婚約破棄の現場で~ヒロインの言い分~
「アマンダ・レイヴンハースト! 私の愛するアメリアにした嫌味と無視をはじめとした数々の嫌がらせを知らないとでも思ったか? そんなお前は私の婚約者として相応しくない! 私はここにお前との婚約を破棄する!」
婚約破棄を突き付けられたというのに、レイヴンハースト公爵令嬢アマンダは微笑んでいた。
婚約破棄、大いに結構!
アマンダは既に婚約者のアーガイル王子に呆れ果てて見捨てていた。アーガイル王子の能力的なものは平凡もしくは愚鈍とも言えるもので、更に性格的にも傲慢で王に相応しくない。外見だけは良いかもしれないが、他にはアマンダの好きになれそうな要素はどこにもない男だった。
「身に覚えのないことばかりですが、私に異存はございません。では、これにて御前を失礼致します」
最早、ここには用はないとばかりに立ち去ろうとするアマンダに驚くアーガイル王子とその恋人アメリア。
「アマンダ?」
「え?! アマンダ様?! アーガイル様、アマンダ様を止めて下さい! アマンダ様に協力して頂かないと、私、困るんです!」
恋人に言われて、アーガイル王子はアマンダを呼び止めた。
「アマンダ! ちょっと待て!」
呼び止められたアマンダは心外だとばかりの表情で、冷たく応対する。
「何でございますか、殿下?」
「アメリアが協力して欲しいと言っているのが聞こえなかったのか?」
「大変、申し訳ございませんが、私がアメリアに手を貸すなど烏滸がましいことでございます。それにお忘れかもしれませんが、私の婚約破棄は私のアメリアへの嫌がらせが原因であった筈。嫌がらせをしてきた相手に協力を願うと仰るのは如何なものでしょうか」
アマンダの正論に、アーガイル王子は言葉に詰まった。
弱々しく、アーガイル王子に庇われるだけのように見えたアメリアがアマンダの前に進み出る。
「それはアーガイル様が婚約破棄の口実にしたに過ぎません! でも、そうでもしないとアマンダ様が相手だと婚約破棄できないじゃないですか! お二人は合っていないんです! 相性最悪なんです! 何でもできるアマンダ様にアーガイル様は劣等感を抱いていて、萎縮してしまうんです! それではお二人の為にならないんです!」
アマンダはアメリアのことを哀れに思っていた。
貴賤結婚というのは、相手の世界を完全に受け入れられることはない。どんなに頑張っても、海に棲む魚が池に棲むようなものだ。その世界の人間も、余程、有益な人物ではない限り、温かく受け入れたりはしない。
アマンダは平民の娘に言い含めるように言う。
「アメリア、王家と高位貴族の婚姻は政治的な意味合いしかないというのは、当たり前のことでしてよ?」
「アマンダ様は優秀過ぎて、アーガイル様はプライドが高過ぎるんです! アマンダ様もアーガイル様も務めだからと諦めて歩み寄らなかった結果、上手くいかなかったんです! 歩み寄っていれば、アーガイル様が私なんかに心を奪われることなんかなかったんです! 私だったから良かったものの、欲深い女にアーガイル様が心奪われてそれで国が滅んでも良いのですか? 滅ばなくても、荒れても良いのですか? アマンダ様は聡明でいらっしゃるのにその点を見逃しておいでです!」
アマンダとアーガイル王子がこのまま結婚したら起きるであろう、国に振りかかる厄災を指摘され、アマンダはこの平民の娘を侮っていたことに気付いた。
「貴女は・・・」
「私には王妃がなんたるか、高位貴族がなんたるかも知りません! でも、そこから逃げたくないんです! その為にはアマンダ様のご協力がないとできないんです! 数年、いえ、数十年かかるかもしれませんが、アマンダ様には高位貴族として支えて頂かないといけないんです!」
アメリアは俯いて声を震わせる。
「それでは駄目なのは知っています。――それでも、アマンダ様のご協力が必要なんです!」
公爵令嬢であるアマンダの目を真っ直ぐ見て言われたその言葉に、アマンダは衝撃を受けた。その真摯な目は嘘偽りや誤魔化しを口にしているものではない。
「アメリア、貴女はそこまで考えていたの?」
「恋に浮かれていたただの小娘だと思いました? 私はアマンダ様もアーガイル様も不幸だったから身を引かなかったんです。貴女方の幸せを壊す気なんてないんです」
かつて、賢王と名高いアーガイルには心から愛した女性がいた。しかし、彼女は王の為に身を引いたという。
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私はアメリア。貴族じゃないから家名はない、ただのアメリア。
私はこの国の平民として生まれ、生き死にの窮地に追い詰められているところをレイヴンハースト公爵令嬢アマンダ様に救われました。
アマンダ様にとっては名も無き庶民を救けた、ごくごく当たり前の、よくある出来事の相手。
私はアマンダ様にご恩を返す機会を窺って、日々生き抜いていました。
ある時、アマンダ様と王子様の仲が悪いということを耳にしました。
私にはあの慈悲深いアマンダ様を嫌う王子様の気が知れません。
そこで私は自分の成すべきことに気付きました。
王子様の気持ちを変えなくては。
王子様の視察に合わせて、私は彼に助けられるよう芝居をしました。といっても、私以外は芝居ではありません。悪漢は探せばどこにでもいるものですから。
そして、王子様の恋人の座に納まりました。
ここからが私の技術の見せ所です。
アマンダ様の魅力を伝えなくては。
と、思ったら、この男、アマンダ様に濡れ衣着せて婚約破棄するなんて、どういう神経してんのよ!
そうだ、これを機にアマンダ様と仲良く慣れるかも。
王妃教育とかそういったものでアマンダ様とお近付きになれるかもしれない。
私、アマンダ様の為に頑張るから!
アマンダ様を絶対に王子様と結婚させて王妃にしてみせます!
だから、待っていて。
私がこの男の性根を叩き直すのを。
紆余曲折あったものの、アマンダとアーガイル王子は予定通り結婚しました。
アメリアは笑顔でそれを見守り、アマンダの侍女に加えてもらいました。
アマンダもアメリアのあの言葉からアーガイル王子の良い所を見つけように務め、彼を理解しようとしたことから少しずつ関係改善が始まったので、アメリアによるアーガイル王子の性格矯正の成果ばかりでもありませんでした。