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男子校に入ったら彼女も彼女らも皆彼でした

作者: 榊 柊介

 試験に合格して、晴れて高校生。

 桜が舞い、新学期、新生活の始まり!

 なんて、嬉しくてわくわくした気持ちには全然なれなかった。


 「はぁ……」


 なぜだって?

 そりゃそうだろう。

 いろいろ受けてみたが、合格したのは一つだけ。

 しかも、最も合格したくない、男子校だ!


 もういやだよ……これから毎日男性ホルモンの漂う空気の中で生きていくなんて。

 ごめんなさい、お母さん、俺、三年を経ってホモになっちゃったりしたら、許してください。

 マッチョマンに襲われたりしたらどうしよう。ああ、どうしたら……。


 「大丈夫ですよ。しょうは基本的にどの学校にいても男子校とあまり変わらないんですから」


 元気付けのつもりか。

 ため息をつく俺に、隣にいる女子は明るい声を掛けてきた。


 「そりゃそうだろうけど、ほら、気分的に? こう、女性ホルモンがほしいじゃないか。届けなくてもせめて視界にあらんことを……ああ、自分が何言ってるかわからなくなったよ。くそっ、なぜ男子校なんだよぉぉぉ」


 「翔は女子と縁がないですからね」


 「わかってるけどそうはっきり言われるのはやめてくんない? 傷つくから」


 そう。

 俺、水山みずやましょう

 今年十六歳。

 他人と何か違うところがあったら、それはきっと、モテない程度だろう。


 小さいころから、女性は苦手だ。

 いや、女性は俺が苦手と言うべきか。

 仲良くしようとしても、すぐ嫌われる。

 キモいなんてもううんざりするほど言われていた。


 パンツが見えるよって注意したら変態扱いされるし、夏でブラが透けて見えるよって言ったら変態扱いされる。隣の女の子が消しゴムを落として拾ってやったら変態扱いされれば、走って転がってちょうど女子の隣に倒れたらやはり変態扱いされる。

 もうお前ら女子の目に雄全員が変態じゃねぇかと思うぐらい変態扱いされてきた。

 そのせいで、一時期は、「あれ? もしかして俺って、本当の名前は変態かキモいなんじゃね?」ってさえ思った。

 あのときよく鏡の前に、変態くん、キモイくん、なんか変わったなぁってぶつぶつ言ってたぞ。

 最後はお母さんに聞いて、誤解は解いたけど。


 とにかくだ。

 俺は女子にモテない。

 それどころか、敬遠されている。

 せっかく青春の代名詞である高校に入り、今度こそと思ったのに。

 なんと、男子校に入ってしまった。

 神の悪戯ってやつか?

 一応難関校だから、親は嬉しそうにしているけどさ。

 ないだろう。こんなの。


 「うんー、でも、悪いことばかりじゃないと思うよ」


 そこで、隣にいる女子が指を唇に当てて呟いた。

 緒方おがた伊織いおり、俺の唯一の女子友達にして幼馴染だ。

 黒い長髪に黒い瞳。

 整った顔立ちに、細い体つき。


 美人だ。

 そして、俺を変態扱いしない、唯一の女の子。

 大事な友人だ。

 今も、俺を慰めようと、


 「だってほら、男子校に入れば、モテないってバレないじゃないですか」


 ――そっちだったかい!

 やめて、もう傷口に塩を塗らないで。

 なんで学校初日でこんな辛い思いをしなきゃならないのか……。


 うん?

 待てよ。そういや、伊織は俺と同い年だよね。

 つまり彼女も、今日は新学校に行く。

 制服着てるし。

 でも、それじゃ俺について来ていいのか?

 初日遅刻させたら申し訳ないのだが。


 「あの、伊織」


 「はい、なんでしょうか」


 「お前も今日から学校だよね」


 「はい、翔と同じですよ」


 ふむふむ。

 気付いてよかった。

 たぶんあれだな。

 幼稚園時代から、小学、中学までは一緒に登校する習慣なので、今日も一緒に行こうと思ってるんだろう。

 いけないね、今日から俺は男子校に入って、人生の暗黒時代が始まるけど、伊織はどこの高校で人生の文芸復興ルネサンスの一つや二つでも始まるだろう。

 幼馴染だからこそ、それを邪魔してはいかないのだ。

 初日遅刻なんてさせてはいかん。


 「伊織、早く学校に行かないと遅刻するぞ」


 「大丈夫ですよ。方向は一緒ですから」


 「そっか」


 方向が一緒か。

 ならいっか。

 この方向の先には男子校しかない気がするが。

 うんー。

 そういや、伊織の制服。

 なーんか見覚えがあるような。


 「あの、伊織」


 「はい、なんでしょうか」


 「いや、特にないけどさ、お前の制服、俺のと似てない?」


 「はい、これも一種のご縁ですよね。嬉しいです」


 「いやいやいや、そうじゃない気がする」


 でも、そっか。

 制服が一緒か。

 さすが幼馴染ってとこか。

 よくよく見ると、校章も同じなんだが。

 伊織はスカートを履いてるから、大丈夫と思いたいが。


 それより、周囲を見ろ!

