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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第一章 神世界
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第四節 サマーグリーンの異世界 中編

 欠片眼(フラグメント・チップ)には、終わりが映った。左目には、希望が映った。

 ようやく、この山から抜けられる。欠片眼(フラグメント・チップ)を閉じ、少し駆け足になって、周囲にある緑を流す。


「だぁ!」


 転んだ。

 こっちに来てから、何度転んだだろうか。サンタ服がもはや、サンタ服に見えない。膝は血みどろ、体が痛い、痛くて痛くもあり、痛い。だけど、終わりの始まりなのだ。

 僕の目には、明らかな人工物が映っている。木造建築、わら……かな、が乗せられた屋根が集合している。規模はそう大きくないように見える、つまり、村だ。僕は元々田舎に住んでいたが、こんなに時代を感じるものはなかった。こりゃ相当だ……水道もなさそうだ。ボットントイレなのだろうか、それは我が家もそうだけど。


 とりあえず、村がある、人が居る、怪我の手当てをしてもらえる。もしかしたら、みんなもあの村に居るかもしれない。だから痛みなんて、気にしないのだ。


 走って、走ったら、山を出た。それでもいくつか木はあって、草の道が広がっていた。だが、山とは違い、見晴らしはいい。いまもしっかり、村が見えている。

 肩が上下に揺れる、少し足取りが重くなった。


 吐き気がした。村に近づいている僕の足は、止まっていた。

 あ、山に戻ろうかな。いや、迂回(うかい)しようかな。

 とりあえず、木陰に隠れた。


 村が……半壊してた。屋根のわらと思わしきものが、周囲を赤く照らした。燃えてる。それに関しては、どうして? とも思わない。うじゃうじゃと狂ったようにオーガが居るんだもの。しつこいよオーガ、飽きたよオーガ、二度と見たくないよ、オーガ。


「うははっ!」


 なんだか、笑えてきた。ひー、おもしろい。消えろ。

 だけど僕、どうして気づかなかったんだ。いや……燃え始めたのはいまだ、しょうがないか。

 どうしたもんかな、と悩んでいる中、オーガが二匹、こちらに向かってきていた。このままでは見つかる、二匹は無理だ。僕が倒した一匹も、ゲロを吐かなかったら、いまごろ僕は居ない。


 僕は、木陰から木陰へとかい潜り、二匹と距離を離す。反面、村との距離は近づいた。駄目じゃん。村のほうがたくさん居るのに、なにやってんだ僕は!

 いや、いまはククリナイフを持っている。これで……いけないな。僕じゃ勝てない。


「あぁぁああん……」


 ……今日のオーガは、ずいぶんと可愛らしい声で鳴くんだね。

 違うね、人の声だね。それも、赤ん坊の声だね、たぶん。まずいな……助けよう、そうするしかない。だが、この先に木はない。見通しのいいところに僕が現れたら、オーガはご機嫌に殺しに来るだろう。


「あぁあああああん!」


 いいや、行こ。考えてる場合じゃない。

 僕は、表舞台に姿を出した。もちろん、オーガは僕を凝視する。さすがに無策はまずかった? だが、気づいたのはまだ一匹だけだ。

 あ、そうだ、崩術を見せてビビらせよう。


 僕は、踊るように両手を右へ左へと流す。オーガは、僕を見て鼻を鳴らした。

 なに、笑ってるつもりなの。なんなの。とりあえず、全くビビっていないことは確かだった。

 なら、これならどうだ。


 僕は、両手の人差し指を立て、頭へ、くっつけた。腰を落とした、足踏みをした。これは、鬼のポーズだ、鬼のダンスだ、名前も王雅だし、仲間だから見逃してくれない? オーガは鼻を鳴らしたまま、僕のほうへ、その図体を引きづる。やっぱり駄目だよね? ……戦ったら間違いなく負ける。なら、逃げながら声のほうへ向かうしかない。そうだ……オーガじゃ通れない道があるかもしれない、欠片眼(フラグメント・チップ)を使って、道を把握しよう。


欠片眼(フラグメント・チップ)!」


 瞳を紺碧に輝かせる僕と、悲惨な村の有様が映し出される。ここから欠片眼(フラグメント・チップ)を使うと、よくわかる。この村は結構広くて、オーガの数は異常だ、軽く二十匹は居る。狭い通路は……ないな、どうにも。だが、左目に映るオーガはビビっているようだった。マジか! オーガ、欠片眼(フラグメント・チップ)が怖いのか! あと、左手が薄手なことに気づいた。


