第三十二節 桜色の過去 前編
痛い。
星はなく、雲もなく、青はなく、太陽も月もない。地下の世界、上にも下にも地面がある。それが淡く輝いて光をもたらしていた。転移してすぐに眠ってしまったらしく、気がつくとここに居た。
ここは全土が魔窟の大地、地獄と呼ばれる場所。おそらく当代の闇界王アルナさんではなく、先代か何代か前の闇界王が生まれた地だろう、神世界の本に記してあったことを考えるにそのはずだ。カラスさんの記憶には、この地獄で我が妻の一人……痛い。
我が妻の一人、菫さんらしき人が発見されたとあった。始めての目撃情報だ、詳細な場所まではわからなくても、裏切る価値は十分にあった。転移魔術、成功してよかったな……どうやら転移するには位置情報の書き込みが必要らしく、僕はここに転移することしかできないが。なんにせよ、命があること、妻たちの手がかりを掴めたことがうれしい。ようやく、ようやくだ。
痛い。
「ちょっと、いつまで噛んでるの、やめろエンド、噛むのをエンド!」
黒猫にずっと手を噛まれ続けている。起こそうと思って噛んでくれたのかはわからないが、もう起きてるっつうの。というか、騒動のときはずっと鞄の中で眠っていたくせに……いや、ここは魔窟だ、感謝しておこう。どこにどんな危険があるかわからない。
エンドは僕の声に驚いたのか、体が一瞬跳ねて、硬直し倒れた。すぐに立ち上がって周りをキョロキョロと確認して、僕の肩に乗った。臆病すぎるよ。
「まだ、疲れてるんだ。魔獣も居ないみたいだし、休憩させて」
集中を切らせたまま地獄を歩きたくない、罠とかあるかもしれない。だから休憩するのだ、休憩は大事なのだ。
いままでのことを整理しよう、最近は忙しくてろくすっぽ物思いにふけることもできなかったからな。
まず、転移したのは僕、七愛、菫さん、アリスさん、空さん、リートさんの六名。それと首謀者の氷界王だ。
僕の意識を乗っ取った一番目さんについては謎だが、参考にしろと言っていたからああいう芸当も僕には可能なのだろう。とくに左目の深緋に輝く現象、どんな能力かは不明だが使えるようになるべきだ。空さんの記憶を見た限りでは、空さんは強い。それと対等になれるまでの力を僕は持っている。どうやって記憶を見たのかは不明だけど、感覚としては欠片眼の能力だろう。触れもせずに記憶を覗くなんて僕にもまだできないのに。
違うな、なにかコツを掴めばできるのだろう。宝の持ち腐れだな、戦うときだけ一番目さん出てくりゃいいのに。
さて、こんなもんにして移動しようとは思うのだが、なにか引っかかる。嫌な予感がする、直感が伝えている。七愛とアレクトさんのことが頭をちらちら過ぎる。もっと言うなら、シュークリームの一見が頭を過ぎる。
前も引っかかったが、なんであんなどうでもよさそうなことが気になるのだろうか。もしかして、七愛に危険が迫っているのか? とも思うが、なんか違う。
アレクトさん、七愛、シュークリーム。
あれ。アレクトさんくらいの年のころ、僕が中学生のころから、七愛と距離を置いていた時期があった。なんで距離を置いたんだっけ、僕が不登校になったからか? じゃあ僕はなんで不登校になったんだ? お父さんが亡くなって悲しかったから? お父さんはなにが理由で亡くなったんだっけ?
