話の始まり
「やっ、やめっ」
ガッ
「もっ……やめっ……!」
ゴッ
ゴツゴツとした金属を嵌めた指を握りしめた拳で、抉るようにして殴り飛ばす。
声を出すこともままならない程痛めつけられた男は、がくりと膝をつき、はくはくと唇を動かした。
私はそれを見て、ただ首をかしげただけ。
「た……た、す……」
やっと出た言葉は、かすれかすれだったが辛うじて聞き取れた。『助けて』と、言いたいらしい。
私は男の頭をがしりと掴む。ひっと息を飲まれたが、どうだっていい。
「助けて、だぁ?あんた、何言ってんの」
「………お、ねが………じま………」
「助けて、ってさぁ、被害者が第三者に請うものでしょ、あんた、自分が被害者とか思ってんの」
思わず、殺気が漏れる。しかし仕方が無い。悪いのはコイツなのだから。
ガタガタと全身を震わす男に、私は冷たく囁いた。
「仕掛けてきたのは、そっちだろうが」
この男に、救いなど要らない。
私は最後に男に微笑んだ。
頭を掴んでいた手を頬に滑らせる。
「あんたの神に祈りなさい、」
「………え、」
「意味は無いけれどね」
「あきゃっ」
ぐじゅっ
勢い良く潰した喉から溢れた血が、私の白い服を汚した。
顔に跳ねた血を拭い、動くことのなくなった男を見下ろし、私は得意げに笑った。
「ほーらね、意味無いでしょ」
ひらり
男の死体をそのままに、私は服をはためかせて踵を返す。
少し先に誰かが立っている気配がして、立ち止まる。それが誰だか分かると、私は男を殺した時のような冷たい表情をやめ、深く溜息を着いた。
「何してるんだよ、フアニ」
青い光沢を放つ艶やかな黒髪、蠱惑的な金の瞳、スラリとした長い四肢に白い軍服姿。
フアニだ。何かと私を構う変人だ。嫌いではないから、許すけど。
既に見慣れた男よりな美形顔が少年のように輝いている。
「お迎えだよ、お、む、か、え」
「…いらないよ」
「照れるな照れるな。さ、帰ろうぜ」
「照れてない!」
私の叫びを聞いているくせに、全てスルーする。そして私に手のひらを向けた。
…握れと?……分かった分かった、そんな目で見るな…。
しばらくそれで歩いていたが、私達は途中、今までよりも高く足をあげ、宙に向かって一歩踏み出した。すると、私達はそこにまるで階段があるかのように、とんとん、とリズミカルに宙を歩く。
どんどんと死体から離れ、どんどんと空を昇ってゆく。
しばらくして、空中に浮かぶ土地が見えはじめる。
某アニメ映画の一作のように、まるでそれはどこからか土地を引っこ抜いたかのような形をしていて、上には城と城下町が無い代わりに、こじんまりとした一軒家と畑。
「ただいま」
「おかえり」
ここが私の家だ。隣のヤツにプレゼントされた。
誰もいないのに挨拶してしまうのは癖だ。フアニは私に合わせて言ってくれる。
「取り敢えず、それ着替えるか」
「そうだねー」
「そんで、そのまま俺と――」
「潰すよ?」
「ナニを?!」
ふざけるフアニにそう返すと、フアニは股間を押さえてあとず去った。
それを鼻で笑う私は、スタスタと家に入る。
汚れた服を脱いで、シャワーを浴びて、新しい服を着て。一通り終わったので、フアニが入ってこない事を確認し、日記を開く。
日記の初めは、この言葉で始まっている。
『異世界に来て、0日目
ここは現代日本ではない、魔術の存在する世界だと、私は実感した。』
私は2週間前、異世界トリップした。