第二節 紺碧の夜 後編
地球とは違う世界に、僕は居た。この世界はいつ来てもかわらず僕を歓迎していなかった。
だが、魑魅魍魎はその限りではない。例えばこの、立派なひげを携え、首無しの馬にまたがり夕闇を守る一つ目の妖怪。
夜行さん。さんまでが種族名だ。
悪しき者が楽園へ立ち入ろうとすると、彼の馬に蹴られるのだ。夜行さん自身はとくになにもしない。その癖、彼は口が達者なのだ。僕を見かけるたびに「よう餓鬼」と半笑いで話しかけてくる。だけど、正直嫌いじゃない。彼なりの歓迎なのだから。
この世界には、妖怪やおとぎ話に出てくるような不思議生物が居る。と言っても、僕は妖怪と鬼獣にしか会ったことないのだが、何十年もかけてずっとずっと遠くに行くか、もっとべつの方法を使えば妖怪以外の生物に会えるらしい。行かないけど。
妖怪たちは、面倒くさい社会を持たない。それぞれが適当に暮らしている。だから僕は、この景色に反してここをこう呼ぶ。
楽園、と。
「よう餓鬼」
「どうも、夜行さん」
日本から楽園へ来ると、まず夜行さんに会うこととなる。彼は楽園の門番をしているのだ。思い出した、海外からここへ渡るとべつのところへ着き、妖怪とは違う生物に会えるらしい、お父さんから聞いた。
僕は夜行さんの言葉にすこし安心する。いつ来ても僕を仲間のように扱ってくれるから。
ただし、餓鬼というあだ名は不名誉だ。ここの超巨大焼きおにぎりを平らげてからそう呼ばれはじめた。名前がオーガに聞こえるのも、要因の一つだろう。七愛はあんなに格好いい二つ名がついているというのに。
七愛の二つ名、禁忌の主……菫鬼だから禁忌だなんて、妖怪の安直さが伺える。でも格好いいからうらやましい。
ついでに、生前のお父さんは、崩王なんて呼ばれていた。父は崩術という、古くは中国が編み出したと言われている対鬼獣武術の使い手であった。人呼んで、崩術師。かなり凄腕だったらしい。というか、凄腕にしか二つ名はつかない。
鬼獣はそりゃもう凶暴で、手がつけられないので崩術が生まれたのだろう。ゆえに崩術師の仕事と言えば、鬼獣退治。
七愛は、崩術師ではない。鬼術師という、妖怪と契約した崩術師だ。すなわち、上位互換。
鬼術師は、鬼力と呼ばれる、妖怪たちと同じ力をその身に宿し、妖怪たちと同じように鬼術というものが使える。
鬼術師の数は少なく、ごく一部の崩術師しかなれない。ていうか妖怪とタイマン張って勝たなきゃいけないのだ。つまり七愛は、菫さんとアリスさんに勝ったことになる。
ところが、七愛はまだ真価である鬼術が使えない、鬼術師で言えば見習いなのだ。しかしどうやってあの菫さんとアリスさんに勝ったのだろうか? どう考えても七愛のほうが弱いが。
僕も、崩力と呼ばれる人間が最初から持ち合わせている力を駆使し、崩術を使うことができる。だから紺碧に輝く瞳も、崩術なのかもしれないし、妖怪が見える目の進化系かもしれないし、はたまたもっと別のなにか、かもしれない。考えてもわからん。少なくとも、誰も知らない力が流れている。
でも、どちらを使おうとも強い鬼獣と渡り合えるほどではないことは確かだ。
