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彼と初めて会ったのは高校一年の春のことであった。上級生たちの部活動勧誘の嵐の中、逃れ込んだ空き教室にいたのが椎名誠一郎という男であった。やや下がった眉が柔和な印象のする男だった。倉庫代わりの埃っぽい空き教室で絵をかいていた。教室の大半を埋め尽くすように置かれた予備の机と椅子を器用に積み重ねイーゼルの代わりにして、絵をかいていた。雑多に置かれたガラクタによって窓もふさがれ唯一残った窓から入る陽光が唯一の光だった。

忍び込むように入ってきた私に彼は気づくと

「ここって、部活で使うとこあったのか」

そう聞いてきた。いいや、と首を振ると、彼はそうか、とまたカンバスに向かい合った。随分と大きな紙を文化祭で使われたと思われるベニヤ板に張り付け、そこに鉛筆で何やら書いていた。スリッパは青色、自分と同学年の新入生らしかった。自分に反応しなかった彼に少しだけ興味がわいた、すっと背後に回り彼の絵をのぞき込んだ。

「へったくそね」

横から思わずのぞいてしまった白いカンバスの上には幼稚園児が書いたような人の絵が描かれていた。

「出会い頭に、ひどいな」

少し気を悪くしたのか声色に不満をにじませながら彼は言った。

「ごめん、だって空き教室でこんなことしてるんだからうまいと思うじゃん」

自分の弁明に眉を潜ませながら彼はまた絵に向かい合った。

「なんでこんなとこで絵描いてるの、美術部行きゃいいじゃん」

「この画力で美術室にでも行ってみろ、笑われるのならばまだいい、十中八九、美術部なんてものに入る奴は主体性に欠く、事なかれ主義者たちだ、そんな彼らにこんな絵を見せてみろ、特にけなされることなく、ただ個性的だねと言われるのが落ちだ。」

