061 東部戦線終結
いつもより遅れてすみませんでした。
ゴードは白い燐光の立体魔文字を描いた。効果はこれまでの神罰の炎ではない。反映されたのは身体強化である。
剣聖が騎士魔法を使える身体に更に上乗せして、剣神ヴァルフィンの力による身体強化を行うという行為の意味は、剣聖にしか解らない。魔法使いから身体強化の魔法を掛けてもらうのとはその効果が格段に違うのだ。それほどまでに身体能力をあげると、一体どんな技が出されるのか。
ゴードが瞬時にヘカティレシアの足下に出現すると、そこに一瞬、鈍色に尖った針状の花弁の花が咲き乱れたかのような幻影をクロッゼ達は見た。
続いて、ヘカティレシアの姿が歪んで見え、さらには細切れに分割し粉々に霧散していく。ほとんどの掌の目が消失したことで攻撃が通るようになり、さらに今の一撃でヘカティレシアの全身全てが切り刻まれたのだ。
ヘカティレシアは自身の百の掌と眼が傷つき、物質界における無敵状態が破られると同時に身体全体に修復不可能な傷を負った事を知覚した。せっかく召喚によって物質界に足掛かりを得たというのに短いものである。
物質界に来るのは彼女によっては遊びでしかないが、贄となった巨人族を考えると残念でならない。巨人達からの信仰心が、魔界に要る彼女の活力となっているのも確かであるからだ。せめて、産み残されてある卵達に祝福をと、自身の権能を以てジャイアント・ヒルズに隠された巨人の卵に祝福の念を飛ばし、ヘカティレシアは魔界へと帰って行くのであった。
「鋼千散華。剣聖技の一つで、超常の速度で千の斬撃を繰り出し次元すら切り刻む。これでもう魔神は物質界で原型を留めてはいられまい。魔界へ帰るのみじゃ」
ミーナ達のそばに姿を現したゴード自身の説明に、先程までのゴードが残像であったことに気付かされる。剣聖技の凄まじさに唯々驚く一同であった。
こうして、ハギスフォートの戦いは終結を向かえたのである。剣聖の最新の武勇伝は、此度の武闘祭の話題に華を添えることになるのであった。
ハギスフォート南東10ケリー上空、魔導艇タービュランス。既に朝日に曝されていたタービュランスは、魔導艇下面を雲に擬態し滞空していた。
シュナイエン帝国魔導将軍ロウゼルは、夜間の戦争状況を委細もらさず確認し、今、魔神ヘカティレシアが消滅する様子をタービュランス艦橋で見終わったところである。
偵察用の魔道具“ピルスニア”が宵闇に紛れて戦場上空に浮遊し、遠見の魔法により戦場の様子を観察していたのだ。これは、ナギス村の戦闘状況の観察が詳細が不明であったため、未完成であったピルスニアを急遽、動かせるところまで組み上げたのである。
その結果は良好で、ロウゼル達は今回、オレアナの巨人達への道具提供や巨人殺しコームの戦闘、そしてサーシャや剣聖、ヘカティレシアの様子を一通り見ることが出来たのである。
ヘカティレシアの消滅に伴いハギスフォート戦争は終結したと見てよい。既にハギスフォート城壁からは勝利の声が沸き立ち、ピルスニアを通してかすかにその音も聞こえてくる。
ロウゼルはピルスニアの擬態を昼仕様に変更し帰還させる指示と、今後の指令としてジャイアント・ヒルズ周辺の探索に入る事を告げた。
「ザカエラ、君の出番だ。戦争見物はこれで終わり。これからは、古代王国の手がかりを探して飛び回ろうじゃないか。それと、もし巨人族の集落跡が見つかったら地上索敵を行おう。卵があったら持って帰りたい」
「巨人族の卵ですか!? どうするおつもりで?」
「ヘカティレシアは消滅前に、残された卵立ちに加護を与えたみたいなんだ。それを育てて強化できたら面白いかなと思ってさ」
なるほど、と感心するザカエラや艦橋の乗組員達。
と、その中でピルスニアを操縦していた兵士から悲鳴が上がった。
「た、大変です!これはっ!」
艦橋の皆がそちらへ向き、ピルスニアが伝達している映像を見ると、そこには。
猛禽の顔面が極大に映っている。鷹!?