 この男の人込み!

 俺はこの中で三年過ごさなければならないとは。

 今からでも体を鍛えて、マッチョマンに襲われても逃げられるように頑張ろっか。

 給食のおばはんさえ可愛く見えちゃったりしたらどうすればいいか……。

 あれ、そういや、もう校門に着いたぞ。


 「あの、伊織」


 「はい、なんでしょうか」


 「もう校門に着いたぞ」


 「そうですね。……肛門に突いたね」


 「か、顔を赤くしながら言うな! 俺が変なことを言ったように見えるじゃねぇか!」


 「ご、ごめんなさい」


 「あー、いや、そんなにしょんぼりしなくても……こちらこそ、大声出して、ごめん」


 「いいえ、大丈夫です。翔もこれから始まる新生活に不安を感じているでしょうから」


 そう思ってくれたのか。

 やっぱり優しいなぁ。伊織は。

 あ、いやいや、それより。


 「この先は学校だから。伊織も自分の学校に行っていいよ。俺は頑張って生きて帰ってくるから」


 「別れみたいなことを言わないでくださいよ」


 「そう言ったって。この先、俺の学校だぞ?」


 「大丈夫ですよ。方向は一緒ですから」


 「いや……だから、一緒だと言っても、もう着いたぞ」


 「……突いた。……やん♡」


 「やん♡、じゃねぇよ! これから「やん♂」ちゃいそうだから、冗談に付き合う気分じゃねぇんだ。はぁ、それよりだ。早く学校行けよ」


 「? もう学校に着きましたけど?」


 言われて、伊織は小首を傾げてきた。

 かわいい……いやそうじゃなくて!


 「着きました?」


 「はい、着きました」


 あ、あれ?

 今なんつった?

 着きましたって?


 だって、ここ、俺の学校だぞ?

 男子校だぞ?

 もしかして、俺はとんでもないことを見逃したじゃないだろうk……いやいやいやないないない。

 もー、そんなわけないじゃないですかー。

 俺ってば、すぐ変なことを考えちゃうよねー。

 ほら、ちゃんと確認すれば、


 「やだなー、それじゃ伊織もこの学校に入ったように聞こえちゃうじゃないですかー。冗談きついぜ」


 「冗談じゃありません。難関校とはいえ、翔と一緒にいるように頑張りましたから」


 ちゃんと確認……すれば……わか……る。

 ――わかってしまったー!

 この子、今、とんでもないこと言ってない?

 頬を膨らませてかわいい顔をして、何かとんでもないこと言ってない?

 いや、そんなまさか。

 きっと男子校にしか合格していないショックから回復しきれないから、聞き間違えただろう。

 ほら、ちゃんと確認すれば、


 「やだな。それじゃ伊織は男に聞こえちゃうじゃないですか。冗談きついぜ」


 「男ですよ? 一応」


 ……。


 うんー。


 ……。


 うん。


 そっか、男か。


 俺の中から、何かが砕け散った音がしますけど。

 それ、心じゃね?


 いやー。

 友達歴十数年、唯一の女子友達にして大事な幼馴染だった伊織が。

 なんということでしょう。


 「あれ? もしかして、ずっと知りませんでしたか? 私は男ってこと」


 ――上の二つがなく、下の一本を持っている男に。


 最悪のビフォーアンドアフター。

 もう、俺は何も信じない。



     ♂



 男子校。

 それは、男子を対象にする学校。

 ウィキペディア先生もそう言っている。

 つまり、そこの生徒は男子しかいないし、先生など教職員を除いたら男子しかいない、男子以外はありえない雄の巣窟。

 ……のはずだった。


 素直に聞こう。

 男子校は何ぞや。

 揺れるスカート、柔らかい声、細い体。

 何より、この女子特有の匂い。

 そんなものに充満される空間の中、俺一人が世界に取り残されたと感じる。


 一体何があった?

 俺昨日の夜、元の世界に似たような異世界に転移でもされたのか?

 それとも俺の知らないところで、何らかの変革が行われたのか?

