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異世界で神官やってます  作者: 沽雨ぴえろ
3/5

異世界に来るまでの過程その2〜精神患者は世界を渡る〜


なげっす。








革張りの高級そうなソファ。


冬になれば暖かさをもたらす重厚な造りの暖炉。


ふかふかな分厚い絨毯。



私はそれらに視線を走らせた。なんとも場違い感が消えない。

視線を落とせば、ソファの前には低いテーブルがあり、その上には私の好きなチョコチップマフィンとメープルフレーバーの紅茶で入れたミルクティー。

それらをじっと見つめながら立ち続ける私に、向かいのソファに座る黒はいった。



「進、座って食ったらどうだ」



知らない声。男だ。知らない男だった。

歪んでしまった私の精神は異常だ。この男を消したいと願っている。しかし男は私に敵意は無いようで、さっきよりは私も比較的落ち着いていた。

私は極力男を見ないよう、ゆっくりと移動した。



「早速だけど、桐上進、お前はダンプカーに轢かれて死亡した」



食べようと手を伸ばしたマフィンが、手からこぼれ落ちた。

思わず睨みつけてしまいそうだったが、慌てて辞める。何故か男の話を聞かなければならない気がするからだ。



「お前がココにきた理由はそれだ。ま、俺が招いたのもあるんだが」



男は私が死んだと言うことに、楽しそうに笑った。

私は聞かねばならぬという衝動と、殴りたいと言う衝動とでおかしくなりそうだった。

男は静かに笑いながらゆっくりと立ち上がり、私の隣に来た。

そして囁いた。



「目を見ろ」



瞬間、私の中で殴りたいと言う衝動が聞かねばならぬという衝動を押し退けた。

私は跳ねるようにして体をひねり、見知らぬ男の顔面に己の拳を叩きつけようと拳を振りかざした。

しかし。



「落ち着けって」



男はぱちりと指を鳴らした。途端に私はソファに固定されるという強制的な力を感じた。

男は私の頭を撫でてきた。

いつぶりだろうか。



「ほら、目を見せて」



こんなにも優しいのに、私は男を殴ろうとした。今も、その衝動が私の中から消えていない。

目を見ろ、目を見せてと、この男は言う。けれど私は見たくない。どろりと蠢く黒にしか見えない男を、私は見たくない。焦点の合わない視線を、見られたくない。

たとえこの男のなにかの打算あっての行動だとしても、久し振りの優しさを私は傷付けたくなかった。



「…進、大丈夫、俺はお前の全てを知っている。俺の目を見て。治してあげる」



いつの間にかぎゅっとつぶっていた瞼を、隣で囁く男は優しくなでた。

とたん、私は全てどうでもよくなった。何が切っ掛けかは分からないが、何かが吹っ切れた。

この男曰く、私は死んでいるのだ。ここがどこだか知らないが、死んでいるのだ。

なら、この後どうなってもいい。この男を殴ってしまっても、後悔はするかも知れないが、どうしようもないだろうという気持ちが勝るだろう。出来もしないのに『治す』などと言われたからかもしれない。