次いで、その顔面が消えると羽根がちらりとだけ見え、ピルスニアは制御不能となった。おそらく大鷹の蹴爪に捕まれたのであろう、提供される映像は急激な移動の果て、丘陵地帯の開けた場所に堕とされ映像が途切れてしまった。
「参ったね・・・・・・猛禽類に餌と間違われるとは」
ロウゼルの苦笑に獣の考える事は判りませんと答えるザカエラ。
この失敗は次に活かす事として、ロウゼルはタービュランスを発進させるのであった。
アイズは魔導艇の放った探査道具であるとアタリを付けてピルスニアに接近し、猛禽類の狩猟行動に見せかけて破壊すると、その破片を観察していた。
『まだまだ荒削りな技術であるな。古代技術には到底およばないが、発想はよい。これを消化すればまともな戦術探査機が出来るであろうが、今の我々には邪魔でしかない。さて、まだ会っていないがレディアネス・クレイドならばこれをどのように作るであろうな? 会うのが楽しみである』
アイズは羽ばたきし飛び立つと、ハギスフォート目指して宙を滑空しはじめた。眼下では朝日の中、戦場が鳥観出来る。
傷つき倒れた兵士を捜す者、伏した死体を回収する者、巨人の死体には火が掛けられ、城壁では歓声を上げる兵士達。
剣聖やオルフェル達が東門目指して歩いているのを見つけると、アイズは愛用している止まり木目指して降下を開始した。
戦争開始から3日目の朝にようやく戦争は終結し、クロッゼはハギスフォート太守として、その日1日を休養日と決めた。
王都へ魔道具による通信を行い、街道へ戦争終結を知らしめる早馬を出し最低限の見張りを決めると、クロッゼ以下とにかく倒れ込むように寝る者が続出し、その間、冒険者ギルドは動ける者を雇って治安維持と食料調達に奔走する。
兵士達が皆起きれば次に必要なのは食事で、その次は街の復興だ。冒険者ギルドの依頼掲示板には次々と依頼文が張り出された。
そして、正午過ぎ。
冒険者ギルド内では、ジーナロッテとシグマ達冒険者が別れの挨拶をしていた。サーシャはコームやオルフェル達と一緒に太守府にいるため、ジーナロッテのみがナクトを引き取りがてら冒険者ギルドに来たところで再会したのだ。
戦士のシグマ、魔術師のタワリン、僧侶のリエールの3人は、このまま残ってハギスフォートの復興を手伝うと言う。ある程度落ち着けば、貯まった報奨金を元にラナエストへ繰り出し、武闘祭見物をするのだと。
一方、重騎士ディーガと仲間の弓使いエリク、神官ハンスマンはこのままラナエストへ向かうのだそうだ。試練の迷宮に潜って腕を鍛え、武闘祭に出場するのがディーガの目標らしい。
「同じ冒険者だ。近場だし何しろ武闘祭が控えてるからな。ラナエストでまた会えるんじゃねぇか?だからさよならは言わないぜ」
照れくさそうに手を挙げて挨拶するシグマ。
「復興を手伝えなくて済まないが俺にも予定がある。ラナエストでまた会うこともあるだろうがよろしくな。特にジーナロッテ、貴方の活躍は忘れない。罠師の凄まじさは大変参考になった」
ディーガがそう返す。ジーナロッテはこれまで気になっていたことを、口に出そうか出すまいか逡巡していたが最後だから思い切って言うことにした。
「他の罠師がどうやっているのかまでは知らないからね。あれは私流ということで。それよりもディーガ、あなたはずっと全身鎧で、私達素顔見ていないのだけど。これじゃ、武器屋で同じ鎧見るだけで私達挨拶しなきゃいけないじゃないの」
む、そうか、とディーガは気が付いたようで、ようやく兜を取るべく留め金を外し始めた。金髪がうなじに見え、やがて現れたのは。
「お、女!?」
兜の下から現れたのは、短めの金髪に凛々しい顔つきの美女。男性的と言えなくもないが、細く切れ上がった目尻や高く通った鼻筋と薄い唇は、紛れもない女性のものであり、首から上と下の違和感が凄まじい。
エリクとハンスマンは当然知っていたのであろうが、それ以外の面々は驚愕し、中でもシグマは背中を預けられる戦士と認めていたからこそ、その正体が女性であったことに衝撃を受けていた。
「嘘だろ・・・・・・久々に戦場で背中預けられる奴見つけたと思ったら、女だったのかよ!」
「女で悪いか?偏見なしに俺の実力は知って貰えたはずだが?」
「いや、実力は疑ってねぇさ!っけど、女ならもう少しこっちも気ぃ使ってたって言うか」
「それこそ不要だよ。それに、俺より弱い者に気を使って貰う必要もない」
「な、なんだとっ!」
「だから気にするなということだ。機会があればまた会おう!シグマ、私を女扱いしてくれるのであれば、武闘祭で私より強いことを証明するんだな」
ディーガ達一行はそう言ってギルドを出て行き、残されたのはシグマ達は。
「ちっくしょぉおお! よし、さっさと復興終わらせて俺達もラナエストへ行くぞ! 俺も武闘祭に出て目に物見せてやる!」
めんどくさいから出ないって言ってたじゃないと、リエールがシグマを宥めるがシグマは聞いちゃいない。
「なんだか変なことになりましたが、ラナエストでまたお会いしましょう」
タワリンが取りなして挨拶し、こうしてジーナロッテは彼らと別れるのであった。
