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妖怪の叙事詩  作者: 妖叙 九十
第二章 六界王
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第二十節 フォレストグリーンの風 後編

 古びた城が寂しく(たたず)む。外壁ははがれ落ち、隙間からは雑草が生えている。いかにも幽霊が出そうだ。王族に仕える騎士の幽霊とか、王族に仕えるメイドの美少女幽霊とか出そうだ。

 なんと恐ろしいことだろうか、僕はここにまったく入りたくない。もしそんな幽霊が出て、戦いにでもなってみろ、王城の騎士なんてのは、強いに決まってるんだ。王が住んでた城かは知らないけど、王だよな。

 それはともかく、そもそも幽霊が怖いんだ。メイド美少女幽霊だって怖い、僕を骨抜きにしてあの手この手で精力を搾り取るんだ、まずい、興奮してきた。


「よし、帰りましょう」

「さあ、入るわよ」

「いや、そもそもですね。あなたたちの料理のせいで腹壊してるんですよ、なんなんですかあの生焼け肉は」

「そもそもあんたが作れって言ったんじゃない! 初めての手料理はテュプルに振舞うって決めてたのに!」

「あんなもんをテュプルさんに食わせるつもりだったんですか! テュプルさん死んじゃいますよ!」


 あ、テュプルさんも一緒に作ったんだった。恥ずかしそうに耳を真っ赤にしてぷるぷる震えている。


「ご、ごめんねオウガお兄ちゃん……」

「いえ、すみません。おいしかったですよ、あのあれ……あれは」


 結局は歩みを進める。あぁ幽霊怖い。


「いや、うん。帰ってエノさんの武勇伝でも聞きたいですね。風界王ってだけじゃ、あそこまでの知識と技量は得られませんよね?」

「始めはテュプルに私の技量が追いつけなかったから鍛錬しただけよ」


 武勇伝、終わり。


「オウガ、家族を探してるんでしょ? 赤紙依頼(レッドリクエスト)くらい余裕で攻略できなくてどうするのよ」


 今回は赤紙依頼(レッドリクエスト)だ。たしか赤紙依頼(レッドリクエスト)、魔窟の攻略、騎士の墓場だったか。やっぱり幽霊出そうだ。まったく、虫と並んで僕の天敵だよ幽霊は。塩でも持ってくればよかったか? つうか。


「よゆ、余裕? また核魔獣まで僕が倒すんですか?」

赤紙依頼(レッドリクエスト)の魔獣は、黄色依頼(イエローリクエスト)の核魔獣並よ。なら赤紙依頼(レッドリクエスト)の核魔獣の強さは言わなくてもわかるわよね。まだあんたには早いわ」


 よかった。それはよかった。風界王に二言はないな? よくないよ、雑魚敵がバシトーン並だと? ふざけるんじゃない。でも氷界王はもっと強いんだろうし……いやでも氷界王と戦うって決まったわけじゃないんだ。


「せめて、今日は先に手本を見せてくれませんか?」

「いいわよ。そうだ、テュプルも戦ってみる?」

「うん、最近うずうずしてたからね!」


 え、テュプルさんって戦えるのか?


「大丈夫なんですか?」

「テュプルは元々私より強かったのよ、そもそも私に剣を教えたのはテュプルだし」

「へぇ。テュプルさんとは昔からの付き合いなんですね」


 意外だな、と思ったがいつも主導権はテュプルさんが握っている感じだ。そういうものか。


「昔ってより、生まれたときからずっと一緒よ」


 と言うと。あれ、エノさんって二十七歳だよな、するとテュプルさんも二十七歳か、それ以上ってことか? ロリお姉さんなのか? いいね、いいな。年下に見える年上二人か。


「じゃあ順番は私、テュプル、オウガでいいわね」


 そういうことになった。まあ二人分も見れるんだ、こりゃ得だ。サンプルは多ければ多いほどいい。

 重々しい木製の扉は僕の背丈を越える。エノさんが開け、その隙間から見える景色は幻想的だった。ステンドグラスから降り注ぐ光は、様々な色で城内を照らす。破れかけの真っ赤な絨毯(じゅうたん)、石の壁にあるコケ、向かい合う銀色の鎧。ただひたすらに静かで、ただひたすらに綺麗だ。


「ふん、ディンカーね。そう強くはないけど、オウガからしたら戦いにくい相手かもしれないわ」


 エノさんが鼻を鳴らしてショートソードを構えるが、一体何が見えているというのだろうか。僕にはここに魔獣が居るようには見えない。ついに頭がおかしくなってしまったのか? 酒を飲みすぎるからだぞ、まったく。


 聞きなれない音がした。あの鎧、動かなかったか?


