幕話07 貨幣魔虫
前回の後書きのとおり、新作を執筆中です。
霊魂入替えで異世界行ったら不死な魔導師の身体でした -迷宮塔の魔法使い-
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ルインとは全く真逆のアプローチを試しています。
よろしければ感想等いただければ幸いです。
ハギスフォートで戦争が始まって二日目の夜の事である。
王都ラナエストとハギスフォートを結ぶ街道は王都への避難民で混雑していたが、身軽な一般市民は街道脇に身を寄せて夜を過ごしていた。所々にある野営用の待避所は馬車持ちの商人達がほとんど独占しており、入り込む余地が無いからだ。
その中でも大商人ロッパ率いる一団は荷馬車が3台。歩かせた使用人も10人程であり、馬車の周りに配置して野宿させ、盗難に会わないように警戒している。もし、サーシャが使用人を首になっていなければ、ナクトと共にこの集団に居たのであろう。
荷馬車1台だけの商人は畦道に乗り入れて休む場所を確保していたが、これだと翌朝出発する時が大変である。荷馬車を街道まで人力で引っ張らないとならないからだ。待避所の大部分を占領している大商人には恨めしさと嫉ましさが集中しているのであった。
ロッパはハギスフォート脱出の際に、屋敷とその中の財産を、軍に9千万コトスで売り払った。向こうから買収を持ちかけてきたので商談としては楽勝であり、手付け金としてもらった1千万コトスの白金貨と証文はロッパを幸せな夢の中へ導いている。
なにしろ、これだけあればラナエストで新たな店舗を構えるのも、他国へ渡るのも選択肢として考えられるのだ。白金貨の入った袋を抱き枕に、荷台に拵えた干し草のベッドで寝返りを打つロッパ。
袋の中の白金貨がガサガサと音を立てる。
普通ならこれ以上は何も音はしない。しかし、ガサガサと言う音は継続し、やがて次第に音が増えだした。
「ギチギチギチッ!」
虫が鳴くかのような異音が発生し、次の瞬間、荷台の中に鉄臭い血の臭いが充満する。
あまりの痛みに目を覚ますロッパだが、身体は身動きが取れず、目を見開いてゴポポと吐血するばかり。
何者かが腹を食い破っているのだ。
痛みと恐怖に失神したロッパはもう二度と目を覚まさない。その身体の腹部を存分に堪能したモノ達は、平べったくも丸い身体に黒い脚と牙の先端が金色であり、甲虫のような羽根は金色で白金貨を二つに割ったデザインの虫であった。
虫達は証文を探し当てるとズタズタに切り裂き、荷台から飛び出して隣の荷台や、周囲で野宿する使用人達に近づく。
シュナイエン帝国魔導将軍ロウゼルによって生み出された貨幣魔虫。
本物の白金貨と全く見分けが付かない貨幣魔虫は、最初の作戦―ハギスフォート拠点の買収と関係者や証文の証拠隠滅―を実行する。
馬が血の臭いに怯えだし、使用人達は訝しげに思ったが、次には皆、何が起こったか判らぬうちに喉や腹を食い破られ、その殺戮は待避所に居る全ての者に対して行われた。
殺戮を行った貨幣魔虫は宵闇の中を何処かへ飛び去り、まだ殺戮を行っていない貨幣魔虫は大人しく身を潜める。
翌朝、血の臭いと朝日の元に横たわる死体に、街道に居た避難民達は驚愕するが、戦争中ということもあり、調査する騎士達も居ない。
結局、ロッパを含む商人達の積み荷は避難民に持ち出され、死骸は集められて火葬された。運良く臨時収入を手にした者達は、これで王都に着けば美味い物を食べて良い宿に泊まれる、と喜びつつ脚を運ぶ。
彼らの懐では白金貨がカサリ、と鳴った。
時刻はロッパが惨劇に見舞われた後の夜明け前の事。
街道を西へ歩く1人の人影があった。口ひげを伸ばした恰幅の良い中年。茶色のローブに身を包み長杖を突きつつ歩く姿は魔法使いのように見える。
実際の所、その男、ホスラーは魔法使いであった。もっと正確に言えば、シュナイエン帝国魔導師団所属であり、魔導将軍ロウゼルの指示の下、ハギスフォートで暗躍する魔導師オレアナの配下に付けられた者であったのだ。
ハギスフォートでの任務には幾つかのものがあったが、そのうちの一つは拠点の用意である。幸い、戦争開始に合わせて商人から屋敷を買い取ることが出来、ホスラーはあわよくばロウゼルが用意してくれた支度金の他、商人が残していった資産を懐に入れて儲けるつもりでいた。
オレアナは凶人だし、もう1人の仲間ヴァインは普段はぼうっとしているが、時折妙に鋭いところを見せる油断のならない男だ。ホスラーにしてみれば、機会があればオレアナ達から離れて自身の懐を潤わせつつ、王都で諜報活動をしていた方が、より安全で旨みがあると考えたのである。オレアナがサーシャを使って死君主化の作戦を始めた時にはもう、ホスラーはこっそりと荷物をまとめ、その日の夕方にはハギスフォートを脱出していたのであった。
