トトとドロシア
挿絵のイラストは、このお話のための描き下ろしです。
白らんでいく世界の中、上を見上げながらそれは呟いた。
「あーぁ そうかそうか 今日はここまでなのか…」
そしてそれは、ふいっとこちらに顔を向け、こちらに向かって手を差し伸べた。
「本当はね 本当はね、もっともっと奥にある、はじまりの女神の所まで行きたかったのだけれども、どうも夢から醒める頃合いのようだ。さぁさぁ あなた様を【現実】へと送りましょう。」
そうか、ここは夢だったか…
急な幕引きに些か物足りなさを感じながらも
世界を見渡し、余韻に浸りながら促されるままに
私はそいつの 手を とった
しっとりとした感触を手に感じ、ぼんやりしてしまっていた意識をはっきりさせた。
先ほどまでのこいつとの会話の内容が頭の中を駆け巡る中
そいつは最後の言葉を発した。
「次の夢ではこれに名前をちょうだいね。」
声につられ、手から顔へと視線を上げると
恍惚として、なんともとろけた表情でこちらを見つめる眼と目が合った。
そして、視界はホワイトアウトした。
窓から朝日が、部屋へと差し込み
夜の冷えた空気がほのかに暖められ始めていた。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
なぜが寝汗をぐっしょりとかいていた。
何か…手を握って歩いたような…そんな夢を見ていたような…
ジリリリリリリリ…
目覚ましの音に思考を中断された。
「んんー、シャワー浴びて学校いくか…」
伸びながら独り言ち、朝の支度へと取り掛かった。
一日のやる事を終え、いつもならネットサーフィンをして眠気を呼ぶのだが…
今日はどうにもそんな気分じゃない。
ベッドへ入れば自然と夢へと旅立てる気がした。
夢へと落ちていく
視界がブラックアウトした後に
今度は段々と黒い靄が晴れてきた…
そして そこには…
「やっとやっと お出ましだ! さぁさぁ これに名前を…
「その前に一ついいか⁉」
目の前に現れたそいつの喋りに被せるように私は叫び詰め寄った。
「お前は人型の【瓦礫】だな⁉ そして私を騙して命をとったんだろう⁉」
私は夢に落ちてから、徐々に昨夜に記憶が戻り始めた。
起きている時にはこちらで過ごした記憶がスッポリ抜けていたおかげで、違和感なくいつも通りに過ごしてしまっていた。
「いやいや 騙してなんていないさ。ただ、言わないことはあったけれど。それにそれに、命をとったなんて…夢から覚めて、そしてまたここに居て、あなた様は死んでなんていないでしょ?
落ち着いて 落ち着いて」
どうどうとするようにこちらに手を向けた。
「ふむ、確かに…では、なんであんな脅しをしたんだ?」
一呼吸置いて、少し冷静になってそいつをキッと睨み上げた。
全部説明しないと許さないぞ、と視線で語る。
少々気圧された様子で、そつは説明を始めた。
「これはね、他の【瓦礫】にあなた様を取られるたくなかったのさ。それに、嘘では無いでしょう?〝生きている時間″を観る為に使うということは、〝命の時間″をそれに割くということになるでしょう?」
「じゃあ命を吸いとるって言っていたのは、時間を使うってこと?死ぬわけじゃないんだな?」
「勿論だとも!折角見つけたあなた様に死んで貰っては困る!
ねぇねぇ それよりも、本当は用意できているのでしょう?」
私ににこにこと微笑みながらねだるようにこちらに顔近づけてきたそいつに
幼い子のように、口をとがらせ不貞腐れながら私は呟いた。
「…トト…」
にんまりと口角を上げ、昨夜のようにとろけた笑みをみせたそいつは
更に強請った。
「字も、あるでしょう?」
渋々私は答える。
「戸戸-トト-だよ。お前の躰はどっかに繋がる扉みたいだし、同じ言葉を繰り返すまどろっこしい喋り方するから、同じ音を重ねた…。そういえば、お前話し方が変わってないか?」
噛みしめるように、「とと…トト…」とふやけながら呟いていたそいつは、こちらの質問に喜々としながら答えた。
「そこまで考えてくれるなんて、あなた様からの愛を感じるなぁ。ぼくはあなた様を【IN THE DARK】に招くための門の役割だったんだ。話し方はね、少しでもあなた様の気を引きたかったし、繰り返す音は記憶に残りやすいだろう?
ぼくに名前がついた今、ぼくの存在は【白と黒の瓦礫】から【名のある住人】となって、確固たるものとなった。あなた様がまどろっこしいと思う話し方をする必要なんてないだろう?」
「愛ってなんだよ…。私は得体の知れないものを愛したりなんかしない。」
思わず口走った。その言葉に、トトはしゅんとして黙ってしまった。
嫌われたくない、弁解したいけど、その言葉で更に嫌われてしまったら…と考えてうだうだしているのが見てとれる。
愛するなんて大それたこと、昨夜会ったばかりのこいつに思うなんておかしいだろ?
それに恋愛なんてした事も、興味を持ったことすらないんだ。
そう思いながら、私はトトから視線を逸らして言った。
「…トトとは、友人くらいにはなれるかもな…」
そうすると、トトの表情はぱぁっと一気に明るくなった。
「友愛!それでもいいよ、あなた様がぼくといてくれるなら!」
とても強い執着を感じるが…だけど私も満更でもなく思ってしまった。
「友人として、〝あなた様″呼ばわりは如何なものだろう。私の名前は 泥川 紫庵だ。好きに呼んでくれていい。」
そう伝えると、トトは一瞬動きを止めると、惚けたように囁いた。
「どろかわ…しあん…。そのお名前は、この世界で初めて知ったのはぼくだし、これからもぼくだけのものだ…。」
少し考えるそぶりを見せたトトは、閃いたと言わんばかりに勢いよくこちらをみて言った。
「ドロシア!この世界であなた様は、ドロシアと名乗って?そして他のものがいる時にはぼくもそう呼ぼう!」
喜々として言い放ち、スキップをしながら私の手をとりトトは更に続けた。
「ドロシア、さぁさぁ まだ案内したりないよ。
今宵も白と黒の【瓦礫】が蠢く【IN THE DARK】を旅しよう。
分からない事は何でも聞いて?そして、もっともっと世界を知って!」
とてもとても嬉しそうにしているトトに、私は呆れたそぶりをしながらも口角が上がってしまっていた。
わざとやっていたと言っていた喋り方も、興奮してしまって戻っている。
何度もしているうちに染みついてしまったそれは、きっと私の気を引きたい時にでるのだろう。
そして、〝もっともっと知って″は〝もっともっと愛して″と言っているように聞こえた。
毎夜思い出しながら、この闇を闊歩するのも悪くはないか。
そう思う私は、十分にトトとこの世界に絆されている。
その事に気づかないふりをして、トトとドロシア…まるで魔法の国を旅した一匹と少女のようだな、なんて思いながら、私は皮膚のようなフリルの向こう側へと飛び込んだ。