なのでいつか、鬼術師になりたい。それが数ある夢の内の一つだ。
で、菫さんは、金桜の白き華。アリスさんは金桜の黒き霹靂。二人は妖怪の中でもトップクラスに強い。ゆえにこんな二つ名がついているのだろう。
「今日は黒き霹靂さまとおデートか? こんな、ず~っと薄暗い世界がお望みとは、スケベだな」
今日はアリスさんと、この世界へ来ている。ず~っと薄暗い世界というのも、うそじゃない。この世界に朝はやってこないのだ。
だからそんな邪推をするのだろう。スケベは夜行さんのほうだ、いやらしい笑みで僕らを見比べやがって。
いつもは七愛と菫さんも一緒なのだが、今日は仕事ってわけではないので家で休んでもらっていた。こんな邪推をされるくらいなら、連れてくればよかったかもしれない。
デートはもっとこう、アレだよ。映画館とかでドラマチックにやるよ。
「夜行さん、軽口は大概にしておかないと、また君の馬に振るい落とされるよ?」
夜行さんは、いつも誰にでも、恐れ知らずにこのような軽口をたたき、彼の馬に振るい落とされている。短気な妖怪に殴られることも、しばしばあるようだ。今日の忠告役はアリスさん。この間は菫さんが忠告していた。
「もうそんなことしないよな?」
夜行さんが馬をなでながらそう言うと、やはり振り落とされていた。失笑する僕たちはそれを横目に、歩き始める。
すると、数々の妖怪が罷り歩く、大通りに出た。
まず目についたのが、一本だたら。
目と足が一つずつであり、荒れた大地から数センチ浮いて移動をしている。なぜ、足を使わずに浮遊しているのか。
考えて見たら、歩きづらいからに決まっている。
次に気になったのが、河童。やはり緑色の皮膚で、水かきや頭に皿がある。伝承どおりの姿だ。
特徴は、匂いだ。なんと言っても臭い、臭いにもほどがある。生臭さなどではない。
酒臭いのだ……彼らは、常に酒を持ち歩いている。それを飲んだかと思えば、頭から、かぶる。
片方の手に酒を、もう片方につまみのきゅうりを。河童は何人も居るが、皆が皆、そんな感じなのだ。
堪ったもんじゃない。
妖怪を見ながらアリスさんと他愛もない会話をしていると、お父さんが僕を見つけた場所のような光景が広がっていた。ここは既に、妖怪たちの居場所ではない。鬼獣のエリアだ。すなわち、危険地帯。
「王雅くん、鬼獣は全部ボクが片づけるからね」
アリスさんは心配性で、一緒に来るたびに決まってこれを言う。しかし、僕も崩術師の端くれ。大した相手でない限りは、僕も戦う。いつもビビっちゃって結局は助けられてしまうのだけれど。
僕、定職にもついてないし、崩術師としても半端。無職みたいなものだ、つらい。
だからこそ。
「いえ、低級鬼獣だったら僕に任せてください。今日こそは、格好いいところ、見せてあげますよ」
アリスさんの整った髪を乱しながら告げると、彼女は少し頬を赤めていた。こういう時、アリスさんはそのかわいい顔に似合わず僕をいじるのだ。
「いつもカッコいいよ、王雅くんは。顔以外はね」
それ来た……うーん、そんなにひどい顔だろうか。格好よくないだけで、普通だよね?
