宮廷鍛冶師
ホルストを先頭に俺とルクレスは歩いている。
「はあ。ビビったぞ。」
「だから言ったであろう。父上がトウキ殿を殺すはずがないと。」
そういうとルクレスは微笑んだ。
「おい。トウキとやら。」
「なんですか?」
「貴様、姫様になんという狼藉を働いているのだ!」
「す、すいません!」
「ま、待て!トウキ殿には私が許しているのだ!」
慌ててルクレスが止めに入る。
「姫様がそうおっしゃるなら。」
マジ怖かった。
なんなんだこいつは。
ホルストは再び歩き出す。
俺はルクレスに小声で尋ねる。
「なあ、こいつ何者なんだ?」
「ホルスト殿は筆頭宮廷鍛冶師なのだ。少々トウキ殿にライバル心を持っているのかもしれん。悪い奴ではないのだ。」
「なるほど。わかったよ。」
「ここだ。」
しばらく歩くとホルストは1つの部屋の扉を開ける。
そこでは多くの鍛冶師が働いていた。
「ここが宮廷鍛冶師の仕事場だ。不本意ながら近衛兵の装備に関しては今日からはお前の指示で動くことになる。だがな、装備以外で口を出したら許さんぞ。」
「は、はい!」
俺はあまりの剣幕に反応をしてしまう。
「姫様、このような場所に居ては危険ですし汚れてしまいます。お戻りください。」
「いや、大丈夫だ。普段もトウキ殿の工房に居るからな。」
ああ、そういえばルクレスは空気を読むのが苦手なんだった。
ホルストの奴、青筋まみれじゃねぇか。
もう「俺の姫様に何してくれとんねん。」って顔じゃないですか。
「トウキよ。」
「な、なんでしょうか…。」
「私と鍛冶の腕で決闘をしてもらおう。」
「はい?」
「私の方が腕が良いとなれば、私が聖剣の作成担当になれる。」
「そうすればルクレスと一緒にいれると?」
「その通り…ち、違うわ!なんと破廉恥な!と、ともかくお互い貴族なのだ!受けてもらうぞ!」
「ええ…。王国軍の装備作る必要があるんだけど…。」
「並行して作成すればよかろう!お前ならそれくらいできるのだろ?」
「うぐ。」
「では、期間は2か月後だ。お題は姫様の装備ならなんでもよい!」
それだけ言ってホルストは去って行った。
「トウキ殿。その、なんだかすまぬ。私にできることがあれば手伝おう。」
「いや、それはいいんだけど…。ルクレスとしてはどうなの?」
「どうとは?」
「いや、ホルストのこと。」
「悪い奴ではないと言っただろ?」
ああ、ホルスト。これはダメだわ。
「あ。あと、エリカの相手頼んだわ。」
そういうと俺は作業に取り掛かった。
ルクレスは絶望に打ち震えていた。
それからの2ヶ月は人生でも一番大変だったかもしれない。
宮廷鍛冶師の人たちをこき使って作業時間が短縮できてはいたが、近衛兵の装備となるとなかなか終わらない。
おかしいなぁ、こんなことにならないために日用品作ってたのに。
…日用品作ってたからこうなったのか。
ともかく、こいつさえ終わらせてしまえばなんとかなる。
結局、近衛兵の装備と決闘用のルクレスの装備を完成させたのはギリギリであった。
今思えば期間を切られたのは決闘だけだったような…。
「トウキよ。ちゃんと装備は作ってきたか。」
ホルストが自慢げに話しかけてくる。
「なんとかな。」
俺は目の下に大きなくまを作っていた。
あとは、ルクレスが来るだけなのだが、まだ来ていなかった。
「姫様はなにかと忙しいのだ。お待ちするのが臣下としての務め。」
ホルストは胸を張って宣言する。
「おーい、トウキ殿!」
後ろからルクレスに似た声がする。
似た声というのも、俺の記憶にあるルクレスの声より幾分低かったのだ。
「おお、ルクレス。やっと来た…の…か…。」
振り向いた俺が見たのは、美しい青髪にパツパツになった服、ドシンと聞こえてきそうなたくましい足をしたルクレスのようなものだった。
「トウキ殿、遅くなってすまない。ふうー。」
「ルクレスだよな?」
「もちろんだ。」
おうさまー!おたくの娘さんソースくさいよー!