 わからない、解せぬ、理解に苦しむ。

 いやだって、

 周囲の生徒、半分は女子に見えるぞ。


 別に女子と一緒じゃ嫌なわけじゃないよ? むしろ女子と同じクラスなら大歓迎ですよ。

 だけどさ、なんというか。

 その人達は彼女らではなく、彼らだから、困るんだ。

 ある意味ではマッチョマンよりも恐ろしい存在だぞ!

 一度魂を売ればもうまともにいられないぐらいやばいぞ!


 なぜ男だとわかってるって?

 そりゃあ、聞いたからよ。


 あの、すんません、えっとですね、あなた方の性別についてですね、ぜひ教えて頂きたいんですが、よろしければって一人一人。

 そこで彼らはなんと返事してきたかわかる?

 あら、男ですよ。見れば分かるじゃないですか、変なのってくすくす笑いながら返事してきたんだぞ!

 危うく惚れちゃうところなんだぞ!

 そもそも見れば分からないから聞いてるのに、なぜ皆が当然のような顔ができるの?

 ねー誰か教えてくれ! 頼む、三十円あげるから。


 「翔は、始業式終わってから、ずっと男の娘に声を掛けてますね。ちょっとヤキモチ焼いちゃう」


 それになぜか、伊織はご機嫌斜めだ。

 おかしい、男子に声を掛けただけなのに。


 「い、いや、一応確認したいじゃないか。いろいろと、ね」


 「確認も何も、ここは男子校ですよ。女子がいるわけないじゃないですか」


 そう! そこ! 女子がいるわけないのに、それ以上にありえないものがいるのが問題!

 そしてこの状況を怪しむのは俺一人だけなのはもはやピンチレベル!

 今すぐ国に対処を求めようと報告すべき!


 と、頭を抱えるところに。

 一人の女子が勢いよく突っ込んできた。

 食パンをくわえながら。

 やばい避けない!

 ていうかあれ女子じゃないしたぶんだけど男子だし!

 なんでよりにもよってここでこんなお約束が起こ――


 「翔危ない!」


 一瞬。

 視線さえ追いつけない一瞬。

 伊織は俺の前に出た。


 突っ込んできた男の娘の手を掴んで、

 その勢いを利用して、

 美しいフォームで、

 男の娘を地面に容赦なく叩き付けた。


 空手できるんだ。知らなかった。


 「い、痛い! 急に何すんの!」


 「ごめんなさい。突然突っ込んできたので、翔に性欲でも抱いたらどうしようと思ったら、つい……」


 「は? 翔?」


 「はい、こちらの素敵なお方です」


 「なんで私はそんなのに性欲を抱かなきゃなんないの? お前頭大丈夫!?」


 「女の子を翔に近付かせないのは私の使命ですから」


 「男なんだけど」


 「類女性も同じです」


 類女性って。

 類人猿の親戚か何かか?

 いや、それより。


 「い、伊織さんや」


 「はい、男ですよ」


 「そんなもん聞いてねぇよ!」


 「あれ? だって、私は男だと知ってから、平均三十秒ぐらい一度聞きますから、てっきり」


 「すんげぇショックを受けたからな!」


 と、バカじゃないのと悪口を叩きながら去っていく女……男子生徒をよそに、俺は伊織に問題を投げる。

 彼女の言葉から察した違和感。

 そこから導き出した、無視できない推測。


 「いいか、聞くぞ。ちゃんと答えろよ」


 「はい、もちろんです」


 「伊織、お前さっき、女の子を翔に近付かせないのは私の使命ですからって言ってなかった?」


 「言いましたね。あ、しかしそれはあくまで義務であり使命ですから、感謝の言葉はいりませんよ。どうしてもというなら、こ、行動ででも……」


 「それって」


 伊織の発言を無視し、先に進む。

 いや本当、大事なことだから。


 「俺は幼稚園に入ってから、ずっと女性に嫌われてきたのは、五十パーセントは伊織のせい?」


 「百パーセントは私のおかげですね」


 なんてこった!

 裏切り者はすぐ傍にいったのだ!

 伊織は男、この男子校に男の娘がいっぱいいると知った今なら、もう何も怖くないと思ったら。

 まさかまたショックを受けたとは。

 ギネス世界記録はこういう類のものを扱っていないのかな。


 「もう、翔ったら、そんな顔しなくても離れたりはしませんよ」


 いや、そうじゃないんだ。

 絶望の顔をしているけど、そうじゃないんだ。


 「さ、行こう。同じクラスですから、これからも、よろしくお願いしますね」


 本っ当にかわいい笑顔で、伊織はそう言うと、俺の手を引いて前に走り出した。

 あっ、これ、青春っぽい!

