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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第三章 神託者
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第四十三節 ピンクベージュの翼 前編

 菫さんの手を引き、菫さんといっしょに冒険者組合の建物へ乗り込んだ。目立たぬように換金を済ませてから、大きく息を吸って勇ましく呼ぶ。


「金に余裕がない、だけど実力もない! そんなあなたをスカウトです! さあ募れ、最強の幼女と彗星魔王の元へ!」

「だぁれが幼女じゃ!」


 突っ込むところ、そこ? まだ僕の思惑は伝えていないから、足手まといを募集しているようにしか見えないはずなのに、幼女ってとこに突っかかってくる?

 しかし騒がしいのは僕たちだけで、冒険者組合内は静まりかえっていた。なんだ、冒険者一人もいないじゃん。受付の人しかいない。


「みなさんはどこへ?」

「西北の廃村へ向かいましたよ、なんでも魔獣の死体の山だとかで」


 いいこと聞いた。


「菫さん、僕たちも向かいましょう! これなら戦うことなく一攫千金!」


 本当は、適当に一人くらいパーティに入れて、僕の魔力タンクとするつもりだった。僕が菫さんと共に戦うためには魔術が不可欠だ。そう、僕は他人から魔力を引き抜くことができる。それを利用するつもりだったけど……いい儲け話が転がってきたもんだ。


「妾一人ならなんとでもなるんじゃがの……ま、いいのじゃ」


 よし。

 それに、戦わずに儲けられるというこの話。その廃村に群がってるのは自信のない人が多いはず。あわよくばそこで魔力タンクもゲットしよう。


 地面に刻まれた足跡を追い、方向を確認しながら廃村に向かっていく。途中で魔獣が現れたが、僕がその存在に気づかないうちに、菫さんが斬り捨てていた。

 どうやらこっちのほうは暗いらしい、地面も天井もあまり光っていない。ちょっと緊張するな、菫さんと二人きりでこんな薄暗いところなんて。ていうかこう、僕もいざというときはやっぱり戦わなくてはいけないから、身構えてしまう。

 そんな僕とは対照的に、菫さんはのんびりと、ゆっくりと歩いている。急がないと魔獣全部持ってかれると思うんだけどなぁ。


「なにをそんなに緊張しておるのじゃ?」


 なにって。どこに魔獣がいるか、わからないじゃん。前ならエンドが逃げることで魔獣を探知できたけど、いまは菫さんの肩にずっと乗ってるし、戦ってる最中でさえそうだ。たぶんあそこが一番安全地帯なんだろうな。


「力を抜いたほうがよいぞ。妾なら魔獣の気配くらい感じられるのじゃ」


 菫さんは『それに』と続けた。


「エンドは頼りになるからの」


 おいおい、いつから呼び捨てになったんだよ。僕の見てないところでなにがあったんだよ!

 エンドと菫さんは目を合わせ、エンドがすぐに目をそらしてうつむいた。なんだよそれ、付き合いたてのカップルかよ、互いに嫉妬するぞ。エンド、お前の相棒は僕だろ。菫さん、あなたの夫は僕ですよ!


「もう、エンドも菫さんも僕を頼りに」


 僕の話を聞かない菫さんが、袖の先から手袋を見せる。指示どおりに僕は止まり、エンドは菫さんにしがみついた。

 なんだ、居るのか? そこそこ歩いたけど最初の一匹が現れて以来、物音一つしなかったんだけどな……僕の警戒が当てにならないことが証明されたみたいだ。


「この匂い、血じゃな……魔獣のものとは違うように感じるのじゃが」


 うん? 魔獣がいるわけじゃないのか?


「血の匂いもなにもしませんが」


 僕がそう伝えたのに、菫さんはなにも返事をしない。なんだ?


「音。大きい音じゃ、これは人のものとは思えないのぅ」


 今度はかすかに聞こえた。重そうな音だ、魔獣なのか?


