あと一歩だったのに
コツコツコツ
王城地下にある牢獄に続く階段を降りる足音が響く。
足音の主は厳重に閉ざされた牢の前で止まる。
「アーネスト殿。生きているか。」
「この声はルクレス様ですかな。」
「そうだ。」
ルクレスは、元Sランク冒険者で魔王復活の罪により投獄されているアーネストを訪ねていた。
処刑しようという意見もあったのだが、アーネストの知識が役に立つこともあろうという国王の判断で牢に入れられていた。
もちろん、アーネストは魔王復活の方法について口を割ることはなかったが。
「未だに信じられん。生きる伝説とまで言われたアーネスト殿が魔王の側近の末裔であったとは。」
「いえいえ。魔族であるからこそ、人間界で生きる伝説まで登りつめることができたのですよ。順番が逆です。」
「全く。魔族とは厄介なものだ。」
「その魔族も、もはや私だけとなってしまいましたがね。あれだけ居たのに、勇者にやられてしまった。せっかく復活させた魔王様もあなた達にやられてしまいました。」
「魔王を復活させることができるというだけでも恐ろしいことではあるがな。」
「安心してください。今はできませんから。」
「されては困る。今日はな、別の話が有るのだ。」
「ほう。」
「そなた以外の魔族の生き残りが見つかったかもしれん。」
その一言で、アーネストの死んだ魚のような目に、一気に生気が宿った。
「ほうほう。それは興味深い。」
「ムナカタと名乗るその男は先日開催された武闘大会に乱入してきてな。」
「ふむふむ。」
「魔王の仇を取りに来たようであった。それとシュミット家と聖剣に深い恨みを抱いておったな。」
「もしや、その男、ルクレス様と同じような武器を持っておりませんでしたか。」
「やはり知って居るのだな。その通り、刀を持っておった。」
「話はそれますが、刀はその男、ムナカタが発明した武器なのですよ。」
「なっ!」
「ははは!これはなかなか愉快なことになっていますね!しかし、生きていたとはなあ。父上から話には聞いたことがあるが。」
「ええい!いいから本題を話してくれ!」
「取引をしましょう。」
「取引だと?」
「ムナカタについての情報を渡す代わりに、私をここから出してもらおう。」
「そんなこと!」
冗談ではなかった。
アーネストを釈放すればどうなるかわからない。
その戦闘力で人を襲うかもしれないし、魔王を復活させるかもしれない。
王国はモンスターを防いだが、帝国では大きな被害が出ていた。
帝国とは言え、人がモンスターに殺されるのは是とはできない。
タッタッタッタ!
ルクレスが迷っていると、階段を駆け下りる音がした。
「姫様!」
衛兵の1人が駆け寄る。
「どうしたのだ。」
衛兵はルクレスに耳打ちする。
「なるほど。ありがとう。」
「はい。」
衛兵を見送るとアーネストに向き直る。
「アーネスト殿よ。残念だったな。」
「どういうことですか?」
「ムナカタへの手がかりをムナカタ自身がくれたよ。」
「そ、それはどういう…。」
「ホルスト殿宛にムナカタから手紙が来たんだ。ではな。」
それだけ言うとルクレスは去って行った。
「ムナカタのクソ野郎!ふざけやがって!余計なことをしやがって!」
1人残されたアーネストは牢獄で怒り狂う。
また1人、ムナカタに復讐を誓う者が産まれた瞬間であった。