 伊織は男だと知らなかった俺なら、そう思ったところだろう。

 だが、今の俺は、もう考えることを諦めた。

 ……この状況について、もう何も考えたくないから。



     ♂



 翌日。

 寝起きの気分は最悪だ。

 できればこのまま眠り続けたい。

 具体的に言えば三年ぐらい眠り続けたい。

 今日も学校と思ったら気が重くて仕方がない。


 あ、そういや、同じ学校だから、今日も伊織が迎えてくるね。

 早くしなきゃ。

 妙な性別になってしまったようだけど、友達は友達だ。

 俺の女子にモテない原因でもあるけど、友達は友達だ。

 ぼんやりと思いながら、支度を終え、朝食を済ませると家を出る。


 そして、そこに彼j……彼が立っていた。

 伊織じゃない、彼だ。

 名前は知らないが、一度会ったことがある。

 そう。

 昨日食パンを咥えて突っ込んできて伊織に地面に叩きつけられた人だ。


 美しい赤い長髪。

 宝石のような赤い瞳。

 細い体に白い肌。

 身長が俺の肩ぐらいか。


 しかし、いいスタイルとは裏腹に。

 全体的に不機嫌ですと言っているような雰囲気。

 明らかに俺を見下す顔。

 刺々しい視線。

 なんだろう。俺は何かしたか。


 「えっと、すいません。昨日伊織があんなことを……」


 「そんなことどうでもいいだろう」


 あ、すげぇ怒ってる。

 どうしよう。ここで伊織を待って、俺の家の前でバトルでもするつもりか。

 平和な街は戦場と化かすのか。


 「何を考えているようだけど、脳みそが足りないなら無理すんな。みっともない」


 などと考えると、ひどいことを言われた。

 泣いていい?


 「ああ、そうだ。教えてやるけど、お前の男、今日来ないよ」


 俺の男?

 何その忌々しい響き。

 あ、伊織のことか?

 えっ? 来ないって、どういうこと?

 もうやっちゃったの? 今から俺もやられちゃうの?

 さ、させんぞ!


 「だから、脳みそが足りないなら余計に考えるな」


 「こ、これでも難関校に受けたからね!?」


 「あっそ。すごいすごい」


 涙目になった俺に、あっけなく言ってきた。

 視線さえ逸らされた。

 さっきからいじめられっぱなしだけど、やはり昨日のことを根に持っているだろうか。


 「まあいい、とりあえず知ってることを教えてやる。ボクも時間がないんでね」


 ボクっ子だ!

 いや、男だけど。


 「言っとくけど、こんなんのになってしまったからボクを使ったんだから、元々は自分のことを俺で言うんだ」


 「そっか。ってえええぇ!? お、おま」


 「は? 何驚いてんだ?」


 「いや、だってお前」


 こ、こいつ、さっきの話を聞くと。

 こんなんのになってしまったの一言を聞くと。


 「お前、男の娘状態がおかしいって自覚、持っているのか」


 「当たり前だろうが。それでもお前も女のふりにさせてやろうか」


 「いや、それは遠慮して頂ければかと……」


 至って不機嫌な態度で見下ろしながら、彼は話を先に進めた。


 「とりあえず、順に説明するけど、一度しか言わない。ちゃんと聞け」


 「あ、はい」


 「まずは自己紹介。ボクは赤星。どう呼ぶか好きにしろ」


 赤星か。

 好きにしろと言ったから、お言葉甘えて赤星たんとか呼んだら面白そうだ。

 いや、好きにしろと言っても、変な呼び方をしても何もしないと言っていない。

 たんと言ったら、たんにされるかもしれない。

 危なかった。危うく死ぬところだった。


 「それから、二点。一つ、今日伊織ってやつは来ない。彼女にお前はすでに学校に向かっていると錯覚させたんだから」


 え? 錯覚した?


 「もう一つ、お前昨日学校で見たあれ、伊織の仕業よ」


 「ほうほう」


 そっか。伊織の仕業か。

 ってえぇぇぇ!


 「伊織の仕業!? どどどどいうこと!?」


 「うっせ黙れ! 説明するから」


 問おうと寄せた俺を嫌悪な表情で押しのける。

 やっぱ嫌われているな。


 「単刀直入に言う。伊織には世界を変える力を持っているんだ。学校に男の娘ばかりのも彼の仕業だ」


 世界を変える力?

 伊織が?

 この子、マンガ読みすぎじゃないか。

 真剣なことを話していると思ったが、なんだ。ただの廚二病患者か。

 なるほどね。それならやけに威圧的な態度も納得できる。

 ここは一丁付き合ってやろうじゃないか。


 「な、なんだと、世界を変える力だと(棒読み)」


 「……舐めてんの?」


 「えっ。あ、いや。なんかすんません」


 すげぇ殺気!

