059 巨人殺し
ハギスフォート軍が都市郊外で掃討戦へと移っている最中、兵士達は異音を耳にする。
それは、無数の虫達による羽音。
始めは、飛んで火に入るかのように、剣聖によって灯された巨大な松明に誘われて来たのかと思われたのだが、虫達は炎には向かわず、ハギスフォートの兵士達に纏わり付くようにぶつかってきた。
直接ダメージを喰らう訳では無い。しかし、虫が身体にぶつかってきたときの嫌悪感はほとんどの者に共通であろう。ましてや今回の虫達はオレアナの手によってレギオンカースの呪いを施されている。接触しただけで、亡者の阿鼻叫喚の表情を幻視で見せられ、肌を蛇状に黒く変色させられるのだ。蔓延すれば発狂し“呪われた生者”ディスペアラへとなってしまう。
虫への嫌悪と恐怖により、今回のレギオンカースは侵食が早かった。最初の幻視と同時に身体の結構な範囲が変質し、その異常に再び恐怖して変質が加速する。
戦場のあちこちで兵士達は恐慌をきたし、まともに巨人と戦える状況を失いつつある。
クロッゼ、コーム、ゴードの3人は敵本陣へ向けて進んでいたが、周囲で繰り広げられる異様な光景に立ち止まってしまった。たまたま自分達には来ていないが、この虫達に襲われればどう対処すべきか。それ以前になぜこのような事態となっているのか。
近くで黒い蛇皮と化した腕に恐れ慄く兵士を見るクロッゼ。
「ふむ、毒・・・・・・いや、むしろ呪いか?」
流石に一都市の太守ともなると慧眼である。
「おそらく敵の黒幕によるものでしょうか?」
「ワシらの元へ虫が来たら、ワシが焼き払う。ともかく本陣を攻めるしかなかろう」
コームとゴードが進もうとした矢先に、前方から5体の巨人がやってきた。
中央の一体は巨人らしからぬ、皮鎧に盾、巨大な剣を装備した一際体格の良い巨人。森巨人の部族長ヘカリッサである。
周囲の4体は近衛兵だ。部族の中でも強者であるからこそ近衛の立場に居るのだろうが、他の巨人との違いは、装備で言えば身体を被う毛皮の面積程度でしかない。
コームはすかさずピアシーレを構え、投擲した。
近衛巨人の胸元をピアシーレが2体まとめて貫き、穴を穿つ。何も出来ずに呆然と崩れ落ちる巨人達。コームの右手に再出現したピアシーレは、続いて二投目でさらに一体の胸板を貫通して屠る。
残る一体は仲間がやられるのも構わずに突進してきた。流石に近衛兵として肝が据わっているのか、単なる蛮勇なのか。しかしその巨人も、クロッゼの飛空斬によって頭頂から両断されるのであった。
その様子を眺めていたゴードが、2人の腕っ節に呆れたように話す。
「全く・・・・・・兵達が皆、お主等レベルであれば事は容易いのだがのう」
「弟子を取らぬ御方が何をおっしゃいますかっ!」
思わず激しく指摘するクロッゼ。無理もない、その昔、弟子入りを断られた苦い経験を持つのだ。ヴァンフォート流の門戸はその昔は開かれていなかったのである。
とは言え、ゴードも武芸者であり自らの強さを簡単に売るつもりはない。そういう点ではゴードが指南したシャティルやアルティレイオンは希有な存在であった。
一方、そんなやりとりをしている2人を無視してコームは巨人の部族長に対峙した。15年前にも巨人の族長と戦ったが、あの時も魔槍の一投で勝負はついていた。今回は果たしてどうか。
これまでと同様に魔槍ピアシーレを投擲するコーム。
ヘカリッサは、胸元目掛けて投げられた一撃に対し、なんとか左腕の盾を割り込ませる事に成功した。
「なんと!貫けないとは!」
驚愕するも笑みが浮かぶコーム。魔槍ピアシーレが貫けない事など滅多にはない。
実はオレアナが、盾に魔法の守りを付与していたおかげでもあるのだが、コームはこの時に久々に戦いが楽しめそうだと期待する。
ヘカリッサはコーム目掛けて巨大な片手剣を振り下ろしてきた。これもオレアナが用意した、岩塊や土塊から精製した石剣だ。
切れ味よりも叩きつぶすような、結局棍棒と変わらない使われ方をする石剣。しかしその巨体が繰り出す一撃は威力だけ見れば大型魔獣並である。
コームが右に躱すと、石剣が大地を深くえぐり、土砂が飛び散る。土塊のつぶてに多少のダメージを受けるが、コームは構わず右手に戻った魔槍を構え直し、ヘカリッサの振り下ろした右腕の内側目掛けて刺突を繰り出した。
ヘカリッサは盾でこの攻撃を阻む。そこをコームはそのまま手首を返し、盾の裏側に槍先を差し入れる。そこからは騎士魔法を使い、部族長の左腕を強引な力業で振り払った。
こじ開けてがら空きにした胴体目掛けて突き入れるコーム。しかし、引き戻された石剣が防御に間に合い、コームは今期の部族長の強さに敵ながら感心した。一歩下がって間合いを取り直すコーム。
「今期の部族長は面白い!だが遊んでは居られんな!」
