破滅
舞踏会当日。恐れていたが避けられないイベントが始まった。しかも、ゲームより悪化した状況で。
「私、この耳でしかと聞きましたの。レティスフォントの当主は令嬢を学園に入れるために裏で献金をしていたことを!」
ミナールとシェリーヌ…お前ら…この一週間姿を見せないと思ったら…。
取り巻き二人の裏切りを、特に感慨もなく眺めてみる。
沈みゆく舟にとどまるネズミなどいないだろう。むしろ1週間でよく王子側につけれたなーすごいなーと素直に感心すらした。
私も1週間諦めずに足掻けば…いや首謀者だからさすがに無理か。
相変わらず孔雀のように着飾った二人の背後に王子とリリィ、それとこのゲームの攻略キャラたちが並んでいる。
個性豊かな美形揃いの面々は皆一様にして嫌悪と軽蔑の表情を浮かべてこちらを見ている。
お、あれは我が麗しの従兄弟、攻略対象の一人チャートリー・レティスフォントではないか。同じレティスフォント姓を名乗るのも忌々しいという感じに顔を顰めて、せっかくのいい男が台無しだぞー。嫌われたもんだなー。
と、現実逃避をやめてそろそろ幕引きを考えよう。
王子は手を払ってミナールとシェリーヌを脇に追いやり、みんなに聞こえるように私の、レティスフォントの罪を読み上げた。
レティスフォント家の爵位はく奪…これよりエディエンヌはただの一庶民となる。
これだけでは終わらない、おそらく実家は借財を抱えているのでこれを機に債務状況が表に現れ、破産に追い込まれるだろう。
ゲームではエディエンヌは悲鳴を上げその場に崩れ落ち、王子の侍従や護衛に引きずり出され舞踏会は続行となるが、「私」としてはせめて見苦しくない退場を行いたい。
スカートを押さえ静かに腰を折る。
「皆様、いままでご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。
殿下、リリアーナ様、どうかお幸せに」
足元しか見えないが前方の人たちが動揺している気配がした。
「…祝賀に水を差して申し訳ございません。これにて悪役は退場とさせていただきます」
顔を上げるといくつかの困惑した顔が見えるがすぐ踵を返し出口を目指す。
人が避けて道が出来た。その中を背筋を伸ばしまっすぐ前を向いて歩く。
逸る心を抑えて一目散に寮の部屋に行き、忘れ物がないかチェック。
荷物はすでに荷造りが済んで馬車に詰め込んだ。バイバイ、ジュリメイト学園、12歳から6年間黒歴史だったけど得るものもあったと信じているよ。
・・・・・・・・・・・・
実家に帰るとすでに話は伝わったのか屋敷は大騒ぎだ。父は怒鳴り母は喚き使用人は不安そうに顔を見合わせるばかり。
一夜明けても建設的な意見は出ず、母は部屋に閉じこもり父は温情を求めるべく王宮へ向かったがたぶん無理だろう。
私はとりあえずいくつか決めていたことを実行することにした。
まずは先代よりレティスフォント家に仕えるメイド長を探す。メイド長のアメリー、三田の記憶が戻ってからはロッテン○イヤーさんと心の中で密かに呼んでいるこの人は理不尽な主人たちに対して媚びへつらうことなく淡々と仕えてきた。
父母やエディエンヌ嬢には嫌われているが、何せ有能なうえ先代より仕えているだけあって館の諸々を把握しているので簡単に挿げ替えは利かない。
三田恵としては今この時期に公正に振る舞える人物がいて大助かりである。
「アメリーさん」
「?お嬢様、何かご用でしょうか」
うっかりエディエンヌはしない「さん」付けをしてしまったが、アメリーはほとんど表情を変えることなくこちらに体を向けた。
「紹介状の書き方を教えてほしいの」
「紹介状…ですか」
「ええ、レティスフォント家はもう終わりですから。お父様はなんとか挽回しようとしているようだけど、おそらく後になればなるほど事態は悪化すると思うわ。その前に使用人の皆さんにできるだけのことはしたいの」
隣にいたメイドさんは驚愕の表情を浮かべたがアメリーは微かに眉を上げただけだ。さすがターミ○ーター。
つんと顎を上げて精一杯虚勢を張る。
「腐っても私はレティスフォント。見苦しい終わり方はしたくないわ。
アメリー、力を貸して」
多分、これが三田恵がこの世界に現れた理由。
尻拭い、ドンと来い、だ。