最初の逸品
俺が店の前に『オーダーメイドでの武器のみ作成します。』という看板を出して既に2ヶ月が経過していた。
客は誰ひとり来ていなかった。
それも当然である。
ワーガルの街は冒険者の街ではない。
武器を必要としているのは自警団の人間か、猟師だけである。
それに、自警団や猟師が鍛冶屋にオーダーメイド品を頼みに行く必要性は薄かった。
自警団は支給された武器があるし、支給された武器はあれだし。
猟師は対人戦を想定していないから市販のものでよかった。
それでも、俺はエリカの店に卸す日用品で十分に生きていけた。
エリカの店は俺の作成する日用品のおかげで、空前の大繁盛であった。
今ではわざわざ遠方の貴族が買い付けに来るほど話題となっていた。
毎日隣は大騒ぎである。
最近はエリカも店の当番が忙しいのかなかなか会えなかった。
いや、べ、別にさびしくなんかないぞ!
…誰に言ってるんだ俺は。
「トウキ、晩御飯つくりに来たわよ。」
それでもエリカは朝昼晩のご飯を作りに来ることはやめなかった。
「おお、ありがとう。けど、エリカも忙しいだろう?別に無理してこなくてもいいんだぞ?ちょっとは休んだらどうだ?」
エリカの栗色の髪は手入れをする暇がないのか、いつものツヤがなかった。
「そうねぇ。たしかに忙しいけど、今最高に楽しいわよ。だって飛ぶように商品が売れるんですもの!」
エリカは笑顔でそういう。
こいつは生粋の商人だな。
「それに、契約としてはトウキの世話の方が先だわ。商人として反故にはできないわ。」
「ふふ。エリカらしい答えだ。じゃあ、早速晩御飯を作ってもらおうかな。」
「ええ、任せて。」
そういって、エリカが2階の台所に行こうとしたときであった。
コンコンコン
「すいません。誰かいらっしゃいますか?」
戸を叩く音と女性の声がした。
「はい。今開けます。」
俺は戸を開けた。
そこには、すらっとした見た目の、この辺りでは珍しい赤紫の髪をした、上下に分かれた鎧を着たいかにも冒険者という女性が立っていた。
「店主さんですか?」
「ええ、鍛冶師のトウキです。」
「そちらは奥様で?」
「は?へ?私?も、もうやだぁー。」
エリカは使い物にならないので俺が紹介する。
「いえ、こちらは隣の道具屋の娘でエリカといいます。妻ではありません。」
それを聞いたエリカは固まってしまった。
「そ、そうですか。それは失礼しました。」
「えっと、お名前は?」
「あ、これはまたまた失礼しました。ジョゼといいます。17歳です。冒険者をしています。といっても駆出しですが。今日は武器を作っていただきたく参りました。」
ジョゼはそういうと頭を下げた。
冒険者にしては礼儀正しいな。
聞いてもいない年齢まで答えてくれた。
冒険者といえどもピンキリである。
人々の羨望を浴びる人もいれば、ゴロツキに毛の生えたようなやつまで様々だ。
冒険者は特別な知識がなくても誰でもなれる職業であるため、粗暴な者も多い。
「ともかく、こんなところではなんですから、奥で話を聞きます。」
俺は工房の奥にある机にジョゼを促した。
「ところでジョゼさんはなぜ私の店に?」
「ジョゼでかまいません。私は隣のシアルドの街出身なのです。それでこの辺りで一番腕のいい鍛冶師は誰かと聞いたら、みなトウキさんのことを教えてくれたので。」
「なるほど。」
「それに、この街の自警団の人たちがトウキさんの作った武器は最高だと話しているのを聞きまして。先日の防衛戦も武器のおかげだと話していました。」
「それはうれしいですね。」
まあ、その通りなんだが。
「では、ジョゼはどんな武器をお望みですか?」
「はい。レイピアが欲しいのです。できればとびっきり強いのがいいです。私駆出しなので、ちょっとでもいい装備にしないとすぐ死んじゃいそうで…。」
「ふむ。素材やお金はありますか?」
「素材はこれでお願いします。我が家の家宝です。父が預けてくれました。お金は10万Eまでなら出せます。」
