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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第二章 六界王
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第二十二節 グラファイトの行方 中編

 グラファイトの髪とランプブラックの瞳の持ち主は感謝と感動を向けてきた。


 オッガさんと出会って二日、僕一人で行くよりはだいぶペースを落とした。三日目にオッガさんの骨折はかなり回復した。驚異的な回復力だ、ありえない。こっちの人間は視力も落ちなければ怪我もすぐ治るのだろうか、それとも僕と彼が微弱ながらも治療魔術をかけ続けたからだろうか。それからオッガさんが前で手綱を握り、僕が後ろに乗ってマッスルに運んでもらうと、遅れを取り戻すようにハイペースで進めた。通算、一週間で村へ着けた。僕だけなら倍は掛かっていただろう、マッスルすごいよ、さすがはマッスルだよ。こけて主に怪我させるのは間抜けだけど……まあ、いい子だ。


 村へ着いてすぐにオッガさんは僕にお礼を言った。途中でも何度もお礼を言われた。そんなに危機的な状況だったのだろうか。いや、僕もオーガが居た森で、骨折なんてしてたら、こうして生きてはいないだろう。

 でもオッガさんは強かった。今日をもって完全回復したようで、村へ到着する寸前に魔獣と戦うところを見る機会があったが、僕と大和さんを足して割った感じだ。才能もあるし、常に効果的な手段を用いている。

 僕より強いね、間違いないよ。こりゃ村の冒険者組合じゃ持て余すだろう。でもどっか抜けてるんだよな……七愛を男にしたらこんな感じなのかな。や、七愛はもっと抜けてるか。

 村の様子は、建設中の建物があったり、畑があったりだ。ムーリンを小さくして、もっと田舎っぽくした印象を受ける。


「オッガ!」


 村へ入って、二人で疲れを癒していると少女が走ってきた。他人が『オッガ』と言うと、僕が呼ばれてるように感じるな。少女はマルーンの瞳とチャイニーズレッドの髪と耳と尻尾が生えていた。頭に犬のような耳が生えているのだ。魔人か……何族と呼ぶのだろうか。激しくかわいいな。

 その激しくかわいい少女がオッガさんへ抱き着く。隅に置けないなこの野郎、こんな少女が居るのにワインサインへ向かっていたのか。


「エイン、ただいま……」


 オッガさんは目を伏せて告げた。かっこよく旅立ったのに帰ってきたのが恥ずかしいのだろうか。エインと呼ばれた少女はすごく嬉しそうだが。言葉通り尻尾振ってるし。オッガさんは僕と同じ年だ、なのにこんな十五、六のエインさんは明らかに好意を向けている。発育がいいから童顔なだけかもしれないが……犯罪の匂いがするね、僕はもっと犯罪の匂いがするのだろうけど。


「オッガ、私に会いに帰ってきてくれたの?」

「途中で怪我しちゃってさ……」


 頬をかきながら、決して彼女の顔を見ようとせずに言っている。僕なんて人前で漏らしたり吐いたりしてるのだが、それに比べればぜんぜん恥ずかしくないぞ、オッガさん。


「そこをこちらのオサナイ・オウガさんが救ってくれたんだ。名前はオウガさんだよ」

「オーガさん?」

「お、う、が、です。始めまして」


 そのネタはもう賞味期限切れだぞ、本当に聞き飽きたぞ、耳のたこも潰れるわ。


「俺もエインと会ったころは、オーガって言われてたなぁ……」

「そうだったね。オウガさん、始めまして。エインです」


 丁寧に挨拶を返してくれる内は僕を見ているが、視線はすぐにオッガさんへ向かった。そんなエインさんの背後から、人影が見える。その人影の正体に、僕は本当に驚いた。腰を抜かしそうだ。どうしてここに居るんだ、考えてみれば出会う確率は高いのか? そうだよな、別れたのはそう前でもないし、でもまさかこんな早く再会するなんて。


「クソが、作業の途中で抜けるなよエイン」

「ごめんリリーさん! すぐ戻るね!」


 リリーさんだった。エインさんもそう呼んだから間違いない。あのリリーさんが居る。


「リリーさん! お久しぶりです!」


 リリーさんは一瞬振り返り、踵だけを返した。そんだけ? よそよそしすぎない? 僕のこと嫌いなの? ローナさんに頼まれたから、面倒見てただけなの? そんだけなの?


