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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第三章 神託者
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第四十二節 ブラックの邂逅 後編

 ぼろっちい宿の個室は、薄暗い外より薄暗かった。そこで神々しい菫さんへ向かって座り、いままでの話をした。

 僕の話を聞いた菫さんは、たいそう顔を青くしていた。まあ壮絶だったからね、我ながら。


「最初に再会したのが妾でよかったのぅ……あるいは母上でもよかったかもしれぬが」


 どういうことだ、アリスさんだったらなにか問題でもあるのか。


「姉上がこの話を聞いたら、たぶん三日は体動かせなくされるのじゃ」

「どうしてですか?」

女子(おなご)ばっかりじゃろ、王雅の話ででてくる人たちは」


 いや、そんなことないよ? オーレンティウスさんとか、アレクトさんとか、ベン隊長さんとか、ジャコさんとか、面倒くさいほど頭の働くお爺さんとか。まあ女性のほうが多いかもしれないが、日本でも女性の比率のほうが多かったわけだし、こちらの世界でもそうなだけかもしれないじゃん。アリスさんならわかって……わかった上でもイタズラしてきそうだな。


「たまたまなんですよ、本当に」

「妾はべつに気にしておらぬ。いままでが異常すぎたんじゃ、女子の気配が微塵もしなかったからのぅ……」


 いや、待て。それはつまり、僕がモテないと言いたいのか? ちっげーし! 僕はモテモテだし! エンドだって僕のこと大好きだよな!?

 僕の強い視線に、エンドはそっぽ向いて返してくれた。はいどうも。


「あの鎧の男が漆真殿というのは、妾も姉上も母上も知っておるのじゃ。妾たちはあの鎧になる瞬間を見ていたからの……王雅は一歩遅れたんじゃったか」


 そうか、知らないの僕だけだったんだ。


「白ローブ……と王雅が呼んでいるやつについては、妾にもわからぬ。たぶん、あの場に居た誰もわからぬじゃろうな。氷界王、と呼ばれている存在の可能性が高いんじゃったか? そやつを目指すのも悪くはないじゃろうな」


 うーん、ぶっちゃけ氷界王を目指してはいたが、いまは放っておいてもいい気がするんだよなあ。現に氷界王に接触しなくても、菫さんは見つけられたわけだし。


「それよりも王雅、金はどれくらい持ち合わせておる?」


 僕は、『はい』と言って通貨を入れた袋を手渡すと、菫さんは難しい顔をした。


「だいぶ、少ないのぅ。妾もこれよりちょっと多いくらいじゃが……まずは依頼(リクエスト)でもこなすかの?」


 一、二回くらいなら金のために動いてもいいだろう。生活費を稼がなゃいけないのはいつの世も同じだな。


「かっこいい僕の姿、いっちょ見せてあげますよ」


 立ち上がる僕に、菫さんは服のすそを引っ張って止めた。


「だめじゃ。話によれば、魔剣なしでは魔術が使えないのじゃろ? 妾も冒険者を見たことあるんじゃが、強化魔術と呼ばれているあれ。あれがなくてはこの世界の魔獣とは戦えないのじゃ」


 異彩眼(アナザー・アンノウン)があれば似たような動きは可能なんだけどなぁ……強化魔術なしで使用すれば、二度と体が動かないレベルでぶっ壊れるだろうけど。そこまで無理しないでも金くらい稼げるはずだ、だからがんばるよ。そもそも菫さんだって。


「菫さんも、強化魔術使えないんでしょう?」

「妾は魔術などなくても戦えるのじゃ。そういう種族じゃからな、妖怪の、とくに鬼というのは」


 それもそうか、最上級鬼獣も彼女の手にかかれば赤子同然だからね。でもなぁ、僕がただ見てるだけってのはなぁ、罪悪感もあるし、心配だし、怖いし、寂しいし、どうにかならないかなぁ。