 僕は欠片眼(フラグメント・チップ)を閉じ、斜め左へと、足にむちを打ちつけた。所詮はオーガ、そのデカさでは僕の全力疾走には追いつけないはずだ。と、思ってオーガを通り過ぎたころに、振り返った。しっかりついてきていた、その上、二匹に増えてた。泣きそうになった。

 この村は、広いがゆえに家が密集していないので、声の場所はもうわかる。かなり近くだ。泣いてる場合じゃない。僕は、助けなくてはいけない。赤ん坊を見捨てたとあっては、妻たちに顔向けできないし、なにより僕が嫌なんだ。


 家の裏口へとたどり着き、そのまま回り込んで入り口が見えた。オーガが居た。なるほどね。もうこうなれば戦うしかない、それ以外の方法がないことは、疲れきった体でも、酸素不足の脳でもわかる。

 幸い、入り口のオーガにはまだ気づかれていない。このまま走って、勢いを利用し切りつける、これだ。

 僕は、オーガに向かってククリナイフを構えながら、突進した。


 転んだ。


 足に痛みが走り、転んだ。だって、ここに来るまで何度も転んで、足がズタボロなんだ。それで全力疾走すれば、転ぶさ。体力も、もうマイナス行ってるレベルで疲れてるんだ。

 入り口のオーガは、キョトンとした顔で僕を見ていた。やめろ、見るな。なんだその目は、見るな!

 このまま立ち上がったら、どうなる? 真正面からの戦いだ、後ろからは二匹オーガが来ている。だが、赤ん坊の声は鳴り止まない。もうプライド捨てよう、それしかない。


 僕は、欠片眼(フラグメント・チップ)を開いた、そのまま。


「ぁぁぁあああああああああ!」


 奇声を上げた。それだけでは終わらない。


「嗚呼、悪が居るぅ! 嗚呼、愛があるぅ! 丸い星は地球、トゲトゲした奴は悪い奴! 究極の愛を守るため、いま推参、いま推参! 僕の名はキングマーン! キングマァアアアアアアアン! 鎧の中の愛は、なによりも強固だぁ!」


 曲名、愛とともにキングマン。作詞、高校生のころの長内王雅。作曲、高校生のころの長内王雅。

 そう、キングマンのテーマのサビを、金切り声で大熱唱した。続け様に、手と膝でオーガへ突進した。要するに、ハイハイ。赤ん坊を助けに来た赤ん坊だった。オーガはその僕に、なにもしなかった。本格的にビビっていた。やってる本人がビビってんだから、当たり前だ。

 そうして僕は、家の中で入った。そこは、質素な室内で、区切りもなく、文明の利器と呼べるようなものは、いっさいなかった。


「ふふっ」


 笑いがこぼれた。べつに、この部屋のことを笑ったわけではない。

 赤ん坊が居た、厳密に言えば、半分居た。

 なにも、瀕死(ひんし)だとか、体が半分しかないだとか、そういう意味ではない。出産の、最中だった。赤ん坊の体は、赤だった。オーガの子供だった。オーガの出産だった。母オーガが、「なんだお前?」とでも言いたげな顔で僕を見ていた。その近くで母オーガを見守るオーガも、同様の顔をしていた。

 僕はこう言いたい。


「なんだお前ら?」


 おそらく、襲撃したであろう村で出産してんじゃねえよ、なにやってんだよ。神秘的な光景を見せつけてんじゃねえよ、ふざけんなよ。腰が抜けた、思わず座りこんでしまった。

 欠片眼(フラグメント・チップ)を使ったままだから、気づいた。僕を追っていたと思われる二匹のオーガと、入り口のオーガがもう追いついて、後ろに居る。そいつらも、僕を責めるように見つめている。母オーガは、鬼のような顔をしていた。いや、鬼だけど。そして、僕の顔は……壊れていた。ニヤニヤしながら、目尻に涙をためて、表情が死んでいた。

 囲まれている、死にたくない、こんな顔で、こんな状況で。妻たちの安否も確認していない。空さんは……空さんは、もしもこの世界に来ていたとしても大丈夫だろうな。一度、楽園へ連れて行ったとき、偶然現れた鬼獣を足だけで殺してた。異常だ。いや、彼は来てないだろうが。あのとき居なかったし。


