第五 両眼鏡と神槍
いつも読んで頂きありがとうございます。
神乱流をかむらんと読みを当てていましたが『かむらる』が正しいので訂正しました。申し訳ありません。
第五 両眼鏡と神槍です。
第五 両眼鏡と神槍
世界中の人間が全て集まったかの様だった。見渡す限り、地平線の彼方まで人々が綺麗な四角形の隊列を組んで整然と行進していた。
先頭の四角形の隊列は、黄金色にキラキラ光っている。巨大な金色の竜の隊列だった。
金色の竜種。それは今では伝説となってしまった。遥かな伝説の竜種の帝国を築き上げていたと言うゴールドドラゴン種だ。
竜種には竜仙郷に多くの竜の王国がある。それは今では伝説となってしまった竜種達が隠れるようにして作っている小さな王国群だった。
その王国群には、ラーサイオンの炎龍や青姫が騎乗している黒曜竜、シルバーゴラゴンなどの伝説的な竜種が寄り集まって小さな王国を形成し、侵略神の目から逃れるようにして生きてきたのだ。その中にゴールドドラゴン種の王国も築かれていた。
しかし彼らはそのゴールドドラゴン王国の住人ではない、アールが使役する第五使徒神龍帝ギランデスの配下の聖霊達なのだ。数は五十万騎もいる。一際大きい先頭の竜が、第五使徒神龍帝ギランデスだった。
神龍帝ギランデスの背に乗るのは、アールティンカー・マキシミリアン王とサーリ王妃だ。
彼等の左右の黄金竜には、メイア・スライサイドとヨランダード・ラールカライド公爵、フリンツ・ホップル、ツウラ・トウサなどの大将軍が一緒だった。
この数年で、アールを始め彼ら十一人が集まるのは初めてだった。
「皆、元気か?」
アールが皆に嬉しそうに手を振った。彼はあれからより逞しい青年王となった。
世界最大の王国の国王になったが、全く尊大な雰囲気はない。気さくな若者と言う感じは変わらない。
気さくな彼には誰も最敬礼などしない。青姫などはアールの首根っこにしがみついて行ったのは、ラーサイオンと変わらない。
勢いの良すぎるスピードで、アールに飛びついた青姫はそのまま、アールをひっくり返していまうのではと危惧した者もいるかもしれないが、アールはサーリと手をつないでいない方の手で青姫をひょいと抱えてしまう。鮮やかなものだ。
飛び込んできた青姫を大歓迎してサーリもアールの手に抱き上げられた青姫に抱きついていった。
アールと青姫とサーリが団子のようになって大笑いしている。
「レイライト、サーリ元気?」青姫が叫んでいる。
紫姫も、ラーサイオンも、エルシアも、ヨロンドンも皆集まってきて大騒ぎになる。
彼等の姿を皆が微笑ましく見守る。この十一人が全世界を救った。あまりにも有名な話だ。すでに伝説にすらなっている。
AGAは、キンデンブルドラゴンハイツを滅ぼすだけでなく、世界各地で恐ろしい驚異を振りまいている。彼らが強く恐ろしければ恐ろしいほどに十一人の勇者の偉業が引き立つのだ。
ひとしきり、皆が集まってワイワイ言っていたが魔獣に乗った魔人女帝エルシアがアール達の乗る第五使徒神龍帝ギランデスの近くに寄って行った。
「さっきから気になってるんですが、あの者達が顔につけているのはなんですか? それにあちらの歩兵たちは皆同じ長い槍を持っていますね? あの槍の穂先には強い魔力を感じます」
魔神女帝のエルシアがゴールドドラゴンの背に乗るライダー達がつけているメガネと彼らと並列する歩兵達が持つ長い槍を指差して訪ねた。
「さすがだね。あれは眼鏡っていうんだよ視力を調整する道具だよ」 この世界では、治癒魔法が進んでいるから眼鏡が存在しないのだ。「あれには魔法が付与されてるんだ。あれをつけると魔眼・天眼と同じように、魔力・聖力が見えるようになる。特に『両眼鏡』って名前をつけたよ」
アールが恐ろしい内容をさらり言ってのける。
「それと、あっちの槍は『神槍』って名前をつけた。穂先に神魄の刃を付けた槍だ。あれを使えば、神魄魔法を使えない者でも侵略神の固い甲羅や神乱流を破ることができる」
聞いたエルシアの方は絶句してアールの顔をマジマジと見つめた。