 殺気がなんなんのかいまいちわかっていない俺でも、肌で感じた氷のようなあれが殺気だとわかるほどだ。


 「信じてくれるのもくれないのもお前の自由だけど、よけ考えろ。昨日学校で見た状態。あれは普通だと思っているのか? それでもイベントだと思っているのか? まさかあれは異常事態じゃないと思っていないよね」


 思ってないよ?

 受け入れかけたのは確かなんだけど。

 でも、冷静に考えれば赤星の言ってることもわかる。

 男の娘なんて、アニメや漫画には出てくるけど、リアルであんな完成度の高い、女より女らしい男の娘がいるなど、それも男子校の半分も占めるなど、おかしい。

 異常事態と言っていい。

 あまりふざけた状況だから実感がないが、周囲のものはあんな状態を異常だと思わない中、俺と赤星だけが違和感を感じているなど。

 非日常的な何かに巻き込まれたと思ったほうが自然だろう。

 だがそれでも、気になることがある。


 「それって、伊織と何の関係が? 世界を変える力と言ったけど」


 「薄々感づいたと思ったが、伊織の気持ちは、世界に変化をもたらす。彼自身は気付いていないらしいけどね。で、今度の事件だけど、お前が原因だ」


 「お、俺!?」


 「お前が男子校に受けてからずっと伊織に愚痴を聞かせるから、彼は何とかしようとしたんだ。けど、あくまで無意識で発動した力、大勢の性別を変えることができず、最後はこんな中途半端の状態になったのよ」


 ちょっと、信じがたい話。

 俺の疑問も分かるのか、赤星は大きくため息一つついて、説明を続けた。


 「考えてみろ。お前はいつも発情期の猿みたいに女に近付こうとしたのに、嫌われたばかりだ。伊織の妨害もあったとはいえ、それほどの数の女性だ。中に一人もお前のことを嫌がらない人がいないのはおかしい」


 「おかしいだよね! 絶対におかしいだよね!」


 自分も笑っているか泣いているかわからない声を出した。

 仕方ないだろう。そんなことをあっさりと言われたんだから。


 「だが、それは伊織の力によるものなら、説明もできる。理解したか。伊織が望むことは、どんな形であろうと、ある程度に叶われる。今のボクの状態もそうね」


 俺の心の叫びに耳を傾けず、赤星は話を続けた。


 「これで状況は理解したか」


 「理解した……と思う」


 「なら、今一度聞く」


 相変わらず見下ろす形で、俺に視線を向けてきた。

 見られるだけで火傷しそうな錯覚を覚えるほど、赤い瞳だ。

 すごいプレッシャー。


 「ボクに協力して、この状況を変わるか、男の娘にメロメロされたか、選べ!」


 なん、だと!

 俺、このままだと、男の娘にメロメロされたのか。

 魂を売り、性別など知らんの勢いであれやこれをするのか。

 いや、逆に言えば、人としての何かを諦めたらあこやこれもできるというわけだが……ああ! ダメだ! 悪魔のささやきに耳を貸すな!

 悪魔退散!


 「き、きききょ、きょう――今日はいい天気ですね~」


 「は?」


 なぜだ! なぜ協力すると言い出せなかった!

 もう俺は女じゃなくても、女に見えるならそれでいい羽目になったのか!


 「言っとくけど、メロメロはされるけど、お前は相変わらず嫌われるぞ。類女性でも許さないって伊織昨日言っただろう」


 「微力ながら協力させて頂きます」


 違うよ?

 歪んだ世界を正すために決心がついただけなのよ?

 決して男に振られるのは嫌だからじゃないよ?

 振られるのは嫌だけどさ。違うよ?

 そんなの認めないよ?

 こうして、俺は赤星と事件の解決に取り掛かることになった。



     ♂



 さて、

 目的は男の娘を男性に戻すこと。

 解決方法について、赤星からの提案が一つ。

 俺は男子校でも大丈夫、女性などいなくても気にしないこと伊織にわからせることだ。

 そもそも、こうなった原因は俺が文句を言い続けたことにある。

 そんな俺の願いを叶えようと、伊織が無意識に能力を発動したのだ。

 なら、解決しようとしたら、根本的な問題に手をつけるほうが合理的だ。

 案が決まれば、残りは行動に移すだけだ。

 よし行くぞ!


