055 人外の存在
魂の宝石には、騎士魔法を使えた者の魂が閉じ込められていると言う。それを飲み込むと一体自分はどうなるのだろうか?
サーシャがそんな不安に駆られながらも魂の宝石を飲み込むと、女性の戦士のイメージが心に浮かんでくる。名前は分からない。しかし、彼女が生前、槍を得意としており、騎士魔法の腕前もかなりのものであったと言う事が自然とサーシャの心に染み込んできた。
一体、どんな経緯でこの人物はその魂を宝石に閉じ込められたのか。
知る術はないが、せめてその力を無駄にしないようにと、サーシャは彼女の経験をなぞりその技法を使用してみる。
戦士達が使う超常の技法。心を一点に集中し想いを強くし、それを今度は遠くを見るかのように広く身体全体に行き渡らせるイメージ。そのまま身体に気持ちが染み込むようなイメージを作ると、肉体に宿る生命魔力と魂に宿る精神魔力が融合を始め、想いを力に変える騎士魔力となる。
細胞の隅々まで騎士魔力が満たされると、細胞の一つ一つを苦悶の表情に見せるレギオンカースの幻が、全ての細胞を黒水晶に変質させる幻に変わった。
全身が熱く感じるし寒く感じる。相反する不思議な感覚の果てに、サーシャは自分の身体が黒い燐光を発している事と、体表が元よりも更に白い人肌に変化していることに気がついた。
「これはっ!?」
「鏡を見てみなさいっ」
オレアナに促され部屋の鏡を見るサーシャ。そこに映っていたのは、白髪に真っ白な肌、唇やその他色素の濃い部分は薄い藤色で瞳が深紅に変わった姿である。
「その姿こそが死君主の証!ディスペアラはもちろんのこと、ゾンビやスペクター、ヴァンパイアまで、全ての生ける死者の頂点に立つ不死の王者!」
研究の成果が現れたのがよほど嬉しいのだろう、オレアナは異常なまでに興奮して仰々しくサーシャを称えるが、サーシャに取っては不快なだけである。
サーシャは、ベッドの上に伏せるナクトに右手をかざし、その身体に巣喰うレギオンカースを全て吸収しようと念じた。その力の発動寸前に、死君主の業を知ってしまうサーシャ。
死君主はレギオンカースの力を自在に操り、他人に感染させることも、その感染具合を操作する事も、そして取り除いて回収する事も出来る。しかし、回収する際にレギオンカースと共に、相手がそれまで培ってきた経験や力の一部を一緒に奪ってしまうのだ。
呪魂吸収と言うその技によって、黒い粒子に変えたレギオンカースと一緒にサーシャに吸収されたものは、ナクトが今日一日で歩き疲れて少しばかり成長した脚力であった。
吸収してしまったナクトの経験がまた改めて成長出来る程度で済み、レギオンカースから解放されてその表情も険が取れて眠っていることから、一安心するサーシャ。
「さあ、これでナクトは大丈夫でしょう。次は、街にばらまいたレギオンカースを回収するのよ。騎士百人にばらまけば、騎士魔法の力も回収出来るはずだわ」
オレアナの指図は受けたくないが、いずれにしてもレギオンカースは全て回収するつもりで、サーシャは天井を見上げた。念導の力を発現させて天井に穴を開け、身体を宙に浮かせて飛び出す。死君主の能力は、触れずに物を動かし、空を自在に飛び、レギオンカースの操作や影を利用した転移が出来る。これで不老不死の身体だというのだから、どれだけ常軌を逸した存在なのだろうか。
ハギスフォートの夜空に飛んだサーシャは、両手を広げて身体を回転させながら、街に散らばったレギオンカースを自分の元に呼び集め始めた。
街中や城壁など、あちこちの騎士達からレギオンカースが黒い粒子となって集まり始める。その身に生じた異変に恐れおののいた騎士達の絶望は如何ほどのものであったのであろうか。それを知る術はないが、せめてレギオンカースを回収する事によって二度とこんなものが出回らないよう、サーシャはその身に全て吸収する。
同時に、様々な騎士達の経験が流れ込んでくる。それは剣術や槍術、弓術や魔法、そして騎士魔法の力や様々な冒険と言った戦うための力であったり、地域の歴史の知識や商売や薬の調合などの一般的な知識であった。巨人との防衛戦の最中に戦闘技術を失い、支障が出ているだろう事が申し訳ない。
やがて、レギオンカースを吸収しつくしたサーシャは、ホスラー邸の屋根の穴からオレアナの待つ寝室に再び降り立った。オレアナが期待に満ちた顔で命令をする。
「さあ、私のレギオンカースを最大限にして、騎士魔法の能力を頂戴!それで私の計画は完成するわ!」