「なんでしょうね、この先から聞こえたような気がしますけど」


 エンドは菫さんのローブの中に逃げ込んで、菫さんはフードを取る。僕も一応盾と剣を持ち、なにも予想外のことが起こらないように祈る。


「始めて見る種の魔獣じゃの。王雅はどうじゃ?」


 遠くに見える魔獣がゆっくり姿を現していく。淡い光に照らされていくのは、ピンク色の肌……肌というよりは、肉。血管が浮き出た肉の塊が、オーガのような巨人を象り、歩みを進めてくる。口からは内臓のようなものが飛び出している。

 あれはまるで、魔獣ではなく……鬼獣だ。


「きもちわる……あれ本当に魔獣ですか? 鬼獣に見えますけど!」

「似ておるがの、なんとなく違うのじゃ」


 僕もあんな形の鬼獣は見たことがない。菫さんが違うというのなら、本当に違うのだろう。でもいままで見てきた魔獣とは比べようもない。


「なんじゃろうな、妾にはあれが人間に思える。というか、感じる、というか」

「いやいや、地獄(ここ)はたしかに魔人の方が多いですけど……あれどうみても人間じゃないでしょ」


 魔人には理性があり、コミュニケーションも取れる。そして基本的には日本にもいた動物を模していた。魔獣はコミュニケーションこそ取れないが、動物や虫をモデルにしたようなのばかりだ。

 でもあれはなぁ、動物ってより肉の塊だ。あんなんいないよ。


「妾もあれが正体だとは思っておらぬ。元々は人間であったような、そんな感じなのじゃ。確信はないけどの」


 菫さんは僕の顔を見た。綺麗に透き通った瞳で、僕を見た。どうするべきか、僕の案を欲しているのだろうか。

 うーむ。元々戦わずに金を得るために、僕たちはここに来た。初志貫徹でいこう。


「もし元が人間なら殺人にあたりますし、交戦は避けたいというのが僕の意見です」


 僕は散々、偽アレクト殺そうとしてたけど。


「同意じゃ。母上や夫と同じ種族の者をわざわざ殺めたいなどと妾は思わぬ、理由があれば別じゃけどの」


 うん、わかった。ならばあれはやり過ごそう。しかしどうやって?


「王雅、なんじゃっけあの……フライドチップスとかいうのはできるかえ?」

欠片眼(フラグメント・チップ)ですよ、それで僕はなにをすればいいんですか?」


 菫さんの作戦は、実に単純すぎるものだった。


欠片眼(フラグメント・チップ)! かつてないほどの大創造をお見せいたしましょう!」


 岩、岩、岩、岩、岩、形状は適当、高度も適当、場所も適当、考えるのは大きさと数だけ。創造、創造、創造、創造、創造、創造。

 地獄が崩落したのかと思うほど、大きな震動に襲われる。まともに立っていることすら難しく、音はけたましく、視界は土煙に遮られる。


 創造し始めてから五秒ほど経っただろうか、菫さんに手を引かれて僕は走り出した。たぶん菫さんの全力疾走に比べれば、だらだらと歩いているような速度だ。本気で走られて手を引かれたら僕が死にかねないからなぁ。ただ僕は土煙が目に入らぬよう、きつく瞑ってただ流される。

 肉の怪物はやり過ごせただろうか。どれくらい進んだだろうか、バランスを保ったまま走るので精一杯で、なにもわからない。


「よし、目を開いていいのじゃ」


 すこし息を荒げながら、目を開ける。


 目を閉じたい。


「見てのとおりじゃ、王雅」


 肉の怪物が祭りを開いていた。あまりに数が多すぎる、一、二、三、四、何匹いるんだ。


「およそ三十匹くらいじゃろうか、そしてもうここは廃村じゃ」


 厳密には入り口かな。ワット村の入り口と似ているし、眼前にしか廃墟はない。そして肉の怪物が溢れかえっている。僕たちは騙されたのだろうか。な~にが魔獣の死体だ、死体になるのは僕じゃないのか。菫さんがいる限りは大丈夫だろうけど。


 なんて考えている間に、肉の怪物が次々に破裂していった。ひどい悪臭が鼻の奥を突きさす。


「お前らは呼んでねぇよ、適合者のぼっちゃんとガキ」


 ネズミが現れた。ネズミの顔をしている男が、現れた。あいつは肉の怪物ではない。なぜだ?

 肉の怪物がいる、ネズミ顔は怪物ではない、じゃあ。


 この偽情報を誰かがばら撒き、人間が肉の怪物にされてしまった。それを聞きつけなんとか戦士団のネズミ顔が現れた……こういうことだ。

 お前らは、とは仲間と後に合流する予定だったのだろう。


「見直しました!」

「いいや王雅、どう見ても小物で悪者じゃ」


 ほう……なるほどな、たしかにそう言われればそうかもしれない。いや、なぜだ?