魔法使いであるためホスラーは、持ち出してきた金目の物を全て「見えざる鞄」に仕舞い、身軽な格好で街道を歩いている。身重なのは自らの腹肉と鍛えていない足腰のみと自嘲しつつホスラーが歩いていると、後方から小走りに駆けてくる男がいた。振り返ったホスラーは見覚えのある顔に驚愕する。
「見つけたぞ! ホスラー!」
「ひいっ! ヴァ、ヴァイン!?」
「なぜこんなとこに居る!? 任務放棄は極刑と知っての覚悟だろうな!?」
「わ、私は王都で情報収集しようと思ったのだ。オレアナの下ではどの道、役目も無いしな」
ホスラーは白み始めた空の下で言い訳しつつ、ヴァインの顔色が優れないことに気付く。見れば左手は腹部を押さえており、負傷しているのが見て取れたのだ。いざという時の為にそれを心に留め置いて、ホスラーは別に確認する事があった。
「それよりも、何故私が居る場所が判った?」
「お前が持ちだした物の中に探知出来る物があったからな」
その言葉に、厄介な事を、と思うホスラー。
これではどこに行っても知られてしまうではないか。
「探知出来る物とはなんだ?」
ヴァインはフフ、と笑って腹部のポケットから白金貨を取り出した。
「ロウゼル様が用意した支度金さ。こいつには仕掛けがしてあってね。扱えるのは俺だけだ」
ヴァインは白金貨を仕舞いながら続ける。
「ハギスフォート市内にお前の反応が無かったからな。俺はサーシャの仲間に不覚を取って身を潜めていた。お前が居ればまた違ったかも知れないが・・・・・・まぁ、済んだ事は良い。オレアナは派手にやりすぎたし、サーシャの仲間が屋敷から出てきていたから恐らくやられたんだろう。あのままならば足が着くしな、今後は王都へ行って諜報活動と武闘祭への参加をしようと思う」
ホスラーは素早く計算するとヴァインに頷いた。
「判った。一緒に行こう。何、私に任せてくれればねぐらの確保等、すぐ出来る」
2人はそうして、一緒に歩き出した。
ホスラーは歩きながら歩幅を調節し、自然とヴァインより半歩下がる位置に調節する。
「ところで、怪我をしたのか? 顔色が優れないが」
「ああ、不思議な魔導具で氷の矢のような物を腹に二発喰らった。他にも俺の剣を防いだエルフがいたりしてな、退却するしかなかった。とりあえずポーションで傷口は塞がったがな」
ヴァインが話している隙に、ホスラーは長杖に仕込んだ仕掛けを起動する。親指が掛かる場所をスライドさせ、中に仕込んだ触媒の五香粉を練り固めた物に触れながら魔印誓言を起動。幻系Lv3の「幻術」を発動させたのだ。
連続して6種の幻術を起動するホスラー。
一つ目は聴覚。ホスラー自身は足を止めたが、本体の音を認識出来なくし、なおかつそのままヴァインのそばで歩き続ける自分の音が聞こえるような幻術。
二つ目は視覚。ヴァインのそばで歩き続ける自分の姿を認識し、後方で止まった自分が見えなくなる幻術。
三つ目も視覚。前方からヴァインに痛手を与えた相手が現れたかのような幻術。
四つ目は痛覚。ヴァインの腹の傷の痛みを増幅させる幻術。
五つ目は触覚。痛みによるものと誤認させて身体の感覚を失わせ麻痺させる幻術。
六つ目は視覚。ホスラーが敵に対し魔法の矢を放つ幻術。
「くそっ! 敵だ! ここまで追いついたのか!」
毒突くヴァインが次には崩れ落ち、腹部を押さえ苦しみ始める。
“幻術使い”の評価が高いホスラーは、五感を操り相手を意のままに導く事が出来るのだ。
ちなみに、さらに上級の“幻影使い”になると五感のごまかしでは無く、実際に幻影を作りだし見る者全てを術中に引きずり込んでしまうのだが、ホスラーはLv4、幻影使いになるためにはLv7まで腕を磨かなければならない。
『分け前が取られるのも困るしな。悪いがヴァイン、お前はここで死んでくれ』
ホスラーはヴァインに本当の止めを刺すべく、触媒のミニチュアの矢を左袖から取り出し、想念系Lv4の「魔法の矢」の呪文を唱えた。
ヴァインは前方から背の低い人物―シナギー族の女性だ―が現れるのを見て愕然とした。自分に深手を負わせた敵が、回り込んで前方から来たのだ。
「くそっ! 敵だ! ここまで追いついたのか!」
ホスラーに知らせようとするも、シナギーの女性は前回と同じく素早い抜き撃ちで魔導具を使ってくる。一瞬にして再び腹部を撃たれたヴァインは、激痛に身をよじった。
あまりの痛みに身体が動かない。咄嗟に騎士魔法で防御力と治癒力を上げようとしたが、身体は麻痺して既に言うことを聞かないのだ。
ホスラーが対抗すべく魔法の矢の呪文を唱え始める。魔法の矢がシナギー目掛けて射出され・・・・・・
ドスッ!