 【朝授業前】


 目標:普通の男子生徒。

 やること:仲良くなる。(伊織に見せるため)


 「ヘーブラザー、元気ないね~、放課後でハッピーなパーリィでも行ってみよーぜ     ♂」


 「な……っ! や、やめろぉぉ! いきなり抱きつくなぁぁぁ!」


 「つっめたいなー、照れないで一緒に楽しもうぜ」


 「だ、だれか助けてぇぇぇぇぇぇ!」


 と、肩を組んでところどころのアクセントを強くしてみたが、なぜか逃げられた。

 ――失敗。


 【休み時間】


 目標:普通の男子生徒。

 やること:仲良くなる。(伊織に見せるため)


 「あ、あの、優くん、ですよね」


 「えっ? あ、はい」


 「話があるの。あの、その……放課後、体育館裏に来てくださいっ!」


 「は? えっと、ちょっと時間がないというかなんというか。俺、そういう趣味じゃないんだ」


 と、できるだけ丁寧に話しかけてみたが、困った顔で断られた。

 ――失敗。


 【お昼休み】


 目標:男の娘。

 やること:別に男のままでもいいと気付かせる。(伊織に見せるため)


 「やぁ、一緒に男同士の会話をしましょうか」


 「うん? どうしたの?」


 「いや、別に。あ、その大胸筋、すごいですね。普段はどうやって鍛えたのですか」


 「えっ?」


 「ちょっと触って見てもいい?」


 「ゃ……やー! 変態!」


 と、男同士のつもりで接触してみたが、頬を叩かれた。

 ――失敗。


 【放課後】


 俺を目標にした相手:外国人っぽいマッチョマン。

 やられたこと:声を掛けられた。


 「オー! ブラザー、キミが|ショウ(翔)かい」


 「えっ? そうですが、どなたですか」


 「キミと|同じ世界(♂♂♂♂)のモノさ。どうだい、一緒にアレやコレをしてみないかい? タノシイぞ」


 「い、いやー、ちょっと時間がないというかなんというか。俺、そういう趣味じゃないんだ」


 「オー、恥ずかしがり屋め。一日中あんなに情熱的なのに、カワイイね。ダイジョウブだぜ。オレが手取り足取りオシエテヤルゼ」


 「え? あっ、ちょ、こ、こっちこないでー! や、やめぇ、やめろぉぉぉぉぉ!」


 と、抵抗してみたが強引に連れられて……最後は赤星がマッチョマンの顔に回し蹴りを食らわせたおかげで助かった。

 ――(マッチョマンが)失敗してよかった


 そんなんこんなんで、一日が過ぎた。

 俺は夕日の中で項垂れて、赤星に呆れたような目で見下ろされている。


 「お前、空回りってそんなに楽しい?」


 「楽しいわけないだろう!?」


 「あっそ、つまり単なるバカだね」


 バカってなによバカって!

 と、言い返したいんだが、ちょっと自信がなくなってきた。


 「はぁ、とりあえず、このままじゃダメだね。男の娘はともかく、男性のクラスメイトもうまくやれないなんて、予想外だ」


 「なんか、すいません」


 「……ボクに謝るより、親に謝ったほうがいいじゃないか」


 「それってどういう意味!?」


 「……」


 「ちょっと返事して!」


 俺の存在は親に謝らなければならないものなの!?

 泣くぞ! 本当に泣くぞ!


 「まーそう焦るな。まだ手が残ってるから」


 俺の涙目をないものにし、赤星は遠くの景色に目をやり、次の案を言い出した。

 なーんだ。別の案があったら最初から言――


 「お前、伊織に告しろ」


 ……わなきゃいのに。

 あー知らなーい、俺、何も聞こえなかったー。

 耳を塞いでるからなにも聞こえなかったー!


 「できなきゃさっきの筋肉を十人連れてお前の家に行くから」


 「水山翔、只今参ります! ミッションスタート!」


 脅かされて、すぐ敬礼し飛び出そう……んなわけねぇだろうが!


 「えっと、ちょっと待って。本当にやるの?」


 「伊織はお前が好きだから、お前が告したら能力の作動対象は別のことになるんだよ。そもそも、お前がうまくやれなかったからだろうが。最初から解決してくれればこんな羽目にならなくてすむなのに」


 「俺のせい!? 俺のせいなの!? おかしいだろう!」


 「うっせ。お前のせいも何も、お前がいなきゃこんな状況にはならなかったよ」


 ぐ……そう言われたら。

 確かに、伊織は俺の願いを叶えようとしたから、今の事態になった。

 や、でもでも、伊織ってあんなんでも、男性だよ?

 男の娘という、女性に見える男性だよ?

 告白したら、俺の人生もこの事態と一緒に終わりそうな気がするが、それって絶対気のせいじゃないって、俺だってちゃんとわかってるよ?