「ポッポ、ポルターガイストだっ! 騎士の幽霊だ!」


 僕はエノさんの腰にしがみついて叫んだ。幽霊は居たんだ、なにが幻想的だ、恐ろしいところだよ! いい匂いがするよエノさん!


「ポルターガイスト? なによ、邪魔しないで!」


 エノさんに無理やり引き剥がされる。そしてテュプルさんの柔らかい手を引かれ、エノさんから離れると背中をさすられた。やっぱり幽霊が相手なのか? 僕には見えていないが、二人には見えているのか?


「アテ、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン」


 もうこれもすっかり聞きなれてしまった。

 エノさんが詠唱し、構えつつも一歩を踏み出したとき、鎧が動き始めた。あれがディンカーなのか。動物が魔力の影響で魔獣になるんじゃないのか? もうなにがなんだかわからんな。


 エノさんとディンカーが互いに間合いを詰めた。この鎧の魔獣も剣を持っている。大きな両手持ちの剣だ。これはなんというんだっけ、ツヴァイヘンダーだったか。それを軽々と持ち上げ、振りかぶる。その間合いは、エノさんよりも長い。さて、どうするんだ?


 エノさんは、ディンカーが振り下ろすよりも早く懐へと入り込んだ。肉薄している、これじゃお互いに攻撃できないんじゃ……いや、違うな。ディンカーが両手持ちなのに対して、エノさんは片手持ちの剣だ。

 彼女は左拳で、ディンカーの剣の柄の底を弾いた。すっぽりとツヴァイヘンダーが抜けていく。そのまま一歩下がり、ショートソードでディンカーを一刀両断した。僕たちへ振り返り、歩み始める。


 うん、やっぱり速いな。


「お疲れさまっと、後ろ!」


 もう一匹、気づくと彼女の後ろにディンカーが居た。もう剣を振り下ろしにかかっている、やばいよエノさん!

 気づいてないのか? まったく振り返る気配がない。が、ディンカーが吹き飛んだ。


「次、テュプルね」


 エノさんはテュプルさんへショートソードを投げて渡す、危ないな。しっかり受け取ってるけどさ。

 向かい合う彼女たちは手を向かい合わせ、ハイタッチを交わした。それよりさ。


「エノさん、なんでディンカー吹き飛んでんですか?」

「私は風界王よ?」


 まさか、テュプルさんが剣にならなくても風界王の力を使えるというのか? じゃあテュプルさんの存在って一体……?


「テュプルさんが居なくても、力を使えるんですね」

「そうね。でも、テュプルが居ないと本領を発揮できないのよ。ほかの六界王もそんな感じだって聞いたし、それぞれ固有の武器を持ってるのよ。おそらく、意思を持った固有武器はテュプルくらいだと思うけど」


 へえ、そうなのか。テュプルさんはずいぶんと特別なんだな。


「さあ、テュプルがやるわよ。私とはタイプが違うから、よく見ておきなさい」


 エノさんの視線の先を見る。挑発するようにだらりとショートソードを下ろしたテュプルさんは、ディンカーへゆっくりゆっくりと歩む。

 え、強化魔術使ったか? 忘れてるのか?


「あの、強化魔術使いました?」

「テュプルは魔術を使えないのよ。詠唱破棄とも違うけど、強化魔術と似たようなものは使えるわ」


 ほう、そりゃ凄い。詠唱破棄ではなくても、詠唱破棄みたいなもんだ。詠唱なしで魔術を使えるというのは、咄嗟(とっさ)のことにも反応できるし、素晴らしいアドバンテージだろう。いいな、僕はただの魔術ですらまともにできていないから、詠唱破棄なんて夢のまた夢だよ。


 吹き飛ばされたディンカーが立ち上がると、一秒もかけずにテュプルさんへ肉薄した。考えてみれば魔獣は常時強化魔術発動状態みたいなもんか、それもそれで羨ましいよ。意図せず人に怪我させるのは嫌だけどな。