 だから、助けて、七愛、菫さん、アリスさん、助けて。

 そんなとき、ジトたんの言葉が一つ、思い出の中で輝いた。

 第十一話、一人で敵に立ち向かうジトたんの言葉だ。


『一人のとき、一人でやるしかない。胸で、仲間を思いながら』


 奇声を上げよう。


「う……ぁぁぁああああああ!」


 奇声を上げながら、ククリナイフを後ろに居るオーガへ投げつけた。さらば、ククリナイフ。薮避けには便利だったよ。

 オーガの肥えた腹に突き刺さったそれは、血色に光った。そのオーガは、豚と羊の声を混ぜたような悲鳴を上げながら地に伏した。それを見た仲間のオーガは、憤怒の表情をしている。それを見た僕は、顔を真っ青にしていた。ていうか僕、意外とオーガの表情見分けられるな。ていうか、まずいな、表情とかどうでもいいな。


「……違うんです! 不慮の事故です!」


 言葉は伝わっていないようだった。僕は表情で見分けられるんだから、オーガも僕の表情でわかれよ、謝ってるんだよ、事故なんだよ……もう、崩術で対抗するしかない。

 立とうとした。だが、腰は依然と抜けていて、立てなかった。それでも踏ん張った、踏ん張ると、ちょっとチビった。それでもなんとか、よろよろと立ち上がった。母オーガと赤ちゃんオーガは出産中だから抜いて、三匹か。無理だな、無理だよ、僕の崩術だけじゃ。この欠片眼(フラグメント・チップ)も、なにか、なんでもいいから、ビビらせる以外の役に立ってくれ。覚醒するならいましかないんだ。頼む、頼むから!


 欠片眼(フラグメント・チップ)に力を流し続けているのに、視点が上ではなくなって、僕の瞳の位置へ来ていた。ははーん、なるほど。一人称視点で使えるようになったってことね? だからなんだよ、役立たず! もっといい名前をつけてあげればよかった!

 崩術だ、僕を守ってくれるのは、崩術だけだ。崩力は、力んでいては通らない。力を抜け。リラックス。


 まず、正面に出産を見守っていたオーガと、出産中の母オーガと半分以上生まれちゃったオーガ、これはあとにする。背後の玄関に、倒れたオーガと、それを挟む二匹のオーガ。オーガでゲシュタルト崩壊しそうだ。

 玄関の左側に居るオーガが、僕のほうへ近寄ってきている。頭で考えている時間はない。僕も、そのオーガへ飛び込んだ。


 あと三歩、オーガが手に持ったククリナイフを振り上げた。僕は、左手を前へ突き出し、右手を顔の横へ、崩衝(ほうしょう)の構えを取る。

 あと二歩、オーガが、僕へ狙いを定めた。僕は、肩の力を抜いた。

 あと一歩、オーガが、屈強な腕を振り下ろした。あれ、当たるよこれ? まずくない?


 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ! 足、足足、避けろ避けろ避けろ避けろぉ!


 鼻の先を、ククリナイフがかすめた。僕の体は、ナイフの左へ回りこんでいた。左手、引いてない。構えがそのまま。当然、左手が……落ちる。

 痛みはまだ来なかった。僕の体は、一回転しながら、オーガの隣へ来た。そのまま、右手を、揺れる腹へ添えた。声は出さなかったが、崩力が腕から引き抜かれていく感触があった。そして、崩力が反発する。満ちた、浸透した。そう気づいたとき、ようやく痛みが神経を走った。


 声が出ない、目が見開かれる、あ、あた、あ?


「くぅぁ……っ」


 今日、何度目も奇声を上げたからだろうか、声が枯れて、もう出なかった。オーガはあと何匹だ? 考えられない、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。痛みで、ぶっ倒れた。いままでの人生で一番痛い、なによりも痛い、腕が痛い、腕が、手首から先が、消えてる。でも、立ち上がらなくちゃ、他のオーガに、殺される。立ち上がらなくちゃ、立ち上がらなくちゃ。

 目に、赤が飛び込んだ。それに反射して、まぶたを閉じた。暗闇の中で、激痛が喚いた。


 赤、血、べつのオーガに切られた? 切られたの? 死んだ? うそ、死んだ? 腕以外の痛みがわからない、なにもわからない。どうなってる、どうなった? ここで終わり? どうすんの、残った妻たちは。どうすんの、どうすんの? 七愛は? 菫さんは? アリスさんは? 僕が見つけてあげないといけないのに? 嫌だ、怖い、一人になりたくない、みんなと一緒がいい、死にたくない。痛い、死にたくない、怖い、怖い、怖い。


「治療魔術を使います! その間、援護を!」


 嫌だ、助けて、一人にしないで。


「大丈夫ですか! しっかりしてください!」


 なにか聞こえた気がして、下半身が温かくなった。なんだこれ……なんだ。失禁、お粗相、お漏らし? おしっこ?

 おしっこ……ってことは、生きてる? それとも、死にながらでも感触はあるのか? やっぱり死んでる?


