出会いの場所で別れを……そして
グループ小説、第十九弾!(でいいのかな?)テーマはひと夏の恋。グループ小説でキーワード検索しますと他の先生方の作品を見れますよ〜。
夏休み最終日の正午を少し回った時間に電話が鳴り響く。
両親が外出中でいなかったので俺はゲームを中断して受話器を取る。
「もしもし久瀬です」
「あっ優一? 夏祭りに行かない?」
電話の相手は同級生でクラスメイトの御坂サクヤ。内容は夏祭りの誘いだった。
夏祭りの誘いを受けた俺は少しだけ。いや、多大な期待を寄せながら時間が経過するのを待っていた。
そして約束の時間が訪れ、俺は胸を高鳴らせながら待ち合わせ場所に向かう。
もし二人きりだったらどうしようとかそんなことばかりを考えていたのだが、やはり現実は厳しい。
「お〜来た来た。おせえぞ優一」
待ち合わせ場所に着いた俺を迎えたのは後ろの席の高橋。高橋に続いてクラスメイトが寄ってくる。
例によってクラスの奴ら全員集合のようだ。
本当に仲がいいな。
三十人程の中学生の一団が集結していても誰も不穏に思わないのだろうか。まあ思わないのだろうな。ここはそんな土地だ。
適当にクラスメイトと喋りながら夜店を巡っていると手を掴まれ振り返るとサクヤが息を切らしていた。
「ごめんごめん。はぐれちゃって……ってあれ? みんなは?」
「ん? あれ? 三十秒前までは居たんだけど」
隣にいたはずの高橋達の姿が見えない。まさかはぐれたのか?
「……あたしたちがはぐれたみたいね」
隣で困ったようにサクヤが言った。
俺もサクヤと一緒に辺りを見渡すが夏祭りの人出は凄まじく、右を見ても左を見ても人込みで探し人達は見つからない。
あんな集団すぐに……逆に人が多すぎて解りづらいな。人を隠すなら人の中か。
「こんなことなら集合場所を決めておくべきだったな」
「仕方ないよ。人が多いから……あっ。もうすぐ花火の時間だよ、穴場があるからこっちこっち」
っと。もう少し緩やかに走り出して欲しいな。危うく転ぶところだ。というか他の奴らは探さなくていいのか?
「いいからいいから」
俺の手を掴み走り出したサクヤは浴衣を着ているとは思えない程早く走る。いや、待てよ実は浴衣って動きやすいのかな? 着たことないから解らないけど。
サクヤに連れられて祭りの中心からどんどん離れて行く。
人気のない道を走り、辿り着いた目的地は堤防のある公園。無論、堤防の向こう側に広がるのは海。
穴場とはここだったのか。確かに人はほとんど来ない場所だが、ここから見えるのだろうか。
海と向き合うようにサクヤは堤防の端に座り、足をぶらぶらさせながら隣をポンポンと叩く。
座れ。ということだろうな。
「そういえば、優一と初めて会ったのもここだったね」
あれから三ヶ月か。色々あったような気がするけどあっという間だったなぁ。
「転校して来たばかりの頃は暗かったよね。一目見て思ったもん。あっ暗そうだなって」
最悪な第一印象だな。
「じゃあ、どうして俺に声を掛けたんだよ? この場所で」
「転入生の孤独感を知っているからかな。あたしも転校の経験が何回もあるから。だから優一の話し相手、第一号になろうと思ったんだ……あっ」
花火が空高く舞い上がり弾け、火薬が爆発した大きな音が聞こえた。
どうやら始まったみたいだな。
月が浮かぶ暗闇の海がスクリーンのように空の花火を映し出す。
確かにここは穴場だ。海に映し出された花火は最高の演出とも言える。
「……来年も……また見れればいいのにね」
静かに見入っていたサクヤが独り言のように呟く。
「見れるだろ? 来年になれば。また二人でここから見よう」
「そう……だよね」
サクヤは柔らかい笑顔を作り、俺の手を優しく握った。
俺はと言うと心臓の鼓動がサクヤにまで聞こえないかとかそんなことばかり考えていた。花火が終わるまで……。
