第十三 ハイランダーの聖神
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第十三話 ハイランダーの聖神
です。
第十三 ハイランダーの聖神
ミサ審議官は、前方を歩くサキ執政官の整った身体に見とれて歩いていた。彼女はずっと年長にもかかわらず抜群のスタイルで美しかった。
「レト軍事総監殿。聖神様は本当に存在するのでしょうか?」
ミサ審議官は最近少し大きくなってきた自身のお尻をさすりながら、サキ執政官から視線を外し無理に話題を変えて、後ろに歩いているレト軍事総監に言った。
「ミサ審議官殿は、実際に見たものしか信じないたちなのでしょうか?」
レト軍事総監が尋ねた。
「そうではありませんが、アキ最高議長の話はあまりにも荒唐無稽でしたからね」
ミサが答える。
「確かに、十名程度の聖神様が七千万もの長神を滅っせられたというのは少し話を誇張されているのでしょう」
レト軍事総監は常に冷静だ。
「聖神様方の逸話はあまりにも強烈すぎです」
ミサが言った。
「恐ろしい事です。我等とマセランティアにそのような恐ろしい不吉が降りかからない事を祈りましょう」
サキ執政官が二人の話に入ってきた。サキ執政官は意外に話好きなところがある。
「サキ執政官様。アキ最高議長のお話は事実なのでしょうか」
ミサ審議官はそう尋ねずにはいられなかった。
「アキ最高議長は、決して、話を誇張される方ではありません」
サキ執政官がため息まじりに言った。
「炎の三日、崩壊の三日そして最後の日。『断罪の一週間』ですね? 七千万の長神や眷属神が最初の三日間煉獄の炎で燃やされ、次の三日間に何度も切り刻まれ、最後の日に消滅させられた。一瞬で殺さずに、まるまる一週間かけてなぶり殺したと……」
聖神達の暴虐の限りをアキ最高議長は語ったのだ。恐ろしい以上に悍ましいという感覚だ。聖神には『断罪の一週間』だけでなく一人一人に恐ろしい逸話があるとアキ最高議長は語った。
聖神の一人の女神アミス聖神は、美しさを保つためと称して美しい娘の長神を集めて殺し、その血潮を集めてプールにして入ろうとしたと言う。しかし、余りの生臭さに見向きもし無かった。
ナガル聖神は、友に裏切られるのが耐えられないとの理由で数名の親友を殺した。しかしそれだけでなく友が一人死ぬのは寂しいだろうと友の近親者や恋人を皆殺して、皆を氷にして部屋の装飾にしているという。
イェビス聖神は、長神の肌で作った革製品が着心地が良いからと、在庫の確保のために数万人の罪もない長神を殺してなめして保管しているという。
それだけではない、さらに言葉にできないような逸話が全ての聖神にある。
「なぜ、そのような恐ろしい逸話を持つような神々が聖神などと呼ばれているのでしょうか?」
そう、誰しもが疑問に思うはずだ。アキ最高議長が聖神達の悪逆非道ぶりを話した直後に、ミサもそうアキ最高議長に問いたださずにはおれなかった。
「神とはなんだろうか?」
そう言ってアキ最高議長は大きなため息をついて話した。
「彼らは本当の意味での神などでは無い。それは我々も同じ事だがな。我々は、いろいろな便宜のため、テーランダーの序列のため、そんな理由のために無数の下等種族から見るも悍ましい眷属神を創造する。
さぞかし下等種族にてみると我々こそ悪魔だろう。聖神様達の所業はそれと大差のないのだ。
聖神様達は個々人が想像を絶する力を持っておられる。彼らは種族を超越する超存在なのだ。我々が種族単位で好き勝手にいろいろするのと、聖神様達が個々単位で好き勝手にする事は本質的に同じ事だ」
そう、アキ最高議長は、自嘲気味に説明していた。アキ最高議長は、人格者として神々の在り方について常に疑問を投げかけていた。
アキ最高議長の考えはともかく、サキは聖神達一人一人がわがままな子供のような存在なのだと理解した。好き勝手に暴虐の限りを尽くしているだけなのだ。
三万年前に七千万もの長神を滅ぼしたのはどんな理由があったのか。滅ぼされた長神は、お互いに争っていたという。それを諌められたと言う事になっているがアキ最高議長は本当の理由は定かではないと述べていた。
ただ、聖神達の中にはまともに話になる者も何人かいて、七千万もの長神を滅ぼした事を生き残った者達に謝罪していたとアキ最高議長は語っていた。何しろ三万年も昔の事。アキ最高議長の記憶も原型をとどめていないだろう。何が本当か分からない。
しかし、アキ最高議長の話で、聖神達がどれ程恐ろしい存在かという事は皆の胸に刻み込まれた。バーナディクシンが勝手にドンパチを始めて、聖神達の怒りを買うはめになり、聖神逹の怒りの矛先がマセランティアにまで及んでは叶わない。
