エンディング一週間前
悪役令嬢のお話が好きすぎて自分でも書いてみようかと初投稿ですがチャレンジしてみました。
私は、三田恵。しがないOLをしている。いや、していた。
アラフォーに近い年になってたからお局と言うべきか。
自宅と職場を往復するだけの毎日を繰り返して無駄に年を重ねていたのだが、その日はとにかく頭痛がひどかった。
電車で痛みに耐えかねて吊革を両手で掴んで腕に頭を凭れかけたとこまで覚えている。
うん、思い出した。私は―――
「そこで何をしている!!!」
ぶち破る勢いでドアが開き、男が飛び込んできた。
私の目の前には孔雀みたいに着飾っている女性が二人、背中を向けているが、いきなりの乱入者に驚いてドアに目を向けている。
金髪をたなびかせて威風堂々とした佇まいの美しい男性だ。
私は知っている、この方は、我が国の第一王子アルスフォン・エティヤード・ハイルゾン殿下。
王子はこちらに目もくれず、二人の前にうずくまっている栗色の髪の女性に向かって歩いて行った。
「大丈夫か、リリィ」
気遣わしげに声をかけ、助け起こした女性は土埃にまみれ、髪は濡れている。
当然だ、私とミナールとシェリーヌが灰やら土やらお茶やらを散々彼女にぶっかけたのだから。
彼女はリリアーナ・ディステン、愛称リリィ。このゲームのヒロインだ。
そして私は
「エディエンヌ嬢、ここで何をしている」
射抜くようにこちらを鋭くにらむ視線に血の気が引いていく。
ゲーム、そう、「届けこの愛~ジュリメイト学園の春~」という乙女ゲームの悪役令嬢エディエンヌ・レティスフォント。それが私だ。
三田恵が30歳を超えたところではまった乙女ゲーム。おひとり様エリートコースを独り爆走する私にとって乙女ゲーは乾ききった夜や休日の貴重な潤いを与えてくれる存在だった。
「届けこの愛~ジュリメイト学園の春~」はそんな私が乙女ゲーに手を出した最初の頃にはまったゲームである。王族や貴族が多くいる学園に庶民のヒロインが途中転入して2年間の間に学園生活を満喫しながら恋をするという、乙女ゲー入門者に最適な王道の配役とストーリー展開が特徴だ。
乙女ゲーをやりこんだ猛者には物足りないだろうが、初心(笑)な私にはゲーム内の美形だらけの男性キャラの甘々な口説き文句は刺激が強すぎて一人悶えていたものだ。
それはそうと、ゲームの中ではヒロインの行く道を邪魔をするライバル役が登場する。それがエディエンヌこと私。位の高い貴族のため庶民のヒロインを見下し、平民にも関わらず周囲に好意的に受け止められる彼女に嫉妬し、ありとあらゆるいじめや妨害を、取り巻き二人と嬉々として仕掛ける安定安心の悪役。輝かしい金髪の縦ロールまで備える隙のなさだ。
ルートによってはその後を伝える話がなかったりもするが、一番明確に彼女の未来が分かるのは王子ルート。
王子に今までのエディエンヌが学園で行った悪事(主にヒロインに対する嫌がらせ)とレティスフォント家の汚職事件を告発されて爵位はく奪、破産、一家離散ルートまっしぐらという清々しい末路を辿る。確かエディエンヌがいくら妨害しても王子はリリィとの距離を着々と縮めていくものだから、業を煮やした彼女が安直にリリィを呼び出して直接暴挙に出るという……
…ってこれ!王子ルートの最後の方のイベントじゃ!?
「答えられないのか?何をしているかと聞いている」
詰んだ!とっくに詰んだ!!没落ルートまっしぐら!!どうすんのこれ!!!もうどうしょうもないじゃん!!??
「で、殿下、私たちがこの部屋に来たときにはリリアーナはすでにこうなっていて…」
アワアワと取り巻き二人が何やら言い訳する後ろで私は放心する。
そういえば電車に乗る前、暑さにやられた雀にペットボトルの水を与えて助けたのにこれは雀の恩返しか?
