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人でなしブルース

作者: might

即席で設定を考えたお話。せっかくなので感想をお願いいたします。

 森の中で身を伏せながらライフルを構える若い男。ライフルの銃口が向く先には動物などは見当たらない。あるのは木々と岩だけである。


「・・・・・・」


 青年は1時間以上この体制でいる。声を出すこともなく、呼吸の音も最小限になるようにしている。何もないただ一点に目を向けながら。

 青年が見つめる先の岩場に小鳥がやってくる。小鳥はエサがないかと岩場をつつき始める。

すると岩場が動く。地震が起きたわけでも、小鳥がつついた場所が運悪く岩の脆い箇所だったわけでもなく、岩そのものが動く。小鳥につつかれるのを嫌がり、小鳥を追い払うかのように。


 バァン!


 その岩が小鳥を追い払う動作が終わるより前に、青年はライフルを岩に向けて撃つ。撃たれた岩は再び動かなくなる。青年は岩にライフルを岩に向けたまま、岩に歩み寄る。近づくと岩は人のような形をしており、撃たれたライフルの弾によって、人間でいう胸の中央を撃ち抜かれている。


「ぼろを出したな」


 青年は岩に語りかける。


「殺せ」


 口にあたる部位から声がでて岩が喋る。


「言われなくても」


 そう言って男は倒れている人型の岩に向けてライフルを構え直し、引き金を引く。


 人間が生態系の頂点にいた時代のある日、世界は人間以外の「ヒト」を生み始めた。岩や木、土、植物など、動物以外の自然物が人の形となり、知性を身に着けた。どうして生まれるのか、原因も法則もその一切が不明。ただそこにある自然物が突如と「ヒト」として行動し始める。人間たちは彼らを「擬人」と称した。自我を獲得した擬人は人間たちに生存権を求めた。しかし、人間たちは拒絶した。人間だけでも世界は人口爆発が起きていたため、新たなる種との共存を認めるわけにはいかなかったのだ。やがて戦争が起きた。国家をもたず、軍ももたない烏合の衆でしかない擬人たちは駆逐され続けた。一方的な虐殺が長い間行われ続けた。だが、人間たちも疲弊していった。発生し続ける擬人たちを駆逐し続けても、体力と命と弾丸を消費するだけで、戦争の無意味さを人間たちも理解し始めた。戦争は緩やかに終わっていき、人間たちは好戦的な擬人を避けるように各地に城塞都市を築き上げていった。安全性との引き換えに、各地との交流の手段が少なくなったことで、文明も衰退していった。

 戦争が終わったからといって、人間と擬人の間の確執がなくなったわけではなく、互いに出会ってしまえば、逃げるか、襲うか、そんな関係になってしまった。

 人間の中では好戦的な擬人の個体に賞金を付けたり、街に被害をもたらす擬人の駆逐を人に依頼が多発するようになっていった。そんな擬人の駆逐で生計を立てる者たちをハンター、傭兵、擬人殺しなどと呼び、新たな職として成り立っていった。


―街の門前―

 

 岩の擬人を倒した青年が街の門で擬人の亡骸を衛兵に見せる。

 

「すごいな。街のハンターは皆返り討ちにあった個体を一人で倒してしまうとは。噂は本当だったんだな。『ヒト殺しログ』の噂は」


 衛兵が興奮しながら語る。


「どうも」


 無愛想にログと呼ばれる男はあいさつをする。


「しかし、そんな噂を持つ男だからもっとおっさんかと思っていたが、20歳くらいの青年だったとはな。まだ若いのにいつそんな戦闘技術を身に着けたんだ?」


「500年くらい前にですよ」


「?」


「冗談です、じゃあ、このへんで」


  青年は衛兵が疑問を浮かべてるのを無視して、話を切り上げて、街へと入っていく。

 擬人の亡骸を引きずりながら街を進んでいく。


(賞金の受け取り所はこの先だったな)