どうしていま、これが気になるんだ? どうしても気になる、なにかに対する答えとして、この欠けた記憶を思い出す必要があるような。
「欠片眼……」
過去、中学生のころの僕、僕が探している記憶……映像創造。
答えが、目の前に広がろうとしていた。
◆
「なんでしたっけ」
「シュークリームの作り方だよっ」
いま、我が自室には僕と七愛が居る。僕も彼女も中学生になったと言うのに、こんなのいいのだろうか。彼女とは幼稚園のころからいままでずっと一緒に居るが、もうそろそろ年齢的に気まずい空気が流れ出しそうだ。世ではそれを思春期と呼ぶらしい。お父さんが言っていた、『王雅も年頃になれば僕のことが嫌いになり、パパのパンツと僕の服を一緒に洗わないで! とか言うんですよ』と。僕はそれを聞いて、自分が女の子ってことに気づいた。もちろんお父さんのも僕のも冗談だと思う、僕はお父さん大好きだし、ちゃんと僕は男だろう。
「かちゃかちゃかちゃかちゃ、ターン!」
「口では大きい音なのに、実際は小さいね。ブランドタッチっ!」
「ブラインドタッチです」
七愛の家にはパソコンがない、だから調べ物をするときは大抵、図書室か僕のパソコンだ。今日の場合はシュークリームを作るのも目的に含まれているので、僕の家ですべての作業をするとのこと。七愛にお菓子作りなんてできるのかなぁ、火事とか起こしちゃわないかなぁ。
「やっぱりパソコンってすごいね! 王雅くんもすごい!」
なんて言いながら、七愛は目を輝かせながらパソコンを覗きこんだ。僕もパソコンの前に座っているもんだから、ふわっといい香りが鼻へ入る。
「七愛、ブラジャー付け始めたんですね」
「え!? 見えてたの!? 当たったぁ!?」
昔保健で習った、第二次性徴期というもの。七愛は第二次性徴期なのだろう、最近胸が膨らみ始めている。七愛はその胸を手で隠した。見えてもないし当たってもないけどね、ただの予想だよ。
僕は無表情を作り、無の境地へ立つ。
「僕も付け始めたんですよ、ブラジャーを」
「王雅くん女の子だったの!? ごめんなさい、いままで男の子だと思ってたよ……」
相変わらずだなこいつは。頭は成長しないが体は成長しているようだ。七愛、将来大きくなるのかな、お父さんは大きな胸が好きだし、もしかしたら七愛と結婚しちゃうのかな。なんか、それはやだな……。
「冗談ですよ。七愛って好きな人居るんですか?」
「えぇ……えぇ?」
どうしてだ、どうして答えないのだ! お父さんが好きなのか!? 僕のお父さんが大好きなのか!? この女狐が! 女狐ってテレビで言ってたけど、どういう意味なんだろう?
「王雅くん、目を狐みたいに細めてどうしたの……? 怖いよ、顔」
女狐ではなく目狐だったのか。つまり僕は目狐だったのか。僕ような複雑な感情を抱いた少年のことをそう呼ぶんだな。
「そういえば、今日はおじさん居ないんだよね?」
「ええ、我が父は不在ですがそれがなにか!?」
「なんで怒ってるの!?」
なんでって、七愛がこのタイミングでお父さんのことを言うからだ。
「だって七愛がお父さんのことを好きだから……」
「へぇ!?」
こいつさっきから驚いてばっかりだな。
「違う違う、違うよ、私が好きなのはおじさんじゃないもん!」
「そうなんですか、お父さんにはもっと賢い女性が相応しいですからね。七愛じゃ不安なものでして」
「もぉ……またそうやってバカにする。今日は王雅くんと二人きりってことなんだよね?」
「そうですが? もしかして僕に気があるんですか?」
冗談でそう言うと、七愛は顔を真っ赤にした。なに怒ってるんだこいつ、もしかして僕のこと嫌いなのか、そんなぁ……友達だと思ってたのに。
「さ、さあシュークリーム作るよ! シュークリーム!」
「ちょ、ちょっと」
七愛は駆け足で僕の部屋を出ていった。ちゃんとシュークリームの作り方覚えたのかな、覚えてないかも……プリントアウトして持っていこう。
材料も揃っていたからか、スムーズにシュークリームができた。や、もしかして七愛はお菓子を作るのがうまいのかもしれない、一個も失敗作ないし。