 ツヴァイヘンダーが横向きに滑る、いつの間にか構えていた、テュプルさんのショートソードの上をだ。

 まずい、テュプルさん、それはまずいって。

 ショートソードが回転した。ディンカーの腕が持ち上がる。もちろんその隙は逃しはしない。いや、しかし、凄いな。あの小さな体でよくやる。ああいうのをカウンターって言うのだろうか。僕には真似できそうにないな。

 エノさんは先手必勝型、テュプルさんはカウンター型というわけか。


「僕はエノさんみたいな戦い方のほうが向いてますか?」


 エノさんの教えは基本的に彼女に順ずるものだ。テュプルさんの戦い方は教えてくれなかった。僕は後手に回らないほうがいいと考えているのだろうか。


「テュプルの戦い方は、技量と才能があるからできるのよ。オウガにはまだ無理ね。やりたいのなら経験を積んでからにしなさい」


 なるほどね。じゃあエノさんは技量と才能がないのかというと、そうでもないだろう。僕の教本代わりだし、いつもはもっと違う戦い方をしているのかもしれないな。


「お疲れさまです、テュプルさん」

「衰えを感じなかったわ、さすがはテュプルね!」

「いい感じにできたよ!」


 またハイタッチ。僕ともハイタッチ。

 次は僕だが……ここにはもう鎧は居ない。二階へ上がるか、他の部屋を回るかだが。


「二階に行くわよ、王は最上階に居るものでしょ?」


 知らんけど。そもそもここには王は居ないだろう、居るのは核魔獣だ。言われるがままに付いていくがね。

 一階と二階では雰囲気が違った。仰々しさはなく、落ち着いている。色もそうだ、青を基調としていて、華やかさよりも飾らない美しさがある。

 二階へ上がり、通路を渡ると、大部屋へ出た。ディンカーが一匹、中央で待ち受けている。


「アテ、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン」


 あのディンカー、二刀流じゃないか? ツヴァイヘンダーを右手に、ショートソードを左手に。よくあんな間合いの違う剣二本で戦う気になるよ、僕ならバランス取れなくて嫌だね。

 二刀流なんて相手にするのは始めてだし、まずは相手の出方を伺いたいが、手を出させるのはどうやらよくないらしい。戦う前によく見ろつったって、ただの鎧と見間違うほど動かないよ。

 しょうがない、先手必勝法だ。最初には、欠片眼(フラグメント・チップ)を使わない。どうせ石やメタルキューブを出しても切り裂かれるかなにかされるだろう。戦いの中で必要になれば使うが。


 エノさんの剣弾きも二刀流相手じゃ、残りの一本に切り裂かれそうだから、とりあえず斬りかかろう。それ以外の案が思い浮かばない。


 踏み込む。いままでの踏み込みよりも、練習のおかげかスピードが増しているような気がする。それに反応してディンカーも瞬時へ構える。どうやら向かっては来ないようだ。迎撃するのね、くそ、怖いな。フェイント入れてみよう。

 ツヴァイヘンダーの間合いに入る寸前に、僕は止まる。よし、ディンカーは見事にツヴァイヘンダーをすかした。ステップして魔力を流したフェリルーンを振る。


 右手の下からショートソードが出てきて止められた、まずい、追撃が来る。どうする? 懐へ潜り込むか? しかし、相手は二刀流、一撃目をかわしても懐に入っては狭い、二撃目は避けられない。

 距離を取るか? それじゃあやり直しになる。防御しかないな。

 フェリルーンを構えて、攻撃を待つ。ツヴァイヘンダーとフェリルーンが火花を舞い上げる。


「おぉ!」


 そうか、二刀流だとこういうことになるんだ。

 防御しきったと踏んだが、人間ではできない理不尽な姿勢からショートソードがフェリルーンへぶつかり、僕は後ずさった。

 動きが人間に近いから油断していた。ふざけやがって。ディンカーの次のモーション、ツヴァイヘンダーの間合い、フェリルーンの間合いには入っていない。

 剣が頭上をかする。屈んで避けれた。しかしこの体勢、非常に危険だ。下がるか踏み込むか。

 らちが明かない、踏み込もう。しかしショートソードはどうやって避ける、二刀流って言うのは本当に厄介だな。やられたら柔軟な思考で乗り切るしかない。


 懐へ入るとやはりショートソードが突きの形で差し出された。とっさに地面に手を付き、ショートソードを蹴り上げる。姿勢を戻し、斬りかかろうとした瞬間。ディンカーはショートソードを手放し、フェリルーンを手のひらで叩き落した。