やはり、ここは格好いいところを見せたい。それに、今回の目的は小遣い稼ぎと、ちょっとしたプレゼントの調達だ。鬼獣を倒すと、妖怪が通貨をくれる。それは地球で使えるお金ではないので、手数料を引いてもらい、日本円と交換してもらう必要があるのだが。
そんなシステムで、崩術師や鬼術師は成り立っている。
だから今日こそは鬼獣を一人で倒す。できるだけ弱い奴を。
僕の固い意思に釣られてか、一匹、真っ赤な顔にむき出しの歯茎をチラつかせる、ハイエナのような鬼獣が出てきた。いや、むき出しなのは歯茎だけではない。皮膚らしいものも毛らしいものもないのだ。
むき出しの肉、グロテスク。視覚的に迷惑なだけではなく、こいつらは放っておくと鼠のように増え、妖怪たちに危害を加える。果ては地球にまでその歩幅を広げる。要するに、悪い奴らだ。
「一人で大丈夫かい?」
「もちろん。アリスさんは見ていてくださいね」
幸いこの鬼獣は低級だ。
鬼獣は、赤く染まった牙から粘液状のものを垂らし、瞳からは本能しか感じられない。僕を食い殺す、そのためだけに今、こうして大地に立っているのだろう。
戦いは先手必勝。ジトたんが言ってた。
僕は鬼獣が動き出す前に、最初はゆっくりと、甘くとろけるジャズをなびかせるように、一歩ごとに激しく早く、旋律をぶつけるように突進する。ジャズだの旋律だの、僕は詩人かよ。
鬼獣は後ずさることもなく、身構える。たぶんすぐに襲いかかって来ないのは、後ろのアリスさんにビビってるからだろうなぁ。
もう手が届く。
「決まった! ジト流崩術! 崩衝!」
鬼獣の頭を右手で撫でるように押さえつけ、崩力を流し込む。
崩術とは、川を流れる水のように、力をぶつけるのではなく、流し込むのだ。取り分け、この崩衝は崩力を流し込みやすい動きで初歩的なので僕も失敗することは少ない。そもそも僕はこれしかできんが。
崩力を流し込むと、読んで字の如し、体を内部から崩壊させることができる。その一例を挙げれば、筋肉が極度に弛緩する。
僕のはまだ未熟なので、筋肉弛緩の効果しかないが、呼吸不全に陥らせることくらいはできる。
同様の効果を用いて手術や死刑などに使われる筋弛緩剤というものがあると説明を受けたことがあるが、信号パルスがどうたら~とか、よくわからなかった。怖いなって思ったのは確かだ。あと、ジト流とつけたのは先手必勝戦法だから。
とりあえず僕は勝利を確信し、アリスさんへ振り返る。
「おぉ、本当に決まりましたね! どうですかアリスさん!」
「バカ! 後ろちゃんと見て!」
後ろ? と思った時にはもう遅かった。左腕が赤化粧だ。痛みよりも先に、熱さに襲われた。流れる血が余計に僕の痛覚を刺激した。
「う、わぁ……」
悲鳴にすらならなかった……鬼獣め、まだ動けたのか、にしても僕の崩術弱すぎるな!?
僕がショックを受けている間に、アリスさんは光を走らせ、鬼獣にとどめをさした。菫鬼の特徴である鬼術の雷、アリスさんのスタイルだ。ヘッドフォンから流れる音楽を聴きながら戦うという手法も取らなかった。
普段は曲のテンポに合わせた戦い方が美しいのだが、今日のそれからは余裕なんて微塵も感じられなかった。焦っていたのだろう、いや、焦らせてしまったのだろう。
しかしいつもヘッドホンから流れる音楽は、僕の歌声なのだ。だからこれからは今回のようなスタイルで頼みたい。入ってる歌すべて全部秘密録音だし。
アリスさんは、鬼獣の死を確認し、すぐさま僕へ駆け寄った。
「バカ、もう、本当に……」
僕の腕を見下ろし、そうこぼした。実はそんなに深い傷ではないので、安心させたいな。
「すみません、てへ」