そういって、ジョゼは持っていた袋から大きな水晶の塊を差し出す。
「これは…。すごいですね…。家宝というだけはある。」
「そうですか?これなら強い武器になりそうですか?」
「ええ、お金も10万Eでいいですよ。」
それを聞いたエリカが俺に耳打ちしてくる。
(ちょっと、何言ってるのよ。トウキの腕なら1000万E以下で受けるべきじゃないわ。)
(バカヤロウ。初めからそんなことしてたら客が来なくなるだろ。ジョゼには宣伝して貰うんだよ。値上げはそれからだよ。)
(あら、トウキも考えてるのね。)
(お前こそ商人だろ。もっと頭使えよ。)
俺たちのやり取りを見ていたジョゼが不安そうに話しかけてくる。
「あ、あの…。なにか問題でも…。」
「いえいえ。大丈夫ですよ。それでは明日の昼ごろにでも取りに来てください。」
「へっ?明日の昼ですか!?」
ジョゼは驚きのあまり大きな声を出す。
「ええ、うちのトウキは凄腕の鍛冶屋ですから。」
エリカが胸を張って答える。
いつから俺はお前の物になったんだよ。
「え、えっと、わかりました。」
半分納得していない様子でジョゼは店を出て行った。
「さあ、エリカは晩御飯つくって。俺はレイピア作るから。」
「はーい。」
俺は早速制作に取り掛かった。
翌日の昼、ジョゼはレイピアを受け取りに来た。
未だに半信半疑といった顔をしている。
「あの…。できましたか?」
「ええ、珠玉の逸品が出来上がりましたよ。」
そういって俺は鞘に入った一振りのレイピアをジョゼに渡す。
ジョゼは驚きながらレイピアを受け取り、鞘から抜くとさらに驚きの顔をした。
「き、綺麗…。」
透き通るような水晶独特の輝きを有するレイピアの刀身はまさに珠玉といってよかった。
「あ、あの。鑑定しても?」
俺の腕を疑っていると勘違いされるのを怖れたのか、許可を求めてくる。
「もちろんです。気に入っていただけるといいのですが。」
ジョゼはレイピアに鑑定をする。
【クリスタルレイピア】
攻撃力 800
魔法耐性(大)
速度上昇(大)
切れ味保持(大)
鑑定結果を見たジョゼは気を失って、そのまま綺麗に真後ろに倒れた。
床に倒れる前に控えていたエリカが受け止める。
気を失いたくなる気持ちは俺にも良くわかる。
完成品をエリカに鑑定してもらったとき、2人でしばらく呆然としたのだから。
そもそも手数の多いレイピアに速度上昇がついて攻撃力800である。
自分の鑑定スキルがおかしいと言われた方がまだ理解できる。
ジョゼはすぐに気を取り戻した。
「はっ!私、疲れていたのかもしれません。」
そういって再度鑑定する。
【クリスタルレイピア】
攻撃力 800
魔法耐性(大)
速度上昇(大)
切れ味保持(大)
「なんどやっても同じですよジョゼさん。」
俺は現実を教えてあげる。
「だ、だってこれ!伝説の武器のレベルじゃないですか!」
君は知らないだろうけど、伝説の武器はそんなもんじゃないよ。
「わ、私10万Eしかないですよ!他に売れる物といったら体くらいしか…。」
そういうとジョゼはうつむいてしまう。
おい、エリカそんなに俺を睨むなよ。
別に俺が要求したわけじゃないんだから。
「お代は10万Eでいいですよ。素材は提供して頂きましたし。私も勉強になりましたから。」
実際、あれほど大きな水晶を加工したのは王都の学校ですらしたことがなかった。
「け、けど…。」
「そうですね。ではこうしましょう。ジョゼ、このレイピアで名声を上げてください。そうすれば私の名声にも繋がりますから。」
「わ、わかりました!私必ずこのレイピアと共に名を上げて見せます!」
ジョゼはそういうと何度も頭を下げて店を出て行った。
「さてあの子どうなるかしらね?」
「うーん。多分あのレイピアあれば活躍できるんじゃない?」
「むしろ活躍しなかったら逆方向に才能あるわね。」
俺はなんであんな子が冒険者をしているのか気になったが、静かにその背中を見送った。




