男もついでに、ほかのモヴィニア族に確保されている。モヴィニアに戻れたのか? リリーさんの考えていることがまったくわからない。

 僕よりオッガさんのとこ行けよ。


「雷神さまより下された命です」


 雷神さま、だと? リリーさんがさま付け? 相手が神だとしても、さま付けなんてするか? 本当にリリーさんなのか、後ろから抱きしめられて飛翔しているから顔がよく見えない。だけど声もちらりと見えた顔も、リリーさんによく似ている。まったくの別人とは思えないけど。

 とりあえずお胸がすごく柔らかいのはわかる。


 胸に気を取られて忘れていた。


欠片眼(フラグメント・チップ)!」


 これで顔を確認できる。突然叫んだ僕に仮リリーさんはすごく驚いた様子だ。よく見れば顔が少し違うかな……髪や目の色も。しかしそれは、この薄暗い地獄でそう見えているだけかもしれない。くそう、判断に困るな!

 とりあえず胸がすごい、七愛の胸も押し当てられたらこんなにやわらかいのだろうか。七愛、ああ七愛……この感触を七愛のものだと想像してみると泣けてくるよ、会いたいよ七愛。


 そうでなくても会いたいけどな。


「王雅、なに下卑た笑いを浮かべておるのじゃ!? なにか案があるのなら、妾が邪魔させぬ。言うのじゃ!」


 え!


「ないです!」

「まさか胸の感触を楽しんでおったとか、そういうことは言わないじゃろうな!? 胸の感触を! そやつの胸の! 胸の胸の! その胸の感触を味わって喜んでいたとか!」


 えーと。

 そうだ、天井にぶつかる、こいつわざわざこんな遠回りな方法で僕を殺すつもりか? 雷神がそういう命令をしたのか? まさか、そんなはずない。なにかあるんだ、阻止したほうがいいか? でもこっから落ちたら確実に死ぬ。菫さんとてどうなるかわからない。地面が遠すぎる、もしここが空だったら雲の上くらいまでは行ってるだろう。


 だってもう、下には明かりさえ見えないのだから。


 おとなしくしといたほうがいい、それが僕の結論だ。


「菫さん! 今僕がちびったらどうなります!?」

「妾がとても困る!」


 今回はちびれないな、菫さんにかかる。どうにも、おぉぉぉ!


「おぉおお!」


 光った、明かりが生まれた、天井に、青い発光。

 これは、転移魔術だ。あそこに突っ込んで、転移するのか!


 光の玉だ。

 この世界であれをなんと呼ぶのかはわからない。でも僕にとって、あれは、太陽だ。

 久しぶりに見たぞ太陽、長かったぞ地獄生活。


 でも状況は変わらない。

 依然として仮リリーさんは居るし、ほかのモヴィニア族も居る。ネズミ顔を掴んでいたやつは見えないけど……まあそれはいいだろう、たいした縁でもなかった。

 それよりもいま僕、座ってる?


「どこ……だ?」

「はぁ……ようやく地に足がついたのじゃ」


  見渡す限りの青い空、緑の草むら、茶の木、人工物は周りに見当たらない。単純でいて美しい景観。ていうか雲が下に、ていうかここ浮かんでる! どうして雲より上に居るのに呼吸もできて寒くもないんだ、不思議だ。


「ここは天にある地。その唯一の国、モヴィニアです」


 ここがあの天国、リリーさんの出身地のモヴィニアなのか。しかし僕たちをなぜ?


「僕たちをモヴィニアに連れてきて、どうしようってんですか?」

「雷神さまがモヴィニアに降りられました。そして雷神さまは仰いました、黒髪の男と、その周囲の人間。そして茶髪の女と……雷神さまに酷似した子供が居れば連れてくるようにと」


 雷神は僕たちに会いたいってことか、僕と七愛と菫さんとアリスさんに。しかしなぜだ? 理由がわからない。神と呼ばれる僕たちから程遠いやつがわざわざ……そうだ。

 この世界、神世界にとって僕たちは異物だ。雷神が探してる人も転移した僕らだ。空さんがなぜ含まれないのかは気になるけど……彼は異物の中でもイレギュラーだろうからな。


 僕たちを排除したい、と考えられる。


「立ちなさい、雷神さまの元へ向かいます」


 これはまずい。飛んでいるときは夢中で気づかなかったが、モヴィニア族がずらずら居る。囲まれている、なんか魔王軍みたいなことするなこいつら。

 相手は神さまと言っても、神の力で僕らを召喚することはできないらしい。つまり僕の宿命はこう言っている、逃げろ、とな!


「ところであなた、名前は?」


 僕はとりあえず流れを断ち切るために仮リリーさんの名を聞いた。それに、逃げる前に聞きたいこともあるし。


「ベリーベルロット・グラセニアですが、関係ありますか?」

「リリー、っていうモヴィニア族に心当たりは?」


 僕が質問した瞬間、ベリーベルロットさんの表情は硬直し、驚愕に変わり、怒りに変わった。


「知りませんね、モヴィニア族にそのような娘はおりません」


 本当か? 怪しいな。大体娘って、僕はリリーさんが女だなんて一言も言ってないぞ……名前的に察しがつくのか? でも娘ってのはどうだ? 年齢まではわかるまい。まさかこの世界にも昔よく使われた名前と現代風の名前で別れてるとか? それはありえるな。

