愚か
時間が経ち、月が沈み、日が昇る。夜が明けたのだ。
「今日はこのぐらいにしておくか。」
「うん……あり……がと。」
そう言って瞳は地面に倒れこむ。そこからは穏やかな寝息が聞こえてきた。優介はため息をつく。しかし、その瞳への視線には、不思議とマイナスな感情はないように見えた。
「やれやれ。こいつの部屋って……分かんねえな。」
優介は考えを巡らす。
「俺の部屋に運んでもいいんだがな……またあのユウシャになんか言われそうだしな。」
優介は何かを決めたように、顔を上げた。
「よし、見張りの兵士に任せよう。俺も楽だし……ん?」
この面倒臭がりの元勇者は、階段から降りてくる一人の人間の気配を感じ取った。優介が最も会いたくないと思っているであろう人物の気配を。
「よりにもよって、運がない。」
「何でお前と姉ちゃんが一緒にいるんだ!?」
訓練用の剣を持って、光田廉は練兵場へと入ってきた。倒れている瞳を見て、何を察したのか、優介を睨みつける。
「まあいいか。おい、ユウシャ。こいつ部屋まで連れて帰ってやれ。」
「姉ちゃんに何をした!」
「……はあ。」
昨日の件もあり、廉の怒りはついに頂点に達していた。そのまま手に持っていた剣を、両手でしっかりと握り、優介へと突進した。恐らく訓練を王との話が終わった後、していたののだろう。その剣は素人のそれとは異なっている。
「くらえ!」
その廉の剣が振り上げられ、優介へと振り下ろされようとした時、廉は突然後ろに飛んで距離をとった。
「お前さ……剣を人に向ける意味わかってるのか?」
廉の足は小刻みに震えていた。当たり前だ。廉は日常生活では絶対に受けないもの、殺気を受けているのだから。それもとびきり濃いものを、だ。
「それをそんな風に使っていいのは、人に向け、人に向けられる覚悟を持った者だけだ。お前にそれがあるのか?」
「何を……」
「ないだろ? だからこんな殺気に怯える。姉のためでも動けない。なぜかって? 自分が死ぬのが怖いからだ。」
優介は再び鍛錬に使った、剣を出した。作り出した、という方が自然だろう。そして、一歩廉に近づく。
「お前は愚かだ。そしてもう一つ聞かせてやるよ。」
優介は剣を廉に向けた。明らかな敵意を持って。
「お前はあまりにも愚かだ。予知しよう。お前は必ずいつか姉の足を引っ張り、姉を殺すことになる。」
「なに……!?」
「戦う力も、考える頭もないのならいっそのこと、どこかでただ怯えているがいい。自分の死にな。」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」
本当の子供のように廉は反論する。しかし、廉でも気づいているのだ。優介の言葉には嘘はない。優介は本気でそうなると思っているのだ。そして、その言葉に僅かに納得している自分がいることにも。
「黙れよ!」
廉はその全てを振り払うかのように、もう一度優介へと突進した。滅茶苦茶に走り、滅茶苦茶に剣を振った。しかし、優介が一二歩動くだけで、それらは全て避けられてしまう。それでも振り続ける。
そのうちの一撃を優介は初めて剣で受け止める。廉はさらに剣を振ろうとする。その刹那、廉には聞こえていた。
「改めて言おう……お前は、愚かだ。」
優介が剣を廉には見えない速度で一閃。すると廉の剣は粉々になった。廉は地面に膝をついた。
「一応言っておくが、俺はお前の姉には何もしていない。ただ眠っているだけだ。部屋にでも連れて帰ってやるんだな。」
優介はそう言って、練兵場の出口へと歩き始める。最後に何かを言いたげに、瞳へと視線を向けた。しばらくすると、今度こそ優介は練兵場を出ていくのだった。元勇者はユウシャのことなど、目に入れていなかった。