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ダブルベッドはブルー

作者: 森下冬子

今日は俺の腐れ縁の子の買い物に付き合うために家まで彼女が俺の家まで迎えに来てくれた。ベッドのシーツが一枚欲しいっていうんだよ。全く、いい大人がそれぐらい自分で選んで買えないのかよ。


「久しぶりね、すぐそこの家具屋さんに行くだけだからすぐ着いちゃうけど。買うもの決まったら。車に積んで食事でもしましょ、付き合ってくれたお礼に私がおごってあげるから。」


「よぉ、元気か。ほぉ、なかなかだな。最近は化粧するようになったんだな綺麗だな。」


「アハハ、ドキッとした?女の化粧ぐらいでびっくりしてちゃだめだよ。」


そうして彼女のクーパーで俺たちは家具屋まで10分程度の道のりを下らん久々のバカトークで盛り上がった。

そんなこんなであっという間に家具屋についたわけだ。

本当に近いな。


駐車場から小雨の中急ぐわけでも雨を気にするわけでもなくお互いニコニコしながら入口に入っていった。


家具の木材の匂い、この匂い俺好きだな。


結構おしゃれな棚や机椅子がこれでもかってぐらい並んでいた。


店の側面には様々な仕様のクローゼットがびっしり、木製の時計や食器を入れる棚も凄い。


ベッドも未来的なデザインのものからお城にありそうなダブルの超豪華仕様のもの、伝統的な飴色のイギリスの童話に出てきそうなものまでびっくりするぐらいの品揃えだ。

アンティーク調の照明もコーナーの一角にこれでもかという位につり下がっていた。


「すげえな、まさかこんなに家具置いてあるなんて想像以上だ。」


「ねぇ、私も初めて来たんだけど。ちょっと圧倒されちゃう。でも私が探してるのはベッドシーツとかカヴァーなんだけどね。」


中学だったかななぁこいつが俺の音楽の話に食いついてきていろんな話をするようになってとても仲良くなったのは。


俺は女の子と話すのがあまり得意じゃなくてどうなるんだろうと思ったけど、こいつと話しているときはとても楽しかったし、時には静かに落ちつけた。


そんな関係がずっと続いて大人に成ってもまだ続いてる、不思議だった。


「どんなカヴァーがいいの?」


「私寝造が悪いから広いダブルの奴で、色はブルーとかその辺がいいけど。ちょっと相談に乗ってほしくて。」


「ブルーがいいの?なんかもっと暖色系かと思ったんだけど。」


「まあ、だからその辺はあんたの意見が欲しいんだけど。」


木製の店の床をハイヒールがコツコツと鳴らす。


触れたり離れたり掠ったり空を切ったり、時には思い切って引っ付いて写真を撮ったり、一緒に飯を食って映画を見て車でくだらない話をたくさんして。 


でもそれが俺たちの距離感だと思っていた、それがお互い一番気持ちのいい場所だと。


それだけ濃密に付き合ってきたにもかかわらず俺たちにロマンスといえるような決定的なことってなくて、恋人でもなく友達でもなく、じゃあ親友かと訊かれればますますわからない。 


でも、きっとこいつもどこかで俺を意識しているんじゃないかと何の確信もないけどそう思っていた。


間違いないのはお互いの事はよく知っているという事だった、昔からの付き合いだから向こうも照れ屋だしあまり距離を詰められるのが苦手なんだとわかっていた。


だから俺もあえて距離を縮めようとせず、今こうしてこいつと楽しい時間を過ごせればいいと思っていた。


「左から順に番号がついてるね、色が違うんだね寸法はみんな同じみたいだからこの中から選べばどれでもサイズは合うと思うんだけど。」


「あのうっすい桜色のシーツはどう?結構くどくなく上品でいい感じだと思うんだけど。」


「うーん、もっと茶色とか薄い緑とかの方がいいのかも。」


「でも、それなんかあんまり女の子っぽくないな。」


言葉なんていらない、二人の想いが同じなら俺はそんな形式にこだわらない。だから構えずにこいつとずっと一緒にいることができた、恋というかそれもしっくりこない表現なのかな。


いつからか彼女は俺のそばにいて当たり前だと思っていたし彼女も言葉には出さないがそれを望んでいるような気がしていた。


だって、俺と一緒にいる時のこいつは本当に楽しそうで、嘘偽りのない無垢な笑顔を沢山くれるんだ、お互い完全に自然体の中になっていた。


俺が嫌だったらこいつはこんな風に笑えない、俺だってこいつの前だから遠慮なく笑えるし本音も言える、時には髪触れたり撫でたりもする、でもそれぐらいそれで俺達には十分だと思っていたんだ。


