王への要求
「名乗る必要は無い」
優介の声はその場の空気を凍りつかせた。
少し時間が経ち、優介以外の全員が今の言葉を改めて理解する。廉の目はさらに優介を睨みつけ、王は何かを悩んだように険しい顔をした。瞳だけが静かに優介を見つめていた。
「さて、そこのユウシャは置いておいて王、お前にいい話をしてやろう。」
「なんだ。」
王はその優介の話を険しい顔のまま聞こうとする。
「さっきは色々と言ったがな。俺は別にそんな悪人になろうっていう訳じゃない。目の前に死にそうな人とかがいるならある程度は助けるだろうな。俺が信用できる奴ならだが。」
「我にそれを示せと? 何が望みだ?」
優介はその王の返事を聞いて不敵な笑みをもらした。
「何がおかしいのだ?」
「いや? さっきのおめでたい話し方よりもこちらの方が俺には信用しやすいんもんでな。」
しかし、そこまで優介を睨みながら聞いていた廉も、ついに怒りが頂点に達した。
「だからなんでお前はそんなに偉そ」
「お前、さっきからうるさいぞ。」
優介はそう言って廉の言葉を遮り、指を廉の方へ向けた。すると突然廉の足元に淡く光る線で紋章が描かれた。
「無音」
優介がこう唱えると紋章の光が一瞬強まり、消えた。それと同時に廉は何か言いたげに口を動かした。しかし、彼の声が聞こえる事はなかった。その弟の様子に流石の瞳も取り乱した。
「あなた……廉に一体何を!?」
「安心しろよ。話が終わるまで黙らせただけだ。さて話を戻そうか、王。」
今までの様子を見ていた王は、驚愕の表情を浮かべていた。しかし、王が驚愕したのは廉が声を発せなくなった事にではない。優介がそれを使えること、そしてその能力にだ。
「貴殿は一体何者なのだ……?」
「さて、なんだろうな。」
優介は適当にとぼけている。別にバレたところで特に問題もないが、優介はそもそも人に自分のことをあまり明かすきはないのである。
「俺が求めるのは平等な関係だ。俺がお前らに力を貸せば、お前らもその分俺に礼をしてもらう。ギブアンドテイクっていうやつだ。ああ、これでは分からないんだったな。」
「要求は主には何をするのだ。」
「そこを確認するのは正しいな。俺が要求するのは多少の金銭や寝食、今はそれ以外にないな。」
王はそれを聞いてさらに驚きを露わにした。
「そんなもので構わないのか。」
「俺が求めるのは対等な関係だ。一方的に搾取したりするのは柄じゃないしな。ああ、悪い。あとこの国の図書とかが閲覧できる場所と鍛錬できる場所が欲しいな。」
王はそれを聞いて今までの不安などが解消されて、胸をなでおろしていた。
「ああ、あと一つだけ。恐らくあんたは俺を誰かを使って監視するだろう。」
「そんな事は……」
王の否定に優介は首を横に振った。
「いいや、する。逆にしないような能無しと手を組むつもりはない。こんな信用できない奴、放置してたら何をするか分からないからな。」
「……すまない。」
「詫びる必要はない。俺が言いたかったのは俺はいくら監視されても構わないという事だ。」
「なに?」
優介は肩をすくめる。
「生憎だが、そこまで大それた事はするつもりはないんでな。そんな力もない。これで俺の話は終わりだ。」
「分かった。下がるがいい。すぐに部屋を用意しよう。」
王に言われ、優介は部屋を後にしようとしたが、何かを思い出したように立ち止まった。
「ああ、そういえば。」
未だに声を発せていない廉へと指を向ける。今度現れた紋章はさっきよりも優しい光を放ったように見えた。
「解呪」
「……! はぁ、声……出てる!」
優介は次に何かを言われる前に素早く部屋を出た。
「何なんだよ……あいつ。」
廉は声が出ることに安堵しながらも優介への怒りを口にした。
瞳はまた、ただ静かに優介を見つめていた。