僕はすぐにその発言を後悔した。アリスさんの表情を見るとこれ以上茶化せなかった。口をぽかーんと開け、目尻には涙をため、これでもかってくらい僕をにらんでいる。妻が夫に向ける顔ではない。おっとっと、チビりそう。夫だけに。いや茶化すなと。
「すみません……」
僕がもう一度そう言うと、アリスさんはどこからか消毒液を取り出した。
うそぉ、そんなの用意してたの。信用されていないなぁ……信用されても裏切っていただろうけど。
「王雅くん、バカ。今日はもう帰る? バカ」
語尾がバカになっている。悔しいことに、反論ができない。
「いっつ……鬼獣以外の用事もあるので、もう少し」
消毒液が凄く染みた、アリスさんの言葉も染みた。
「じゃあ今日は見学ね、絶対だよ? 少しでも動いたら許さないからね」
アリスさんはなぜか銀行強盗のような言葉を僕にぶつける。
過保護だと思ったけれど、さすがにこんな痴態をさらした僕は、なにも言えなくなった。次はもっと上手くやろう。油断とか絶対しない、絶対にね。
その後、鬼獣は三匹出てきた。二匹が中級、もう一匹が上級だった。僕との差を見せつけるかのごとく、アリスさんはそれを瞬殺した。なんだろう、悔しさよりも悲しいと思ってしまった。
そしてもう一つの目的、大して美しくない景色を背負った、楽園にだけ咲く永遠に枯れない花、幻永花があった。
崖の上にしか咲かないこれは、かなり希少価値が高く、それでいて、やはり美しい。ここから見える景色は子供が玩具を散らかした後のように、岩が散らばっていて不細工だと言うのに。
三輪あったので、全部取っちゃう。僕は欲張りなのだ。これでここにある幻永花は、全部で四輪。今年の誕生日に、七愛と菫さんとアリスさんが取ってきて、プレゼントしてくれたのがある。それが僕の腰に馴染む、金の幻永花を加工したストラップ。僕はいつもこれを、肌に離さず持ち歩いている。
今日取れたのは、赤色、紫色、青色の幻永花だった。それをしっかりと握り、アリスさんに礼を告げると彼女は少し困ったような顔を浮かべながら微笑んだ。
「バカ」
そう言いながら。
プレゼントは一輪でいいので、残った二輪は売るかな。幻永花は高いからね。さ、これで当面の資金は確保だ。さっきの鬼獣たちも合わせれば、軽く十五万はいくだろう。アリスさんのお陰だ。
「帰りましょうか」
「うん、一応消毒も包帯も巻いたけど、帰ったら病院行くんだよ。いい? いつものように面倒臭がったりしちゃダメなんだからね?」
「過保護ですね……あ、金桜の地、見てっていいですか?」
「ダメに決まってるでしょ!」
過保護なのは正直、うれしい。
よし、さっさと帰って病院に行こう。
帰る方法は簡単で、楽園の歪みを利用すればいい。空間の歪みのようなもので、これが楽園と地球をつないでいるのだ。歪みを利用し空間を渡る崩術を使うか、鬼術を使えば簡単に出入りできる。
楽園の歪みは、夜行さんが門番するところにある。この世界ではそれ以外の歪みは見たことがない。
地球の歪みは、主に心霊スポットや自殺の名所なんかだ。でも僕はあまり幽霊が得意ではない。というか、かなり苦手なので身近なところを探し回って、見つけた。近所の公園のテニスコートがそうだった。
地球に戻った後、僕は凍った地面ですっ転び、アリスさんに超怒られた。
僕は悪くないと思う。悪いのは冬だ。
◆
僕の怪我が治った頃、菫さんは、ボウルを胸に抱き、泡立て器で一所懸命に生クリームをかき混ぜていた。僕と菫さんで、ケーキを作っているのだ。これも幻永花と同じく、必要なものであった。
それより、見ていて楽しかった。菫さんが可愛すぎる。
幼女の、お菓子作りって、最高だ!
