目と右腕
優介が部屋を出ていき、しばらく経つと廉と瞳も王の部屋から出た。
「いやー本当にすごいよな。姉ちゃん。本当に異世界にいるんだぜ。」
廉は用意された部屋に入るなり、瞳に話しかけた。
「姉ちゃん? 窓の外ずっと見てどうかしたの?」
「……あ。ごめんね。少し考え事をしてたの。」
瞳はハッとしたように振り返って返事をする。瞳が見ていた窓の外には美しい城下町が広がっていた。
「考え事ってなに?」
「ええとね。きっとこの街にはすごくたくさんの人がいるのよね。」
「すっごく広い街だもんなー。それがどうかしたの?」
廉は首をかしげた。
「いえ、何でもないわ。」
瞳はもう一度だけ窓の方を振り返った。
「きっと他の街にも……たくさんの人がいるんでしょうね。」
その瞳のつぶやきは廉には聞こえなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
時間が経ち、この世界がにも夜が来る。月明りが窓から差し込む真夜中の城は、見張り以外は寝ているか、兵舎へと帰っており、誰もいないかのように静まりかえっている。
その城の階段を優介は音も立てずに下へと進んでいた。優介が向かう先は城の地下に作られた練兵場である。大した広さではないが誰もいなければそこは一人での鍛錬に適していた。だからこそ優介もこの時間を選んだのである。
練兵場へと入った優介は明かりも使わず、どこからか取り出した剣を片手で持って振り始めた。優介がやっているのは素振りというより剣舞、というのが正しいだろう。その剣舞はとても洗練されていた。とてつもない時間、剣を振った者だけができる動きだろう。それを止める事なく優介は声を練兵場に響かせた。
「何の用だ。」
「それはもちろん、あなたと話すためよ。」
練兵場の暗闇から歩いてきた瞳は優介の声に応えた。
「俺以外に夜目が利く奴がいたとはな。」
「昔から目はいいの。それよりも。」
瞳は優介の剣が当たる間際の際どい位置に立った。
「知りたいの。だから聞かせて……あなたが、過去に何を見て、何をしたのか。」
「……なるほどな。まあ大体は察していた。だがな。」
優介は剣を振るのを突然やめた。
「俺がそれを素直にお前に話すような良い人だとでも?」
優介の剣が瞳へと向けられた。さっき当たらないギリギリの場所に居たのだから、当然剣先は瞳の目の前へと来る。
「ここで俺がお前を斬らないという保証はないだろう。」
「あなたが良い人かどうかは知らない。まだほとんど話した事ないもの。……でも。」
瞳は一歩前へ進んだ。剣身が瞳に当たる。
「あなたは今ここで私を斬るつもりはない。そうでしょう?」
全く迷わず行動した瞳を見て、優介は剣を下ろした。
「流石に俺もお前にここまで言われて茶番を続ける気はない、が。」
そこで優介は初めて瞳の方をしっかりと見て話した。
「お前、刃物とか向けられたことあったのか。」
「ないわ。」
優介は軽く鼻を鳴らした。
「それでよく決断できたものだな。」
「だってあなたの右腕、上手く動かないんじゃない?
「さて、何のことだ?」
優介はまたとぼける。だが、今回は王の時と違って優介は話を変えず、瞳の言葉を待った。瞳の考えを聞くつもりなのだ。それはこの世界に優介が召喚されて初めて、優介が他人に興味を示しているということだった。
「王様みたいに誤魔化される気はないわ。」
瞳はそう言って優介の挑戦を受ける。
「あなたの剣をさっきから見てたわ。すごく長い時間振ってきたんでしょうね。素人の私でもわかる。」
「それがどうした?」
「それでもあなたの剣はたまに不自然になる。そしてそうなったのは右手で剣を振っていた時。最初に会った時にもおかしいと思ったの。あなたは歩く時に僅かに右腕の動きが不自然だった。」
瞳は息を軽く吸って、吐いた。自分の考えを確かめるかのように。
「もう一度言うわ。あなたの右手はうまく動いていない。言ったでしょ、目は良いって。」
「降参……だな。」
そう言いながらも優介の表情にはわずかな笑みが見えた。
「さて、じゃあ軽くお返しをしよう。」
優介は瞳をしばらく見つめる。
「聴覚が8割ほどに弱ってるな。それが目がいい理由ってとこか?」
瞳はため息をついた。
「やっぱり分かってしまうのね。」
「この程度は魔力視を使えば容易いことだ。さて、そろそろ話を本題に移そう。」
優介はそう言って剣を手放す。剣は地面へと倒れる寸前光の粒子となって消滅した。しかし、反対に光の玉が出現したかと思うと、空中に浮かび練兵場を照らした。
「まず、自己紹介だけしようか。」
「話してもらっていいの?」
優介は再び鼻を鳴らす。
「元々隠す事に大した意味はない。それにお前に話しておけば後々楽になりそうだからな。」
優介は床を軽く払うと座り込んだ。
「俺の名は影田優介。召喚されたのは2回目だ。わかりやすく言えば勇者と言われて戦い、死にかけた男だ。話は長くなる。お前も座った方がいいと俺は思うぞ。」