再び振り下ろされる石剣を、今度は魔槍で左に受け流す。反す魔槍を地面に突き刺し大地を蹴ると、魔槍を支点に棒高跳びの要領で飛び上がったコームは、ヘカリッサの上空まで到達した。
瞬時に騎士魔法を発動し、左手の掌で魔槍ピアシーレを支える。右手で捻りつつ引いた槍に、コームは騎士魔力を一気に注ぎ込んで眼下の巨人に突き出した。
魔槍術、“流星豪雨”
ピアシーレの分身のような紫光の槍が、無数の流星となってヘカリッサに降り注いだ。
魔力のエネルギー体はヘカリッサの身体や装備の物理的な防御を無視して穴を穿ち、コームが背後に着地すると、絶命したヘカリッサの身体が崩れ落ちた。
「これで残るは、敵の黒幕だな」
「そう思いたいですが、果たして本陣に居るのかどうか。とりあえず向かうしかありませんが」
話しているコームの手の中で、ピアシーレが鳴動を始めた。この感覚は本日二度目である。
まさか、と思い当たりを見回したコームは、空を飛び本陣の方向へ向かう白い少女を見つけた。
空を飛んでいる事に3人とも驚くが、コームとゴードはすぐに、それが市内でピアシーレを扱っていた女性、サーシャであることに気が付いた。すかさずコームが叫ぶ。
「サーシャ!持って行け!」
自然と投擲された魔槍は、サーシャを追走しピタリと右手に収まる。ピアシーレの出現に驚き空中でピタリと止まったサーシャは、後ろを振り返り初めてコーム達を視認したようであった。ピアシーレを膝の辺りに両手で持ったサーシャは、深々とお辞儀し、踵を返して飛び去って行く。
「空を飛ぶとはただ者ではないのう。それになぜ魔槍があの娘に従うのじゃ?」
「分かりません。しかし、彼女の投擲する姿は、ピアシーレの前の持ち主に似ているのです。何か、親類縁者などと血の繋がりがあるのかも知れませんね」
前の持ち主、と言う言葉にクロッゼは違和感を覚えた。確かピアシーレはコームが冒険者時代、地下迷宮から持ち帰ったものではなかったか。
コームによると、元々は冒険者仲間のレイアという女性が宝箱から発見して使っていたのであるが、ある時、別行動していたレイアが地下迷宮から帰ってこなかったのだそうだ。コームが捜索に行った結果、魔槍だけが残されており、それを持ち帰ったのだと言う。
「レイアとはそれっきりです・・・・・・あの娘を見ていると仕草がレイアに似ているんですね。もしかしたら生まれ変わりだったりするかも知れません」
そうとでも考えなければ魔槍の行動に説明がつかないコームであった。
「なるほど、それはそれとして、飛んでどこへ向かったのか。ワシらと同じく、敵の本陣かな?これについてはジーナロッテ達が事情を知っていそうじゃな」
ゴードはハギスフォート方面から駆けてくるジーナロッテ達を遠方に見つけたのであった。
「事情は進みながら聞くとしましょう。それはそうと、私の武器が無くなってしまいました。敵が現れたらお二人ともお願いしますね」
「戦場で女性にピアシーレを渡すとは、今度は女殺しの異名でも取るつもりかな?」
クロッゼのニヤリとした反しに、我知らずなぜか動揺するコーム。
面白いモノが見られたと、コームの護衛料はそれだけで充分だとクロッゼは思いつつ、オルフェル達が追いつくのをしばし待つのであった。
巨人軍本陣では、悪魔フォーリナムが地面に魔方陣を描き、長い呪文を詠唱していた。
ブルフォス村でランサルムが、ナギス村ではウルダイルが、それぞれ魔黒竜トシュレペや昆虫魔人ディヒランティスを召喚していたのだが、そのことをウルダイルは知らない。フォーリナムはフォーリナムなりに戦果を求め、たまたま他の2体と同様に召喚魔法という手段をとったのであるが、その中身は規模が違っていた。
ランサルムの行為に当てはめれば邪竜神ロドン級の援軍を求めようとしていたのだ。そのため、戦場の巨人達の屍だけではなく、非常に長い呪文詠唱を必要としているのであった。ようやく詠唱が終わり、これからはそれが出現してくるのを待つばかりなのだが、若干時間が掛かる。神を現世に召喚する事には色々と制限が掛かるのだ。
オレアナに時間を稼がせていたフォーリナムであったが、オレアナが呪虫嵐の術が破られたと報告する。それを破ったのは危惧していた因縁の相手、死君主だとも。
レギオンカースで要らぬ敵を起こしてしまった事も刻を稼ぐためには仕方がなかろう。どのみち、召喚が終われば全ては片がつくのだ。そろそろ戦場では贄が消化され始めるだろう。
フォーリナムはそのまま魔方陣の明滅を見守り続けた。
ハギスフォート市内、ジーナロッテ達が激戦を繰り広げた街路で、巨人達の屍が暗い炎に包まれて燃えだし、周りを燃やすことなくあっという間に消えていく。