 いや、直感が告げている。この人はリリーさんを知っていると。


「いえいえ、リリーさんはあなたのこと知っていましたよ? ベリーベルロットさん」


 うそっぱちだけど。


「生きていると言うのですか!?」


 やっぱりな。


「冗談です、生きているのは本当ですがね……リリーさんはあなたの名前の一つも出しませんでしたよ、どうやらここが嫌いだったようで」



 難しい表情だ、なにを考えているのかまったく読み取れない。


「……それはそうでしょうね」


 一呼吸置いて、ベリーベルロットさんが喋り始めた。


「あの子は落ちこぼれです、飛ぶこともできない一族の面汚し。我が家名に泥をぬり、地位を落とした……だから私たちは、あの子をここから落としたのですから」


 吐き捨てるようにそう言った。周囲のモヴィニア族に聞こえないように、まるで名前を聞かれることすら恥ずべきとしているかのように小さな声で。

 我が家名って、姉妹かなにかなのか……? リリーさんの翼が小さいくらいで、そこまでしたのか?


「どうやら、モヴィニアってのは本当にクソなんですね。そんなモヴィニア族を頼る雷神とやらもクソに違いない。リリーさんがここを嫌がる理由がよくわかりましたよ」


 次の展開はわかっていた。だから菫さんに手の平を見せ、なにもしないように止めた。顔が熱い、殴られた。


「これで」


 理由ができた。まずは逃げるための一歩として……なにより、殴りたい気分だから。

 異彩眼(アナザー・アンノウン)、バグをセット。


 僕の左腕は、目で追えぬほどの速度で繰り出された。ベリーベルロットさんが一瞬宙に浮き、倒れる。


「人間ごときが、モヴィニア族を愚弄するとはね。いや、愚かなのだから当たり前か」


 一際翼の大きい男がそう言いながら、僕に手を伸ばした。


「それ以上近寄らぬことじゃ。お主らはずいぶんとプライドの高い種族らしいが、妾にとっては人間も動物もモヴィニアとやらも変わらぬ。まばたきも許さぬぞ」


 菫さんはやはり、気づいたときには剣を構えていた。

 男の表情も歪む、が逆上して襲ってもこなかった。なるほど、たしかにモヴィニア族というのは優れている。見た目は完全に子供な菫さんを舐めずに、自分を律せるのだから。


「我々は恐れない、そしてかならず成し遂げる。雷神さまの命令とは、命などでは図れぬほど気高く、そして万物を差し置き従うべきものだからだ」


 死んでもいいから命令に逆らわないってことか? それは困ったな、まじで戦うの? 空に居るモヴィニア族の数は……十はいる、僕らの周りにも相当数。長期戦になれば僕が足手まといだとばれる、そうすると僕が狙われる、僕を守りきれなくなった菫さんは、相手を殺してでも守ろうとするだろう。よくないなこれは……かといってただ逃げられるとも思えない。エンドでさえ逃げないんだ……いや、気絶してるだけか? 顔が見えないからわからない、ただ菫さんの肩にしがみついている。


「あっ!」


 思い出した、手袋を外そう。菫さんには気づかれたくなかったが、そうも言ってられない。


「見なさい、このあざを」


 僕は全員に見せ付けるように、手の甲を差し出す。そう、このあざだ。原因不明のあざ、これを病気だと言い張ろう。そしてこれは感染すると、近づいたものは全員死ぬと。


「な……に!?」


 驚きかた半端じゃないな、もしかして知ってるのか天使の男よ! そんな驚くってことはこれ冗談抜きでやばいものだったのか! ふぐぅ、僕死ぬん? ていうか菫さんの近くにいたらまずくないか? 感染しちゃうのか?


神刻紋(しんこくもん)……あなたは、神託者、なのですか!?」


 僕神託者なの?

 そもそも神託者って、雷神の守護者みたいなもんだよな? ってことはこいつらにとって、雷神よりは大切ではないかもしれないが、それなりに重要なはずだ。


「ええ、そうです。いいんですか? 雷神さまの命と言えど、神託者に手を出して」


 流れができた。


「いや、しかし! しかしその神刻紋は薄れている! まだ神託者と認められていない、言わば候補者のようなもののはずだ!」

「全員でかかれば神託者と言えども……」

「我々はモヴィニア族だ、なにを恐れることがある!」


 いかん。


「そしてこの幼女、紛うことなき雷神さまのご分身であられます。あなたたちは雷神さまにまで手を出すのですか?」


 僕はそう言って菫さんのフードを取った。明らかに場に緊張がもたらされる。僕は自分でなに言ってんだかわからなくなってきている。とりあえず菫さんは雷神に瓜二つらしいからな、利用しない手はない。


「僕たちとて、雷神さまに用がある。自分で行きますよ、あなたたちの介護がなくってもね」


 間髪入れずに僕たちは歩き始める。これ以上喋ってたら絶対ボロが出る。


「ま、待て……そのお方が雷神さまのご分身で、あなたが神託者だとして、なぜ仮面も剣も持っていない?」


 か、仮面? 剣? なに、どういうことだ? もしかして雷神か神託者はそれを持っているのか? 持っていて当然なのか? なんだよそれ、めんどっちいな! じゃあ僕の神刻紋(これ)はやっぱ病気か!?


「お、落としましたけど?」

「やつは偽者だ、かかれ!」


 バレた、バレたバレたバレた。


「エンド……起きてくれ……いますぐ誰にも見つからない場所まで導いて……エンドなら、できるでしょ」


 エンドは走った。

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