…… それは凄い。さすが陛下だ…… とエルシアは驚いたような呆れたような思いでアールの軍を改めて見回す。
そこで魔人女帝エルシアは、改めて、アールの巨大な軍が、それぞれ不思議な道具を持っているのに気づいた。あれらの奇妙な形の道具は全て想像を絶する効果が施された武器なのだろうと想像された。
人間種が才能で劣っていると思っていては直ぐに越されてしまう事が実感された一瞬だった。
そもそも神魄魔法などと言う新たな魔法を考案したのもアールだ。青姫や紫姫は、天眼も魔眼も無いのに神魄魔法を使いこなすまでになっている。人間種は、もはやあらゆる種の上に君臨しているのだとエルシアは改めて思い知った。
エルシアとアールの会話は、青姫や紫姫も聞いていた。
「両眼鏡は良いな。我々にも分けてくれ」
早速、青姫が頼んでいる。全く躊躇しないのが黒曜竜青姫の凄いところだ。
ところが意に反して「ダメだよ」とアールが断った。いつも寛大なアールがなぜ断るのかと全員が怪訝表情になる。アールがニッコリと答える。「あんな不細工なのを姫達に着けさせるわけにいかない。これはあれの改良型だ。シーア先生の開発アイテムでね。付けると消えて見えないし、つけている感覚も触っても分からないようになるんだ。
これは量産型とは全く違う特別性だよ。天眼・魔眼が完璧でない皆の為に特別に作ったんだ。『両眼コンタクト』って名前にしたよ。ぜひ使って欲しい」
「『両眼コンタクト』は本当に凄いわよ」そう言ったのはアールの横にいたメイアだ。「私は早速、シーナ教授の実験の被験者になって試させて貰ったから分かるけど。絶対つけるべきよ。それだけでレベルが二つくらい上がった感じ」
メイアが手から巨大なプラズマ剣を出して見せた。確かにプラズマ剣は天眼・魔眼のないメイアには使えない科学魔法だった。
サーリが魔法の袋から、アイテムを出し、青姫、紫姫、ヨロンドン達に渡した。
十一人の内、天眼も魔眼も見えなかったのがメイア、青姫、紫姫の三人だった。そして、ツウラが天眼のみ、ヨロンドンが魔眼のみ使えたのだがこれで皆両眼を使えるようになった。
それを付けた三人は、驚いた様に周りを見回した。
青姫は、魔力をいろいろ制御したり、神魄で剣を作ってみたりしていた。
「陛下は、発想が奇抜ですな」ヨロンドンが驚いている。「この両眼鏡とやらは魔法界の大発明ではないですか?」
「発想は前から有ったんだ。暇が無かったからね。それよりもヨロンドンこそ早々に八大悪魔を支配下に置いたとか。おめでとう」
「ラーサイオン白帝と同じように、陛下が配下を遣わしてくださったからです。魔界は、魔人種、竜種、悪魔種の三大帝国で掌握できました。全て陛下の傘下の国々です。
この後、陛下は、天空七大帝国と天界に攻め入るつもりなのですか?」
「それは、誤解だ。デハリアー神聖国のミネルバ女帝とは旧知だし、天帝は、サーリの妹のメーサだからね。
天空の七つの神聖国の一つエルデハラ神聖国がどうやらAGAを崇めていてね。一つの国ごとAGAに取り込まれたのは初めてだね。
キンデンブルドラゴンハイツ王国では、大きな被害が出てしまった。これは数多神の数の多さが驚異だったのだ。しかしエルデハラ神聖国がAGAに取り込まれたのは長神か四諦神のどちらかのAGAのせいではないかと考えている。多分順番から考えると次は四諦神のAGAだと思う。彼らはレベルの高さが驚異だと考えている」
「長神と言えば、ミサ審議官も長神でしたな。ミサ審議官殿からはいろいろ聞けたのでしょう?」
ヨロンドンが尋ねた。
「ミサ審議官殿はまだ中立の立場を堅持している。どうも我々がAGA程度で手こずっているのがミサ審議官の不信感を買ってしまったようだ。
神議では十二使徒の聖霊を出したりして大分ハッタリをしてしまったからね。我々がまだまだ神々の仲間入りをするには早いのでは無いかと疑問を持たれた様だ。
ミサ審議官殿によると、我々が鮮やかにAGAに勝利できるほどでないとどの神も我々の味方はしないそうだ。神対神の戦いとみなされるなら、我々に味方する神はあるが、神と神以外の者との戦いとみなされた瞬間から、神々は、必ず神側に付くそうだ」
