ただのアホの子じゃなかったんですね
俺たちが…もといエリカがジャングルで激戦?を繰り広げていたころ、王国と帝国の国境地帯では大変なことが起こっていた。
俺たちがジャングルに入ってからすぐ、帝国が王国に対して大規模な攻勢に出てきたのだ。
ルクレスの緊急招集はこのためであった。
帝国軍の猛攻の前に通常装備の王国軍の前線は突破され、幾つもの街が占拠されたそうだ。
…だが、ここは王国であった。
帝国軍の悲運はここからである。
占領した地域では住民が蜂起、手に各々日用品を持って立ち向かっていった。
最初は単なる反乱と高を括っていた帝国軍であったが、次々と敗北の報告が寄せられ、帝国軍は大混乱に陥っていた。
なぜなら、単なる敗北報告ではなく、「フライパンを持った主婦にやられた!」「ヤカンを2つ振り回すおっさんが大量にいる!」「こちらの弓矢がすべてまな板に防がれている!」といった意味不明な敗因であったからだ。
さらなる不運が帝国軍を襲う。
従前より、青髪の英雄として帝国軍内で恐れられていた、ルクレスがパワーアップして帰ってきたのだ。
「ふむ。ざっと8000というところか。」
ルクレスは眼前に布陣する帝国軍主力の一角を一瞥する。
「ルクレス様、どうしますか?」
近衛兵が尋ねる。
「不要な死人を出す必要もないだろう。単騎で行く。」
「はい?さ、さすがにルクレス様でも単騎は…。」
「なに。私はみなと違って魔法も使える。回復しながら戦えば大丈夫だ。」
近衛兵は理解を超えた戦い方を自信満々に語るルクレスに対して、「ああ、昔からどこか抜けてらっしゃったが、ここまでとは…。」と思っていた。
「では、参る。」
「ル、ルクレス様!」
近衛兵が止めるよりも早く、ルクレスは1人敵陣へ突撃していった。
―――――――
「それで私は、次から次に敵を千切っては投げ、千切っては投げしてだな……。トウキ殿、エリカ殿、どうしたのだ?」
自慢げに語るルクレスは視線を2人に移す。
トウキとエリカは肩を寄せ合って震えている。
「えっと、ルクレスはそれで8000人をどうしたの?」
「良く聞いてくれたエリカ殿!そのあと援軍に来た6000と一緒にあの世に送ってやったわ。ははは!」
保身に定評のあるトウキ・エリカ夫婦の行動は素早かった。
「「数々のご無礼お許しください!」」
あのルクレスが1万4千人の敵兵を屠り、未だ血なまぐさい匂いをさせているのだから、2人の行動は当然である。
「な、なぜ2人して私に頭を下げているのだ!あ、頭を上げてくれ!」
なんとか2人の顔を上げさせる。
「け、けど、ルクレス様のそんな活躍は新聞には載っておりませんでしたよ。」
トウキはルクレスの肩を揉みながら尋ねる。
「むう。なぜルクレス様などと呼ぶのだ。それは、私が新聞社にやめてくれと言っているからな。有名になっても動きにくくなるだけだ。」
「よく新聞社の人も聞いてくれますね。権力に噛み付くのが仕事なのに。」
エリカがルクレスに紅茶とケーキを出しながら聞く。
ケーキを差し出す手が震えている。
「おお!ケーキだ!どうしたのだエリカ殿!」
「い、いえ!活躍なさったルクレス様に報いているだけでございます!」
「むむ。若干腑に落ちないが…。いやなに、ここに来る前に王都の新聞社本社に行ってな。お願いしたら快く受け入れてくれたぞ。」
ルクレスはケーキを頬張りながら、嬉しそうに言う。
いや、今の状態なら誰だって言うこと聞くよと思う鍛冶屋の新婚夫婦であった。




