魔王より恐ろしいもの
「では、ジョゼちゃんとうちの人のSランク昇格とアベル君のBランク昇格を祝って、カンパーイ!」
「カンパーイ!!!」
俺たちはリセさんの実家の1階にある食堂に集まっていた。
名目は冒頭にリセさんがあいさつした通り、祝賀会となっている。
昇格自体はもう少し前にしていたのであるが、なかなかみんなの予定が合わず、少し遅れてのお祝いとなっていた。
「ジョゼおめでとう。」
「エリカさん、ありがとうございます!」
ジョゼは何度も頭を下げる。
さすが数少ないワーガルの真面目枠である。
「アベルもおめでとう。」
「いえ、トウキさんが作ってくれた武器のおかげっす。ホントにありがとうございます!」
「しかし、アベルも運が悪い。」
「フランクさん、どういうことです?あと、フランクさんもおめでとうございます。」
「ああ、ありがとう。話を戻すと、今や王国の冒険者の戦闘力は格段に上がっている。」
「あ、俺のせいですね。」
「それで、ギルドの昇格基準も厳しくなったんだ。昔ならアベルもとっくにAランクだろう。」
「アベル、そのごめん。」
「いいんですよ。難しい方が燃えますし。なにより、トウキさんが居なかったら結局、自分は今頃、鳴かず飛ばずの冒険者してましたよ。」
「そう言ってくれると助かるよ。」
「トウキどのぉ~。」
なんだかものすごく嫌な予感がする。
「や、やあルクレス。楽しんでるかい?」
「いえーい!ほら、トウキどのも飲むのだ!」
「いや、ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ!姫の酒が飲めないのか!」
そういうと、ルクレスは俺をがっちりと掴み酒を勧めてくる。
女性とはいえ相手はルクレスである。
俺には逃げる術はない。
権力的にも物理的にも。
「けどまさかルクレスちゃんが王族だったなんてね。」
魔王討伐後にルクレスが王族であることが公になって、ワーガルの街は騒然となった。
住民総出で王城に詫びを入れに行った方が良いのではないかと本気で議論をしていた。
だが、ルクレスの「私は気にしてはいない。むしろとても楽しかった。これかも変わらぬ付き合いをしてほしい。」という言葉で事なきを得た。
今ではワーガルの住人全員がルクレスのファンであり、彼女が王都での生活に疲れたときはちょくちょく匿うという関係が出来上がっていた。
王都の新聞記者もワーガルには近づきたくないようであった。
……別に取って食べたりはしないのに、なぜかビビっていた。
「リセさん、ちょっとあれは何とかした方が良いのでは?」
エリカがルクレスを指差しながら言う。
そこには服が少し乱れていることも気にせず、トウキにヘッドロックを掛け、ジョゼの服をひん剥いて泣かせている王族が居た。
「そうねぇ。けどお祝いなんだし、少しぐらい、はしゃぎましょう。」
俺の最後の記憶は、あられもない姿のルクレスとジョゼを顔を真っ赤にしながらもガン見するアベルの姿であった。
―――――――
俺は右腕の違和感によって目を覚ました。
目を開けるとロウソクの炎による明かりが微かに見えるくらいで、部屋が暗い。まだ夜の様であった。
天井が広いことから、宿屋の大部屋に寝かされているようだ。
「うっ…、いってえ…。」
頭がガンガンする。あと、なぜか腹部も痛い。
完全に飲み過ぎである。
祝賀会後半の記憶がない。
だが、腕の違和感の正体を確かめたとき、二日酔いなど吹っ飛んでしまった。
な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
俺は心の中の中でそう叫ぶと状況を整理した。
右腕には腕枕でフランクさんが寝ていた。
しかも、服が乱れている。
この状況はこの上なくやばい。
作り直した聖剣を役人に提出したときよりもやばい。