「えっと、知り合い?」

「ええ、そのつもりですけど……とりあえず宿屋はありますか? 疲れたので休みたいです」

「そうだよね、ごめんなさい! すぐに案内するよ!」


 本当は疲れただけじゃなかった、ショックだった。彼女に恋心とかそういうのはまったくないけど、仲は悪くないと思っていた。一緒に魔窟行って、一緒に船旅して……僕の一方的な勘違いだったのか。

 ふらふらとオッガさんに付いていった。どうやらこの宿屋はオッガさんの両親が経営しているらしく、恩人だと紹介された僕の宿代は無料となった。まあすぐにこの村を出るだろうし、金くらい払ってもいいんだけど。


 酷く硬いベッドへ座った。あんまり眠る気はしなかった。どんだけショック受けてんだ、思えば一ヶ月にも満たない付き合いだったじゃないか。こんなもんさ。この村の名前、なんて言ったっけ、たしかワット村だ。ワット村にリリーさんが居るなんて思ってもみなかったから、面を食らっただけだ。いや、そもそも彼女はああいう人だったのかもしれない、そうだ、そうじゃないか。無愛想なだけだ、忙しそうだったし。それとも、僕に気づかなかったのかもしれない。

 そう結論付けて、ようやく眠りにつけそうだと思えた。野宿は魔獣のせいで神経使うし、疲れてるのには変わりないんだ、いっぱい寝よう。


 夢を見た、妻たちと揃って買い物をする夢だ。途中で突然場面が切り替わって、みんなで同じゲームをしていた。僕はいつも、夢を見たら妻たちに報告していた。そんな他愛のない話をするのが大好きだった。さて、疲れは取れた。食料と水を補充し、もうこの村を出よう。酒も日持ちするので持っているが、手を付けていないので補充の必要はないだろう。早くまた夢の報告がしたい。


 オッガさんの両親に軽く挨拶し、宿を出た。目的の物を売っている店を探し、店内に入ると誰も居なかった。

 しばらく待っていると、浅黒い肌の屈強なお爺さんが入ってきた、髪の色はわからない。髪の毛ないから。どうやら彼が店主であるようだ。


「あの、保存食と水を売ってほしいのですが」

「売れん」

「いくら……え?」


 どうしてそうなる。


「どうしてですか?」

「いまは金なんて必要としてない。わしは見てのとおり、食料にも生活にも困っておらんからな。この村を発展させる計画が進んでおる、だがその手が足りておらんのだ。もし売ってほしいのなら、手を貸してくれれば提供する。どうだ?」


 どうしたものか。僕はそういう知識まったくないんだぞ。なにをすればいいのか一から十まで説明してくれるんだろうな。


「そうだ、モヴィニア族のお嬢さんも承諾し、いま手伝っておるぞ。わしとしても男手が増えると助かるんだ、年だからな。うまいもんも振舞おう、わしの料理は王宮並だぞ」


 ああ、リリーさんの言ってた作業ってこれのことなのか。なに、村を出る前に話す口実が見つかったと思えばいい。料理も期待しておこう。


「わかりました、手伝いましょう。まず僕はなにをすればいいですか?」


 お爺さんから説明を受けた。どうやらやることは色々あるらしい。木を切り、木を運び、建設作業に手を貸し、お爺さんと一緒に料理を作る。すべてやらなくてもいいらしいけど、すべてやれば逆に金まで付けてくれるらしい。どうせやるならもらっておこう、できるだけがんばろうではないか。いまの僕には心強い味方、強化魔術が付いているんだからね。


 言われるがままに案内された。午前は樵、その運搬。午後は建設作業、日が暮れたら料理を作って作業員と共に食事だ。

 ワット村を一望できる、ちょっとした山へ登るとすでに伐採された木がいくつもあった。そこにオッガさんもエインさんも、リリーさんも居た。ほかにもたくさん居る、男性も女性も。


「今日から樵夫の王雅です。みなさんよろしくお願いします」


 エインさんは僕の真似をして頭を下げ、周りの作業員は笑顔で挨拶を返し、リリーさんは気づかなかったのかこちらを見なかった。一方オッガさんは驚いたような顔で一歩踏み出す。


「オウガさん……ってことは、ヌック爺ちゃん、オウガさんにまで頼んだの?」


 ヌックさんって言うのか、これから色々教えてくれるみたいだし、覚えておこう。ヌックさんは大きく頷き、切り株の上にある斧を手に取った。


「オウガさんは俺を助けてくれた恩人なんだ、金なら俺が出すからさ……」

「せっかく手伝うと言ってくれたんだ、あぁ腰が痛い」


 わざとらしく腰に手を当てるが、やる気まんまんに斧を持っている。絶対痛くないだろ、僕に手伝わせる口実だろ。愛嬌のあるお爺さんだな。


「そうだ、先に来ていた冒険者の方に挨拶してきていいですか? 知り合いなもので」


 ヌックさんに許可を得て、一心不乱に右手のみで斧を振るリリーさんへ駆け寄った。彼女も面倒見がいいな、こんなところでこんなことをしているなんてイメージに合わないが、頼まれたから手伝っているのだろう。


