第十九節 フォレストグリーンの風 中編
偽アレクトと海賊と会った場所、僕が面接落ちたきっかけとなった場所。それがこの洞窟であった。
「エノさん、テュプルさん、この足場の出っ張りは罠なんですよ」
僕は得意げに語る。そうすると、エノさんもテュプルさんもわかってるよとでも言いたげな瞳で僕を見た。
「来たことあるの?」
「いい質問ですね、エノさん。僕はこの魔窟に踏み入り、様々なことを体験しました」
「じゃあなんで攻略済みになってなくて、私たちはいまここに居るのよ?」
「……」
それは言うな、僕はここまでしか知らないんだ。魔獣と戦闘をしてないなんてレベルではなく、見かけてすらいないまま、ここを出たんだ。おかげで初めての依頼リタイアだった。罰金を取られたんだ。しかも、ひそひそと冒険者たちに笑われた。アノリオさんはキレ気味だった。パーティーを解散したときなんて『二度と面出すなよ』と言っていたくらいだ。
よって、これは再挑戦だ。黄色依頼、魔窟の攻略。この魔窟に出てくる魔獣に偏りはなく、核魔獣の正体もわかってはいない。聞いた話によると、昨日攻略へ行った冒険者たちは戻らなかったらしい。
僕はここで寝泊りでもしているのではないかと思い、エノさんへ質問したがそれはないとのことだ。『魔窟舐めてんの?』と凄まれた。
「とりあえず一匹目はあんたが倒しなさい、その次に私が見本を見せる。基本はその繰り返しで行くわよ。あとこの魔窟はわかってるでしょうけど、罠が多いから注意しなさい。戦闘に気を取られて罠にかかって死んだ冒険者は多いわよ」
ここ最近ずっと思っていたのだが、まるで運動部みたいだ。エノさん、スパルタだし。しかし、少ない日数ながらも一日中、訓練をつんだ僕にはちょっぴりだけ自信がある。
見ていろエノさん、テュプルさん。
最初の対戦相手がまず一匹、亀の甲羅のような肌のトカゲだ。だが足は長く太く、二足歩行で歩いている。
「あれの名前は?」
「グリーンドンね。雑魚よ」
雑魚か。こいつもピンクドンとか居るのかな。
「僕より?」
「どっこいね」
どっこいか。大丈夫なんだろうな、大丈夫だといいが。いや、大丈夫にするのは僕だ。なんのために体をいじめてきたんだ。全力だ、全力でやるぞ。
フェリルーンを強く、強く握る。
「アテ、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン」
フェリルーンから力が抜かれ、僕の身体へ充満していく。関係ないが、これじゃ崩力は通りづらいだろうな。もっとも七愛くらいの実力があればやすやすと通るだろうが、いまの僕じゃ無理だ。
使えるものはすべて使えたほうがいいだろう。魔剣フェリルーン、魔術、崩術、欠片眼も。
「来るわよ、オウガ」
頭を切り替えよう。
グリーンドンは中腰になり、じりじりと間合いを詰めてくる。人間同士の勝負の感覚もひとまずは忘れたほうがいいかな。あれは速度と技術と才能の場所で、魔獣との戦いは……なんだろうな、知識と経験だろうか。
「欠片眼」
さてこいつはどうかな、この目にビビってくれるタイプか、そうではないか。
グリーンドンは歩みを止めない、ビビらないね。魔獣にも知性のようなものがあるのかな。ならば僕の定石を見せてやろう。やはり大きな物体でペチャンコ作戦だ。鉄で行こう、この魔獣の肌は硬そうだ。一族へ伝えることだな、僕の目は脅威だと。
グリーンドンの頭上へ、物質創造。
金属と金属がはじけるような音が洞窟を反響する。グリーンドンは気にもとめちゃいない。まったくダメージが通ってはいない。まったくこれだよ、まったく。
フェリルーンでも奴の肌に傷をつけることは難しいだろう、ただそれは、そのままのフェリルーンならだ。フェリルーンの表面へ魔力を流し、そのまま固定。強化魔術を剣に使っているようなものだ。
グリーンドンが右腕を振る。さながら裏拳打ちのようだ。僕は後ろへ、飛び、地に足をつけた瞬間にフェリルーンを払った。
グリーンドンはもう片方の左腕で体を守り、切り落とされながらも右腕を振り戻す。
冗談だろ、痛いはずだろ、なんで僕が飛ばされて尻餅ついてんだ。
しかし腕はもらった、僕のほうは痛みが薄い。怪我もない。が、グリーンドンはもう目の前に居た。
振り落とされる。
攻撃が単調だ、尻餅をつきながらも地面を蹴ってよける。股の間へ奴の拳が埋まる。股間潰れるとこだぞ、ふざけるなよ!