 擬人とはいえ、人の形をしたものを引きずる様は目にする街の人々からは嫌な目で見られていた。街の人々はログについてひそひそと話す。


「『ヒト殺しログ』だぞ」


「どうしてそんな異名がついているんだ?擬人を狩っているなら『擬人殺し』じゃないのか?」


「あいつは金さえ払えば俺たち人間だって狩る殺し屋なんだよ。だから人間も擬人も合せて『ヒト殺し』なんだよ」


「おっかねえ奴だな。『ヒト殺し』で『人でなし』か。早く街からでていってくれねえかな」


「だが、あいつのおかげで、街の脅威だった擬人がかなり減ったのも事実だな」


 そんな会話はログの耳にもちゃんと届いてはいたが、気にもせず、ログは進む。

 

「すいません。依頼の岩の擬人です。鑑定をお願いします」


 賞金の受け取り所に着き、擬人の亡骸を引き渡すログ。賞金受け取りの手続きをしていると、男が慌てて受け取り所に入ってくる。


「『ヒト殺しログ』はいるか?」


「俺ですけど」


「大変なんだ。街の外で擬人の集団に追い掛け回される少女を見たんだ。助けに行ってくれないか?」


「報酬は?」


「え!?」


「お金にならないのに仕事はしませんよ」


「人命救助だぞ!!何言ってるんだ!?」


「まあ、待ちなさい」


 ログと男の会話に賞金受け取り所の老人が間に入る。


「ここいらで集団で行動する擬人といえばこいつらのことじゃないか?」


 賞金首の手配書を二人に見せる。


「そうだ!こいつらだ!」


「それなら、もうひと稼ぎしてきますね」


 そう言ってログは受け取り所をあとにする。


「人命救助より金を優先したぞ、あのガキは、本当に『人でなし』で『ヒト殺し』なのか」


 男はログが消えてからログの悪口を言う。


「あのくらいドライでないとハンターとしてはやっていけないのかもな。あの青年にも心の拠り所があるといいんだが」


 ログのことを気にする老人。


―森の中―

 

 ログは痕跡を追った。追う者、追いかけられる者がいる以上、足跡、襲った跡が残ってしまう。まさか鬼ごっこの鬼側が追われているとは思いもしないだろう。

 

(擬人は三体。人間は1人。木々に爪で引っ掻いた跡があることから武装はしていない。知能は低いタイプの擬人だな。)


 冷静に痕跡から分析をするログ。


(血の跡はないから少女の傷は浅そうだな。よく三体の擬人から傷も追わずに逃げれているな。しかし、この点々と続いている黒い液体はなんだ。見たことがない。新種の擬人がいるのか?)


 謎の痕跡に疑問を浮かべていると、


「■■■■■■■!!」


 言葉になっていない雄たけびが聞こえる。


(擬人の叫び声だ。近いぞ)


 ログはライフルのグリップを握り直し、一気に雄たけびが聞こえる方向へ駆け出した。

開けた場所に出ると、そこには三体の擬人と倒れている少女がいた。三体の擬人は先ほどログが倒した岩の擬人とは違い、身体が土くれでできた擬人だった。かろうじて二足歩行をしている知性の低そうな獣に近い印象を受ける個体だった。少女の方はボロボロの服を着ており、所々が黒く汚れていた。

 一瞬のうちに三体と一人の状態を把握し、土の擬人が飛び出してきたログに驚いている間にログはライフルの引き金を引く。


 バァン!


 ログは岩の擬人の時とは違い、胸の中心を狙わなかった。どこかに当たればいいくらいの思いで弾丸を擬人に叩きこむ。弾丸は擬人の肩に当たったが、当たると同時に肩だけでなく、全身が崩れる。弾丸は擬人の身体を貫通し、擬人の後ろにあった岩に当たり、岩を砕いた。ログのライフルは岩擬人の身体を貫通するほどの威力を持った弾丸を使用しているため、土で構成されている擬人にその弾丸を当てれば、命中した箇所に関わらず、脆い土の身体は崩壊してしまうのである。


「■■■■■■■!!」


 一瞬のうちに同胞を失った残りの二体はログに向かって襲い掛かる。ログのライフルは一発ずつしか弾丸を込められないため、ログは腰に付けていた二連発式ソードオフショットガンを取り出し、引き金を引いた。


 バァン!