「リリーさん、あの、久しぶりですね」

「……」


 手は止まらない、無視だ。その横顔はどこか不機嫌そうだ、僕なんかしたっけ? なんで怒ってるんだ? まったく僕のほうを向かない。無愛想にしても度が過ぎてるだろ。


「僕がなにか、気に障るようなことをしましたか?」


 不愉快な態度に思わず口調が強くなってしまった。でも仕方ないじゃないか、ここまで態度の悪いリリーさんは始めてなんだから。むしゃくしゃする。


「……なにもしてない。オマエも手伝うんならさっさと作業しろ」


 ワット村に来て始めて僕に言う台詞がそれか。ぶっきらぼうだ、なんなんだ。そう言うんならやるよ、もう話しかけてあげないよ。僕がなにかしてしまったのか、八つ当たりなのか、どちらにせよ理由を言ってくれないのなら関わりたくないのだろう。こんなことで癇癪を起こして目的を忘れるほど僕も馬鹿じゃない。

 砂糖あげないリストに入れてやる。


「ここから向こうに人は居ますか?」

「ここに居るので全員だ」


 ヌックさんに確認を取り、フェリルーンを抜く。魔力を溜めて、溜めて、溜めてから固定する。木には悪いが僕のは八つ当たりだ。八つ当たりの理由はリリーさんだ、恨むなら彼女を恨むことだな。


 人に当たらないように少し離れた位置でフェリルーンを振る。青白い斬撃がいくつもの木々を切り倒し、土ぼこりを巻き起こした。やはり慣れないしどっと疲れる。でもあと一発は行けそうだ、その後は強化魔術なりなんなりを使って切ろう。


 先ほどは八本切れたのに対して、今度は五本だった。疲れると威力も下がるな。でも、練習にもなるし斧を振れば基礎体力だって付く。僕は汗水を流しながらもがんばった。オッガさんやリリーさんは強化魔術を使い続けたが、僕はフェリルーンの魔力が尽きたから後半は自力だった。

 休憩も何度か挟んだ、オッガさんが話しかけてきたが、あんまりノリのいい返事はできなかった。僕がそんなんなのを察知してか、今度はリリーさんに話しかけていた。そのときには僕よりはまともに返事してるリリーさんにまた腹が立った。


 そして気づいた。僕はリリーさんを尊敬してたんだ。光界王だからと言っておごらず、ひたむきに努力して、自分をちゃんと持ってて、言葉遣いは悪くても根は優しいリリーさんを。だから理不尽に僕へ当たるのがなんだか、嫌なんだ。こんな短期間で性格が変わるとも思えない、リリーさんだって女性なのだからそういう日もあるだろう。もしかしたら、このままリリーさんか僕が先に村を出るかもしれない、そうなったら万に一つも真相を知る手立てはないな。仕方ない、か。


 午後の建設では、直接作業関わることはなかった。やはりこれは職人の領域だ、言われた道具を持ってきたり、単純に木材を支えたりするだけだった。しばらくして日が落ちると、エインさんと僕とリリーさんとヌックさんで料理を作った。オッガさんはどうやら料理に関わってはいけないらしい。大変気まずかったが、できた料理は大変おいしかった。この世界でこんなにおいしい料理にありつけるなんて、思いもしなかった。


 そんな日々が何日か続く、同じようなことをして、無駄に時間を浪費している気がしながらも、エインさんとオッガさんとは仲良くなった。リリーさんは相変わらずだ。オッガさんやエインさん相手とは普通に喋ってるのに、僕だけは無視し、存在しないかのように扱う。まるで子供だ、リリーさんらしくない。いい加減僕もうんざりして、リリーさんと距離を置いた。

 そうしている内にまた気づいた。オッガさんはどうやらリリーさんが好きらしい。彼女を見ると顔を赤らめたり、反応一つで一喜一憂している。エインさんはその光景を寂しそうに見ていた。


 僕は僕で仕事をこなして、夜には鍛錬も欠かさなかった。ずいぶんと体力が付いたと思う。僕は元々、なにかしていないとつらいことばかりを思い出したり考えたりするし、ここに来るまでもそうだった。いまはリリーさんのことも考える。思考が回らなくなるまで体を動かして寝た。


 おいしい料理だけが糧だ。だが、一貫し虫の料理は残した。

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