「王雅、なにをヌボ~っと見ておるのじゃ。王雅の仕事はまだ終わってないじゃろ」
僕の視線に気づいた菫さんが、指摘しながら頬をぷっくり膨らませる。その頬に生クリームがついているのに、気づいていない。キュキュってやがる、やってらんねえ。でもそれは教えないのだ。だってそのままのほうがかわいいし。
「へへ」
口元が緩みきる。謝ろうとしたのだが、緩みきってどうにも。
「うぅむ……泡立たんのぅ。なんでじゃろう?」
手を動かしながら、首を傾げる菫さん。
……生クリームってハンドミキサーを使わないとなかなか泡立たないんだっけ。今思い出したんだ、許してくれ。
「菫さん、ハンドミキサー使うといいですよ」
「……そういうことは早く言ってほしいんじゃが!?」
僕は慌ててハンドミキサーを手渡す。本当にすみませんでした。
菫さんはさっそく、それを使い始める。
「お、おぉ。文明の利器じゃな!」
見た目は、頬に生クリームをつけた幼女なのに、口調もそうだし、ずいぶんと老人臭いことを言う。そこがまたかわいい、菫さんを見てかわいい以外の感想が抱けない。言葉で飾らずとも美しいからなぁ。
「ほれ、王雅も早くスポンジを切るのじゃ」
菫さんは、市販のスポンジを指差した。
このスポンジを、綺麗に切り抜かなければいけない……のだが、僕は不器用なのだ。
あまりにも自信がないので、何個かスポンジを買ってきていた。
僕の完成予想図では、この四角いスポンジを丸く切り抜いた姿だ。
元々丸いのが売り切れていた、型もなかった、包丁でやらなければいけない。
つらい。
つらいので、僕は明日のことを考えた。今日は、十二月二十三日。
明日はクリスマス・イブだ。
クリスマス・イブは友人の家で祝うことにした。つい最近、友人が交際相手が居ると教えてくれて、クリスマスパーティーで紹介までしてくれるらしい。恋人と二人きりで過ごすのが普通だと思うが、まぁ彼は少しズレているからなぁ。もちろんのこと、僕の妻たちも連れていく。
だから友人とその彼女さんへのクリスマスプレゼントに幻永花を用意したのだ。二人で永遠に愛しあってね、みたいな。僕ってクール。もちろん妻たちにもかなりいいプレゼントを用意している。
さらに今、クリスマスへ向けてケーキを作成中だ。どうせだから手作りにしてみた。
その友人というのも妖怪が見えて、楽園にも行ったことがある。友人の相手も特殊らしい。
種族が精霊、特殊すぎるな。まだ見たことはないけど、手乗りサイズの精霊だったらちょっと変態だ。
どうにもその精霊さんは、楽園出身ではないらしい。この世界で生まれたのだろうか。
不器用な癖にもの思いに耽りながら手を動かしていると、思いの外、なかなかいい造形になった。うむ、まずまずの出来栄え。怪我しなくてよかった、今度は妻たち全員に叱られる。
「妾はできたのじゃ。王雅のほうも……うむ。できたみたいじゃな」
「お疲れさまです」
「王雅も、お疲れさまじゃ」
僕はしゃがみ込むと、菫さんは頭をなでてくれた。胸がきゅんきゅんする。
仕上げのデコレーションは、手先が器用な七愛とアリスさんにやってもらう。
その間、僕と菫さんはリビングで寛いだ。
「明日、本当にアレやるのかの?」
「もっちろん、僕がやらずして誰がやるんです?」
僕は明日、コスプレをするのだ。
「王雅、メガネのフレームに生クリームついておるのじゃよ」
「……菫さんも、さっき頬についてましたよ」
ちょっと恥ずかしい。べつのことを考えよう。
……楽園にあるオンボロの会場で行った結婚式を思い出してみた。その会場とは全く違う、輝く純白のウェディングドレス。
菫さんも、アリスさんも、七愛も凄く美しかった。
「来年も、妾たちはこうして仲睦まじくやっておるじゃろうか?」
突然、菫さんが僕の顔色を伺いながらつぶやいた。返答はもちろん、最初から決まっている。
「それこそもっちろん。ずっとずっと、愛してますよ」
自分で言っていて顔が熱くなった。菫さんもやっぱり、顔を赤らめていた。
頭が真っ白だ。
◆