灰すら残さないその燃える光景は、城壁外の戦場においても同様であった。ゴードによって切断され松明と化した屍はまだ燃え続けていたが、それ以外の屍は市内の状況と同様に暗い炎に急に包まれ、急激に跡形もなく消えていくのだ。戦場の兵士達はその光景を、何か良くないことの前触れのように感じて見つめていた。
地上2マトル程の空中を飛び進むサーシャ。
先程まで、頭に血が上っていたのだと今のサーシャは冷静に考えることが出来た。それは、ピアシーレとコームのおかげだ。
兵士達に纏わり付く虫とその後の光景を城壁上で見ていたサーシャは、すぐにそれがレギオンカースによるものだと理解した。ジーナロッテもそれは同様でサーシャと視線を交わす。サーシャは頷き、右手を宙に真っ直ぐと伸ばし、ディスペアラ化していると思われる虫達に集中した。
精神構造の違う虫達の記憶を大雑把に遡るとやがて答えにたどり着く。オレアナと悪魔の姿が見えたのだ。
「オレアナがまだ生きてるっ!悪魔と一緒になって、この戦場で何かしているっ!」
憤怒の形相となったサーシャは、虫達を操作しようと意識を集中し始めた。
オレアナの暗黒魔法と死君主の支配力、両者が拮抗するが、やがてその支配権にサーシャは打ち勝ち、虫の群れを操作してそのまま巨人の松明に突っ込ませる。ディスペアラと化した虫達はそのままでは死なないのだが、サーシャはレギオンカースを吸収してディスペアラ化を解除し、そのまま虫達を焼き尽くした。
次いで、戦場の兵士達からもレギオンカースの吸収を始める。経験や能力を失わせるのは申し訳ないが、サーシャは全てのレギオンカースを吸収すると、城壁を蹴って飛び上がる。
「サーシャ!?」
「決着をつけてくるっ!」
「まって!サーシャっ!」
サーシャはジーナロッテの制止も聞かず、オレアナが居ると思われる敵本陣目掛けて空を飛んだのであった。
ピアシーレとそれを送り出してくれたコームのおかげで、サーシャは平常心を取り戻し空を駆ける。この魔槍は何故、自分を助けてくれるのかが判らないが、これがあればオレアナとの戦いに不安を感じることはない。
敵本陣はジャイアント・ヒルズの麓であるため、背後にはなだらかな丘陵が続く。山陰はまだ闇が濃いが、丘陵の上に広がる空は深い藍色から次第に青味を増してきている。そろそろ夜が明け始める頃合いであった。
サーシャの視界に入ってきたのは、地面に巨大に描かれた魔方陣。赤く発光する魔方陣の向こうに、虫達の記憶を通して知った悪魔の姿が見える。そして、もう一人、よく知った姿がそこに、確かに居た。
ローブを着ているが丈がぼろぼろなのか手脚が妙に目立つ。しかし、それ以上に目立つのは背中に見えるコウモリのような皮膜の大きな翼。周囲には雷光の玉を4つ浮かべ、それがぐるぐるとオレアナの周りを周回している。
サーシャに気付いたオレアナは、翼を広げて空中に飛び出してきた。
「御機嫌よう、サーシャ。残念ながら私は生きているわよ」
「悪魔に助けられたのね?」
「お陰で今は魔人になっちゃったわ。死君主よりは格が落ちるけど、でもまぁ、生きていればいずれ研究再開は出来るでしょう」
「魔人で生きているですって!?前から腐った性根だったけど、遂に身も心も人外外道になってお似合いだわ!」
「死君主に言われたくはないわよ!貴方だって人外でしょうが!」
「私は心まで人外になったつもりはない!」
サーシャがピアシーレをオレアナに突き入れる。しかし、それはオレアナを守っている雷光玉が槍先に回り込んで受け止め、代わりにサーシャ目掛けて放電が発生した。死君主なればこそダメージは大きくないが、感電による麻痺でサーシャの動きが止まる。サーシャは念動力でオレアナに斬りつけたが、それはオレアナの体表ぎりぎりで弾かれたようであった。
「魔人も死君主程ではないが念動力が使えるのよ。おかげで貴方のその攻撃は防げるわ!」
サーシャは、麻痺が解けると同時にピアシーレを投擲するが、それは雷光玉によって再び阻まれる。その隙に他の雷光玉が接近してサーシャに放電を再び浴びせ始めた。先程までの防御反撃の放電とは比べものにならない痛みと麻痺に、サーシャは体を動かせず墜落する。
地面に叩きつけられる予想をして覚悟していたサーシャは、しかし、誰かによって腕の中に抱き止められていた。
「なかなかの難敵のようだな。ジーナロッテ達から話は聞いた。ここからは私にも手伝わせて貰えるだろうか?」
サーシャを抱き止めていたのは“巨人殺し”コーム・ノフィアスであった。
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全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてあります。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