2
一つだけ発言権を認めてくれるなら、中学の始業式を夏祭りの次の日にするなと言いたい。
欠伸を噛み締めながら教室に入ると既に登校していたクラスメイトが挨拶をしてきたので俺も挨拶を返す。
この学校に転入した当初はこの挨拶にすら驚いた。このクラスには男女の隔たりがない。
男子は気軽に女子に話し掛け、女子は気軽に男子に話し掛ける。それだけを取れば普通かもしれないが、それがクラス全員規模なのだ。
前に居た学校ではそれぞれ何人かのグループを形成していたし。例外はあるが男子は男子。女子は女子でグループを作りそれ以外のクラスメイトとは滅多に喋らない。
しかし、今の俺がいる学校のクラスには特定のグループなど存在しない。みんな、クラスメイト全員が友達だと思っているし、互いに話したことがない者なんていないだろう。
俺でさえもクラス全員と親しく話しが出来るのだから。
「で? で? 昨日どうだったんだよ?」
俺が席につくなり高橋が目の前に立ち、何か言っている。
昨日? なんのことだ
「とぼけるなって。昨日、サクヤとどうしたんだよ? 二人きりになれただろ」
あぁそうか。なるほどそういう訳か。昨日ははぐれたんじゃなくてクラスの奴らが全員グルだったってことか。
「へへへっ。ご明察。このクラスの奴なら誰だって知ってるからな。お前がサクヤを好きだって。早く告白しろよな」
それはしかるべき手順やステップを踏んでから行おうよ。
「い〜や。お前の奥手には全員が苛立っている。なぁみんな!」
教室を見渡すとクラスメイト全員から注目されていた。
やがてクラスメイトは高橋を中心に告白、告白、こっくはく。と手拍子を始める。
え? なにこれ。いじめですか?
肝心のサクヤが来たら即座に告白しなきゃいけない雰囲気。いや駄目だ! 流されるな!!
突然、教室のドアが勢いよく開け放たれ、告白コールが止む。
俺の所に一直線に駆け寄って来たクラスメイトの鈴木は荒く息を切らしている。
「おはよ。どしたの?」
「優一。落ち着いて聞けよ。いいな?」
訳が解らないが一応頷いておく。
鈴木の様子がおかしいことを感じ取ったのか教室は静寂に包まれる。
「……サクヤが転校するらしいんだ」
「……冗談だろ?」
日頃から鈴木は冗談をよく言うから、思わずそう言っていた。
「マジだって!! 今日サクヤの家の前を通って来たんだけどそん時に聞いたんだよ!!」
少しの間の後。教室中は大騒ぎになり、俺は昨日のサクヤの独り言を思い出していた。
まさか……サクヤ……。俺は未だ空席のサクヤの席を見る。
「騒がしいぞ!! 席につけ!!」
担任が入ってくるなり怒鳴りつけ、渋々それぞれの席に座る。
「センセー! 鈴木君がサクヤさんが転校するというデマを言い触らしています」
「それは今から説明する。え〜。サクヤは親御さんの仕事の都合で転校する事になった。本当は夏休み前には解っていたんだが、本人からの希望で伏せて……久瀬? おいっ! 何処に行く!?」
決まっているだろ。確かめるんだよ。サクヤ本人に。
「久瀬君! 私の自転車、駐輪場の右端!!」
教室を出ていこうとした俺を呼び止め自転車の鍵を投げて来た。
「相川!! 後で覚悟しとけよ! 止まれ、久瀬っ!! 止まれって言ってんだ!!」
俺は鍵を受け取り先生の制止を振り切って走り出した。
上履きのまま外に出て自転車に跨がりペダルを力の限り踏み込む。
目指す場所はサクヤの家。鈴木が言っていたことを確かめる。
3
結果的に鈴木の言葉は真実だった。サクヤの家は既にもぬけの殻で人どころか家具すらない。
庭の窓越しに家の中の様子を確認した俺は思い浮かぶ場所をしらみつぶしに捜す。
神社。公園。駅。町を出る為のバス停。サクヤが案内してくれた道を一人で通り抜ける。