「大丈夫です、大丈夫ですから」


 今度は冷たさに包まれた。なんか硬いのを押し当てられている、出血多量か? やっぱ死ぬのか、死後硬直だこれ。……おかしい、痛みが消えている。死ぬときは、ドーパミンが云々でむしろ気持ちよくなるんだっけ。ってことは、やっぱり死んでる最中?

 なんだか、違う気がした。残った右腕で、目を擦った。

 目を開いたら、鈍った錆色が僕に纏わりついていた。なんだこれ。錆色が僕の上半身を持ち上げ、抱きついていた。理解できない。


 ふわりと、僕の肩からなにかが引き抜かれた。

 錆色の正体は、鎧だった。何時代だよ。まとっている主の顔も見えた、女性だ。ローシェンナの髪、ライトブルーの瞳。知らない人。その人は、僕を座らせると、顔を覗きこんできた。


「大丈夫ですか? お名前は?」


 ていうか、いつの間に?

 まぁいい。他の思考を全て切り捨て、僕はその言葉を理解することに集中した。


「お……お、王雅です」

「オーガ? ……いえ、魔獣の名前ではなく」


 こちらのモンスターは、魔獣というのか。名前的に、鬼獣みたいなものなのかな。

 すこし、落ち着いてきた。僕、これ、生きてるぞ。よし、答えよう。


「王雅です」

「いえ、ですから……あなたの名前です」


 通じてない。えっと。


「お、う、が」

「……オ、ウ、ガ」


 僕の言葉を、一つ一つ確かめるようにその女性も反復した。

 あたりを見渡すと、オーガの(しかばね)であふれている。この女性と同じように、同じ鎧を着た人が何人も居た。あと、やはり僕はお漏らしをしていた。これは……助けてもらったのかな。


「オウガさん、で宜しいのでしょうか。左手を動かしてみてください」


 え? 痛みもなければ、左手も、もうないよ? そう思いながら、視点を落とすとやはり左手は……お、あるじゃん! なにこれ、動くの?

 お、おお……動く、動くよ!


「えっと、左手が、生えました」


 凄いな僕、凄いぞ僕。いつの間にこんな能力身につけたんだ。

 なぜか、女性は笑った。その笑顔に、僕は七愛の顔を思い出す。


「わたしが治したんですよ、オウガさん」

「ん?」


 言っている意味がわからない。どうやって治したの? 凄いお医者さま?

 縫った跡は……ない。なら、切り飛ばされた腕は? それもない。なんだ?


「きっと、切断された直後だったのでしょうね。間に合ってよかったです」

「あの……どうやって治したんですか?」


 僕がそう聞くと、少しだけ女性の顔が強張った。なに、聞いちゃいけない? そりゃそうか、企業秘密だよな。


治療魔術(ちりょうまじゅつ)ですよ。腕が落ちていたので、くっつけておきました」


 ちりょうまじゅつ、魔術、魔術か。鬼術なんてものがあるんだ、魔獣なんてものが居る世界なら、大して驚かない。

 うそだ、滅茶苦茶驚いている。なんだそれ、治療魔術? 僕でも使えるのかそれは。


「おいローナ、そっちは終わったのか?」


 突然、やはり鎧をまとった男が、西洋兜を片手に現れた。コスプレ集団か? いや、この部屋と、魔術という言葉……きっと、文明が発達していないのだ。あの盗賊……盗賊王アレクトだっけ、も、スマフォ知らなかったし。あと、この女性ローナさんっていうのか。かなり綺麗な人だ。


「はい、オーレンティウス団長。逃げ遅れた者が負傷していたので、治療しました」


 ローナさんがそう言うと、オーレンティウスと呼ばれた男が僕の前へ駆け寄ってきた。迫力のある顔だ、二十代後半ほどの年齢だろうか、怖い。しかし、彼は気持ちのいい笑顔を僕に投げかけてきた。


「はは、坊主、正気か! オーガがこの村を襲撃するって情報、一昨日には届いてんだろ? ほかの村人は全員逃げたぜ?」


 彼はそう言った。いや、知らないし。聞いてないよそんな話は。

 ……あれ? 確か、盗賊王アレクトが『あんな大騒ぎだからな』とか言ってたような気がする。まさか……この村のことか? それならそうと、はっきり言ってくれよ。いや、それでも赤ん坊の声がしたならここまで来ただろうけど。


「いえ……えーと、僕はこの村の人じゃないです。赤ん坊の泣き声が聞こえたので立ち寄りました」

「なに? おい、ジェッス、赤ん坊を探せ!」


 団長さんは、いつの間にやら居たジェッスさんという男に叫んでいた。ローナさんは、心底驚いた顔をしている。

 いや、オーガの赤ん坊だったんですよ、そこで死んでるでしょ?