リビングに移動して、一口食べてみると……おいしい、カリッとしたシューの中から、カスタードクリームとホイップクリームが溢れる。
「七愛、おいしいです!」
「えへへぇ、将来はパティシエールさんになるんだ!」
口元にたくさんクリームをつけた七愛がパティシエール……自分で作った商品を全部食べちゃいそうだ、なれるのかな。
「そういえば王雅くん、中学校の七不思議って知ってる?」
「知りませんね、小学校のは覚えてますが」
「えっとね、登るときと降りるときで高さが違う階段とね」
「高さ? 段数ではなく?」
「高さが違うんだって」
どうやってそんなの計ったんだよ。
「あとね音楽室の口裂け女!」
「口裂け女? 妖怪でしょうか」
「妖怪かもねぇ」
僕も七愛も、昔から妖怪が見えた。全員が全員見えるんだと思ったら、そうでもなかった。お父さんと、七愛のおじさんとおばさんと、七愛くらいしか見える人に会ったことはない。お父さんと七愛のおじさんおばさんは崩術師っていう仕事らしくて、妖怪を守っているらしいけど、なにから守っているのかまでは聞いたことがない。
「ふっふっふ、王雅くん」
なにやら七愛が怪しげに作り笑いしている。またろくでもないことを考えているに違いない。
「この中に一つだけ、わさび入りシュークリームがあるんだよ!」
「そうですか……じゃあ僕はこのくらいで、ごちそうさまでした」
「あれぇ!? 食べないの!?」
僕が手を付けるのをやめてテレビを見始めると、隣から『ひぃ~!』って声が聞こえた。七愛、さっそくわさび入り食べてるじゃん。アッホでぇ。
「やっぱりもうちょっと食べます」
「じゅるい!」
七愛の目からは、大量の涙が流れていた。
その涙を見た次の日、放課後。教室には僕と七愛だけが残っていた。クラスメイトの大半は部活に所属していて、僕たちは帰宅部だからなぁ。田舎なせいか、生徒数が少なく部活も少ない。屋内の運動系の部活があったなら入ってみてもよかったのだけど。
「なに読んでるの?」
「この前出たジッとして! ジト目のジトたん! っていう小説の一巻です。僕は帰りますが、七愛はどうします?」
「音楽室の口裂け女見に行くよ。妖怪かもしれないし、学校に妖怪が居るなんて問題になっちゃうもん」
問題になるんだ、妖怪たちはどこにでも居るイメージだけど。
「見つけたらどうするんですか?」
「パパとママに報告!」
「では僕もお父さんに報告したほうがいいですね。一緒に行きますよ」
帰宅部は暇だからね。
二人で三階へ上がり、音楽室を覗く。黒ピアノ、肖像画、他にも楽器があるが、誰も居ないし弾いていない。妖怪もお化けも居ない。
七愛も一緒に中を覗いて、入った。なにもないように思えるけど。
「大丈夫そうですね……帰りますか、七愛」
「うん」
校庭から聞こえる野球部員とテニス部員の声。少し強い日差し、暖かい。異常はない。
それが、たった一瞬で逆転した。
静寂、空は色を落とし、立っていられないほど寒い。
「私、綺麗?」
背中から声がする、息ができなくて、振り返れない。
「私、きれい?」
背中をなぞる冷たい声。近づいている。
「わたし、きれい?」
僕も七愛も、金縛りにあったかのように体が動かない、震えもしない。横に居る。
「ワタシ、キレイ?」
正面に女が居た。包帯だらけの顔、包帯だらけの体。口元を隠す包帯が地面へ落ちる。その下は、チェシャ猫のように引き裂けていた。裂けて裂けて、顔が消えて、頭が口で覆われて。
化け物の手が七愛へ伸びる、なんとかしなきゃ、七愛が食べられちゃう。頭じゃわかってる、体に命令を出す、それでも体は動かない。
その手と七愛の間に、大きな目が開いた。空間が目を開いたかのように、目だけが浮かび上がる。視界がぐにゃって歪んで、赤、青、黄色、七色、もっと多くの色に包まれた。
色のトンネルを抜けると、見慣れた光景が広がった。お父さんに連れられて何度も来たことがある、妖怪たちの町。助かった……のかな。