 滅茶苦茶だな。


 拾う暇なんてない。僕は左足でディンカーの横っ腹を蹴った。中身入ってんのか、と思うほど重く、吹き飛ばせなかった。少し鎧がへこみ、少しばかりの隙が生まれた。

 すかさずフェリルーンを拾う。同時にツヴァイヘンダーが振り下ろされる。僕はまた屈んでいる。

 ディンカーの足元を払うように蹴った。銀色の鎧は大きくよろめく。

 ようやく、一太刀浴びせられそうだ。もしダメージが通らなかったら嫌だな、一撃必殺で行きたい。大和さんは溜めが足りないって言ってたな。でも僕は溜めの動きがいまいち理解できていない、ならば魔力を溜めよう。


 フェリルーンの内側から魔力を引き出す、もっと引き出せ、限界までだ、ディンカーが姿勢を整えるギリギリまでだ。

 ここ、ここがギリギリだ。魔力を固定、斬れっ!


 フェリルーンはディンカーの体をやすやすと切り裂く。


「はっ、はぁ……はぁ」


 息が漏れる。人との戦いに近い感覚だった。単調な攻撃をしてくる魔獣とは一線を画している。ディンカー、恐ろしい敵だった。肩で呼吸するくらい疲れた。息を整えなければ。


「オウガ、いまのは?」

「は、はいぃ?」


 いまのってなんだ。疲れすぎてまともに返事できないぞ。思考もまとまらない。いまなんか言われても正しく理解できる気がしない。それを悟ったのか、エノさんは壁を指差した。壁がどうしたと言うんだ。


「……ボロい城ですから」


 壁には、一を描いたような穴が開いていた。が、そんな穴は結構ある、あれはちょっと目立つが。普通にボロいからだろう。


「いや、フェリルーンの斬撃から放たれるように、あの壁に穴を開けたのよ」


 はあ、からかいやがって。こっちは疲れてるんだ。


「それが魔剣フェリルーンの能力なのかもね!」


 テュプルさんまで僕を担ごうとする。いや、エノさんもテュプルさんも冗談を言うタイプじゃない。本当にフェリルーンからそんなもんが出たのか? じゃあなんでいままで出なかった? 頭が働かない。

 落ち着け、深呼吸だ。


「ふぅ……すぅ、はぁ……すぅ、はぁ」


 よし。フェリルーンの斬撃が可視化して飛んでいったということか。僕は目の前にディンカーが居たから見えなかったが。いままでどうして出なかった、僕はさっき、特別なことをしただろうか?

 そうだ、フェリルーンにかなりの魔力を溜めたんだ。いままではフェリルーンの全身を覆えればそこで固定していたが、今回だけはそれ以上の魔力を溜めた、よって能力が発動した……ということだろうか。


「もう一回、さっきの感じでやってみます」


 フェリルーンから魔力を引き抜くと、満たしていく感覚がある。ここまでやめずに、もっと、もっとだ。

 黒く有機的な剣が膨大な魔力に覆われる。ここで、剣を思い切り、振る!


「あ! 出ました……」


 青白い斬撃が飛んでいく。凄いけど……これ、攻撃魔術でもよくない? テュプルさんのに対しては便利だと思ったが、いざ自分のことになってみると代替可能は外れ能力に感じる。


「いい能力ね、さすが名が立ってる魔剣なだけあるわ」

「攻撃魔術で代用できるじゃないですか、大和さんの分身のほうがよっぽど強くないですか?」


 思ったまま伝える。


「馬鹿ね。詠唱いらずで放てるのよ。慣れれば剣を振るたびに出せるんじゃない? 詠唱破棄でもそんなに連続発動させることは無理なのよ」


 そうかもしれないが、しまったと思った。練習項目が増えてしまう、いまでも十分スパルタなのに、困ったもんだ。でも、そうか……必殺技みたいなもんか、格好いいな。名前を考えておこう、こういうのは技名を叫んでなんぼだ。でもこれ使うとなんか疲れるな、僕の魔力を使ってるわけじゃないのに……まあ、魔力を引き出すのもコツがいる、当然か。