「AGAとの戦いが試練という事なのですな」
ヨロンドンが言った。
「神々は試練を与え、試練を乗り越えたものに福音を授けるものだ。今回の戦いは、試練の第一となるだろうね。どちらにせよ、AGAは、我々の敵であり、容赦なく叩かねばやられる事はキンデンブルドラゴンハイツ王国を見れば明らかだ。
しかも、第二第三の試練がまっているからね。四諦神との戦いが第二の試練となるのだろうね。そして第三の試練は何だろうね」
その時、アールの後方の大きな箱のような道具を背負った一団がやって来た。
「陛下。ヨロンドン上皇様。お話中ですが失礼致します。只今、神乱流発生の兆しをキャッチ致しました」
「うむ。それでどれ程の規模か?」
「はっ。西百三十キロ付近に、三千ギロラルです」
やはり、不思議な装置を作っているのだと、ヨロンドンの横に座っていた魔人女帝エルシアが興味深々で聞いてきた。
「ギロラルとは?」
「一ギロラルで一万体って事です」
「つまり三千ギロラルは、三千万体って事ですな。凄い数ですな。我々の今までの最大数のAGAは、大神六万体でしたが、それでも大分苦戦しました」
ヨロンドンがため息の様に呟いた。
「陛下。我々で三千万もの神々と戦って勝てるのでしょうか?」
エルシアが聞いた。
「AGA如きに勝てずに、神々とは見なされない。しかも、それが生半可な試練では無いから、乗り越える事ができたら神々となれる。
私は、神槍を何千万本も用意させ、既に村々に送らせている。全てのキンデンブルドラゴンハイツの国民の誰一人も無駄死にはさせない」
アールの構想は壮大だ。キンデンブルドラゴンハイツには、ドラゴンだけではなく様々な種族が生活している。人口は全ての種族を合わせると数千万人にはなるなろう。
AGAと海獣の軍勢は、キンデンブルドラゴンハイツ王国軍や国民の多くを虐殺した。
AGAは、神乱流で身を守るだけでなく、硬い甲殻に身を守られていて、普通の魔法攻撃では手も足も出ず、ただ虐殺されるだけしかなかったのだ。
しかし、神槍があれば全く戦えないわけではなくなるだろう。彼らはただ逃げるだけの弱者だったが、神槍があれば小型のAGAとなら戦えるだろう。
アールの先読みした準備のおかげで、この戦いの様相が一変したと言えるのだ。国民の全てがAGAと対抗できる勢力にいきなり格が上がった。
「神槍は、ここにも運ばせた。それに神魄による防御を施した鎧も運ばせてる。神魄魔法がうまく使えない者に配らせるよ」
何と心強いのだろうか。ここには、アールが率いる数百万の軍勢と青姫、紫姫達の軍勢、ラーサイオン達魔界連合軍の軍勢で合わせると千数百万人の軍勢が勢ぞろいしている。
しかし、その一人一人は、神魄魔法どころか闘気魔法すらうまく操れない様な弱小の兵も相当数混じっている。
この足手まといにしかならない軍勢がいきなり格上げされて立派な兵力に様変わりするのだ。まさに華麗なる魔法だ。
アールの合図で、数えられない様な武具が運ばれ、直ちに各軍に配布された。その間も、アールの奇妙な道具を担いだ軍が忙しく何かを組み立てている。
ラーサイオンがアールに尋ねた。
「陛下。あれは?」
「うむ。『転移装置』だ。『転移』魔法の効果を施した魔法装置だ。『転移』の巨大版だな。あれを発動すれば、一度の転移で三百万人が転送できる。
本国から、決戦地に既に私の軍が『転移』されているはずだ。数の上でも奴等に負けていては勝負にならぬからな」
アールのやる事は何から何まで桁外れだ。
「陛下。この戦でどれほどの兵力を動員されたのです?」
エルシアが訪ねた。
「総勢、六千三百万人だ。ここに一千三百万人。西方面から三百万の軍を八個軍二千四百万人。北東から三百万の軍を六個一千八百万人、予備軍に八百万人が本国で待機中だ。
神乱流が発生すれば直ちに包囲殲滅するように手筈されている。奴等は包囲された所に神乱流を展開するのだ。奴やに思い知らせるのだ」
次話は、戦記物風になる予定です。
巨大ムカデの大群を目の前にしたら多分卒倒しちゃいますね。
楽しんで頂けると嬉しいです。