 そのまま言おう。あとローナさん、その顔やめて、言いづらくなるから。


「オーガの赤ん坊でした」

「はぁ? ……はぁ?」


 そりゃ、そうなるわ。僕も聞いたらはぁ? ってなるもん。しばらくして、彼は愉快そうに笑ったが、すぐにその表情を引き締めた。なんだろう、しかられる?


「いや、すまん。治療が必要なほどの怪我をしてまで、見ず知らずの赤ん坊を助けようとするのはなかなかできんことだ。非礼を詫びる。名前は?」

「王雅です。いえ、まぁ……普通じゃないですか?」

「は? オーガ?」

「お、う、が」

「オ、ウ、ガ」


 この下りもういいよ。

 それに、誰でもそうするんじゃないかな、誰がやろうとも、オーガの赤ん坊だけど。

 オーレンティウスさんは、僕の体をなめるように見た。まさか、助けたお礼に体を差し出せとか? 嫌だな……男で卒業なんて、嫌だな。


「変わった服を着ているところを見ると、旅人だろう? 普通、旅人はそこまでしねぇよ。つーか、ぬれてんじゃねえか、どうした?」

「お漏らし……しました」


 あ、旅人じゃないって言うの忘れてた。いやでも、旅人と言えば旅人か? 異世界からの旅人、くぅ、格好いい。そう思ったけど、僕のお漏らしを見て大笑いしているオーレンティウスさんと、顔を背けて笑うローナさんを見ていると、訂正する気がなくなった。あと、貴族の服と言われたり変わった服と言われたり、いろいろだなぁ、サンタ服は。


「んじゃ、その辺から適当に服借りろよ。返さなくてもいいぞ」


 え、泥棒じゃんそれ。こいつらも盗賊? 言うとおりにするけど。

 僕は立ち上がって、室内を物色する。いいのかなぁ、いいや。所持品を全て移し、はき替えた。ローナさんは、ずっと顔を背けてくすくす笑ってた。まあいいけど。


「あのぉ……オーレンティウスさん、は……盗賊ですか?」


 すこし怖くなって、そう聞いてみた。


「俺が盗賊!? 見えるか!? 俺はムーリンの騎士団長だぞ!?」


 ついにローナさんが吹きだした。声を上げて笑っている。

 そうか、騎士なんだ。まあ確かに……そうだよね。ていうかムーリンってなんだ。などと考えていると、ジェッスさんが戻ってきた。あぁ、探しにいってたのか。居ないものを探しに行かせてごめんなさい。


「ジェッス、赤ん坊はオーガの……ぷくくっ、オーガの赤ん坊だったらしい。きりあげるぞ。最後に、報告は?」

「オーガは全滅、他に逃げ遅れた者は居ません」


 オーレンティウスさんの問いに、ジェッスさんは畏まって答えた。


「そうか。テメェ、ローナ! いつまで笑ってんだ、帰るぞ!」


 あ、不味い、置いてけぼりにされる。連れて行ってもらおう。人が居ないってことは、妻たちもここには居ないはずだ。


「あの、すみません! 僕も連れて行ってください!」

「おう、んじゃ自分の馬に乗りな」


 僕の馬? 居ないよ? 乗ったこともないよ?


「いえ、馬は居ないです」

「オウガ、旅人だよな? 徒歩で旅してんのか!?」

「え、まぁ……?」


 いつもは車を運転しているよ? 無事故無違反だよ。免許証も持ってきて……免許証は車の中に置きっぱなしだな。スマフォと幻永花ストラップと財布くらいだ。


「それじゃあ、わたしの馬に乗ってください」


 ローナさんがようやく立ち上がり、そう言ってくれた。ローナさんのあとを追い、家を出ると、三十人は下らないかというほどの騎士たちが居た。

 あ、そうだ。僕は最初に居た山を指差して、ローナさんに告げた。


「すみません、あそこの山で、盗賊の……盗賊王アレクト? とかいう人に襲われたんですが」

「それを言うのなら、炎界王でしょう?」


 あ、そうだった。宴会王だ。楽しそうな感じだけど、どこまでも小物臭さがあるが、将来ビッグになりそうな気配がする、そんな奴だった。


「え、というか、え? 炎界王アレクト?」

「うそだろ?」


 ローナさんを含め、騎士たちの空気がよどんだ。やいのやいのと騒いでいる。

 彼は有名人だったのだろうか。

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