尻拭い
夜も更け、56通目となる紹介状を書きあげペンを放り出した。
「お嬢様、これで手を冷やしてください」
アメリーが冷たいタオルを持って入ってきたのでありがたく受け取る。
「首尾はどう?アメリー」
「精一杯買いたたかれないようにしました」
「ありがとう」
お礼を言うとアメリーはまた眉を微かに上げた。いい加減慣れてほしいな。
紹介状の横に置いてある帳簿を取りアメリーから聞いた買い取り価格を書きこむ。
現在私は自分の宝飾品や衣装をアメリーとその仲間たちに頼んで換金してもらっている。
使用人たちの退職金にするためだ。
大体の目処がつくと紹介状と退職金を渡し一人、二人と脱出させてく。
ミナールとシェリーヌじゃないけど今のレティスフォント家は沈みかけの船だ。混乱を抑えスムーズに乗員の避難をうながすのが船長の務め。
いやまあ本来船長はお父様なんだけどさ、だめだあの人毎日どこにしけこんでるんだか酒の匂いをぷんぷんさせて帰ってくる。
使えん。
とりあえず最後まで残ってくれる約束をしてくれたアメリーとコック長には多めの退職金、それと知り合いの貴族あての複数の紹介状を準備する予定だ。
申し訳ないが今しばし付き合ってくだされ。
問題はこの家の債務だ。
爵位はく奪とはいえまだ手続きを進めていて確定ではないが、すでにチラホラ商人が挨拶と称し様子を見に来た。
父母に代わり鷹揚に応対し余裕を見せているがこんなことは誤魔化しにすぎない。いつ天秤が傾き一気に借金取りが押し寄せきてもおかしくない状態だ。一度に来ると返せるものも返せなくなってしまうから非常に困る。
財政に関してお母様は当然分かってないがお父様も詳細を把握してないようだ。当家の執事は主人に迎合するばかりの、正直紹介状を書く気が起きない人物。だがここは困ったときのアメリーさん頼みで、執事を脅したのか絞めたのかなんとか概要を聞き出した。
この屋敷と持っている家財の一切合財処分してそれで返せるかどうか…。
日本のような法律がないこの世界で借金を負うのだけは避けたい。
帳簿を広げ頭の中のエアそろばんを一生懸命はじいていると暢気な呼び声が聞こえた。
「おーーい、今帰ったぞーーご主人さまのお帰りだーーー!!」
ああくそっ、酔っ払いはお呼びではない。令嬢らしくなく舌打ちしつつそれでも出迎えに行く。
玄関先で赤ら顔のレティスフォント家当主は先に迎えに出た夫人に一人の男を紹介していた。
「紹介しよう。さっき知り合ったヴェイン男爵だ。殊勝にも我が家の危機に手を貸してくださるそうだ」
お父様、お母様!それは詐欺フラグですわよ!!!!???
・・・・・・・・・・・・
応接室で私は顔を引き攣らせながら客人の話を聞き流す。対して父と母は身を乗り出さんばかりに熱心に聞き入っている。
「…ですからクレメイン公爵にですね、ちっとばかし縁があるんですよ。へへへ、それで、なにか手土産を持たせていただければ、私から公爵に少しばかりお話を聞いてもらうことができるんですよ」
うわぁどうみても詐欺ですありがとうございます。
クレメイン公爵の次男、ダガート・クレメインはこのゲームの攻略対象の一人。
武に秀でて在学中から王国の騎士団に所属し、卒業後は正式に隊長に任命されゆくゆくは団長になって騎士団を率いる存在になるはず。
性格は騎士らしく寡黙で武骨、公爵家ながら庶民に対して最初から偏見を持たず、ヒロインにもまっすぐ向かい合う好人物だ。
その父クレメイン公爵も公明正大な人格者と聞いている。どう考えても不正を働いたレティスフォントなど潰したくはあっても助けようとはしないだろう。
なのにこの馬鹿両親どもは藁にもすがる気持ちだからかこんな与太話を本気にとってうんうんと頷いている。
やばい!まじやばい!!
とりあえず乗り気な父母をなんとか宥めた。「手土産」のための金銭の工面がうんたらかんたらとか。
客人を帰らせ、三度アメリーを召喚し執事を操作してなんとか出金を引き延ばすよう頼む。
そして夜遅くで申し訳ないが侍従に頼み、ある場所にアポを取ってもらう。
部屋に戻りソファに身を沈めまたため息をつく。
…残務処理で一番頭を悩ませていた問題に向き合う時が来たようだ。
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翌朝は幸い快晴。あのヴェイン男爵と名乗る男がいつまた来襲するか分からないのでさっさと出かけよう。
ドレスはほとんど換金済みなので手持ちのドレスの中で白っぽいものを選び精一杯可憐()な雰囲気を出す。
縦ロールもとっくに辞めた。母は嘆いているが知らん、お家の一大事なのにコロネなぞ巻いていられるか。
馬車に乗り朝から目指すのはもう一つのレティスフォント家。
父の弟、私の叔父であるディヤード・レティスフォントのところである。