 ま、適当に雑魚相手にしてみるか。魔術なしでも、ホーンスクワールやジェンル程度なら倒せたんだ。地獄にいるかは知らないけど。


「よし、じゃあ僕でも倒せそうな雑魚だけ相手にしましょう。そもそも大金なんていりませんしね」

「じゃから妾一人でなら」

「もう、片時も、離れたくありません!」


 うん、言ってみてわかった。これがたぶん、一番大きい理由だ。菫さんと、もう離れたくないんだ。


「そう、じゃな。妾は王雅さえ安全な場所に居てくれればいいのじゃが……王雅は違うんじゃよな、そうじゃった、すまぬ。しかし雑魚相手だけじゃぞ?」

「いえ、謝らないでください。とりあえず、明日にしましょうか」


 今日でもよかったんだけど、なんか両手に違和感がある。やっぱり治りきってなかったのだろうか。会話を終えてから、僕は硬いベッドより硬いベッドに横となった。菫さんは壁にもたれかかって、ローブで顔を隠した。

 菫さん、古臭い口調とは似合わないけど、ふかふかのベッドじゃなきゃ、やだって言ってたからな……硬い布団だと昔もああやって壁にもたれて寝てたっけ。

 絶対に硬いベッドのほうがマシだと思うけどね。


 なんか、考えているうちに両手の違和感がどんどん強くなってきた。


 突っ張るというか、熱いというか。


 時間が経つごとに、それは強くなっていった。おかしい、両手の甲がおかしい。痛みを伴う熱さに、ぼんぼんにはれてるのかってくらい突っ張る。一撫ですると、言葉を失うくらいの痛みに襲われた。


 静かにランタンに火を灯し直し、腕の甲を見ると。


「……っ」


 変な、見たこともない、変なあざが浮かび上がっていた。

 あの果実の影響……? それとも病気、なのか? この世界でいうと、呪い? どう、どうなってしまうんだろう。死ぬのか、回避できるのか……薬があれば、いや、この世界に病気がなく、呪いと形容されているのなら、治す手立てなんてないかもしれない。いや決め付けて手遅れになってからじゃ遅い。でももし、治らなかったら。


 菫さんとエンドの眠りが深くなるのを待った。

 三時間くらいだろうか、僕はこっそりと宿を抜け出して、治療魔術院の扉をたたいた。そうすると、老婆が一人、目をこすりながら出てきてくれた。

 僕は両手を見せて、見覚えはあるか聞いてみるが、答えは……見たこともないし、聞いたこともないというものだった。

 まじかよ、やばいんじゃないのこれ。


 仕方ない、武器とか防具とか売ってる店を探そう。


 僕はゆっくり歩いた。鼓動が早くなって、頭から血が抜け落ちたような感覚に襲われながら、歩いた。少しすると、それっぽい店が見つかって、入って、皮の指ぬきグローブとショートソード、盾を購入した。これで抜け出したことにも理由がつく。


 菫さんに、言いたくない。僕はいままで生きてきて、妻たちに隠し事なんてしたことないけど、これはだめだろ……言えるもんか、言ったらどうなる。どうにもできない、どうにもならない。

