ある奥様の悩み その①
新婚旅行を終えた俺たちはワーガルへの馬車に揺られていた。
馬車の中ではおいしそうに屋台で買った物を食べるエリカ以外動くものは居なかった。
俺もルクレスもこみ上げる胃のムカつきに堪えていた。
「エリカ…お前…拷問の才能あるよ…。」
「ああ…、王国軍でもこれほどの手練れは見たことがない…。」
ルクレスは心の底からそう思っていた。
「ん?なにが?」
そう言ってエリカがこちらを向く。
「た、頼むから食べ物をこちらに向けないでくれ!香りだけでうんざりだ!」
嫌がるエリカに、馬車で食べればいいからと説得してなんとか帰還できたのである。
ワーガルの街に着くなり、ルクレスは運動して来ると言って、どっかに行ってしまった。
俺たちが工房へと歩いてると、宿屋の前で掃除をする1人の女性と出会った。
「あ、リセさん!」
エリカが駆け出していく。
「あら、エリカちゃん。こんにちは。トウキ君も。」
「はい、こんにちは!」
エリカは元気よく答える。
昔からリセさんは街の少女たちにとってお姉さん的存在であり、エリカもなついている。
「リセさん、今日はどうしたんですか?」
「実家のお手伝いよ。」
宿屋のリセといえば、お嫁さんにしたいランキングで常に1位に居た看板娘である。
すらっとしたスレンダーなプロポーションに、宿屋で培った気立てのよさ、王都の学校で学んだ知的さに街の男たちは魅了されてきた。
今でも2児の母とは思えない美貌である。
「めずらしいですね。リセさんがご実家を手伝っているなんて。」
俺は何となく尋ねる。
「ええ、少しね。」
「悩みですか?よかったら私聞きますよ!」
「そうね。エリカちゃんに聞いてもらいましょうか。」
「うんうん。同じ奥様同士、色々わかると思います。」
「じゃあ、俺は先に帰ってるね。」
そう言ってエリカを残して俺は工房へと戻って行った。
―――――――
「それで悩みって言うのは何なんですか?」
私はリセさんに尋ねる。
「あのね。夫の、フランクのことなの。」
「フランクさんですか?」
いやな予感がする。
「実はね、あの人の武器のことなのよ。」
「は、はい。」
冷や汗が出てきた。
「一時期ヤカン振り回してたでしょ?最初は嫌だったのだけど、彼が生き生きと闘っている姿は王都で出会ったころのあの人に戻ったみたいでとても素敵だったわ。」
ちょっとそれはどうなんだろう…。
「そういえば、王都で知り合ったんですよね。」
「ええ、私は学生で、あの人は王国軍の兵士だったわ。」
「10歳も年上の人と結婚するってなったときは街中大騒ぎでしたもんね。今ではフランクさんと結婚するなら仕方ないって皆さん認めてますけど。」
「そうね。ふふふ。ヤカンのおばちゃんって呼ばれるのも結構好きだったわ。なんか二つ名って感じで。」
「へ、へぇ…。」
この人も大概だなぁ…。
「けど。」
「けど?」
「まな板のおばちゃんだけは耐えられないのよ!!!!」
そう言いながらリセさんは私の胸を鷲掴みにする。
「いだい!ちょ、ホント痛いですよリセさん!」
泣きながら抗議する。
「あ、あら、ごめんなさい。」
「うぅ…、トウキ以外に穢された…。」
まだジンジンする。
「ホントにごめんなさいね。ただ、ちょっと無性に毟りたくなったのよ。」
なんか恐ろしいことをさらっと言ったぞこの人。
「こほん。確かに最近フランクさんはまな板使ってますもんね。」
すいません。それうちの夫のせいなんです。
「ええ、それでなんとかして武器を変えてもらいたくて、今私実家に帰っているんです。まあ、あの人がいないうちにこっそり帰って子ども達の世話をしているので完全にという訳ではないですが。」
「えええええええ!!!」
既に冷や汗で服は背中にべったりとくっついている。
ごめんなさい、いやほんとマジでごめんなさい。
リセさんは突然立ち上がる。
「ちょっとついて来てもらえる?」
はい、私でよければ、どこへなりともお連れ下さい。
リセさんは私を騎士団の訓練場に連れて行った。
「あれを見てくれない。」
そういうとリセさんは一点を指差す。
そこには、頭に鍋を被り、胴にはまな板を括りつけ、手にはヤカンと泡立て器をもったフランクさんが居た。
「あの人、自分が弱いから私が出て行ったと勘違いしてから、ずっとあの恰好なの。さすがの私でもあれは…。」
私は静かにその場でリセさんに土下座した。
フルアーマーフランク