ハイランダーの聖神達が住むと言う、ジーズス宮に出向いてバーナディクシンの暴虐を知らせ、戦争が勃発した時に聖神達の逆鱗に触れないようにする。それがミサ達の任務だった。
その時、サキ執政官が片手を上げた。
「皆、静かに」
ミサには気配すら分からなかったがサキ執政官には何か感じる事があったのだろう。
次の瞬間には、なるほどと思う。空間に気配がした。転移の兆候だ。
次の瞬間、美しい男神が出現していた。
美しい顔の男神だった。彼はミサ逹を一瞥した。
「ハイランダーにようこそ。マセランティアのサキ執政官、ミサ審議官、レト軍事総監。私は、ラルカ」
聖神ラルカは、美しい顔に爽やかな笑顔を乗せて言った。ミサは、その美しい顔を見て心底恐ろしいと感じた。名前どころか自分達の役職まで知っている。
「光陰のラルカ様ですね。お初にお目にかかります」
サキ執政官は、全く動揺した風には見えなかった。サキがさらに話しかけようとしたが、聖神ラルカが遮った。
「ここで話も何です。ジーズス宮で話を聞きましょう」
✴
ジーズス宮は、荘厳とか豪華とかそんな言葉では言い尽くせないほどに豪華な建物だった。神々の練金の技術を凝らして制作させれた見事な芸術品だった。
マセランティアの技術を誇示したような建物ではない。センスの素晴らしさを感じた。
ミサ達三人は、光陰のラルカに連れられてジーズス宮のとある広間に連れて来られた。
そこには別の聖神と思しき者が三人いた。
「侵入者?」
その中の一人が聖神ラルカと一緒に入って来たミサ達をチラリと見て興味が無さそうに聞いた。
「マセランティアのサキ執政官、ミサ審議官、レト軍事総監の三人だよ。
この聖神達は、聖神アサイ、聖神カサム、聖神サリムだよ」
聖神ラルカがそれぞれに紹介した。
その時、突然で突拍子もない事のように思えたが、サキ執政官が三人の前に飛び込むように跪ずいた。三人の足にすがりつくようにして土下座してた。
「聖神様。どうか我々の実情をお聞きください」
彼女はいつにもなく必死だ。彼女は一目でこの三人は恐ろしい噂通りの聖神だと理解したのだ。
その洞察力の鋭さと行動力に舌を巻きながら、ミサもサキ執政官に習って土下座する。一瞬の差でレトが彼女の真後ろに飛び込んで来た。
「お前達、面倒だぞ」
うんざりしたように、疾風サリムが言った。その冷たい声がミサの背筋を凍らせた。
「申し訳ございません。我等マセランティアは、バーナディクシン共の暴挙により滅びの瀬戸際にあります。もはや聖神様に助けて頂かねば我等は滅びるしかありません」
サキ執政官が叫ぶように言った。もちろん本当の事ではない。しかし、本気で言った。ここで聖神達の歓心を勝ち取らねば自分達は滅びるしかないのだ。聖神から拒まれるということは自分達の取った行動がそのまま滅びへと直結しかねない。
ミサは、光陰ラルカ、怒濤アサイ、爆炎カサム、疾風サリムの四人の聖神達の様子を伺い見た。
それが、彼女の役割だ。光陰ラルカは、美しい笑顔を絶やさない。彼は理知的だ。自分達の話を理性的に聞いてくれるだろう。疾風サリムもサキ執政官の必死の訴えに面倒臭いと言いながらも相手をしてくれている。
残りの二人、爆炎カサムと怒濤アサイの二人は興味が無いという以上に不快に思っている事が明らかだ。これ以上の無理強いは危険だとミサは判断した。
「疾風のサリム様。お騒がせいたしまして申し訳ございません。つまらぬお話ですが、お暇つぶしにお聞きいただければありがたいと存じておりましたが、こんなつまらぬ事で聖神様方に面倒をおかけするなら恐縮いたします。誠に失礼いたしました」
ミサはサキ執政官の話に割って入る。そう言いながらも手際よくサキ執政官とレト軍事総監の服を引っ張るようにして下がろうとする。たとえ一人だろうが、聖神を怒らせる事だけは避けねばならない。
「まて」
疾風サリムが止めた。サキは顔には出さないが食いついたと思った。無理矢理、話を聞けと言われれば鬱陶しいものだが暇つぶしになる事は事実なのだ。下がろうとすると興味が湧いてくるはずだ。
ミサ達三人は、黙ってその場にうずくまる。。
「上手い事を言う。暇つぶしに聞いてやろう。分かりやすく話してみろ」
疾風サリムが言った。ミサは大きなため息をつきたい思いだ。
サキ執政官がバーナディクシンの暴挙を説明し、一方的に八十万人もの犠牲者を出した事を説明した。心の中まで見透かされている事を想定して偽りは一切入れなかった。
「……。と言う状況です。そこで、我等もテーランダーの平和を損なうような真似はしたくは無いのですが、攻撃されれば防衛をしないわけにもゆかず。どのように対処致せば良いか聖神様のご意見を伺いたいのです」
とサキ執政官は話を締めくくった。サキ執政官は、うまく説明したとミサは思った。