魔王の魔法すら効かない嫁とフランクさんを溺愛するリセさんを相手にするだなんて、想像しただけでやばい。
どうすればいいんだ。
俺が悩みながら、ふと左を見る。
あ、これはダメだわ。
隣のベッドで寝かされていたジョゼと目が合ってしまった。
「や、やあ、おはようジョゼ。」
みるみる内にジョゼの顔が赤くなり、涙目となる。
「そ、その、とりあえず、落ち着いて話そう、な?」
俺は祈るようにジョゼに話しかける。
「キ、キャアァァァァァァーーーー!!!」
それだけ言うとジョゼは部屋を出て行った。
「ま、待ってくれ!」
追いかけようにも、右手が抜けない。
こんな状況でも爆睡しているとは、さすがフランクさんだ。
ああ、ここまで生き延びてきたけど、これでお終いか。
波乱万丈の人生だったけど、聖剣を解体したことは全く後悔してない。
楽しい人生だった。
「最後にエリカに殺されるなら幸せか。」
「なんで私があんたを殺さなきゃならないのよ。」
「エ、エリカ!」
知らぬ間にエリカがベッドの脇に立っていた。
「ジョゼが叫びながら飛び出してきたから様子見に来たのよ。」
「信じてくれエリカ!俺は何もしてない…たぶん。なにより俺が愛しているのはお前だけだ!」
「な、なにを突然言い出すのよ!恥ずかしいじゃない!」
「あらあら、エリカちゃんは幸せね。」
そう言いながら部屋にリセさんが入ってくる。
「リセさん!俺は何もしてないんです!本当です!」
「大丈夫ですよ知ってますから。」
「は?え?どういうこと?」
「なにも覚えてないの?」
エリカが深刻そうに尋ねてくる。
「うん。」
「本当に何も覚えていないのね?」
「ああ、そう言っているだろう。」
「あのね。祝賀会でルクレスが酔っぱらって、トウキとジョゼを潰したのよ。」
「確かに酔っぱらったルクレスはすごかったな。」
「で、フランクさんにベッドまで運んでもらったんだけど、そのままフランクさんも寝ちゃってね。」
「それがこの状況か。」
「そういうこと。」
「はぁー、なんだよかったぁー。」
俺は安堵する。
「まあ、仮に間違いがあったら、さっきトウキが言ったように私が止めを刺してあげるわ。」
「おいおい、勘弁してくれよ。」
「さ、もう一眠りしましょ。眠いし。」
そう言うと、エリカは何か言いたげなリセさんを急かすように追い出した。
「って、おい!この状況はどうするんだよ!」
―――――――
祝賀会後半にはジョゼは既に潰れてぐうぐうと寝息を立てて寝ていた。
「トウキ!」
「なんですかトングさん。」
「せっかくの機会なんだから、エリカに思いを伝えたらどうだ!」
「おお!いいですなぁ!」
「ちょっとトウキ、酔い過ぎよ。」
「まあまあ、エリカちゃん、いいじゃない。さあ、トウキ君どうぞ!」
「リセさんも煽らないでくださいよ!」
「エリカー!好きだー!愛してるぞー!」
「はいはい。わかったから、次は酔ってないときに言ってちょうだい。」
「ちょっとでも長く櫛で髪の毛を解いてもらうために、毎晩ワザと風呂上りに髪の毛をぐしゃぐしゃにしてるエリカはとってもかわいいぞー!」
「ちょ、は!?あんたなんで知ってるの!?」
「ふふふ、それだけじゃないぞー!なんと、こっそりと寝てる俺のズボンをさげ、ゲフッ!」
ドサッ
「あらトウキったらお酒の飲み過ぎかしら。寝ちゃったわ。」
「そうか。エリカはトウキの寝込みをおそ、グフッ!」
ドサッ
「まあフランクさんも寝ちゃったわ。」
エリカは他の参加者を見る。
「じ、自分はリセさんと話をしていたので良く聞こえなかったっす!」
「え、ええ。ほんとこれからって時に急に寝ちゃうなんてトウキ君もうちの人もだめね。あはは…。」
「私は酔っぱらってよく覚えてなかったぞエリカ殿。いやー、お酒は怖いな。」
「ルクレス。」
「な、なんだ。」
「3人を運ぶの手伝ってくれるわよね?」
「もちろんだ!」
フランクさんとトウキの配置は、エリカの仕返しでしょうね。