……俺は馬鹿か? サクヤがもうこの町にいるはずないだろう? 今頃は別の学校で挨拶をしているに決まっている。別の……学校で。
自転車を停めて、空を仰ぎ見る。昨日までと同じ色のはずなのにとても哀しく感じるのは俺の心境の変化か……。
気が付いたら頬を涙が伝っていた。
まずいと思ったが、もうどうにもならない。
「うっ……く……うあああああ!!」
初めてサクヤと話した日を思う。町を二人で探索した日を思う。学校で、この町で、遠出をして遊んだ日々を思う。
前の学校でいじめられ、他人を信じられなくなった俺に前を向かせてくれたのはサクヤだ。俺は……本当に……本気でサクヤのことが……。
自転車が倒れる音。通行人が驚き俺を見て囁いている。全部どうでもいい……なにもかも。
人目を気にせずに大声で泣く俺の頭を誰かが撫でてくれる。
「痛いの痛いの飛んでけ〜」
両膝をついてうずくまっている態勢でやっと同じくらいの目線になる小さな子供が立っていた。
「お兄ちゃん。痛いの治ったぁ〜?」
「…………」
純粋な子供の優しさも眼差しも今の俺には欝陶しいだけだ。
怒鳴りそうになるのを堪えて黙り込む。
ここにいると子供に八つ当たりしてしまいそうで。倒れていた自転車を起こして、歩き始めた。
当然のように子供が後をついて来たので自転車に跨がり全力でペダルを漕ぐ。
しばらく夢中で漕いでいたが後ろに子供がいないのを確認するとペダルを漕ぐ速度を緩める。
さて、と。これからどうしよう? 学校に戻っても待っているのは説教だし、間違いなく家にも連絡行ってるだろう。
一人になりたい。一人になれる場所は……あそこしかないよな。
サクヤと初めて会った場所。そしてサクヤと最後に会った場所でもあり、海とも向き合える。
自転車を停め、スタンドを立てた俺は堤防を見上げ、そして心臓が一回だけ大きく跳ねた。
堤防の上には先客がいた。長い髪を風に靡かせ海を見つめているのは、
「サクヤっ!!」
「……来ちゃったのね」
ゆっくりと振り返ったサクヤが俺を見下ろしてくる。逆光のせいで顔がよく見えない。
「ここまで来たら? 海とても綺麗よ」
言われなくても上がるさ。
階段を上り堤防の上に出た俺を迎えたのは広大に広がる青い海。そして陽の光りを浴びた海は銀色にも輝いている。
「学校サボるのはよくないよ」
「お互い様だろう」
静かに笑いながらサクヤは首を横に振った。
「あたしの転校先の学校は九月からだから。まだ夏休み。わがまま言ってあたしだけ電車で行くことにしたの。この場所を胸に刻んでおこうと思ってね」
「どうして……黙ってたんだよ? 俺に。みんなにも……友達なのに!」
少しの間。
「友達だから、余計に別れが辛くなるだけよ」
「違う!! こんな別れ方したら辛いだけだ!! サクヤが転校することを知っていたら……俺も!」
素直に気持ちを打ち明けられたのに。
「何度も転校をしていたんなら、みんなの気持ち解るだろ!? 裏切られたって気持ちが!」
「……そんなの解らないわよっ!」
俯いたまま黙っていたサクヤが顔を上げ、俺を睨みながら吠えるように言った。
「優一こそ何も解ってない!! あたしがどれだけ苦しんだことも知らない癖にっ! あたしが本当は優一のことを好きだって知らない癖にっ!」
「サクヤ……」
「あたしだってみんなとお別れなんて嫌だよ! どうしてあたしだけこんなに転校を繰り返さなければいけないの!? どうしてあたしだけみんなとお別れしなきゃいけないの!? どうして……初めて好きな人が出来たのに……別れないといけないの……?」
抑えていた堰が外れたのかサクヤは涙を零しながら泣きじゃくり始め、俺は思わずサクヤを抱きしめていた。泣き止むまで、ずっと。
「落ち着いた?」
「……うん」