 一発目は見事に擬人の中央に命中し、擬人は倒れた。ショットガンの方はライフルのような強力な弾丸を使用していない散弾のため、近距離で、それも擬人の弱点である胸部の中央に向けて撃たなければ仕留められない。

 もう一発を最後の擬人に向けて撃とうとするが、擬人がログの目の前にまで来ており、一発目を撃った反動で銃を持った腕が上がっており、この距離では擬人がログを襲うより前に擬人の胸に向ける時間がないため、ログは擬人の頭に向けて、ほぼゼロ距離で撃った。


 バァン!


擬人の頭は吹き飛んだ。土で構成されているとはいえ、擬人の視力は人間と同じく、目の部分に紐づいており、頭が吹き飛べば五感のほとんどを失う。しかし、頭を破壊されても死ぬわけではなく、胸の中央の核となる部分を破壊されない限りは活動し続ける。また、擬人の意識、思考も核由来のもののため、頭を破壊しても、思考がなくなるわけではない。核にある本能ともいうべき意思を脳にあたる部位で複雑な思考をできるようにしているのである。

 何も視えなくなり、驚愕状態に陥った土の擬人は目の前にいるログには文字通り目もくれず、無くなった頭部を探すような挙動をとる。

 ログはゆっくりと、慌てふためく擬人を見ながらその辺にあった木の棒を拾い、擬人の胸の中央に突き刺した。擬人は電源が切れたロボットの如く、動きを停止し、その場に倒れた。


「さてと、一応人命救助もしないとな」


 倒れている少女に歩み寄る。少女は意識がないが、致命傷を負っているわけでもないようだった。


(上の高台が崩れた形跡があるから恐らく落ちて気を失ったんだろうな。しかし付着している黒い液体はなんだ?)