なぜかヴァインの腹部に刺さる魔法の矢。
燈色の光の矢が消え、血が流れ出し、激痛に血の気が引く感覚がして。
ヴァインは自分が幻術に掛けられていた事を理解した。
すかさず騎士魔法を発動させ、身体を白い燐光が包む。自己治癒力を上げ傷口を塞ぎ、立ち上がってホスラーを睨み付ける。
止めを刺したつもりが、仕留めきれなかった事に驚愕し後ずさるホスラー。
「これが貴様の本心か、ホスラー!」
「馬鹿なっ! 何故生きていられるっ!?」
「痛み減少の魔法道具を身につけていた事もあるけれどな、一番の理由はこれだよ」
ヴァインは不敵に笑い、ポケットから白金貨を取り出す。ヴァインが掲げて見せたそれは、真ん中に穴が開いていた。
「白金貨がたまたま衝撃を吸収したと言うことか!?」
「違うな」
言い様にその白金貨をホスラー目掛けて投げつけるヴァイン。
ホスラーはそれを受け止めたが、手に怖気を感じて、すぐに悲鳴を上げて手放してしまった。
路上でわしゃわしゃと手足を動かす貨幣魔虫。
「な、なんだ!? これは!?」
「ロウゼル様から頂いた貨幣魔虫。その指揮権は俺に預けられていた。黄金虫の守りが俺を救ったのだ。しかし!」
ホスラーに指を指すヴァイン。
どこからともなく、蛍のような光が無数に飛んでやって来る。やがて、ホスラーを中心に無数の羽音が聞こえ始め、それはさらには、ギチギチギチと断罪の音を鳴らし始める。
群れ飛ぶ貨幣魔虫である事を理解するホスラーであったが、彼には全方位に結界を張る技術も騎士魔法の優れた使い手と真正面から戦う手段も無かった。
「指揮権を持つ貨幣魔虫が殺されたのだ。そいつらは、リーダー殺しを許しはしないっ!」
白い閃光が走り、鍔鳴りがする。
「ギャァアアアーッ!」
「それは俺からのお返しだ。止めは虫達に任せる」
ヴァインが瞬時にホスラーの脇を駆け抜けて斬りつけ、抜剣した片手剣を鞘に戻したのだ。
ボトリ、と肩口から落ちるホスラーの右腕。悶絶して転げ回るホスラーに、金色の光が次々と舞い降り、更なる悲鳴が辺りに響き渡る。
やがて、惨劇が終了すると貨幣魔虫達は何処かへ飛び去って行き、街道にはホスラーだったものの残骸と、「見えざる鞄」に収納されていたホスラーが持ち出した財宝が残るばかり。
『貨幣魔虫達は最早操作不能だな・・・・・・いずれはラナエスト王国にばらまく予定だった事を考えれば、作戦は継続中で問題はないが。野良の貨幣魔虫は迷宮に住み着くと言うが本当なのかねぇ』
腹が少し痛む事を忌々しく感じつつ、ヴァインはこれからの身の振り方を考えた。
『まずは傷を治したらしばらくは冒険者をしつつ、武闘祭に参加するか。そっちは正体を隠さなくて良いと言われているからな・・・・・・ああ! 仮の身分じゃ、王都へ入るにも身分証明が無いじゃ無いか!』
ハギスフォート侵入時はホスラーの幻術で入り込んだのであるが、アキネルやハギスフォートと行った地方都市と、王都ラナエストでは門番による確認の度合いが違って厳しいはずだ。普通であれば真贋の水晶球によって審査されるため、偽造の身分では審査が通らないのだ。これから王都へ入るとなると・・・・・・
『入場門で正体明かすしかないか。武者修行のため諸国放浪中に立ち寄ったと言う事にして』
ヴァインの左腕には魔導具の腕輪が填まっている。これを起動させれば、ヴァインが本名で使うべき装備が身体に装着されるのだ。その鎧姿を見せればシュナイエン帝国騎士としての身の証にはなるだろう。
朝日が昇り始め、鳥達のさえずりが街道を包み始める中、ヴァインは持てる分の金目の物を拾い上げて収納袋に入れると、王都へ向けて歩き出す。
その左腕の腕輪には、「ロード・ヴァイン・シュナイタス」と言う言葉が刻まれているのであった。
さて、久々のルイン・ブリンガーズですが、幕間話を上げさせてもらいました。
次章までは後2話、幕間劇を予定しています。
幕間話をいつ更新するか、特に決めてはいなかったのですが、新作執筆するにあたり、
非常に反動が来まして・・・・・・予定よりも早く更新することになりました。
真逆のアプローチで創作するというのは色々発見があって良いのですが、ルイン執筆の刺激に凄まじいものがあります。自分向きがどういったものかが見えやすくなってきた感じです。
よろしければブクマ登録、評価、感想、レビュー等くださいませ。
ルイン・ブリンガーズを書く元気がもっと膨らむのです。
よろしくお願いします。
なお、別途投稿の
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
もあります。未読で興味の出た方、是非そちらもお読みください。
よろしくお願いします。