「呼んでねぇつってんだ」


 ネズミ男が僕らに指を向けた。細長い獣の爪、それが鋭利に変化し、伸びる。地面に影を映し出すほどに大きくもなっている。石壁で防ぐか? 切れ味がよくて貫通したらどうする? 異彩眼(アナザー・アンノウン)で避ける? 間に合うか?

 速い、どう防ぐ、避ける! 突然のことで思考が、首元が、死ぬ。


「だらしないのぅ。爪くらいちゃんと切るべきじゃ」


 菫さんが剣で切断して、僕の目の前に爪が落ちる。重たい鉄でも落としたかのような鈍い音、なんだこれ、この状況は。


「は、はぁ……魔人ってあんなことできるん、ですか?」


 少し声が震えている。状況が飲み込めない、理解の外だ。


「できぬな。それよりも王雅、あやつは先ほども言ったが小物で悪者じゃ。王雅に果実を与えた仲間なのじゃろ? そして適合者という言葉じゃ」


 え、ええっと。ネズミ顔は小物で悪者で、僕に果実を与えた仲間だ。そして僕を適合者と呼んだ、ああ……?

 やっぱりあの果実は人体実験に使うためのもので、果実に不適合だと肉の怪物になるのか? で、あの爪を伸ばしたのは魔人の特性ではなく、果実の能力?

 僕も適合者で、あいつも適合者ってことか? じゃあ僕も爪とか伸ばせるのか!


「うおぉっ!」


 僕は人差し指をネズミ顔に向けた。万が一頭でも貫いて、殺してしまったら困るし、足元にしておいたけど。

 なにも起きないぞ。


「なんだ?」

「なにをやっておるのじゃ?」

「なんで僕はできないんですか!?」


 僕は適合者なんじゃないのか!? うそつき! エンドも少し僕を憐れんでいるような目を向けてくるし、悪いのはネズミ顔だろ。期待させるだけさせておいて、いつもこうだ! 嫌になってくるよ、窮地に覚醒して菫さんとエンドをかっこよく助けるイメージまで済ませていたのに。そしたら菫さんがちょっと涙目になりながら僕の服の裾をちょっと掴んで、『怖かったのじゃ……』とか言うんだ、そして僕は『大丈夫ですよ、これからは僕があなたを守ります』と言って強く抱きしめる……ないな、僕が覚醒したとしてもこれはない。


「あなたが悪者なのはわかりました。で、あなたは僕らの敵ですか?」

「そうだなぁ、これを見られたからには忘れてもらうか……死んでもらうかだな」


 選択しようのない選択肢だな。忘れるしかないだろそれ。


「忘れますので見逃してください」


 はやく帰って衛兵に報告しないと!


「信用できるか、ってんだ!」


 ネズミ顔は灰色の体毛を立てながら、手を開いた。五本指のすべてから爪が伸びる。そしてゆっくりと閉じてきた……逃げ道がない。

 菫さんが持つ普通の剣で切断できたのだから、欠片眼(フラグメント・チップ)の石壁でもなんとかなるかもしれない。菫さんの位置を確認して、僕らを覆う壁を……菫さんがいねぇ! ついでに言うなら菫さんの肩に乗るエンドも、もちろんいねぇ!


「これでもう爪は伸ばせぬじゃろ?」

「はんっ……首謀者は俺じゃねえぜ、ざまあみろ……精々がんばって探すんだな」


 いやいや。


「興味ないですけどね」


 ネズミ男の手首から先が落ちた。両手とも。菫さんの剣に血はない、だが振り上げたあとだ。はやい、近くにいる僕が気づかなかった、ネズミ顔もおそらく気づかずに接近を許した。うーん、なんだろうこの。


「なんじゃその顔」


 気づくと僕は舌を出して白目を剥いていた。


「いくらなんでもイージーすぎませんか?」


 すぎません、現実はね。いつだってハードなんだ。

 僕の背中には翼が生えていた。背中がやわらかい、とても。ぬるい風に晒される、浮いている。


「なん、じゃこりゃあ」


 僕は天使になった。

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