「ここにはディンカー一匹だったみたいなので、少し休んでもいいですか?」

「治療魔術かけてあげるわよ?」

「いえ、核魔獣を倒すんでしょう? ちょっと休めば大丈夫ですから」


 壁にもたれかかりながら座って告げると、エノさんとテュプルさんはどうやら一階の行っていない部屋が気になるようで、そっちに向かうようだ。僕はその姿を座ったまま見送った。


 静まる城。僕はここに来てからのことを思い返していた。良い人との出会いも、悪い人との出会いもあった。つらいこともたくさんあった。妻たちに早く会いたい、そのために今日までがんばってきた。

 そういえば、こっちに来てから何日立っているだろうか。十日は越えているだろう。十五日以上だろうか、こんなに妻たちと離れることなんてなかった。七愛とはあったか。長い年月、離れることが。

 それにしても、十五日以上か……。


「あれ!」


 クリスマスから十五日以上、もしかして僕は誕生日を越していたのか! もう二十歳か、いつの間に、勝手に、パーティーも開かず、成人してしまったのか!


 ショックを受けたせいか、また思考にモヤがかかってきた。それになんだか、興奮する。なんだろう。


「私が癒してあげる。ずっとずっと、ここで。一生私が癒し続けてあげる」


 どこからか、そんな声が聞こえた。七愛に似た少女がとなりに居た。誰だろう、かわいいなぁ。それになんだか、いい匂いがする。女性はいい匂いがする人ばかりだ。菫さんもアリスさんも七愛も、ローナさんもリリーさんも、エノさんも。


 顔が熱くなる。この七愛に似た少女を見ていると、胸がどきどきする。一生癒してくれるのか、それはいいな。なにも考えられない、ただ彼女の傍に居たい。

 お互いに、なにも言葉を交わさずに触れ合う。それからはただひたすらに気持ちがよかった。別にそういうことしてるわけじゃないんだけど、ひたすらに気持ちがよかった。甘美に続く快感に落ちていく。目の前が真っ白になって、彼女の声しか聞こえなくなる。


 ぼくは、このままでおちていく。


「見てテュプル、帰ってきてみたら、ピンクウッズにかかってる奴が居るわよ。始めて見たわ」

「そんなこと言ってないで早く助けるよ!」


 隣の少女が突然潰れた。テュプルさんの小さい手で潰された。


「あ、え?」


 頭がすっきりした。なんなんだいまの、どうなってたんだ?


「オウガ、目を離した隙に……なによその目は、自分がなにされたかわかってないの?」

「はい?」

「あのね。ピンクウッズっていう魔獣よ。花のような姿をしていて、特殊な匂いで幻覚を見せるらしいけど……よっぽど精神が弱くないとかからないわ。あんたの一番の弱点はその精神ね」


 なに言ってんだ、ピンクウッズ? ウッズってあの、ドングリだろ? さっきのは七愛に似た……少女の居る場所を見ると、獣のような口を持ったピンク色の花が潰されていた。ウッズの亜種なのか、なのにまったく姿も能力も違うのか。恐ろしいな。二人とも一階の攻略早いな。恐ろしいな。


「今日で最後のつもりだったのに、心配になってきたわよ」

「はい? 最後?」

「ええ、基礎中の基礎は教えたし、まだまだ教えたいこともあるけど、あんたは家族を探してるんでしょ?」


 そんな話まったく聞いてなかったぞ。


「リリーにも言われたし、ね。あとは自分でがんばるのよ」

「オウガお兄ちゃん、今日こそは一緒に飲もうね!」


 そうか、そうだな。僕は自分の実力に満足できるまでやるつもりだったが、自らが思っていた以上に才能がない。そのほうがいいだろう。知らぬ間に成人していたし、最後というのなら酒も付き合ってやろうではないか。