もしくは、この男がどうにかしてくれると思っているか。

どちらでもいいか。

私はゆっくり瞼を持ち上げた。

目の前にはどろりどろりと、まるで粘液が波打つかのように蠢く黒がいた。今まで以上に衝撃を受けて、私は体が硬直するのを感じた。

黒の塊から一つ、二つの筋状の黒が、もったりと持ち上がり私の顔に伸びる。

意味をなさない言葉が、私の口から漏れた。

暖かい何かが私の閉じかけた瞼に触れた。反射的に目を瞑る。



「ほら」



じんわりとそこがあったかくなったかと思うと、男は一言だけそう言って、二筋の黒を私の頬に滑らせた。



「目を開けてご覧」



そう言われても、怖かった。どうせ無理だ、治っていない。けれどあの暖かさに心惹かれたのか、なんなのか。

私は血迷ったかのように目を勢い良く開けた。



「……………」


「どうだ?…ん、焦点合うな」



除きこむ『彼』の『目』と、私の視線がぶつかった。

……なんで、目が合うの。どうして、赤色じゃないの。どこに黒は行ったの。

どこに。


目の前の彼は優しく微笑んで、私の頬をするりと撫でた。

二筋の黒は彼の手だったのだ。



「これがお前の世界だ」



赤色に包まれた世界が、私の世界。

どろりと蠢く黒が動く唯一。

でもそれは違った。

赤色に包まれた世界は偽りで。

どろりと蠢く黒は架空で。

私の世界はこんなにも色鮮やかで、ものに溢れている。

こんなにも美しい世界を、私は。



「……れ、てた…」



五年前のあの日から、私の世界は徐々に無くなって行った。まるで水に溶かしたインクの様に、淡く、淡く、私の記憶から薄らいでいった。

狭く何も無いあの部屋に閉じ込められた時と同じ生暖かいものが、私の頬を伝っていった。

それは誰にも気付かれない筈だったけれど、今は違った。



「おっと」



私に世界を取り戻してくれた人が、その雫を拭い去った。



「あ、り…がとう、……あり、がとうっ……ありがっ……!!!」



感謝してもしきれない。私は彼にしがみつき、泣きながらありがとうと何度も何度も言葉にした。

彼は優しく私の頭を撫でて、しばらく放っておいてくれた。



「落ち着いたか?」


「……」


「そっか」



こくりと頷く。

彼はにこりと笑い、言葉を続ける。



「俺の話を聞いてくれるな?…よし、いい子だ。まずな、さっきも言ったけど、お前は死んでしまった。だけどな、俺さ、お前の事気に入っちゃってるのよ。それでな、俺が信仰されてる世界でさ、生きてみないか?大丈夫、それはお前の歪んだ精神でこそ生きていける世界だから」



意味が分からなかった。そんな顔をしていたのだろう、彼は説明を加えた。



「自己紹介してなかったな。俺の名前はファルファーニラ。戦神をしている」


「かみ?」


「そ。いないって思うかもしれないけど、現にお前は死んでいるのにこうして話していだろ?神ってやつも、存在するのさ」



別に理解したわけではないが、確かにそうかもしれない、と頷いた。

彼は続けた。



「世界とは何を指すと思う?お前が住んでいた世界というのは、日本、アメリカ、中国、その他の国々、様々な関係の人間、他人、海、陸地、核兵器、動植物、地球、その他の惑星、宇宙、他にも沢山のもの全てをひっくるめて『世界』と言う。『世界』というのは、こう考えると神という存在は考えるんだ」



確かに、そうでなければおかしい気がする。『世界』を『日本』や『地球』と例えるのは、いささか考えが狭い気がする。

私はなるほど、と相槌をうつ。



「そんな考えの元、『世界』という次元というか、そんなものは沢山ある。分かったか?…よし。それでだ、話を戻すが、お前はお前の事気に入ってる、だから、俺の管轄する世界に進を呼びたい」



そんな考えでいいのだろうか。気に入ったから、なんて軽い言葉で決めてしまっても。

しかし。

私はもっと生きたい、そう思わずにはいられなかった。



「……、いきたい」



その『いきたい』は、どちらのいきたいなのか。

生きたい、なのか。

行きたい、なのか。

しかしファルファーニラにとってはそんなのどうでも良い事だった。



「進っ」



ファルファーニラは痛いくらいに私の体を抱き締めた。

歓喜に震えているのが伝わってきた。

私は驚きながらも、ほんのりと嬉しさを感じた。



「こっちの世界ではな、魔術が使えるんだ。魔法と思ってくれていい。それで、お前の歪んだ精神でも生きていける世界って言うのはな、」



その言葉を聞いて震えたのは、なんだったのか。

歓喜か、恐れか。

私には分からなかった。



「こちらの世界より、殺人や暴力に対する締りが緩いんだ」



それはそうだ。魔術で食っている人もいるのだろう、命をかけることも多いと見た。

それでも私は良かった。それを聞いて、私の中の何かが高ぶるのを感じたから。



「来てくれるか?」


「もちろん!」



震えながらも、はっきりと答える。

新しい生を与えてくれた彼に、失礼のないように。

私は私の中の何かが暴れそうな予感がした。

そんな私を見て、ファルファーニラは一言。







「うん、進、お前俺の奥さんにならない?」









ぶん殴った。目が笑ってない自信がある。

それでもヘラヘラする彼は、倒れながら言った。



「それじゃ行ってこい!あ、体とかはお前のその姿で行くことになるから!だから転生とトリップの半々なところだな。あ、あと、お前が行くにあたって、俺の神官に決まってるから、よろしくなー」


「……はっ?!」



空気が変わりすぎたとしても、許して欲しい。この男……さっきまでの私の感動を返せと言いたくなるほどのゆるゆる具合。

もっとちゃんと説明をしろ!そう叫ぼうとした瞬間、私は一軒家の前にいたのだった。



「………異世界きた…?」






こうして私の異世界転生がなりたち、異世界で生きていくことになったのである。







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