「さっきまでエリカ殿に付き合っていてな。ひゅー。」
「そうか。ルクレス、お前は間違いなく英雄だよ。」
俺はルクレスの肩をポンと叩いてやる。
「おお!良くわからないが、トウキ殿が珍しく褒めてくれたぞ!」
「ええい!私を無視するな!」
「ホルスト殿、すまぬ。」
「い、いえ!姫様が頭を下げるようなことではありません!」
「そうか。ところで、勝敗の基準はどうする。」
「姫様が良いと思われた方が勝者でよいでしょう。」
「うむ。では、早速始める。」
ルクレスの号令で俺とホルストは自分の作品の側へと移動する。
「まず、ホルスト殿から。」
「はい。こちらでございます。」
ホルストは被せてあった布を取る。
そこにはリング部分が金色に輝く、ダイヤの付いた指輪があった。
ホルストよ。さすがに指輪はどうかと思うんだが…。
「さ、さあ!姫様!試着を!」
ホルストは興奮している。
「まずは鑑定だ。」
ルクレスが鑑定する。
【ゴールデン・ダイヤモンドリング】
防御力120
全ステータス強化(小)
状態異常耐性(中)
速度上昇(小)
ギャラリーの宮廷鍛冶師からも感嘆の声が上がる。
指輪は基本的に防御力よりも、能力付与の為の装備だ。
それで防御力120はすごい。
「どうだトウキ。では、姫様、お手を。」
そういうと、ホルストはルクレスの手を取り指輪をはめようとする。
「ん?あれ?」
そりゃそうだろ。
この2ヶ月で姫様は成長なさったのだから。
「だ、だめだ…。入らない…。も、申しわけありません姫様。少し設計を間違ってしまったようです。」
姫様のせいにしない臣下の鑑。
「それは残念だ。綺麗な指輪だっただけに。次、トウキ殿。」
俺は布を取る。
「こ、これは!」
そう驚きながら、ホルストが両目をこれでもかというくらい見開いている。
「ビキニアーマーです。」
「トウキ!貴様、なんと素晴ら…なんと破廉恥な!恥を知れ恥を!」
ホルスト、自分に正直になれよ。
「では、鑑定する。」
【ルクレス専用ビキニアーマー】
防御力1200
状態異常耐性(大)
自動回復(大)
重量削減(極大)
「なんじゃこれは!!!」
ホルストの叫び声が鍛冶場に響き渡る。
「トウキ殿、その、これ試着しなきゃだめか?」
ルクレスが尋ねてくる。
「いえ、しなくていいですよ。」
さすがにかわいそうなので、「試着できないですよ。」とは言わなかった。
「そ、そうか。よかった。しかし、どうやって勝敗を決めればよいのだ。スペックはトウキ殿だが、装備したいのはホルスト殿だし…。」
「ホルスト、話がある。」
俺はホルストを連れ出す。
「一体何なのだ。」
「実はな……。」
「な、わ、私はそんなことに屈するわけには……。」
俺たちがこそこそしているのを不審に思ったのかルクレスが話しかける。
「トウキ殿、ホルスト殿、どうしたのだ?」
「いや、なんでもない。すぐ行く。」
「そうか。」
―――――――
俺たちは帰りの馬車に揺られていた。
エリカは食べ物を持ってはいない。
ただ、一言、「トウキ分が補給したい。」とだけ言って、俺に寄り添っている。
2ヶ月間ほとんど相手をしてやれなかったからなぁ。
すまん、エリカ。
「ところでトウキ殿、なぜあのあとホルスト殿は自ら負けを認めたのだ。」
「ああ、それか。いや、今度王都に来るときにはルクレスにビキニアーマーを着せてくるって言ったら引き下がったぞ。」
「な、な、な、なにを勝手に約束しておるのだ!!!」
「だってルクレスが『私にできることがあれば手伝おう。』って言ってたから。」
「そ、それはだな!」
そう言ってルクレスが飛び掛かろうとして来る。
馬車が横転しそうになって、御者のおっちゃんに怒られた。




