女だって舐めちゃだめ
数日後、ムンブルグ・ジャングルの入り口には2人の女性と1人の男が立っていた。
「こんな暑い中、あんた達、よくそんな格好できるわね。」
2人は全身を覆う甲冑に身を包んでいる。
ジャングルにはあまりにも場違いな格好である。
「はぁ。情けないわねぇ…。」
「すいません。」
俺はエリカに謝る。
結局あの日、散々ごねる俺とジョゼにエリカがキレて、「だったら私が行くわよ!」と宣言した。
さすがにエリカを1人で行かせるわけにも行かないので、俺とジョゼも行くことにした。
そして、虫対策として全身を覆う甲冑を俺は作った。
エリカにも要るかと聞いたが露骨に嫌な顔をされた。
「もっとかわいい鎧にして。」
それだけ言ってエリカは寝てしまった。
今の装備は、俺が甲冑と相棒の泡立て器を、ジョゼが甲冑とレイピア、エリカがビキニアーマーにショートソードそれに指輪だ。
エリカはジャングルでの取り回しの良さを考えて、ショートソードにしている。
俺は剣なんて扱える自信がなかったので、実績のある相棒にした。
出発前、エリカのビキニアーマー姿を披露した時、リセさんが呪詛のようなものを口走っていたが気のせいということにした。
「ねえ、暑いんだから離れてよ。」
エリカを先頭に、俺はエリカの右腕を掴み、ジョゼはエリカの左腕を掴んで探索をしている。
「ジョゼ。エリカが離れろってよ。」
「なっ!トウキさん!私を見捨てるつもりですか!」
「いや、2人とも離れてって言ってるのよ。」
俺たちはジャングルに入ってもう何回目になるのか分からない会話をしていた。
ぶぅ~ん
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
虫の羽音がするとジョゼは狂ったように腕を振り回す。
さすがに俺でもそこまではしないぞ…。
この人どんだけだよ…。
結局1日目は殆んど進めなかった。
さらに、悪循環だったのは、野宿の際ほとんど眠れなかったのである。
虫嫌い勢が。
おかげで日を追うごとに効率は低下し、ブラッドルビーが手に入る場所まで到着したのは当初の予定より大幅に後であった。
「トウキ。」
「はい。」
「工房に帰ったら話があるわ。」
「はい。覚悟はできてます。」
「そう。殊勝ね。」
「いえ。エリカ様のおかげでここまで来れました。」
「よくわかってるじゃない。」
「はい。」
夫婦の立場が完全に決定された瞬間であった。
ちなみにジョゼはここ2日ほどほとんど口を開いていない。
不幸中の幸いは、エリカの装備している指輪が聖剣を基にしているせいか、モンスターに出会うことがなかったことである。
小規模な範囲でモンスター抑制効果が生きているようであった。
こんな状態で戦闘をしたら、大変なことになる。
「あ、トウキ!あれ見て!」
エリカが指差す先には、隆起した地層で綺麗な輝きを放つブラッドルビーであった。
「おお!やっとか!」
「やっとか!じゃないわよ。はあ、これで家に帰れるわ。」
そういうと、エリカはブラッドルビーを採りに行こうとする。
「エリカさん!危ない!」
ジョゼが突然叫ぶ。
その声にエリカが反応して後ろに転ぶようにして退避する。
クケケケケケ!!
気色の悪い音とともに現れたのは、ラビッシュビートルと呼ばれる大型の虫型モンスターである。
このジャングルの主と恐れられるモンスターである。
おそらく、エリカの指輪ではここまで強力なモンスターには効果がないのであろう。
ジョゼは、先頭に立ってレイピアを構えている。
ほんとモンスターと認識していると大丈夫なんだな。
その後ろで、エリカがショートソードを構え、俺が泡立て器を構える。
いやだって、虫も嫌いだし、大型のモンスターなんか戦ったことないし。
……ダメ夫ですいません。
「いきます!」
ジョゼがレイピアを一突きすべく勢い良く飛び出す。
甲冑さえなければ、赤紫の髪がなびいているであろう姿はまさに『紫電』であった。
ぷぅ~ん、ぴと
そのとき1匹の蜂がジョゼの兜にとまる。
それと同時に『紫電』の動きもとまった。
「なんでこんな大事な時に気を失ってるのよ!!!」
そう叫ぶと、エリカは固まったジョゼを突き飛ばして突撃していく。
「役に立たない奴ばっかりね!!!」
エリカが怒りを込めて一撃を放つ。
とても綺麗な一撃であった。
ラビッシュビートルは頭部を深々と切り付けられたことにより、あっけなく撃沈する。
―――――――
「トウキ、お茶。」
「はい。お待ち下さい。」
ワーガルの街に帰ってきた俺はエリカにこき使われていた。
いや、俺はまだよかった。
ジョゼは、今回の情けない結果によって報酬を出さないことをエリカが宣言。
今はリセさんに頼んで虫NGとして依頼をさせてもらっているらしい。
そのせいか、Sランクが遠のいたそう。
「トウキ、遅いわよ。」
「す、すみません!」
「あと、お菓子も。」
「わかりました!」
受難はしばらく続くなと俺が思っていた矢先、工房に1人の訪問者が現れた。
「トウキ殿!やったぞ!修羅の塔への目途がたった!」
血なまぐさい匂いをさせた姫様がそこには立っていた。
多分将来は鍛冶屋の肝っ玉かあちゃんと呼ばれてると思います。