 ただ、菫さんを悲しませてしまうだけだ。


 宿に戻ると、菫さんは同じ体勢のままだった。エンドは気の抜けた面で寝てる。


 しばらくして、痛みがひいたのを感じながら僕も眠りについた。


 何度も目が覚めた。怖くて、泣き出しそうで。とってもじゃないが、快適な睡眠ではない。菫さんは、いきなり背伸びした。起きたのか。

 エンドはまだ眠っている。


「おはよう、ございます」

「うむ。おはようじゃ、王雅。どこに行ってきたんじゃ?」


 気づかれていたのか、なんとかはぐらかさないと。


「ちょっと少年の心が疼きましてね。我慢できなくて剣と盾とこのグローブを買っちゃいましたよ」

「門と反対側に歩いていったから、危ないことをするつもりじゃないとは思っておったが……子供じゃのぅ、妾の旦那さまは」


 菫さん、口では軽く受け止めているけど、わかっちゃった。信じてないな、きっと、なにか隠してるのに気づいてるのに、待ってくれてる。僕がそれを言うのを。

 言っとくけど、言えないっていっても浮気とかじゃないからね、女の子のお店で遊んでたわけじゃないからね。そこは断じて、やましいことはないからね。


「それで、王雅でも戦える魔獣を探すんじゃったか?」

「え、ええ……そうでした」


 両手の痛みはほぼ引いた。かけ布団で隠しながら確認したけど、あざは濃くなっていってる。違和感も少ない、戦うのは大丈夫だろう。

 本当は、安静にしてたほうがいいんだろうけど、菫さんにこれ以上感づかれたくない。


「じゃ、行きましょうか」


 菫さんの話によると、ここではリクを受けたほうが報酬は高いらしいけど、リクを受けなくても魔獣の一部を換金してくれるらしい。魔獣がバカみたいに多いから、できるだけ殺してくれたほうが嬉しいのだろう。

 リクは受けなくていいや、地獄のリクは難易度高いらしいから。雑魚の討伐リクなんてないらしいし。


 門を抜け、左手に盾、右手にショートソードを構えて慎重に進む。菫さんは汚いローブを着こんで、剣すら抜いちゃいないが。


「そういえば菫さん、どうして顔隠してるんですか?」

「妾も王雅と同じで、顔を見せると騒ぎが起きるんじゃよ。『雷神さまが降りてきてくださったー』とか抜しおるのじゃ!」


 いいじゃん、恐れられてるわけじゃないんだし。

 どっかで菫鬼の雷を使って勘違いでもされたのだろうか。前にこうなってるかもと予想してたような記憶がある。本当にそのとおりになるとは。


「じゃあわざわざ、そんなどこにでも売ってるような剣を使ってるのも」

「そうじゃ。角を抜くとビリビリするからの。それに、あれは結構消耗するんじゃよ……安全地帯と人目は直結じゃからの」


 なるほど、菫さんの刀は抜くと電気が迸る。そうすると雷神と勘違いされてしまう。しかも使うと消耗する。こんな場所では、万全の状態を維持しなくてはいけない。回復を図るために、安全な場所……人々がいる近くで戦えば雷神と勘違いされる。


 だから安物の剣使ってるんだ、そんなんで大丈夫なのかな。


「うわぁ!」


 尻尾巻いて逃げ出しそうになった。なんだありゃ、ウィルダーウルフじゃないか。あんなもん、こんな道端に当然のように居るなよ。


「に、逃げましょう菫さん……あれはやばいです」

「む?」


 む、ってなんだ。


「王雅、なにがやばいんじゃ」


 見えてないのか、幻覚!?


「あれですよ、ウィルダーウルフ!」


 ピンクオーガが居るのか!?


「それくらい知っておるわ。あんなのわんさか倒してきたのじゃが?」


 うそつけぇ! 騎士団でさえ犠牲を出さずには逃げられなかったんだぞ!

 魔術も鬼術もなしで敵うわけないだろ!


「ほれ」


 む?


 菫さんの言葉が落ちた瞬間、ウィルダーウルフの首が飛んだ。わあ、なにあれ。どうなっちゃってるわけ、菫さんはマジシャンだったのか? マジックだよね。ラグ使えるのかよ、ウィルダーウルフの後ろに居んぞ。


「ああ、この世界で実戦を経験してわかりましたよ……菫さん、マジで強いんですね」


 ここまで、とは。これもう、六界王相手でも倒せるんじゃないか? いや、オッガさんなら僕も倒したか、倒したとは言いがたいけども。

 菫さんちゅえー、菫さん、ちゅえー。世界一頼りになるよ。


「元からこれなんじゃけどの、いままでどれだけ軽視してきたんじゃ」


 そういえば、ギアさんは最強の妖怪だとか言ってたな。菫さんより強いのか? 僕は最強の妖怪と契約したのにこれなのか?