 ログは少女に付着している黒い液体に直接触らないように観察するが、


「なんだこれは!?」


―数分後―


「痛い…えっ!?」


 意識を取り戻した少女だったが、自身が縄で縛られていることに驚く。


「気づいたか。俺はログ。仕事で追っていた擬人三体に襲われていたお前を助けるカタチになった擬人狩りだ。自己紹介は以上だ。今度はお前が言う番だぞ」


 極めて冷酷な態度で少女に接するログ。ライフルを少女に向けて言う。


「お前は何者だ?擬人!!」


 身体から赤い血ではなく、黒い液体が流れ出る少女を問い詰める。


「擬人って何ですか?」


 少女は怯えた様子でログの問い詰めに対して答えず、逆に質問をした。


「何を惚けたことを言っている。お前は何型の擬人だ?お前みたいなのは見たことがないぞ」


 ログも少女の質問を無視し、問い詰めを続ける。


「だから擬人て何なんですか!?」


会話のキャッチボールが成り立たないので、ログが少し折れ、少女の後ろに転がっている先ほど倒した擬人の死骸を指さしながら少女の質問に対して答える。


「後ろに転がってる奴の同類かどうかって聞いているんだ」


「え?何これ?土でできた人形?」


 ログは後ろの擬人を少女が見ることで、擬人のことを惚けている少女がぼろを出すことを期待したが、少女がこんなもの初めて見るという表情をしたため、少し困惑した。


「おい、人の血の色は何色だ?」


「なにを言ってるんですか?そんなの赤いに決まってますよ?」


「じゃあ、お前の血は何色だよ」


 そう言ってログは少女の指先を持っていたナイフで傷つける。


「痛っ!!何するんですか...嘘!?」


 突然ログに傷つけられた少女は怒りをログにぶつけようとするが、自身の指先から流れる黒い液体を見て絶句する。


「何これ?なんで黒いんですか?病気?」


 人の血は原色の赤というよりは黒交じりの赤に見えるが、少女から流れ出る血は赤色の要素が全くない真っ黒の液体だった。


「お前、名前は?知り合いの名前を一つでも言えるか?今着ているその服はどうやって手に入れた?」


 ログは畳みかけるように質問攻めをする。少女から返ってくる答えの予想がついていながらも。


「私の名前......分からない......どうして?」


「お前は記憶喪失の擬人なんだな」


 初めて見たよ、とログは憐れむような表情で少女を見る。


「危険性がないことも分かったし、俺は街に帰るよ、じゃあな」


 ログは擬人狩りを行ってはいるがターゲットになっていない擬人やログを襲ってこない擬人は狩らない。無限に増え続ける擬人の殲滅は無駄だと知っているからだ。

 警戒を解き、少女を放置し、ログはさすがに三体をそのまま引きづるのは重いためか、先ほど倒した擬人三体の頭だけを持ってその場を立ち去る。

 しばらく森を一人で歩いていると、後ろから少女が追っかけてきた。


「何か用か?」


「待ってください。私も街に連れて行ってください」


「正気か?自分が人でないことはわかったはずだ。人と擬人が一緒に暮らすのは難しいぞ」


「私は確かに人ではないのかもしれません...でも一人で生きてはいけません!どうか助けてください」


 人も擬人も関係ない生存に対する叫び。生きているのであれば当然の願い。それを聞き、ログは少しだけ目を瞑り考え、先ほど倒した擬人の首を落とし、


「君は他の街から場所で移動をしていたところを擬人の集団に襲われた。逃走中に頭をぶつけたショックと馬車に乗っていた同行者の死で記憶喪失になった哀れな人間の少女だ」


 ログはありもしないストーリーを組み立てて少女に話す。少女の秘密を知っているのはログのみ。ログさえ黙っていればいいのだから。


「間一髪のところを俺が助けた。そういう筋書きでいいだろ。それ以上は助けない」


「ありがとうございます!」


 少女は泣いてログに感謝を伝える。ログは再び街に向けて歩き出した。


(しまった。装備を森の中に装備を置き忘れた。まあ、人が入るような森じゃないし、この街を離れるときに回収すればいいだろう)


 ログは忘れ物を思い出したが、泣きじゃくる少女を一人にするのも、一緒に森に連れて行くのも締まらないため、そのまま街へと戻った。


 『ヒト殺しログ』冷徹極まりない殺し屋の異名。ログ自身この異名に相応しい行動をしてきた。ハンターとして生きていくには他者との関わり合いをなるべく避け、情に流されないようにして生きてきた。しかし、彼は『青年』。胸の内にまだ若さが残っている。自身でも、この欠点をどうにかしたいとは思ってはいるが、どうにもまだ割り切れないところがあるのが現状であった。

 ようするに女の子に弱いのであった。例えそれが人でなくても。


―一週間後―


(森で俺が助けた擬人の少女はすんなりと街の人々に受け入れられた。他の擬人と違い人間の外見をしているため、擬人と疑われることはないし、少女の黒い液体も馬車に積んであったオイルか何かが襲われた際に付着したと説明した。少女は現在、街の病院で下働きをしている。誰に対しても優しく、愛想が良いため、街の人々から好かれている」


「ログさん!」

 

 ニコニコしながら働く少女を遠くから眺めているログ。その視線に気づき、ログに近づいてくる少女。


(一つだけ問題がある)


「仕事帰りですか?良かったら一緒にご飯いかがですか?」


(なぜか好かれている)


 『ヒト殺し』の異名を持つ町一番の嫌われ者であるログと現在人気急上昇の街のアイドルとなりつつある少女。二人が一緒にいると周りから変な目で見られる。ログにはこの視線が不快でしょうがない。


「いや、遠慮するよ」


「そうですか....残念です」


 しょんぼりする少女。


(あんまり馴れ馴れしくされるのも問題だな。ここいらが潮時かな)


「なあ、この街の近くをうろつく擬人はあらかた片づけたし、俺はそろそろこの街を離れるよ」


「えっ!?行っちゃうんですか?」


「ターゲットがいなきゃ商売あがったりだからな」


「まあ、君はもう大丈夫だろう。その包帯の下の血さえ見せなければ人間として生きていけるさ」


「もっとログさんと一緒にいたかったです」


 ログへの好意を隠すことなく伝える少女。


「明日の朝にでも出発するから、見送りにでも来てくれ」


 出会った初日と比べてログは少女に対する口調が優しくなっていた。擬人じゃないように接するためでもあったが、心を殺して、ヒトも殺すログにも、自身が誰かすらわからず、人の見た目でありながら人でない事実を受け入れなければならない少女の境遇を哀れに思ったのか、ログは少女を完全につけ放すことができなかった。しかし、この曖昧な感情は『ヒト殺し』としての隙になってしまう。それがわかっていたからこそ、ログはこれ以上少女と一緒にいるわけにはいかなかった。


―翌日―


 ログが身支度を整え、街から出ようとすると、街の門に人が集まっていた。


「ログさん」


 少女もその場にいた。


「何かあったのか?」


「街の外で擬人に襲われたらしいのですが....」


 少女はいつもの元気さはなく、口籠っている。


「本当だって信じてくれよ!」


 傷だらけの男がパニックを起こしながら喋っている。


「人間そっくりの擬人がいたんだ。人間かと思って近づいたら、いきなり腕が岩になって俺の仲間を殺したんだ!」


「!?」


 ログは驚く。


(人間そっくりの擬人、それはつまり......)