「お前達。端神共がどのようないざこざをしようが我々に興味はないぞ」
疾風サリムがつまらぬ話を聞いたと言わんばかりに言った。その言葉に小躍りしたくなるのをミサは堪える。
「ありがとうございます。我等、テーランダーで騒ぎを起こして聖神様方のご不興を招く事になりましたらと心配しておりました」
サキが大きくお辞儀をしながらいった。最大級のお礼の仕草だ。
怒濤のアサイが「なるほど。お前達は大昔の粛清の事を心配しているのだな」と笑い出した。
ミサは、怒濤のアサイが笑い出したことに安堵の吐息を吐いた。聖神達は、サキ執政官の説明で、マセランティアが聖神に不快な思いをさせないために最大限の気遣いをしているのだと理解してくれたようだ。
「お前達は、いろいろ勘違いしているようだな」
怒濤のアサイが言った。しかし彼の話は意外な事に光陰のラルカが遮った。
「アサイ。余計な説明は不要だぞ」
冷たい言葉だった。ミサは初めて、光陰のラルカがここにいる連中の中で一番序列が上なのだと気付いた。
「アサイ様。失礼しました」
怒濤のアサイが即座に謝った。彼の顔にはハッキリとした恐怖が張り付いていた。
ミサは己の読み違いに背筋を凍らせる思いだった。彼等は決して馬鹿な腕自慢の子供などでは無い。たやすく操作できるなどと思ってはならないのだ。
「ラルカ様。私達は、バーナディクシン達の脅威を排除するときに実力行使をしても皆さんは不快に思われないかを確かめに参りました」
ミサはあるがまま説明した。この聖神には隠し事をしてもろくな事は無かろうと考えたのだ。
「ミサ審議官。そもそもバーナディクシンに攻撃されたのだとどうして分かったの?」
光陰のラルカが元の笑顔になって尋ねてきた。ミサはあるがまま説明する。
「その『三界の神』と言うのはどんな者達なの?」
ラルカが質問してきたことに、ミサは何故そんな質問をしてくるのだろうと不思議そうにラルカの顔を見るが、聞かれた事には正直に答えた。
黙って聞いていたラルカは、首をひねった。何か思うところが有るのだろうが口には出さなかった。
「バーナディクシンとの戦いについては、君達のしたいようにしても多分問題無いよ。そんな事よりもこのハイランダーに入ってくる方がよほど危険なのだから二度としないでよ。僕と連絡がとりたければ、ハイランダーの入り口で僕の名前を呼べば聞こえるようにしておくからね。
君達に一つだけお願いするよ。君達がバーナディクシンから攻撃を受けたら直ぐに連絡して何処が攻撃されているか教えて欲しい」
光陰のラルカがミサ達に命じた。言い方は優しいが拒否できるような雰囲気は欠片も無い。
「承知しました。必ず連絡します。それに二度とハイランダーに無断で入りません。寛大な扱いに感謝します」
サキ執政官が答えた。そして、聖神達との対談はこれで終了した。気がつけばサキ執政官、ミサ審議官、レト軍事総監の三人だけがハイランダーの入り口に立っていた。狐につままれたような気持ちで彼等はその場を後にした。何処かで聖神達が聞いているかもしれないと考えてか、誰も一言も声を出さなかった。
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「無知ってのは、怖いよね」
光陰のラルカが言った。
「先程は、軽率な発言を」
怒濤のアサイがラルカに謝った。
「謝って許されるとでも?」
ラルカが穏やかに聞いた。アサイは、黙って頭を下げている。
「怒濤のアサイちゃん。君は何でそんなに口が軽いんだい? 彼らが本当に余計な事をしでかしたらどうするんだい。あんなのは殺しちゃえば終いだけど、あんなのでも下に大勢ぶら下がってんだよ。また、皆殺しにしなきゃならならなくなちゃうじゃない?」
光陰のラルカが心底呆れた様に言った。
怒濤のアサイは、申し訳無さそうに再度謝った。
「彼らがヴルトランドに?」
「そうさ。彼らも端とは言え、神の端くれさ。空間を左右する能力があればヴルトランドへの道は開かれているんだよ。彼等がヴルトランドへ行ったらどうなると思うんだい?」
怒濤のアサイの顔にハッキリとした恐怖が浮かんだ。
「それよりも、マセランティア逹は誰かの良いように操られてるような気がしてならない。外界の下等種の『三界の神』は空間能力を操るようだし。まさか外界の下等種共に操られるほどマセランティアも馬鹿じゃないだろうけど。マセランティアは本当に使えないね。外界の下等種共の能力をコントロールする事もできないようだね」
ラルカの顔は恐ろしく冷たく残忍だった。
そろそろ、この物語もクライマックスです。
次回の第十四話 大人の事情
は、この物語の最大の山場でもあります。ということで少し更新に時間がかかるかもしれませんが頑張って書きます。
楽しんで頂ければ嬉しいです。