ジーナロッテがナクトを引き取って太守府の一室に入ると、そこには昨夜からの面々がシフォンを除き揃っていた。睡眠時間としてはまだ寝足りないが、腹も減るし、やることもある。仮眠明け状態で目覚めた彼らは、太守室に集まっていたのだ。
ジーナロッテとオルフェル、ミーナ、シフォンはこれからラナエストへ帰る予定である。ラナクル号があるために足は速く、今日の夕方にはラナエストへ付けるだろう。そのため、早馬代わりに王城までの届け物もついでに運ぶ事になっていた。
魔導水晶による通信で粗方の報告はしているが、それ以外にも事務的な書類など結構あるのだ。また、オルフェル達の功績に対する報償にしても国王自ら応対したいとの事で、今回は王城で渡す事となった。
「やれやれ。これでようやく一息つけるわね」
「いや、そもそも何も始まってないよ!元々は魔獣の皮の買い付けだったんだからな?」
ミーナののんびりした感想にオルフェルが突っかかる。そもそも材料の買い付けに来たのが本来の理由であり、オルフェルの仕事はこれからが本番なのだ。
コームとゴード、エベラード達は今日一日は休み、明朝帰ると言う。馬や荷車もあるし、そもそもが夜通し駆けてきた強行軍であったのだ。
エベラードは今回の戦いで巨大投槍機をハギスフォート軍に買い取ってもらえる事になり、さらに報償ももらえることになった。武具品評会用の武具についても何かアイデアが浮かんだようで、今回の体験は得るものが多々あったようだ。
エベラードの荷車にはサーシャとナクトも同乗するらしい。
と言うのも、コームがノフィアス家の小間使いとしてサーシャを雇いたいと言い出したのだ。もちろん、ナクトも一緒に住み込みで、だ。
この申し出の際にクロッゼが口笛を吹き、ゴードとオルフェルがニヤニヤしていたことは言うまでもないが、実は王都に行けば、魔法学院長ウォルスと宮廷魔道士ノキアの協力が得られ、死君主の解除方法が探せる、と言う事情もあったため、サーシャはコームの世話になることに決めたのであった。
それらの事情をジーナロッテが聞いていると、扉を開けてシフォンが入ってきた。キッチンワゴンを押しており、そこにはバスケットと小皿とコップ、それに大きな真鍮の瓶が載せられている。
「厨房を借りてあり合わせで作ってきたが、良かったら食べてくれ。街の西側には牛の厩舎もあって放置されていたらしい。冒険者ギルドから牛乳の差し入れだ」
バスケットを開けるとそこには、黒パンに葉野菜やチーズ、ベーコンを挟んだサンドイッチが詰まっており、一同から歓声が上がる。シフォンの給仕により牛乳とサンドイッチに有りつけたクロッゼ達は、その味に舌鼓を打った。
「美味いな、これは!黒パンなのに軟らかい!ソースの酸味と風味も良い!」
「牛乳も冷えてて良いな!一体どうやったんだ!?」
クロッゼとエベラードの感想にシフォンが胸を張る。
「黒パンは湯気に当ててから柑橘ジャムを塗ってある。ソースは厨房の物に、私が持ち歩いているエルダーウッド製の調味料を追加したものだ。牛乳は、精霊に頼んで冷やしてもらった」
「精霊導師凄いな!」
「いや!そこは料理の腕を褒めなさいよっ!」
オルフェルとシフォンのやりとりに笑いが起こり、また、ナクトが旺盛な食欲を見せたことでサーシャも心から笑っているようだ。
ジーナロッテはようやく、戦いが終わったのだと実感した。サーシャの笑顔。存在が変わっても生きると言う事。人間となったジーナロッテに取って、ハギスフォートの3日間は濃密な体験となったのである。
-ブルフォス村、同時刻。
騎士4名を護衛に、早朝から早駆けをしたラナエスト王子ウィルフリードはようやくブルフォス村に到着した。ブルフォス村の左脇には農地が整地され、件の駐留地が出来つつある。既にいくつかの木造家屋の床組までが終わっており、その発展の勢いにウィルフリード達は度肝を抜かれていた。
村門を抜けて石畳を進むと、あちこちに戦いの爪痕が、飛竜によって焼かれた家屋が見られる。しかし、村全体としては思ったよりは被害が少ないようで安心するウィルフリード。
やがて、中央広場の奥、冒険者ギルドの近くに領主館が見えてきた。
ウィルフリードは武者修行もしたし、実は冒険者登録もして試練の迷宮にも潜っている。オウカヤーシュ留学中も戦う機会は結構あったが、国を背負った戦いというのは今回が初めてであった。しかも、内容は武によるものではなく、知略によるもの。
いかに知恵者、宮廷魔術師ノキア・エトランゼから指南されているとは言え、我知らず、ウィルフリードは緊張している。
外交特使、ラナエスト王子ウィルフリードの初めての戦いは、こうして幕を上げるのであった。
宜しければ感想、ブクマ登録、レビュー等、応援よろしくお願いします!
今回、ハギスフォート編のエンディングだったのですが、まだ語られていないいくつかのエピソードがあります。それは、幕間話でやる予定です。
全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてあります。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