バーガンディに染まる髪、ボルドーカラーの鋭い目つき。マッスルボディー……とは少し違う、細マッチョ。俳優のごとく伸びた足。やはり僕よりも身長が高いな。ていうか、また少し伸びたんじゃないかな。
彼の名は、漆真 空。僕の高校からの友人だ。僕は妻たちと一緒に、空さんの家を訪れている。まだ玄関だが。ていうか寒い、雪積もりすぎだ。運転大変だった。
彼女さんのほうは、気品を感じるローズレッドの髪、チェリーピンクの瞳、名前は確か……リートさん。精霊というより、女神って感じだなぁ。身長は百六十位だろうか、綺麗だ。よかった、手乗りサイズじゃなくて。
「こら、王雅くん」
アリスさんが僕の頬を両手で挟み、無理やり角度を変える。ちょっとべつの女の子に見惚れるだけでこれだ。嫉妬深いなぁ、僕のほうが人のこと言えないが。
「こんばんは! リートです、よろしくお願いします」
「リート、ここじゃ王雅と奥さんたちが寒いだろ……どうぞ、上がって」
空さんの苦笑いは、とっても絵になった。イケメンはずるいと、僕は思うのだった。
言うとおりにリビングへ上がると、ずいぶんと質素な空間だった。これが現代の若者の部屋か? 渋すぎる。
「あ、クリスマスケーキ持ってきましたよ。僕たちの手作りです」
「わ、わ、ありがとう!」
リートさんがぺこりと頭を下げる。首元のゆるい服装なので、谷間が見えそうだ。
友人の彼女の谷間なんて見るつもりもないが。
あ、そうだ。プレゼントも今のうちに渡しちゃおう。その前にはコスプレしなければいけない。
今日の僕は、サンタクロース王雅なのだ。
断りを入れ、トイレに行くという体でリビングを出た。少し寒い。
急いで真っ赤な衣装へ着替え、ひげを装着した。所持品もすべて移す。
幻永花ストラップも、忘れずにベルトのところにつけておいた。
ふふ、僕は今、サンタクロースだぜ! 今日はこのまま過ごすぞ!
実は、妻たちに結婚指輪をまだ渡していなかったのだ。どうしても僕の稼いだお金で買ってあげたくて、最近ちょくちょく楽園で鬼獣退治をしていた。まぁ、助けてもらってばっかりだったがね。
そのプレゼントの入った袋を背負い、皆が待つ部屋へ戻ろうとした時、ぶるりと体が震えた。
なんだか、先ほどよりも寒い気がする。なんだろう、まあいいか。
「ホッホッホッ! メリクリィ!」
僕はわざとらしく笑いながら、扉を勢いよく開けた。
寒い。
冷凍庫の中へ入った気分。それよりも、もっとおかしな点がある。
室内の全てが幻想的な空間へと姿を変えている。物という物、すべててが凍っていて、どこからか発せられる青白い光を反射している。いくら冬だからって、ありえるか? 僕たちのクリスマスケーキも凍っている、なんだよこれ。
菫さんとアリスさんが自らの刀を構えて、周囲を見渡している。空さんとリートさんは消えて、近未来的な鎧をまとった人物が居る。はぁ? 七愛は、なにも理解できないような顔をして僕を見た。きっと僕も同じ顔をしているのだろう。
音もなく背負った袋が落ちた。理解不能にも限度があった。だが、大事な大事なものなので拾い上げようとして、気づいた。床から青白い光を放つ文字のようなものが無数に浮かび上がっている。それが凄まじい勢いで拡大していく。
僕は混乱して、顔を上げると、七愛が僕に向かってなにかを叫んでいた。菫さんとアリスさんは、僕に駆け寄ろうとしていた。
「王雅くん! 後ろだよ!」
脳がそれを理解すると同時に、言われるがままに体を捻った。
「……っ」
僕のそれは、声にならない。
白いローブをまとい、フードで顔を隠した奴が後ろにたたずんでいた。混乱と恐怖だけがそこに居た。そいつの髪も、凍結した部屋と同じように、青く輝いていた。
それに、先ほどまではまったく感じなかったのだが、ここに歪みが生まれている。
「なんなんですか!」
思ったことをそのまま、そいつに怒鳴り散らした。
光は、その問いに輝きを増すことで答えた。
聞き覚えのある声は、その問いに僕の脳を震わせることで答えた。
『おかえり、ボクの……』
どっちみち意味わからない。