 少女の方を振り向く。少女は怯えるような表情をしている。


「とにかく一度、病院まで運ぼう。ほら、彼を連れて行ってくれ」


 その場にいた医者が少女に指示を出す。


「は、はい!」


 少女は正気を取り戻したかのように慌てて、男に近づく。


「触るな!あいつはまだ近くをうろついてるんだ。仇をとりに行くんだ!」


「きゃっ!」


 暴れる男を医者と看護師と少女が取り押さえようとすると、少女の腕に巻かれている包帯を男がもぎ取ってしまった。


「なんだい?その血は?」


 看護師が少女の傷跡から見える黒い液体を指摘する。


「なにかの病気?どうして黙っていたの?」


「そういえばいつも包帯の取り換えは自分でやっていたよね?」


 医者も疑いのような表情をする。


「そんな色になる病気は聞いたことがない。君は一体......」


「違うんです。私は......」


 少女がなんとか弁明をしようとすると、


「そいつも擬人だ!きっと外の奴の仲間だ!スパイとして街に侵入していたんだ!」


「そんな!私は仲間なんかじゃありません。スパイでもないです!」


「馬鹿!」


 ログが少女の言動を指摘するが、時すでに遅しだった。


「仲間ではない?スパイでもない?じゃあ、擬人ではあるってことか?」


「擬人だ!!擬人が街に侵入したぞ!!」


 街はパニックに陥った。集まった人々は少女から逃げ出し始めた。


「そんな......」


 少女はその場に膝をついて絶望する。だが、少女を畳みかけるように、先ほどの男が、


「街から出ていけ!この化け物!」


 怒声を少女に浴びせ、その場にあった石を投げつける。遠くから見ていた街の住民も便乗して石を投げる。


「痛っ!!」


「おいっ!やめろ!」


 ログが街の住民に制止するように呼び掛けるが、その声は誰にも届いていない。

 少女は逃げるように街の外へと走り出した。ログは追いかけようとするが、少女が門を出たのを確認して門番が門をすぐ閉じてしまった。


「どうして閉じる!?」


 門番に怒鳴るログ。


「どうしてって、擬人が戻ってこないようにしないと...」


 当り前じゃないですかと門番は言う。門番の仕事は門を守ること。擬人が入ってこれないように。彼は自身の職務を全うしているだけなのである。


「門をすぐ開いてくれ!」


―森の中―


(当然のことだった。やっぱり無理だったんだ。私は人ではない。擬人なのだ。病院でお世話になって分かった。私の身体に流れる黒い液体は血液ではない。液体の正体は不明だが、病院にあった血液検査キットをこっそり使ってみたが、血液だと認識されなかった。脈もなかった。人として生きてはいない。化け物なのだ。化け物は人とは暮らせない」


 少女が悲しみに暮れながら目的もなく森を彷徨っていると、目の前に一人の男が立っていた。


「こんにちは。お嬢さん。街の外を一人で歩いていると危険ですよ。迷子ですか?それとも家出ですか?よろしければ街まで一緒に付いていきましょうか?」


 親切で優しい男。絶望した後の少女にはすがりたい希望にすら見える存在だが、少女は街には戻れない。そして何よりも街で会ったあの男の話を聞いた後、街の外に一人でいるこの男の存在。少女は確信して男に尋ねる。