 あ、菫さんにギアさんの話をし忘れてた。あれはこの世界で起こったことじゃないから、省いちゃったよ。今のうちに言っとこ。


「ふふ、王雅に似つかわしい魔獣が来たのじゃ」


 あ、オーガだ。黒いやつだ、僕とエンドを襲ったやつと同種だ。ていうかエンドどこ行った? もう勝手な行動になれすぎて意識の外だよ……うわぁ! 菫さんの肩に乗ってる! 取られた、エンドが取られたぁ! いくら頼りになるからって僕を捨てるなよエンド!


 ていうかこいつさ、強化魔術なしじゃ絶対無理だろ。


「妾からすれば、あれは目を瞑り、素手で勝てるほどの雑魚じゃ。妾とともに戦うというのなら、あれくらいは倒せねば困るのじゃ。できないのであれば、妾の言うとおりにしてもらうのじゃ」


 じゃあ本気でやろ。なんとかなるだろ、なんとかなってくれ、なんとかなんとか、お願いします!


 この黒オーガは武器を握っていない。ただ巨大な拳を振り下ろしてきた。左腕につけた盾を構える。


「あ」


 だめだこれ、次受けたら腕折れるわ。めちゃくちゃジンジンするわ、受け流すか避けよう。あとなんか、今日はビジョンが冴えてない。

 一度全力で距離を取ろう。


「王雅、なにしておるのじゃ。エンドちゃんも寝てしまったのじゃ」


 菫さん、僕に戦ってほしくないんだろうなぁ。でもそうはいかない。


欠片眼(フラグメント・チップ)死の檻(デスペナルティ)


 メタルキューブを四つ創造、黒オーガを囲む。時間差で溝を埋めるようにメタルキューブを創造……やっぱだめ? はねのけられた。


異彩眼(アナザー・アンノウン)!」


 欠片眼(フラグメント・チップ)を使うための力で、無意味に体を満たす。そして左目の付近だけ、穴を開けて異彩眼(アナザー・アンノウン)の力を流し込む! かなり力技だ、魔力と違ってこっちは弱々しいんだよな。

 強化魔術でバグとラグの間を埋めることは、もうできない。だから、連続でバグをセットする。

 胸を一回、左足を三回、右足を二回、右腕を二回叩き、指パッチンを一回する。


「マクロ発動!」


 あらかじめセットしたバグとラグを思い描く順番に発動させる技、マクロだ! 見といて菫さん、これ超かっこいいから!


 胸をはって、僕は地面をすべる。一発目はこのラグ移動だ。


「わ、きもちわるっ!」


 ひどいよ菫さん。


 黒オーガの目の前に到着。左足で黒オーガの右腕を蹴る。相手より僕のほうがダメージ多い、くそ! セットしちゃったバグは解除できない。

 そのまま、もう一度蹴りを入れて今度は地面を蹴る。黒オーガの後方へラグ移動、右足だけで飛びはねて、脳天蹴りを食らわせる。

 これはちょっと、ダメージ入ったみたいだ。

 そのまま右腕を軸に、回転斬りで黒オーガを切り裂く……だめだ、強化魔術なしじゃ硬くて断ち斬れない! 回転も止まってしまった。そのための右腕二度目のバグだ、腕を振り上げて、振り下ろす。

 最後に左腕の盾で、黒オーガの頭を横から弾く。


「王雅、終わりかえ!?」

「終わりです! もう動けませ、んんんん!」


 しぶてぇ、まだ生きてやがる! 痛てぇ!


 結局黒オーガさんは、菫さんが倒してしまったし。


「あぁぁ」


 また力が抜けて、喋れなくなる。体中ぶっ壊れた。


「王雅、その力はもう使うでない。絶対じゃ」


 だめか。


「ほぅぁ……つぃ……あぁぁ」


 いいこと思いついたぞ!

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