「うわぁ! 崩衝!」
左手でグリーンドンの傷口へ崩力を流し込む。なんだ、いつもより満ちていってる。傷口からだと通りやすいのか?
股間狙いトカゲの動きが止まる。死にはしてないだろう。
「うぅぅ!」
僕は悲鳴のように叫びながらグリーンドンの首を刈った。
「お疲れさま、オウガお兄ちゃん!」
「オウガ、一撃で殺しなさいよそんな雑魚……帰ったら私と模擬戦よ、無駄な体力は使わない!」
そんな……僕だっていっぱいいっぱいなのに。
「エノ、私はどうする?」
「黄色依頼程度の雑魚なんて、普通の剣で十分よ」
「でもそれすっごい安物だよ?」
さあ、見せてもらおうじゃないか。そこまで言うのなら瞬殺なんだろうなぁ!?
「現れたね、次は二匹だよ」
「エノさぁん、大丈夫なぁんですかぁ?」
「黙って見てなさい、アテ、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン」
瞬きすると、エノさんはすでにグリーンドンへ剣が届く間合いに居た。
「自分の剣が届く最大の間合い!」
戦いながら教えてくれるのか、よくそんな余裕があるな。
「オウガ、あんたは敵の手を見すぎよ、自分の手を通せば敵は死ぬ! 怯えるのは自分が死ぬときだけでいい!」
なにもさせずに、グリーンドンの首が落ちる。
しかし、もう一匹のグリーンドンはそうともいかせないようだ。僕のときのように、右腕を振るが……エノさんは安物と呼ばれた剣で見事に止めて見せた。
「足の粘りを強く、できるだけ早く戦闘を終わらせる。できるなら二手使わないことよ!」
同じように首が落ちる。
強ぇ……冗談だろ。風界王というだけじゃない、やはり知識と経験の差だ。
「はい、次はオウガの番よ。ちゃんと見たことを生かしなさいよ」
そう言われると緊張するな。でもエノさんも言っていたように、反復が大事なのだ。一発でできるとは彼女も思ってはないだろう。
「オウガお兄ちゃんなら絶対大丈夫だよー!」
テュプルさんはそうでもなさそうだが。
そういえばここは、グリーンドンの魔窟ではなかった。しばらく歩いて、二つの道に出くわし、左側の通路を抜けると、ジェンルみたいなやつが居た。
ウニに触手がついたような見た目は相変わらずだが、細部は結構違うな。トゲがより細く長く多くなり、触手は四本に増え、緑色だ。
で、こいつ相手にどうやって生かすんだよ。自分の手を通す? どうやってだ。フェリルーンの間合いよりあっちのほうが長いんだぞ。
いや、思い出せ、ジェンルは触手で身動きを取れないようにしてから、回転しトゲで突き刺そうとしてくる。最悪僕はミンチにされる。
なら、最悪の状況を生み出さなければいい。今の僕はあのときと違う。なに、実力をつけたとかそういう話ではない。フェリルーンがあるんだ。
強化魔術を詠唱し、フェリルーンにも魔力を流す。
僕の予想どおりだ、触手が伸びてきた。こんなもんは切り裂いてしまえばいい。
刃を上へ構え、そのまま斬り上げる。やった、触手を二本断ち切った。これでもうちょっと立ち回れる、あぁ、こいつは四本あるんだった。僕の足を取ろうと緑色の触手が伸びる。巻きつこうとする触手を避け、僕は地団駄を踏む。
気配が近い。ジェンルはもう回転を始めてる。
まずい、どうする、どうする? 洞窟の道は狭く、回りこむことはできない。こいつはこういう場所だと最強なんじゃないか?
