鍛冶屋の街
さすがに疲れがあって、修羅の塔には行かず、ワーガルの街に一旦帰ってきた。
ルクレスは体のキレを取り戻すと言って、どっかに行ってしまった。
「トウキ、あれはなに?」
「さ、さあ…。」
街に入った俺たちの目に映った光景は、家々の玄関先に様々な日用品がぶら下げられている光景であった。
どれもエリカの店の印がついている。
「ああ!エリカちゃん!トウキ君!どこに行ってたんだ!」
俺たちを見つけた雑貨屋のおっちゃんが慌てて駆けてくる。
「今、大変なんだよ!」
「ええ、それは見ればわかりますよ。」
「ともかく早く!早く!」
おっちゃんは俺の手を引くと、強引に連れて行く。
一体なんなんだ?
雑貨屋のおっちゃんに連れられて、エリカの店の前まで来ると、驚きの光景が広がっていた。
「おい!在庫の補充はまだなのか!」
「私はもうここに4回も来てるのよ!」
「いい加減にしろ!」
「このままじゃママ友に置いて行かれるわ!早くちょうだい!」
「み、みなさま、落ち着いて下さい!私ども商品は一流の鍛冶屋であるトウキが手作りしていまして、その鍛冶屋が現在不在なのです!入荷は未定です!」
店の前で商品を求める大量の客にエリカのおやじさんが対応している最中であった。
前々から繁盛はしていたが、ここまでだったか?
「エリカ、ともかくこっそり工房に帰るぞ。」
「そうしましょう。」
俺たちは殺到する客に見つからないように、後ろをそっと移動する。
「道具屋!トウキ君とエリカちゃん、連れてきたぞ!」
雑貨屋のおっちゃん…。なにしてんの…。
「あれが鍛冶屋のトウキなのね!」
「お願い!私のフライパンを作って!」
「俺にもかっこいいヤカンをくれー!」
俺たちに気付いた客が一斉に押し寄せてくる。
「やばい!逃げるぞエリカ!」
俺はエリカの手を引いて逃走した。
「ハアハアハア…ふうー。し、しんどい…。」
「な、なんとか…、なんとか逃げられたわね…。」
「もう追って来ませんよ。」
ドアを少し開けて外をうかがってくれている、ジョゼが応える。
「2人とも大変だったわね。」
リセさんがそう言いながら飲み物を渡してくれる。
俺たちはなんとか振り切ってギルドに逃げ込んでいた。
「し、しかし、一体なんだったんだ。」
「トウキさんご存知ないんですか?」
「なにが?」
「トウキさんの作った日用品、この前の帝国戦のおかげで、日用品としての性能だけじゃなくて、防犯グッズとしても人気なんですよ。さらに、トウキさんの作った日用品を持っていること自体がトレンドになっているんです。」
「い、いつの間にそんなことに…。じゃ、じゃあ、家の前に日用品ぶら下げているのって…。」
「はい。『うちにはトウキ作の日用品があるぞー』ってアピールして、防犯効果を狙っているんです。」
自分のことながら、頭がクラクラしてきた。
「それにね、政府が貴族の戦争を禁止したでしょ。そのせいで貴族の間に決闘の文化が再興してね。決闘用に日用品を求める貴族も多いのよ。そんなこんなでエリカちゃんの店にお客さんが殺到したのだけれど、すぐに在庫はなくなっちゃうし、トウキ君は居ないしで、最近は街中が大混乱なのよ。」
リセさんが続ける。
「ははは…。」
ワーガルの皆さん、すいません。
しかしこの状況をどうすべきか。
「ねえトウキ。」
「ん?なんだい?」
「私たちにこの責任はあると思うの。」
「そ、そうだね。」
なんだか目がこわいですよ、エリカさん。
「だからね、責任は取らないといけないと思うの。トウキもそう思う、よね?」
「う、うん。」
なんか語尾が力強かったんですが…。
「そう、トウキは物分りが良くていいわ。」
なんだか嫌な予感がする。
自慢じゃないが嫌な予感は外したことがない。
―――――――
「トウキ!フライパン300個追加よ!」
「ひ、ひぃー!」
「あ、鍋も80個追加だって!」
「ま、待ってくれ!」
「…ジャングル。」
「ぐっ。わかりましたよ!」
あのあと、深夜にジョゼに先導してもらいながら工房に帰った俺は、日用品を量産していた。
エリカがやけに素直だったのは、作れば売れるビックウェーブを逃したくなかったからである。
「しばらく何も作りたくないよー!もう散々だー!」
「ほら、口より手を動かす。」
「イエス!マム!」
「…ちゃんと全部終わったらご褒美あげるから、ね。私だってまだまだトウキ分足りないんだから…。」
くっっっそぉぉぉぉぉ!
ずるいぞ!
嫁にそんなこと言われたら頑張るしかないじゃないか!
俺は多分、死ぬまでエリカには敵いません。