「次は核魔獣よ。最後に風界王の力を見せ付けてやるわ」

「見せ付けるって、昨日の模擬戦で見せ付けられてますよ」


 風界王の力を使ったエノさんに手も足も出なかったしな。


「なに言ってるんだか。本当ならあんたが一歩でも動く前に殺せるわよ」

「それもそうですね。相手が自分じゃないのなら楽しんで見れます」


 立ち上がり、ズボンに付いたほこりを払ってから三人で歩き始める。


「違うわよ、赤紙依頼(レッドリクエスト)程度の核魔獣にも本気は出せないけど、六界王の力をちゃんと見ておく必要があるわ。目指すのは氷界城なんでしょう?」


 なるほどね。リリーさんと違って、エノさんとテュプルさんは六界王として完成しかかっているらしいし、僕に合わせた力じゃないのを見れるのは勉強になる。生かせはしないけど。

 期待に胸を膨らませながら歩き続けると、華やかで大きな扉が現れた。こりゃ核魔獣が居るな。エノさんとテュプルさんにとってはボーナスステージみたいなもんだろうが。僕からすりゃ短かった、今回の魔窟は。一階を隅々まで探索したであろうエノさんたちからすりゃそうでもないだろうが。


 扉の先には、鎧とも程遠い化け物が居た。竜の頭、巨人の体、金砕棒のような鈍器。


「ロープスドラゴンね、竜のなり損ないよ。がゆえに、いまこうして生きていられるのね」


 意味わからん。


「テュプル!」

「うん!」


 テュプルさんが剣へと姿を変える。一瞬だ。

 煌びやかな装飾、緑色の宝玉が埋め込まれた、輝く細き刀身、レイピア。本当に、見惚れてしまう。


「風界王エノムディーネと風界剣テュプルの力、土界王を倒したこの力を、見せてあげるわ!」


 土界王倒したってなんだよ、初耳だぞ、本当なのか?

 問う余裕もロープスドラゴンが動く余裕もなかった。エノさんがテュプルさんを空にかざした瞬間に、巨体は倒れた。まるでトンネルのような、胸に大きな風穴を開けて。

 エノさんが風になびく髪を躍らせて、振り返る。


「オウガ、どうよ」


 二人とも、美しいとしか言いようがなかった。


 そのあとは、ワインサインへ戻り、三人で冒険者組合へ赴いた。連日続けて魔窟を攻略したせいか、一人の屈強な冒険者が話しかけてきた。『お前らなんなんだ?』と。僕がなにかを答える前に、エノさんは僕を魔王だと紹介し、自分のことを魔王の側近だとか言い始めた。うそつきだ。注目されて恥ずかしかった。

 そして、見たこともない大金を手に酒場へ到着した。


「オウガ、今日は飲むのよね?」

「ええ、飲みますよ」


 緊張するな、始めての飲酒だ。僕はお酒に強いのだろうか、弱いのだろうか。醜態を晒してはしまわないだろうか。などと考えているうちに酒がテーブルの上へ運ばれると、二人とも僕をジッと見た。


「はいじゃあ、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


 三人で木製のコップを叩きあわせる。おそるおそる飲むと、名も知らぬお酒は苦かった。まずい、まずいよ。


「オウガ、飲みにくいのなら、肉を食べたあとに飲んでみなさい」


 エノさんの言ったとおりにしてみると、さっきほどはまずくなかった。まあでも、そんなに好きではない。これも慣れが必要なのだろうか。でもこれが最後だし、付き合ってやらぁ。

 そう思って飲み続けていると、僕も酔ったのか、始めての感覚だからわからないが、顔が熱くなって、体は温かくなった。それに、なんだか気持ちがすらすら言える。


「僕は、妻たちに会えるでしょうか……」

「妻?」


 もしかして、また言ってなったのか? 氷界王らしき人物が居たことから始まり、家族の特徴も伝えたはずだが、どうやら。


「会えるよ。オウガお兄ちゃん、そのためにいっぱいがんばったもん」

「そ、そうね。結婚してたのね、会えるわよ。意外だわ」

 

 エノさんは動揺してるのか酔ってるのか、その両方かわからないが言葉が定まっていない。でも二人とも、会えると言ってくれた。その言葉に気持ちが軽くなった。


「ですよね、ありがとうございます」


 それから、妻たちのことを話したり、リリーさんの話をしたり、エノさんとテュプルさんののろけ話を聞かされたり、とりあえず、ずっと笑いながら話をした。


 僕は、この二人と出会えてよかった。

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