「七愛、大丈夫ですか」
僕の声は震えていた。七愛の体も震えていた。彼女はなにも答えずに力なく僕へ寄りかかり、電池が切れた人形みたいに寝た。いや、気絶だろうか。
「こんちゃス。君、似てないけど崩王の息子ッスよね? 鬼火おにぎりを食べ尽くしたと噂の餓鬼ッスよね?」
後ろで手を組んだ女が楽しそうに足を弾ませながら現れた。その顔に、僕は警戒する。目元が黒い布で覆われていた、口裂け女の仲間かもしれない。でもたしか、崩王とはお父さんのことだ。僕が餓鬼と呼ばれているのも知ってる。でも、怪しい。
僕は自分の体で七愛を隠し、女を睨んだ。
「なんスか、せっかく助けたのに。もしかして私のこと知らないッスか? 有名なはずなんだけどな……」
目隠し女が桜のような色の髪をわざとらしくかいて、僕へ顔を寄せる。どんな目をして僕を見ているのかわからない、感情がわからない。年は中学三年生の先輩くらいだろうか、僕たちよりは年上だと思う。
「助けた、ですか? あなたが助けてくれたんですか?」
「そ~ッスよ。崩王がどうしてもってんで、監視してたんス。ありゃーヤバかったッスね、あとちょっとでその子、食われてたッスよ」
そう言いながら人差し指を立てて、その指先に目を咲かせた。空間から開いた目、これで監視してたんだ。盗撮は犯罪だけど、僕も七愛も助けられた。
「助けてくれてありがとうございます、あの、妖怪の方ですよね?」
「いかにも、私は無眼って妖怪ッス。ご存知ない?」
聞いたことない。それに、ここまで人間らしい妖怪は始めて見た。天狗さんよりも人間っぽい。
「知らないみたいッスね。咲かず桜の虚無とも呼ばれてるッスけど……そっちもだめか。私は妖怪たちの中じゃ一番強くて有名なんスけどね」
自分で言うか?
「僕は長内王雅です、気を失ってるこいつは七愛」
「七愛っちはめんどいことになったッスねぇ。口裂けに目ぇ付けられてるッス」
無眼さんはそう言ったあとに、七愛の頭を優しく撫でた。
「すべての生物に作用するように、過去、現在、未来から七愛っちの真名に関する記憶を消したッス。これから彼女は真名から一文字抜いて、七愛ッス」
言ってる意味がわからない、七愛って言ってるし、七愛は七愛だろ。元々七愛なのに一文字抜いた……そうか、過去の記憶まで消されて、最初から七愛ってことになったんだ。偽物の記憶と差し替えられたって感じかな。そんなことができるんだ、だけど。
「それ意味あるんです?」
「妖怪にとっても人にとっても、あの口裂けにとっても真名は重要ッスからね。王雅っち、あのとき七愛っちの名前呼んだッスよね?」
呼んだっけ。
「あの瞬間に口裂けに七愛っちの真名を掌握されたんス。今ごろ七愛っちを探してるだろうから、真名から辿れないようにこうする必要があるんスよ。ピンポイントで口裂けの記憶だけを消せればいいんスけど、それは直接会わないと無理ッスから」
つまり僕のせいで、七愛は本名を失ったのか。ごめんよ七愛、これからは七愛として生きてくれ。
「人間も真名を隠して生きたほうがいいと思うんスけどねぇ、私たちみたいに」
妖怪はたしかに、真名を隠して生きている。妖怪と契約した者だけがその真名を知れるらしい。お父さんがそう言ってたはずだ。
あ、七愛、動いた。
「七愛、起きました?」
「んぁ……王雅くん、寝てた……」
「僕は寝てませんよ、寝ぼけないでください。なんちゃって」
七愛も起きたし、もう大丈夫かな。
「それでは無眼さん、助けてくれてありがとうございました。今度なにかしらお礼します、さようなら」
そういえばここは妖怪たちの世界のはずだけど、この場所までは知らない。ほかの妖怪たちも居ないし、どこなんだろう。
「お礼を言うのもお家に帰るのもまだ早いッスね。いまここから出たら、口裂けに見つかるッスよ?」
「でも先生が、寄り道しないで帰りなさいって言ってたんですけど……」
「大丈夫ッスよ、崩王が口裂け倒したら迎えに来るッスから」
え? お父さんあいつと戦ってんの?