「あなたが人の姿になれる擬人ですか?」


男はきょとんとした表情をするが、すぐに笑顔になり、


「驚いた。もう街で噂になっているのか。早すぎないか?」


「どうして人を襲うんですか?仲良くしようとは思わないんですか?」


「君の頭はお花畑か?人間と擬人がどれほどの間争っていると思っている?今更関係の修復など、いや、そもそも修復する関係などありはしないよ」


 擬人は人との交渉の余地など無いと少女に宣言する。


「ん?君のその血は?いや血じゃないな!」


 擬人は少女に一気に距離を詰め、少女の手を掴み、腕について黒い液体を舐めた。


「君は人じゃないな?新種の擬人か?それとも我々の手の者か?」


「我々って?あなたは一体?」


 腕を舐められたこと、わけの分からない話に困惑する少女。


「ふむ。知らないのか。だが君のような存在は是非ともうちに来てほしい。威力偵察のつもりだったが、これは思わぬ収穫だ!」


 舞台俳優のような大袈裟なリアクションをとる擬人。よほど気分が良いのだろう。


「改造擬人になって良かった。感情というのは素晴らしい!五感が鮮明にというのは面白い!」


「改造擬人?」


 少女にとって、否、人間にとって初めて聞く言葉。どうやらこの擬人はやはり他の擬人とは違うらしい。『我々』、『改造』というからには組織があるのだろう。2体、3体などではなく、もっと大勢の組織が。

 なにかマズいものに接触してしまった。少女はなんとかこの場から逃げなければと考え始めるが、


「特に味覚が素晴らしい!!君の血は味はしなかったがね」


「君の血『は』?」


 そのセリフは比較対象がいたということ。つまり、


「あぁ、気分が良いから教えてあげるよ。私が人に化けれる『擬態』というチカラは人を食えば食うほど精密に化けられる能力なんだよ」


「なっ!?」


 人を食う。襲って殺すだけでなく、食べている。この擬人はどこからどう見ても人間だ。『食えば食うほど精密に』ということはこの擬人は一体何人食べているのか。

 おぞましい存在に出会ってしまったことを理解した少女はすぐさまここから逃げようとするが、


「さあ、私のアジトへご招待しよう」


 擬人は少女の腕を無理矢理引っ張り連れて行こうとする。


「嫌!助けて!」


 少女の抵抗は虚しく引っ張られていく。


「助けて!ログさん!」


 この世界でもっとも頼りになる人の名を叫ぶ。


 バァン!!


 叫びとともに銃声がなる。

 銃弾は擬人の胸に当たり、擬人が吹っ飛んだ。


「ログさん!」


 少女は泣きながら、ライフルを構えているログを見つめる。ログは急いで来たのか、息切れしている。


「助けるのは一回だけって言ったんだけどな」


 少女の方を向き、あくまでも無表情で答える。


「この擬人の首は高そうだ」


「君はハンターか。食いがいがありそうだ」


 吹き飛ばされた擬人は起き上がり、喋りだす。

 ログが放った弾は岩擬人を貫く弾丸だったが、この擬人の胸に穴は空いていない。むしろ擬人の胸は岩となっており、頭や四肢は人間の形のままでなんとも異質な存在になっている。


(胸の構造が他の岩擬人と違っている。そういえばさっき改造がどうとか大声で喋ってたな。恐らく胸に岩の密度を集中させて硬度を高めているのか。だから弾丸が貫通しない。コイツは身体を自在にコントロールできるのか)