なぜ気付いたら私は乙女ゲームにいる。
なぜヒロインではない。
なぜ傍観者でいられるモブですらなく悪役令嬢だ。
しかもゲームエンド間近でなにをしろと?エディエンヌにとってのバッドエンドを楽しめというSな神様の心遣いか?ぁあ?
とにかくこの場から逃げたい…一人になって色々考えたい…
「…言い訳は致しません。殿下が見たままですわ」
手に持っていた扇子を広げ口元を隠して鷹揚に答える。三田恵じゃあ逆立ちしても言えない台詞をなぜ言えるのかという突っ込みは後で考えよう。
「私はリリアーナが妬ましい。私がどんなに足掻いても手に入らないものをやすやすと手に入れるこの女が」
王子に庇われているリリィがわずかに目を見開く。このイベントでエディエンヌは前二人に同じくみっともなく言い訳を重ね自爆して逃げ出すのだが、正直今の私はそんな体力気力がない。さっさと切り上げて部屋に帰りたい。
「そのことに対し殿下がどのように罰を下そうと文句はありません。私の自業自得ですから。それでは御機嫌よう、皆様」
無理やりな結び方だが反応を待たずにさっさと踵を返し部屋を出ると、取り巻き二人が慌てて追いかけてきたが各自戻るように指示をして一人自分の部屋に入る。無駄に豪奢な部屋に三田恵の感性がいらっとした。出迎えのメイドも下がらせ靴を脱ぎ棄てベッドに身を沈める。
私はエディエンヌ・レティスフォント―――
ちゃんとエディエンヌとしての記憶は持っている。
でも三田恵である意識を持っている感じが強い。夢にしてはあまりにもリアル。私はあの頭痛の後死んだのだろうか。さっきあの瞬間に霊魂がエディエンヌを乗っ取ったのかな?それとも前世の記憶として思い出したのだろうか?なるたけ冷静に両者の記憶を検討する。
エディエンヌの記憶……今までのエディエンヌは平凡な一生の三田恵と比べると豪華絢爛な人生を歩んでいた。
侯爵の位を持つレティスフォント家の娘。生まれてから甘やかされ我儘に育てられた一人娘は親に連れられた夜会にて王子アルスフォン殿下に一目ぼれし、無理を言って殿下が通われてるジュリメイト学園に入って王子を追いかけまわしている。
貴族の責務?なにそれおいしいの?
贅沢三昧王族貴族以外は人に非ず。完璧な悪役令嬢一丁上がりだ。
いくら甘いと言っても両親もこれでいいのか?
一人娘なら婿を探すのが正解だろうに王子と結ばれれば万事OKと思ってるの?
というか私が王子を落とせると本気で思っているの?
……思っているんだろうなあ…
自分で言うのもあれだが父も母も爵位が無敵の印籠と思って振りかざす馬鹿だ。
ちなみに私も裏口入学というおつむの弱さをばっちり継承した馬鹿だ。
レティスフォント家は没落するべく没落するんだろう。
むしろよく今までもったというべきだ。
あー…どうしても三田恵としての視点でエディエンヌを見てしまうな…。
辛辣な自己批判にどんどん気持ちが落ち込んでいくので内省は一旦置いておく。それよりもこれからどうしょうか、だ。
エディエンヌの没落はゲームエンドの直前、卒業式の意味を持つ舞踏会で王子の告発を受けて発覚するはずだ。
そのあと王子がヒロインとの婚約を発表し二人のエピローグ…は私にはどうでもいい話。
舞踏会は一週間後。
悪事の尻尾なぞとっくに捕まえられてるだろうからできることはほぼないといえる。
ゲームエンドを迎えたらそこでリセットして私は元の世界に戻れる…とかも想像したが可能性はトントンだろう。
この後もエディエンヌの人生が続いた場合どうなるか……。
エディエンヌ自身は特殊能力などないし頭がかなり悪く学園での成績は最下位ら辺をいつも行き来している。
覚醒した?三田恵の知能はエディエンヌよりはマシとはいえ、特に秀でているわけではない。既に持っている知識がこの世界で役に立つかどうかは未知数だ。手に職がないのも痛い。没落して底辺になった後に身を立てる術がないのである。
歯を食いしばって枕に顔を強く押し付ける。とにかく今は待つしかない…破滅を…その後に何とか生き残ることを模索しよう。