「へたくそだから入る自信がないのね」

「君は本当に人の神経を逆なでするのが上手いな」

今度こそ、腹を立てたのか恨みがましい視線を送ってきた。下から送られてくる視線に少し笑いながら言った。

「ごめん、ごめんって、そんなに下手なら練習すればいいじゃない」

「君の目は節穴なのか、だから今こうして練習しているというのに。そこでもそういわれるのならば何か、君は僕に練習すらするなというのか」

「悪かったって、そうだミルキーあるよ、あげるから、二個あげるから」

「子ども扱いするな」

そう言う怒ったように怒鳴る姿を上から見ていた。

「こっちから声が聞こえたぞ」

そんな話をしていると廊下から声が聞こえてきた。しまったと思っても時すでに遅し、こちらへ近づいてくる足音が聞こえ始めた。ひぃ、とうろたえる私に。

「どうした、追いかけられてるのか」

「部活動勧誘の先輩たちに狙われてるの、しまった大声出したから気付かれた」

おろおろと、隠れる場所を探す。

「隠れたいなら掃除用具入れにでも入ればいいじゃないか」

「花の女子高生に箒と肩を並べろというのか」

「地獄の勧誘と一時のごみ掃き扱い、どっちがいいかは自分で決めることだ」

まぁ、付け加えるとにやりと舐めるような視線をこちらへ向けた。

「俺が告げ口すればどうしようもないんだけどな」

「なっ、鬼、悪魔、へそ曲がり、だからお前なんてモテねぇんだよ」

「なんてでもいうがいいさ、そうだな、告げられたくないなら、何か一つ言うことを聞いてもらおうか」

「きもっ、変態、乙女の柔肌に何するつもりよ、死ね、死ね」

「暴言も心地いいな、どうする無限の勧誘と一時の恥、勧誘に負けたしたら地獄の三年間が始まることは固くないがな」

わざとらしく笑う彼を睨みつけながら隠れた、

「あんまりなこと言ったら、警察に突き出すからね」

扉を閉じる最期の一瞬見えたのは彼が親指をたてサムズアップをしていた光景だった。

 扉を閉じて一分もたたず教室の扉が開かれる音がした。

「ここに背の高い女の子来なかった」

「背ってどのくらいですか」

「百八十以上はあるくらいでっかい女の子」

「そんなにあるんですか、すごいですね、怪獣みたいですね」

「で、見なかった」

「そういえばついさっきでっかい影が東昇降口の方へ走っていったみたいですけど」

「そう、ありがとう」

そう言って教室の外から地鳴りのような走る音が聞こえ、去っていった。

「もういいぞ」

その声に扉を開け出て行った。思いのほか大きな掃除用具入れには一本だけの箒があるだけだった。

「でかいでかいとは思ったけど百八十もあるんだな」

「百八十はないわよ」

その言葉に彼は何も言わずじっとこちらを見つめた。

「なによ」

何も言わず、笑わずこちらを見るだけの彼に少し怯んでしまう。目をそらしても定点カメラのような彼の目。

「ほんとに」

「ほんとよ」

「じゃあいくつ」

笑いもせず淡々とそういう彼の目にそっぽ向いたまま答えた。

「百七十九」

「てん」

もうすでに致命傷なのに彼はさらに傷口に塩を塗りこんできた。淡々とした彼の言葉に思わず怒鳴りつけるように

「八」

というと満足げに笑った。幸運なのか不幸なのか恵まれた体格であったためにスポーツでは特に苦労することはなかった。バスケをすればダンクも出来、バレーをすれば東洋の魔女の再来とも言われた。しかし、自分としては特にスポーツが好きなわけでもなく、親の勧めのままやってきたため、高校ではお淑やかな脱スポ根を狙っていた。しかし、待ち受けていたのは中学の輝かしい成績を嗅ぎつけてきた先輩方であった。

「いいじゃないか、何を恥ずかしがる必要がある」

「女の子っていうにはいろいろあんの、馬鹿みたいにでっかいだけでいい男子とは違うの」

サイズを選ぶ上にデザインも必然的に絞られる。世知辛い世界なのだ。

「もう一度、身長に関すること言ったらはっ倒すわよ」

空を切る風切り音をさせながら彼を見ると、ふーん、と気のない返事をするだけだった。なんとなく調子の狂う彼に首をかしげながら問いかけた。

「で、願い事って何よ」

先ほどの一つ叶える願い事、危機的状況であったため特に内容も聞かず承諾してしまったが、会って十分もたっていない見ず知らずの男に随分と向こう見ずな約束をしてしまった。ここで約束を無視して逃げてもいいがその時にこの根性のひん曲がった男に何をされるかを考えると少し恐ろしくもあった。

「願い事ってなんだ」

何も知らない様に話す彼に思わず肩透かしを食らう

「あんたが言ったんじゃない、匿ってやるから一つ言うことを聞けって」

「あぁ、そうだった、正直、君があわてて右往左往している様子だけで随分とコミカルで面白かったから忘れていたよ」

にやると笑う男に思わずソバットを放つが見事にかわされてしまった。

「そうか、そういう事ならなにがいいかな」

「考えてなかったのかよ」

「何がいいと思う」

「私に聞くなよ」

そうだな、と彼は言いながら鉛筆を走らせた。

「僕と一緒になってくれないか」

「い、いっしょ」

突然の彼の言葉は予想の斜め上であった、高校生男子のいやらしい欲望を突きつけられるのかと内心気が気ではなかった、が、逆に全く予想できていなかったため呆気にとられ生返事をしてしまった、決して思っていたことをしてほしかったわけではないが、それ以上の告白を受けてしまうとは、しかも告白というよりもプロポーズの様なセリフ、いっしょ、一緒とは一緒である、つまり簡単に言うと今私は告白されたんだろうか、ならば、何か返さなければならないが如何せんそう言った状況は漫画の中でしか見たことが無いため咄嗟に施行は止まり、なんだかよく分からない気分になってくる。。

「そ、そういうのは、まず友達からというのは」

「いや、今の言い方は少し語弊があるな、正確に言うならば、僕の作る部活に入ってくれないか」

「いっしょ、一緒、ゐっしょ、え、部活」

「そう部活、僕は画力が足りず美術部には入れないのでとりあえず練習場所がほしい、君はスポ根の青春にならないために運動部から逃れるための別の幽霊部員になれる部活がほしい、人数は二人しかいないから部活ではなく同好会ではあるが。どうだい、なかなかに双方にメリットのある条件ではないかい、画材を使っても問題なくて少人数でできる部活、そうだな名前は映像研究会にでもしようか」

「確かにそれはいいかもしれないわね、でも一ついいかしら」

「それはよかっっっ」

こうして椎名誠一郎と私、千義桜子の映像研究部が一発の拳から始まったのであった。


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