 擬人と会話をする気などログにはなく、擬人の観察をし、容赦なく次の弾丸を放つ。

 だが、その弾丸も胸を貫通はせず、今度は吹っ飛びもしない。恐らくさきほどよりも胸に密度を高めているのだろう。


「残念だね。私をもう一度吹っ飛ばしたいなら大砲でも持ってくるんだね」


 余裕の表情でログに駆け寄る擬人。

 ログは冷静に再装填し、三発目を放つ。だがやはり、胸を貫通せず、岩の鎧に吸い込まれる。


「無駄だよ!」


 擬人の腕が岩に変化し、刃のようになる。擬人は振り下ろそうとするが、ログは三発目を放った直後、すでに腰に付けたショットガンを抜いており、擬人の頭に向けて放つ。

 吹っ飛びはしなかったが、大きく体制を崩し、擬人はログへの攻撃を停止した。


「くっ!!」


「胸に集中しすぎなんだよ。他が疎かになりすぎだ。改造されて浮かれたか。いや、浮かれる頭ができてしまったのか?」


 擬人を挑発するログ。


「この人間風情がっ!!」


 擬人から余裕の表情は無くなり、ショットガンの弾を受け、ヒビだらけの顔が鬼のような形相に変わる。ログ目掛けて再び走りだす。

 しかし、ログは銃を構えず、擬人とは反対方向を向き、走り出す。後ろにいた少女を担ぎ、擬人から逃げていく。


「何!?」


「えっ!?ログさん?」


 この行為には擬人もいきなり担がれた少女も困惑する。


「手持ちの武器は奇襲用だ。連射も効かないし、このままだと殺される」


 だから逃げると、あっさりと戦闘を中断し、逃走を図る。


「逃げるな!!私に殺されろ!!人間!!」


 ログの行為は更なる擬人の怒りを買った。


 森を駆け抜けるログと擬人。


「ログさん...降ろしてください。もういいんです」


 少女は担がれながら言う。


「人でない私は望むべきではなかったんです。人と生きるのことなんて。誰も望みませんよね。化け物なんかと暮らしたいなんて」


「そんなことはないよ。お前は......」


 そのあとの言葉は森を駆け抜ける音と擬人の怒りの声でかき消される。だが、少女だけには口の動きでなんと言ったかわかった。


「ありがとうございます」


 泣きながら感謝を述べる少女。


 その時、ログの後ろから岩が飛んできた。その岩はログたちの進行方向の先に弾着し、ログは走りを止めた。後ろには擬人が追いついていた。


「身体の一部を切り離して、飛び道具にすることだってできる」


 擬人はニヤリという表情でログに語る。


「銃は装填してないだろう?絶体絶命だな?どうする!?」


「脳みそ出来たてのヤツから逃げるには問題ない」


 挑発を続けるログ。


「殺す!!」


 再び怒りだし、ログに襲い掛かる擬人。ログは少女を置いて、今まで走っていた方向とは少し斜め右に走り出す。

 しかし、すでに距離を詰められており、再びの逃走劇にはならず、ログは飛びかかってきた擬人の攻撃をジャンプして躱す。躱されたため、着地してすぐに擬人は再攻撃に移ろうとするが、


「それに絶体絶命でもないさ。この場所に来たかったんだからな」


 カチリと地面から音が鳴る。

 次の瞬間、地面から爆発が起こり、擬人の足は吹っ飛んだ。


「なんだとっ!?」


 足を失った擬人は身動きできなくなり、その場でもがくしかなかった。


「地雷だよ。走るためには足に岩を集中するわけにはいかないよな」


「いつ仕掛けたんだ!?」


 何が起きたかわからず、思わず殺そうとした相手に説明を求める擬人。


「結構前にな。お前のために仕掛けてたんじゃないんだが、忘れ物が役に立つとは思わなかったよ」


 擬人が踏んだ地雷はこの擬人のために仕掛けたものではない。この地雷は一週間前にログが少女と出会ったときに、少女を万が一の際殺すために仕掛け、必要性のなくなり、回収を後回しにしていた忘れ物だった。 


(くそっ!!足を修復せねば、だが...)


 擬人に再生能力はない。欠損した部位に自身と同じ材質の物を取り込み、修復する。この改造擬人は四肢を失っても、身体の質量を移動し四肢として復元することはできるが、その分、密度は薄くなる。それに、復元の隙をログが与えてくれるわけも無かった。