「オウガ、試しなさい、攻撃魔術!」
いやぁ、どうだろう。崩放のほうが簡単なんだけどな。やれと言われたらやるがね。
左手で右腕を掴み、構える。
「ニル、ドーグ、ハーケ、アタック・ラン!」
青白い光が……しょっぼ。一センチにも満たない魔力の塊。
「本当に才能ないわね! 前はもっと大きかったじゃない、こんな豆粒初めて見たわ!」
「いへへっ!」
黙ってろ、笑わせるな。
もちろんのこと、ジェンルは止まらない。崩放やるか? 間に合わないな、フェリルーンで止めるしかない。
細長さが仇となったな! トゲが砕け、切れ、ジェンルは丸裸になっていく。横のトゲだけが残ると、今度は横回転だが同じことだ。まったく頼れるよ魔剣フェリルーンは。欠片眼のときも思ったが、フェリルーンはぽんこつな場面とかないだろうな。期待してるよ。
ジェンルはただの丸い殻になる。フェリルーンをぶっ刺して、終わりだ。
「ふぅ……」
「へばらない。見て学ぶほうがよっぽど重要よ、自分で戦うなんて好きなときに好きなだけできるわ」
休む暇くらい与えろよ。ねぇ、テュプルさん……と思ったが、眠たそうだ。さすが幼女。
「もう、テュプル、朝あんなに……」
お前ら毎日やってんのかよ。僕も混ぜろ、見せてくれるだけでいい、混ぜてくれ。
「さて、次の魔獣が出たら私がやるわよ。できるならオウガが戦ったのと同じ魔獣ならいいんだけど」
けれども出てきた魔獣は僕の見たこともない奴だった。どんぐりに目を一つ付け、腕だけ生やしたような気味の悪い化け物。名前はウッズ、ジェンルよりは強いらしいが、エノさんはすぐに殺してしまうのでその力はわからなかった。今後戦うこともあるかもしれないし、できればどういう攻撃をしてくるのか見せてほしかったのだが。
反省点のほうは、戦いに入る前によく相手を見る、予想に頼りすぎない、柔軟な思考と動きをしろ、といったところだ。
その後、僕が二匹、エノさんが四匹を倒して最深部らしき場所が見えた。心休まる暇もない。心身ともにクタクタだ。核魔獣との戦闘なんて僕にはまだ早いし、エノさんに任せよう。
「オウガ、今日教えたことをすべて使って、あんたが戦うのよ」
「了解です、あとは任せました」
「話聞いてんの?」
「了解です、あとは任せました。了解です、あとは任せました。了解です、あとは任せました! 任せましたから!」
あとは任せた。
「蹴るわよ」
「正直言って、かなり限界なんですよ、勘弁してもらえませんか?」
「この気配、どうせ雑魚よ」
うそつけやい、リリーさんと黄色依頼に行ったときの核魔獣も馬鹿みたいに強かったんだぞ。
「うそつきは泥棒の始まりですよ。僕も黄リクの魔窟攻略したことあるんですけど、リリーさんでもぶっ倒れるくらいでしたよ!」
「なんでうそをつくと泥棒になるのよ。それにあんた、リリーがそんなに強いと思ってんの? はっきり言って、まだまだよ。いい? 強くなるのは過程で手段よ、目的のためのね。リリーの目的は強くなることと言っても過言ではない、そんなうちは強くなれないのよ。もしリリーが本当の目標を持ったら、きっと私とテュプルより強くなると思うけどね。今はヤマトと、どっこいよ」
こっちではそういうことわざないのか。それよりも、僕がまともに戦って勝てなかった大和さんとどっこいのリリーさんがぶっ倒れた。つまり、核魔獣に僕は勝てないってことだ。そんな簡単なこともわからないのか? 馬鹿だな。
「どう思いますか、テュプルさん! いくらなんでも滅茶苦茶ですよね?」
「オウガお兄ちゃん、もっと自分に自信を持とうよ!」
やれっつう話? 本当に?