「王雅くん、このお姉さんはお友達?」
「いや、それどころじゃないですよ七愛」
「無眼ッス。七愛っち、よろー」
「よろしくお願いします!」
それどころじゃないよ。
「お父さんが口裂け女と戦ってるんですか!? どこで、もう戦ってるんですか!?」
「大丈夫ッスよ、崩王は歴代最強の崩術師なんスから。しかも仲間に七愛っちの……いや、ちょっとあれっスね、急用思い出したッス、ここで待っててほしッス」
「絶対まずいことになってますよね!? 僕も行きますから!」
「足手まといッス、はっきり言って邪魔」
いや、だって、お父さんが苦戦したなんて話聞いたことないけど、口裂け女、あれはもう別次元の化け物だと思う。それに七愛のおじさんとおばさんも行ってるんだろ、心配なんだよ。
もしも、なにかあったら、残った七愛はどうなるんだ。
「ま。鬼術の結界張っとくッスから……もしこの結界を破れたら王雅っちの勝ちということで。でも大人しくしてるんスよ、本当に邪魔ッスからね」
無眼さんはそう言い残して、空間から開いた大きな目に入って消えた。七愛はなにが起きたのか理解してなさそうな顔をしている。
「七愛、ここで待っていてください」
「よくわかんないけど、一人にしないで……」
ぽつんと七愛がつぶやいた。たしかに僕は足手まといだろう、でも七愛が居たらもっと足手まといだ。七愛はここで待っていたほうがいい……僕も待っていたほうがいいんだろうけど。
「七愛、あの口裂け女とお父さんが戦ってるみたいなんです。なにもできないかもしれないけど、足手まといになるかもしれないけど、囮くらいにならなれると思うので僕は行きます」
心配かけたくないから、七愛のおじさんとおばさんのことは伏せる。
「私も、行くよ……王雅くんを守ってあげなさいって、パパとママに言われたもん」
「僕だってお父さんに七愛を守ってあげなさいって言われてますよ……」
「王雅くんが行くんなら、私も絶対に行くから!」
どうするべきか。ここで二人して残るか、二人して行くか。お父さんはなんて言ってた? 『七愛ちゃんだけじゃなくて、困ってる人が居たら助けてあげなさい』そう言ってたはずだ。無眼さんが僕たちを残して行ったということは、お父さんもおじさんもおばさんも困ってるはずだ。助けに行くんだ、怖いけど、僕はお父さんの息子だ。
「じゃあ、まずは結界を破りましょうか」
「うん? 結界張ってあるの?」
鬼術、妖怪と鬼術師だけが使える術だ。その結界を崩術師でもない僕らが破るのは難しいだろうけど、やってやる。
ひとまず全力で走ってみると、見えない壁にぶつかった。体当たりをしてみても、叩いてみても破れない。
七愛はペタペタと結界を触っている。
「どうしましょう?」
七愛は僕の言葉に首を傾げて、考えこんだ。そしてなにかひらめいたように、落ちていた大きな石を手に取って結界へ叩きつけた。
なるほど、僕も真似してみよう。
「ふんぬぁ!」
石は、がつんと弾ける。それでも何度も叩きつけた。叩く度に手に伝わる感触が変わっている、いい感じかもしれない。
それから僕と七愛は何十回も石を叩きつけた。
「中々しぶといですね、七愛、いっせーので行きますよ」
「わかったぁ!」
「いっ、せー、のっ!」
バリン! という音が聞こえた。消えた、破った。僕の勝ちだ無眼さん!
「よっしゃ……で、どこに行けばいいんでしょう」
「たぶん、こっち、だと思う」
七愛に手を引かれ、僕たちは走った。なにもない、同じ景色が流れた。夜のように暗くて、見渡す限りの荒野。
ひたすら走った先から。
あの寒気が走った。