 確かに俺の引き起こした事態だけどさー、なんかこう、他の解決策が……


 「もしもし? あ、はい。筋肉モンスター十匹。えっ? おまけ五匹くれるの? じゃそれで、うん、侵略性があればあるほど、あとは」


 赤星は携帯の向こうに何かを注文している。


 「待てぇぇぇ! やる、やるから、告しちゃうから、止めてくれぇぇ!」


 「えー」


 「がっかりした顔すんな!」


 かくして、俺は伊織に告白することになってしまった。



     ♂



 翌日。

 新生活始まって三日目。

 もういっそこのまま世界に終末をもたらさないかと思いながらも、重い体を起こす。

 いろいろ準備を終えて、家を出ると、伊織が待っているのが見えた。

 赤星は今日、影で俺を観察するらしい。

 ま、やるか。

 筋肉モンスターと伊織、どっちを選ぶのは言うまでもないだろう。

 母さん、ごめんさない、僕、今日魂を売るの。


 「どうしましたの? 元気なさそうな顔して」


 「いや、なんでもない」


 伊織は上体を前に傾げ、上目遣いで覗いてきた。

 性別を考えなければ、かわいい仕草だ。

 性別を考えなければ。

 あれ? それって、性別を考えなければ、俺も告るのに拒まないってこと?

 どうせやるなら、苦痛なき終わり方が望ましい。

 よし、決めた。

 これから伊織は女の子だ。そうしよう。


 「あの、伊織さん」


 「はい、翔くん」


 俺に合わせて、伊織も微笑んで丁寧に言ってきた。


 「あのさ、今日だけど、放課後だね。た、た……たい、体育館裏で待っても、いい?」


 「えっ?」


 俺の言葉を聞くと、伊織はきょとんとした様子で小首を傾げた。

 そして、二秒。

 意味を理解したのか、ふと足を止めた。


 「そ、それって……!」


 かわいい顔も、一瞬に赤く染まった。

 同時に、俺もこの事件の終わりと、人生のある意味の終わりが来たと悟った。


 その日、俺は授業に集中することなく、ただぼーと教壇を眺めるだけだった。

 途中で赤星は連絡して来たらしいが、それを構う気分じゃなかった。

 決意したとはいえ、完全に受け入れるのに時間が必須だ。

 伊織の反応から見れば、確実にイケるだろう。

 イケないことなのに、イケる。

 いや、考えまい。


 そう、伊織は女の子だ。

 あの棒があっても女の子だ。

 そもそも、棒があれば女の子じゃないって誰が決めた?

 考えてみれば納得できる、伊織は女の子だ。

 ただちょっと特殊の装備を装着しているだけだ。

 よし、彼じゃない。彼女だ。


 あれこれ考えると、ついに下校のベルが鳴った。

 俺は伊織より早く教室から出て、体育館裏に一直線。


 この学校の体育館裏に、一本の桜の木がある。

 告白の名所、とは言わない。

 なぜなら、ここは男子校だ。

 生徒同士の告白イベントなんて、滅多にないのだ。

 だが、その桜の木は今日、告白シーンの役割をしてもらう。


 背を幹に預け、体育館から見られないように待つ。

 顔を見ると、決心が揺らぐからな。

 今は冷静だ。

 冷静さを保つんだ。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、ってそうじゃなくて!


 と、自分にツッコミを入れたとき。

 足跡が近付いてきたのが聞こえた。

 まずい! 心の準備がまだ!

 ええい、まあよ。


 「待って。あそこに話を聞いてほしいんだ」


 足跡がぴたっと止まった。

 よし、このまま話を続けるんだ。

 なーに、相手は伊織だ。

 拒絶されるなんてありえん。

 大胆に行こう。


 「俺さ、実はずっと前からお前のことを見ているんだ。ずっと言えないけどね」


 そう、そう!

 よくやってくれたじゃない!

 やー、原稿を書いて、練習までした甲斐があったよ。

 ていうか、さっきの声イケボすぎじゃね? 苦笑混じりなんてマジやばくね?