「勝てますか……?」
「勝てるわよ」
「勝てるよ!」
信じるからな、うそじゃないんだな。信じるぞ、本当に。
「勝ったら二人とも、そうですね……褒美に手作り料理を作ってください」
二人は冷めた顔をして、最深部へ向かって歩き始めた。僕も一応付いていくが、もしかしてこいつら、料理できないのか? モチベ下がるよ。
最深部は、開けた場所で、通路よりも明るかった。その中心で、丸くなって寝ている化け物が一匹。
ライオンのようなたてがみ、ライオンのようなきれいな毛、まるでライオンのようだ。いいや、ライオンだな。三メートルはあろうかという巨体、そして、尻尾が鉄のようになっており、さながらハンマーのようだ。奴は、百獣の王だ。対して僕は王雅だ。
うん、対等だね。
「やっぱ無理そうですよ」
対等なわけがない、見ただけで核魔獣とわかるこの威圧感、部屋の隅に転がる骨。無理だね。見ろよあのおっかねー顔、ライオンとて寝ていればかわいいもんだろ、寝てんのに凶悪な面してんだよあいつは。
「バシトーン、雑魚よ。でもいきなり攻撃はしないことね、あれは油断を誘っているだけだから」
凶悪な面してんだよバシトーンは。しかも寝たふりかよ、狡猾だな。
「ニル、アーグ、ハーケ、アクティブ・ラン」
本日、何度目の強化魔術かわからない。正直一分はきつい、まあ強化魔術が切れればさすがに援護くらいしてくれるだろうが。
さて、どうしようか。まずは相手を見るんだったな……僕の強化魔術に反応したように、耳が少し動いている。やはり起きているな。右の前足も心なしか震えている気がする。鋭い爪で攻撃するつもりか? よく見ればあの爪、宝石みたいにキラキラしてるな。
しかし、予想には頼りすぎないこと。それはつまり、予想が外れたからといって動じずに、次の手を考えればいいということだ。
欠片眼も使おう。
「欠片眼」
刺激せぬようにと、消え入りそうな声で言う。フェリルーンの刃渡りを見る、これで最大の間合いを計るんだ。相手が攻撃する前に、最速でたたき斬ってやる。
まず、バシトーンの右上にメタルキューブを物質創造。それが着地する前に、バシトーンの頭へメタルキューブを物質創造。そして僕は、全力で走る。
まず右上のメタルキューブの音に反応し、バシトーンが大きな体を上げた。すぐに頭上のメタルキューブへ気づき、右は塞がっているから左へ避ける。当たっても君たち魔獣には利かないだろうがね。
避けた先には僕が居る、バシトーンはすぐに気づき、攻撃の姿勢に入るが、僕の動作はすでに完了しているし、バシトーンはもう一歩動かなければ僕へは当たらない。
核魔獣たる巨体へ、横薙ぎ。バシトーンの左前足に当たるが、切断までは至らず。斬った直後の隙を見るやいなや、鋭く宝石のような爪を右前足からくり出す。
怯えるのは死ぬときだけ、怯えるのは死ぬときだけ、怯えるのは死ぬときだけ、やはり怖い、怖いものは怖い、が、やるしかない。
一歩のステップでたてがみへ密着し、かわしたのを確認し、巨体へフェリルーンを突き刺す。もちろんバシトーンも暴れるが、軸足を固定させ、粘り強くフェリルーンを握る。
しかし、質量が違う。バシトーンの力は僕の何倍も、下手したら何百倍もあるのだ。器用に胸元に刺さるフェリルーンをくわえ、僕を天井へと舞い上げる。
あぁ、天井にぶつかって、落ちたら、死ぬぞ本当に。
怖くても目を瞑るな、集中しろ、息をするな。といっても元々この戦闘でまったく呼吸をしていないのだが……とりあえず、天井にぶつかるな、利用しろ、柔軟な思考で、柔軟な動きだ。
なんとか天井を蹴り、その勢いを利用する。
垂直に落ちる僕を見上げるバシトーンの頭へ、フェリルーンは突き刺さった。
タフなことにまだ動いてやがる。
フェリルーンを抜きながら左手へ持ち変える。僕は、傷口に右腕をぶち込んだ。
「崩衝!」
これもさっき学んだことだ、傷口があると崩力は通りやすい。満ちたのを確認し、バシトーンの背後へと降りると。
もう、本当に……動きは鈍ったものの、バシトーンは息絶えていなかった。しっぽハンマーが宙を舞う。
「ぎっでぇ!」
いってぇ! と言ったつもりなのに、本当に痛いよ本当に痛いよ。なんとかフェリルーンの腹で受け止めたが、衝撃は体を突き抜ける。手首がへし折れそうだ。
しかし、これ以上の攻撃はしてこないようで、目ん玉に左手をぶち込んで崩衝を放つと、完全に動かなくなった。
「あれ……」
僕が、一人で、核魔獣を、倒した?
エノさんは満足げな顔をし、テュプルさんは飛び跳ねて喜んでいる。
勝った、勝った!
「僕の勝ちです、このクソライオンが!」
「もっと気持ちの良い言葉でしめれないの?」
いや、痛いんだもん。
「あとは魔宝石とって終わりですね」
「そうね! 今日はオウガのおごりよ!」
なにか忘れてないか?
「エノさん、テュプルさん、手料理」
「はいじゃあ、戻って私との模擬戦ね」
「そうだねー! そのあとは酒場でぱーっとやろうね!」
いやいや。
「手料理ですよ、手料理って知ってます?」
「模擬戦で記憶ぶっ飛ばしてやるわ」
結局、二人の作った手料理は記憶はぶっ飛ぶほど不味かった。