堤防の端に座り、昨日のように海を眺める。
「あたしね。今まで諦めてた転校するのは仕方ないって。でもね今回だけは転校したくないって初めて思った」
「……そっか」
「だから優一には来て欲しくなかった。気持ちを抑えられないから。迷惑掛けちゃって、ごめんね? 迷惑だよね……いなくなるあたしに好きなんて言われて」
堤防から浜辺に飛び降りた俺はサクヤを振り返る。
「サクヤが好きだよ。初めてここで会った日から、今日までずっと……サクヤのことを他の誰よりも大好きだよ。だから」
息を大きく吸い込む。
「俺はぁ!! 御坂サクヤのことが!! 大好きです!! 優柔不断で頼りない俺ですが何年でもここで待ちます!! サクヤが帰って来るまでずっと待っています! ですからぁ!! 俺と付き合って下さい!!」
応援団よりも声を張り上げたと思う。これが今の俺に出来る精一杯。
「……戻って来ないかもしれないよ?」
「待ってるよ」
「忘れちゃうかも……」
「サクヤが忘れたら俺が会いに行く」
「海に入りましょうか」
問い返す間もなくサクヤは着ていたワンピースを脱ぎ始め、俺は咄嗟に顔を背ける。
「振り返って」
「いや……でも……」
「いいから」
ドコドコドコとまるで心臓が太鼓のように鳴り続けている。
意を決して振り返った俺の目に飛び込んだのは予想に反してセパレーツの水着。
「アハハ変な顔。変なこと考えてたんでしょ?」 「っうぐ」
図星である。
「ほらほら。早く」
サクヤに引っ張られ俺は学校の制服のまま、海に飛び込んだ。
泳ぐよりも水を掛け合ったりしていた時のサクヤは楽しそうな笑顔を見せてくれた。
陽が傾き始める頃には俺とサクヤは海から上がり小さな駅のホームのベンチに座っていた。
電車が来るまでの時間、思い出話をしていたのだが、ふと会話が途切れ沈黙が訪れた。
蝉と風の音だけが聞こえる世界は永遠にこのままのような錯覚さえも覚える。
やがて電車がホームに滑り込んでくる。
「少し行ってくるね」
「うん。ずっと待ってるよ」
ドラマのワンシーンのようだった。
夕日に照らされ別れを告げる二人。
もっともドラマではキスをするシーンだろうが、俺達は握手をしただけだった。
「約束を破ったら怒るからねっ!」
「その時は……ケーキ奢るからさ」
「うん……じゃあね!」
電車の扉が閉まり、ゆっくりと加速していく電車を俺はただ見送った。
4
あの夏から三年が経った。俺は中学から高校に進学したが、やっていることは大差ない。
そして今年もまた夏の季節がやってくる。いや……夏は三年前のあの日から、ずっと続いている。今も、あの夏はまだ。
「海。綺麗ですね〜」
「俺もそう思います」
「……こんな所で何をしてるんですか? 海を見ているだけですか?」
「いえ。人を待ってるんですよ。俺とあいつの夏はまだ終わらないから」
夏はまだ終わらない。
三年前から時間の止まった夏は。
もうすぐ動き出すはずだから。
「約束……覚えていてくれたんですね」
「当たり前だろ? おかえり。サクヤ」
「うん。ただいま……優一」
夏は続いて行く。
三年前にこの場所で。
始まったひと夏は。
ずっと。きっと。
これからも。
続いて行くのだから。
Fin
あとがき。どうも。作者です。え〜、恋愛はあまり書いたことがないのでこんな感じでいいのですかね。実はこの作品に辿り着くまでに四本も書いているという事情がありまして。僕は駄目な奴でして。バットエンドは嫌いでしてひと夏……屁理屈こねてみましたが、もうひと夏じゃなくない? と自分で思っていましてつくづく僕は駄目な奴でして。語り出したら止まらないので。この辺で。僕の拙い作品にお時間を割いて頂きましてありがとうございました。他の先生方の作品もご覧になって下さい。僕のなんかよりずっと素晴らしいですよ。では。