ベッドカヴァーのおいてあるコーナーに来たやはり沢山の品ぞろえだ、そしてその横にはダブルのベッドがおいてあり、ご自由にお試しくださいと書いてある。


「わ、ダブルのお姫様が寝てるベッドみたい。ねえ、寝てみようよ。」


「えっ、俺と?う、うん」


「なに照れてんのよ、ほら。」


俺は半ば強引に彼女にベッドの上に倒され。その俺の横に彼女のが寝ころんだ。

柔らかいベッドだ、寝心地もさぞいいだろう。


お試のベッドの上でお互い見つめあい、俺は異常なまでにドキドキした。


その時、俺は決めたんだ。

けじめ付けたい。今日彼女にちゃんと俺の恋人になって欲しいって、そう言おうって。


やることはそうそう変わらないのかもしれないけど、急にこいつの事を俺のものにしたくなった。

お互い間合いの探り合いはもう止してバリアを解いて抱きしめあいたい。


真剣に彼女になってほしいと思った。


お互い大好きなのは昔から知ってる。

問題はお互いを男女として見られるかどうかってことなんだ。


彼女も満更じゃないんじゃないかと、昔も今もそう感じていた。


だから、お互いがはっきり男女だということを意識しても尚、好きと思えるか知りたいんだ。


ごまかしてきたけど、俺たちの大好きの想いの中には男と女としての大好きも含まれているのかと

それを、今すぐにでも確かめたい。


それともやっぱり彼女はなあなあがいいのだろうか、だとしても、彼女が俺の事本当はどう思ってるかはっきり聴きたい。


距離を詰めるということは自分にとってとても勇気が要ることだった。


けど・・・。


「なあ、お前とは本当に沢山いろんなところ行ったよな、俺はどれも楽しくて時間を忘れたよ。」


「そうだね、楽しかったよね。こんなに笑わせてくれる男の人がいるんだって楽しかった。」


「そうかそれは何よりだな。」


俺たちはベッドの上で上体を起こした。


俺は彼女の顔をじっと見つめて真剣な表情をした。


「あのさ、俺そろそろいいかなと、はっきりさせたくて思ってたんだけど。」

とうとう言ってしまうのか。



しかし彼女はそれを遮るように言葉を重ねた。



「面白かったよねありがとう。あの実は私ね、二か月前に彼氏できたの。私は彼の事が大好き。今まで出会った誰よりも男らしくて私は安心して心を委ねられるの。」



え・・・?



「だから今日はね、彼氏の家のベッドの敷布選びに来たのよ、だから男の人の意見が欲しくて。でもそんなの頼めるのアンタしかいなくて。アンタほど信頼のおける人はいないから。」



彼氏できたの


彼氏・・できたの・・・



違った。


俺の大好きも曖昧だったがこの瞬間とうとうはっきりした、彼女の事を女として好きだったんだと。


もうどうしようもないくらいに。


それは彼女も同じで俺の事を好きだとばかり思っていた。距離感もお互いシャイで近づけないだけだと思っていた。


あの笑顔は何だったのか、あの楽しい時間は何だったのか。




俺は彼女にとって何だったのか・・・。




バカだ、俺は。

勝手に予想してその予想が大外れで、俺は本当にダサくて最低だ。。


そのあとは彼女の言葉など殆ど頭の中に入ってこず。

うん、そうなんだ、良かったじゃん、その三つを棒読みで繰り返すだけだった。



「ねぇ・・・、どうしたの、怒ってるの?」



「怒ってない、なら彼氏と買いに来ればよかったんじゃない?」



「彼今日は忙しいっていうし、私は明日から忙しいし今日しかなくて。だからあんたに手伝ってほしいなって。」



何それ?お前らが使うベッドのシーツ俺に選ばせるの?

俺も勘違いしてバカみたいで問題あるけど。


酷いんだな、酷いよ、俺の気持ち考えたことある?

 


「そう・・・・いや、俺ってお前にとって何だったのかなぁって・・・考えてたんだよ。俺はお前にとって都合のいい男だったのかなって。だとしたらあんな素敵な笑顔しないでほしかった。」



予想外の言葉に彼女は相当びっくりしたようだった。

 


「え、なにいってんのよ、そんなことないわよ!楽しかったしあなたは私に沢山の元気をくれた、大切な友人で一番信頼してる人で、私だってあんたの事本当に大好きだけ・・・・」



俺の言葉にはもう生気がなかった。



「もういい、もう・・聴きたくない。シーツの色だったらやっぱり2番の薄いブルーがいいと思うよ。ごめん、具合悪いから俺もう帰るわ。」


そんな大好きなんて、いらないよ


俺の体からさっきまで滾っていた情熱がどんどん抜けていきあっという間に氷河の国までワープしてしまったかのようだった。


どうしてこうまで冷たい。


確かに俺とお前は同じスピードでお互いの事が好きで人生を歩んできた、でも今日気づいた。


スピードが同じでも俺たちはお互いいつの間にか違う方向に走っていたことに。

そのことに彼女もまた気づくだろうか。いいやそれはたぶん気づかない。これから新しい道を進んでいく彼女にはそんなことを考える余裕なんてものはどこにもないはずだから。


そうだよ、俺の慢心がいけなかったんだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。雨降ってるよ。送っていくから。」


「もう・・・本当いいから、関わらないで。俺はおまえを・・・。ごめんしばらく会いたくない。」


俺はそのまま彼女を振り切って走って入口を出て霧雨の中猛ダッシュで濡れたアスファルトの匂いを沢山吸いながら、少し泣いたその涙が霧雨に混じって横に流れた。



このまま彼女との思い出を墨汁かなんかで真っ暗に塗りつぶしてやりたい気分だった。



単純な事だ。


同じ時、同じ空間を共有してもお互い違う気持ちでいただけの事で、俺と彼女の大好きの意味合い、そのベクトルが違っていただけ、ただそれだけの事だったんだ。


俺さえわからなかった、本当に彼女の事を女として好きなのか。


でもやっぱり好きだったんだよな。


あいつの事、俺は解ったつもりでいた。


でも違った、俺は何もわかっちゃいなかったんだ。

そして彼女も同じく俺の事なんて何もわかってなかった。


もっと前に素直になれたら違ったのかな。


牛丼でも食べて帰ろうか。

きっと少ししょっぱいだろうな。


つゆだくにしてもらおう・・・。

 


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