 擬人はかなり悔しがっているが、ログはすぐにライフルとショットガンに弾を込め始める。


「身動きできなくても、この弾丸じゃお前は殺せないし、改造擬人とかいう奴なんだろう。俺の擬人の常識が通用するかも分からない。だから...」


 弾を込め終わるとログはバックパックから爆薬を取り出す。


「今あるありったけの爆薬でお前を吹っ飛ばす」


「ひっ!!」


「お前のせいで赤字だよ」


 擬人の悲鳴を聞くきなどなく、ログは爆薬を設置し始める。


―数分後―


 大きな爆発音が鳴り、擬人がいた場所には大きな穴が開いている。擬人の身体は跡形もなくなってしまった。


「さあ、街に戻るぞ」


 ログは起爆後、戦いの余韻など感じることなく、少女に意識を移す。


「・・・・・・」


 少女は何も言わず、手を引くログについていく。


―街の門前―


「戻ってきたぞ!!」


 門番が叫ぶ。そうすると街の住民が集まってきてログに質問をする。


「倒したのか?」


「やったか?」


「ああ、爆薬で吹っ飛ばしたよ」


 ログの隣に少女の姿はなく、少女は住民から見つからないように遠くから様子を窺っていた。


「俺がさきに戻って説得してみる。あんまり期待するなよ、俺は口下手なんだ」


 そう少女に言って待機させていたのである。


「なあ、あんた達......」


 ログが少女を受け入れるように説得を試みようとするが、


「でかしたぞ。さすがは『ヒト殺しログ』だ。あの小娘の顔した擬人を倒してくれたのか」


「いや、俺が倒したのはさっきの男性を襲った方の擬人だが......」


「そうなのか、それはそれで凄いな!なら俺たちはもう一つあんたに依頼しなければな」


「依頼?」


「あの小娘の擬人を殺してくれ、あんなのが街の外をうろついていたら、恐ろしいったらありゃしない」


 その残酷な依頼は遠くから見ている少女には聞こえない。その言葉を聞いて、ログは激怒した。


「なあ、あの少女があんた達に何かしたか?いっつも笑顔で、一生懸命働いていたじゃないか」


「どうしたんだ?」


 低いトーンで話始めるログに困惑する住民たち。


「愛想が良くて、『ヒト殺し』なんて異名がついている俺にも懐いてくれる優しい奴だったじゃないか」


「擬人だから殺せ?擬人を見たことある奴がこの街に何人いる?襲われた奴が何人いる?擬人にだって感情があるんだぞ。感情がある者を、言葉を話す奴を殺すことがどれほど辛いかわかってんのか?」


 少しずつ声を大きくするログ。意思あるものを殺すこと。それはとても辛いことである。殺す相手の言葉を何か一言でも聞いていれば、殺した後にその言葉が耳にへばりつく。それを繰り返してきたログ。だからこそ冷徹にならなければいけなかった。


「あいつは俺が出会ってきた誰よりも優しい少女だよ。それを殺せ?自分で殺す覚悟もない連中が!お前らなんか人間じゃない!あいつの方がよっぽど人間だったぞ」


 ログは先ほどの擬人に追われた際に周りの音でかき消された、少女に言った言葉と同じ言葉を放つ。


「あいつはこの街の誰よりも人間だったぞ!!」


 お前はあの街の誰よりも人間だったよ。かき消されていない言葉をもう一度聞いた少女はまた涙を流している。

 怒りの言葉を放ち、ログは街に背を向けて去っていった。途中で少女の腕を強引に掴みながら。


―少し歩いて―


「ログさん......」


「すまない、説得は失敗した」


「いいんです。ログさんが怒ってくれてうれしかったです。スッキリしました」


 少女は涙を拭きながら笑顔で感謝を述べる。

 ログはバツが悪そうな表情をしながら、


「なりゆきになってしまったっけど、付いてくるか?ハンターの仕事だから危険ばっかりだが...」


 ログは提案をする。少女が断るはずのない提案を。


「はい!よろしくお願いします!!」


 二つ返事で答える少女。


「そういえば、まだ名無しのままだったよな」


 街ではお嬢ちゃん、少女、病院の子など固有名詞がまだ決まっていなかった。


「せっかくなので、ログさんが決めてください」


 少女は笑顔でお願いする。

 ログは困りながら考え、


「『ハル』はどうだ?」


「『ハル』ですか。どうしてですか?」


「街で上映していた大昔の映画に出てくる自分で思考するコンピューターの名前から」


「私も観ましたけど、酷いこと一杯してましたよね、そのコンピューター!」


「いや、そうだけど、あのコンピューターはなんか人間らしいなと思って...」


 誰よりも人間らしい君にぴったりだと。少女は少し不満げだったが、


「人に決定権を委ねたんだ。文句言うな」


「そうですけど......」


「ほら、いくぞ、ハル!」


 名前を呼びながら手を差し出すログ。


「はい!」


 笑顔で手を取り、前を歩くハル。

 人でなしと呼ばれる青年と人でない少女は歩み始めた。



                                     ―完―

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