騎士団長の悩み
ワーガルの街が安定して人々は平穏を取り戻していた。
そんな中1人、悩みを抱えている男がいた。
ワーガル騎士団長のフランクである。
妻のリセとは一時期微妙な関係になっていたが、今では3人目を作るかなどと話し合える仲になっている。
2人の息子は将来騎士団に入ると言って元気にしている。
彼の悩みとは武器についてである。
彼はヤカンのフランクと呼ばれていた。
たしかにこの街一番の鍛冶屋で作ってもらったヤカンは素晴らしかった。
しかしやはり、騎士団長となってまでヤカンというのは、格好が悪い。
街が平穏を取り戻した今こそ武器を新調しようと思っていた。
「トウキはいるか。」
俺はトウキの工房を訪ねた。
「ああ、フランクさん。トウキですね。呼んできます。」
工房の扉を開けると、エリカが工房の掃除をしていた。
仲睦まじいようでなによりである。
「フランクさん、今日はどうしました?ヤカンの不調ですか?」
「い、いや。違うのだ。今日は武器を新調したくてな。さすがにいつまでもヤカンと言うのも…。」
「ああ、やっとですか。てっきりヤカンのことを気に入ってるのかと思ってましたよ。」
「なっ!」
途端に俺は恥ずかしくなった。
よくよく考えてみたら、36歳の男がヤカンを振り廻しているのだ。
それも2つも。
これは控えめに行ってもヤバい。
「ト、トウキ。今すぐ作ってくれ!ヤカンは引き取ってくれ!」
「わ、わかりましたよ。」
俺はヤカンを差し出す。
「それでどのような武器にしましょう。」
「やはり使い慣れたロングソード系がいいな。」
「素材はどうしましょう?」
「ああ、それならこれでお願いする。」
今日はリセの機嫌がよかった。
武器を新調しに行くといったら、いつの間に貯めたのか、かなりの金額を笑顔で持たせてくれた。
そのお金で俺は純度の高い銀を購入していた。
「おお!これはすごい!これなら十分強い武器が作れますよ!」
「そ、そうか。それから、1000万Eなのだが、分割にはできないか?」
「フランクさんならいいですよ。実費だけいただければ。」
「し、しかし…。」
「いいんですよ。」
「で、ではお言葉に甘えさせてもらおう。」
「今ちょっと仕事が立て込んでるので、明日の今頃来てもらえますか?」
「ああ。わかった。」
立て込んでいるのに明日には完成するのか。
つくづく恐ろしい男だ。
翌日俺はトウキの店に武器を受け取りに行った。
今朝は久しぶりにリセが行ってらっしゃいのキスもしてくれた。
いい1日になりそうだ。
工房の扉を開けると、新婚の夫婦が揃って土下座をしていた。
「ど、どうしたんだトウキ、エリカ?」
「誠に申し訳ございませんでした。必ず弁償いたしますのでどうかご容赦ください。」
「夫のことをどうか許してやっていただけませんか。必ず弁償させますので。」
「と、ともかく何があったのだ?」
俺が問い質すと、トウキは銀色に輝く長方形の板を取り出した。
板の端には穴が開いていて握りやすくなっている。
「こ、これは?」
「エリカ。」
「はい。」
トウキに促されてエリカが鑑定をしてくれる。
【シルバーまな板】
攻撃力150
防御力900
抗菌(完全)
水はけ(特大)
傷付防止(完全)
「なんだこれは…。」
「まな板です。」
「いや、トウキ。そうではなくてな…。どうしてこうなったんだ。」
「昨日は私の実家からまな板の注文が来ていたんです。夫婦で一生懸命作っていました。その過程で間違ってフランクさんから預かっていた銀もまな板にしてしまったんです。」
「おいおい。…ま、まあ弁償してくれるならいいさ。このまな板は家で使うよ。」
「いえ、そのまな板不良品なんです。」
「どうして?」
「抗菌作用が強すぎてキノコ類を乗せるとキノコが消えちゃうんです。野菜も水はけのせいですぐに萎びてしまいます。」
頭がクラクラしてきた。
この夫婦はどうなっているんだ。
こいつらと絡むたびに俺の常識が消え去っていく。
どうしたものかと俺が悩んでいると、1人の騎士団員が駆け込んできた。
「ああ!フランクさん、ここに居たんですね!」
「どうしたんだ。」
「大変です!街の外れにロックゴーレムが現れました!」
「なんだと!」
俺はまな板を掴むと走り出した。
街の東側には騎士団員が集結していた。
騎士団員の目線の先には巨体を揺らしながら歩くロックゴーレムが居た。
「どうするよ。」
「たしかロックゴーレムって冒険者ギルドじゃA級指定されてるだろ。なんであんなのがいるんだよ。」
騎士団員は軽い混乱に陥っていた。
「落ち着け。」
そのとき、フランクの低い声が響く。
「団長!」
「俺が行く。」
「し、しかし…。」
「俺だって冒険者ギルドからAランク認定をされているんだ。」
フランクはまな板を片手に前に進む。
フランクを見つけたロックゴーレムは右腕を振り上げる。
「来い。」
まな板を構えつつロックゴーレムを睨み付ける。
ロックゴーレムはフランクと同じくらいの大きさもあるこぶしを振り下ろす。
ゴオォォォォン!!!
鈍い音がこだまする。
騎士団員はフランクが潰されたと思って目をつぶっていた。
恐る恐る目を開けると、フランクはまな板でロックゴーレムの一撃を受け止めていた。
それだけではない。
衝撃に耐えきれなかったロックゴーレムの右腕にはヒビが入っていた。
そして、ゴロゴロと音を立てて右手が崩れ去る。
グゴォォォ!
咆哮を上げながらロックゴーレムは左手でフランクを攻撃する。
が、結果は同じであった。
両腕を失ったロックゴーレムは最後のあがきとばかりに、フランクに対して頭突きをする。
だが、それは失策であった。
まな板に受け止められた結果、ロックゴーレムは頭から崩れ去る。
―――――――
ロックゴーレムとの戦闘を終えた俺はまな板を片手に帰宅した。
なかなかやるじゃないか。
明日トウキの奴にはこれでいいと伝えてやろう。
俺は玄関を開ける。
そこにはリセが待っていてくれた。
その日リセは実家に帰ってしまった。
主人公は冒険者じゃないので、どうしても足りないファンタジー成分はここで補充してくだされ