 俺の声だと信じられねぇわ。


 「元々はさ、この気持ちは伝わらないと思ってた。けど、高校に入って、バラバラになっちゃったらどうしようって、ずっと悩んでた」


 「……」


 「だから、一緒の学校に入ったって聞いたとき、俺は、嬉しくて、こう、なんというか、嬉しくてしょうがないんだ」


 ここまでは順調だ。

 まさかこんな告白っぽいことを言えるなんて、俺、天才かもしれんな。

 後は原稿のように最後まで言えばオッケーだ。

 イケる。

 事件は解決した同然だ。


 「でも、嬉しいと同時に、思ったんだ。もし、本当にバラバラになったらどうしようって。ああなったら、俺はきっと、後悔するだろう。なぜ本当の気持ちを言わずに隠したって。そして、君の傍に俺の代わりの人物がいたら、俺はきっと、悲しいだろう」


 さあ、ラストダンス。

 後一押し。

 決めセリフを言い出す。それですべては終わる。

 だが俺は慢心しない。

 成功の確率を高めるために、最後は、彼女の視覚を、聴覚を、触覚を同時に刺激を与えるんだ。


 「だから、俺は決めたんだ。俺の気持ちを、言わなければならない。君に言わなきゃならないんだ」


 そう。

 後は桜の木から出て、桜吹雪の中で、彼女を抱き締める。

 同時に、最後の一言を告げる。


 「俺は」


 うまく行くのだ。

 決める。

 よし翔、決めてこい!


 「君のことがす――」


 「スパシーバ」


 「えっ?」


 ろ、ロシア語?

 ていうかこれ、ロシア人じゃない?

 あ……ちょっと待って。

 状況確認をさせてもらおう。


 俺は確かに伊織とここで待ち会わせるように約束した。

 けどここ、伊織の姿が見えない。

 つまり、俺の渾身の告白を聞いたのは、目の前の者達だ。

 なるほどね。


 で、人違いはわかった。

 問題は、相手は俺の言うことは彼らに対するものだと思い込んだらしい。

 顔を赤くして、嬉しくも恥ずかしそうな様子からはっきりとわかる。


 いや、別に類女性なら大丈夫だよ。

 ほら、伊織に告白すると決めたし、今の俺はある意味で無敵と言ってもいい。

 でもさ、こういう意味の無敵じゃないんだ。

 うんー、はい。はっきり言おう。

 俺の渾身の告白を聞いたのは、筋肉の化け物だ。

 少なく二十人があろう、マッチョマンの集団だ。


 「オー、アイアムハッピー」


 「そんじゃ、一緒に遊びに行こうぜ、ハニー」


 「オレもキミのことをずっと見てきたんだ」


 「アレもコレもしてくれるよな」


 「気持ちはわかった。では、一緒に新世界に行きましょう」


 迫ってきたムキムキとした光景。

 それは、心の奥底の恐怖を蘇る。


 「――い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の意識は、そこで途絶えた。



     ♂



 翌日。

 俺はベッドから体を起こすと、一枚の紙切れが目に入った。

 赤星からのメッセージだ。

 内容はとても短い。


 【事件は一応解決したけど】


 それだけだ。

 あいまいな口調は気になるが。

 解決は解決だ。

 俺の努力は無駄じゃないということだ。

 昨日のあの後、大切なものを失った気がするが、思い出せない。

 思い出したくない気持ちが強く感じるだけだ。


 でも、解決したか。

 これでいいんだ。

 これで、俺の普通の高校生活が始まるんだ。

 女の子がないけど。

 類女性がないだけでありがたく思える。

 これは、贅沢を言わないことだろう。


 そんな想いを抱えながら、俺は支度を終え、家を出た。

 今日もまた、伊織が迎えてくれるんだろう。

 昨日の告白は失敗に終わったけど、事件は解決したって赤星が言ったんだ。

 なら、告白が失敗したのはむしろ好都合だ。

 これからもいい幼馴染でいよう。

 少なくとも、俺はそう思う。

 そう、思ってた。


 「オー、ブラザー、今日は元気? あなたのイオリが迎えてきたぜ。さー、一緒に学校に行こう! いやイっちゃおう」


 「……」


 目の前に立つのは、マッチョマンになった伊織だ。

 いや、イオリだ。

 行こうつーても、逝こうの気分だ。


 ああ、そういや、赤星が言ってたな。

 伊織は事実を変える力があるって。

 つまり、昨日、彼女は俺がマッチョマンの群れに告白したシーンを見た。

 それで俺の趣味を勘違いして、それを合わせようと無意識に力を発動したんだな。

 赤星はあんなあいまいな口調でメッセージをくれたわけだ。


 「さー、どうした翔。恥ずかしがらないで、腕でも組もうじゃないか」


 試験に合格して、晴れて高校生。

 桜が舞い、新学期、新生活の始まり!

 なんて、嬉しくてわくわくした気持ちには全然なれなかった。


 なぜだって?

 そりゃそうだろう。

 いろいろ受けてみたが、合格したのは男の娘がいっぱいいる学校だけ。

 しかも、それをようやく解決したと思ったら、こんなことになったんだから。


 「ヨー、翔だ」


 「翔が来たぜ」


 「パーリィの始まりだぜ」


 俺は、筋肉モンスターが充満する学校の前に、再び気を失った。


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