オレアナの勝手な言い分に腹が立つが、契約書によって制約を受けている以上刃向かうことは出来ない。抵抗すれば激しい頭痛と神経に障るような全身の激痛が生じるのだ。再びあの痛みを受ける事は・・・・・・しかし、サーシャはふと思いついた。今の自分の能力なら出し抜くことが出来るのかも知れない。オレアナの計画を頓挫させ、これまでの恨みを晴らす事が。
「オレアナ、契約書を確認してみた方が良いんじゃなくて?もうその制約は効いていないみたいよ」
せせら笑うようにオレアナに言うと、オレアナはハッとして懐から契約書を取り出す。サーシャがすかさず念導の力でそれを取り上げ、契約書を自分の手元に奪い取るとオレアナが悔しがる。
「騙したわねっ!」
「もしかしたらと思ったけど、意外と簡単に出来たわね」
サーシャは両手で契約書を破り捨てた。これで、自分を縛るものはないはずだが・・・・・・しかし、オレアナが大声で笑い始める。その哄笑に、やはり一筋縄ではいかないと気を引き締めるサーシャ。
「騙されたのは貴方よっ!その契約書を強引に破けば、悪魔が来て貴方の身体の自由を奪うっ!より確実に、私の計画が実行されるだけだわっ!」
サーシャの後ろに膨大な魔力が膨れあがり、驚いて振り向くサーシャ。
現れたのは悪魔だ。羊の頭に赤い男性の裸体と言った羊頭人身、下半身は深い毛に被われ、膝から下は獣の足に蹄。
「契約を破棄した者には裁きをっ!我は魔界の悪魔ペリアル。契約を破られる者の願いを聞き、破る者から魂の代価をもらい受ける者なり」
重々しいおぞましい声で喋るそれは、その意思の見通せない羊の目で、サーシャを見下ろしてくる。
「さあ!悪魔ペリアル!サーシャを操作して私のレギオンカースを最大にっ!そして騎士魔法の技能をサーシャから私に移すのよっ!」
ハギスフォート攻略を担う、悪魔フォーリナム。
シュナイエン帝国魔導将軍ロウゼルによって呼び出された悪魔は、森巨人達の部族長ヘカリッサの肩の上で、城壁に挑む巨人達を眺めていた。
城壁を攻めるには3倍の戦力差が要ると言う。また、その倍率を変動させる要素として、攻城兵器である投石機や装甲櫓、飛行の出来る存在や様々な魔法等が影響してくるのであるが。
フォーリナムは、巨人達にとある戦術を教えていた。巨人の身長が2マトル。城壁の高さは4マトル。巨人ならではのその戦術は、三人一組で突進し、前二人の背中を階段状に踏みつけて最後の一人が城壁に飛びつくというものだ。
これを使えばハギスフォートの城壁を超える事など造作も無いとフォーリナムは考えており、また、いざとなれば、戦闘の犠牲者が増えればそれを贄に、大地の魔獣神ドスレトから力を引き出して地盤そのものを引き上げるなり、さらには他の召喚魔法も使えると計画しているのである。
とりあえず現在は普通に攻めさせているが、ハギスフォート側で使用している薬品が厄介であった。火球爆発を生じさせる薬品、爆薬とでも呼ぶのであろうそれは、巨人側が密集すればするほど被害が大きくなる。できれば、あの薬品を使い切らせてから新戦術を実行に移したいとフォーリナムは考えていた。
そんな折、ハギスフォートの内側から、身に馴染んだ闇の波動を感じるフォーリナム。
何者かが、魔界の眷属を呼び出したとしか思えないその状況に興味を覚え、フォーリナムは偵察すべく隠蔽の魔法に身をくるんで夜の高空へ飛び立った。
ホスラー邸の2階寝室で、悪魔ペリアルと対峙していたサーシャ。
後ろにはオレアナと、寝ているナクト。二重三重のオレアナの狡猾な罠に、これまでであれば万事急須かと絶望に陥るところであるが、もうサーシャは絶望に打ちひしがれるつもりはなく、それどころか紅い瞳に闘志を燃やす。他者から奪い取った力とはいえ、レギオンカースと共に吸収した知識はサーシャに戦う意思という希望を与えていたのだ。
超常の力でサーシャの動きを封じたペリアルは、オレアナのレギオンカースを最大限に増幅しその全身を一気に黒く変化させる。
「そうよ、これだわ!やっと私も完全なディスペアラに!さあ、次を頂戴!」
狂喜するオレアナ。しかし、悪魔ペリアルが次に発した言葉は、オレアナには予想外であった。
「契約書が破られた場合の願いを叶えるのは一つだけだ。そして、それにふさわしい代価をサーシャの魂から頂こう」
ペリアルがそう言うと、自分の魂から何かが抜き取られた、とサーシャは感じたが、それはレギオンカースによって吸収していた弓術の技能であった。今のサーシャに取って、レギオンカースの増大付与は大した労力ではない。その為、代価として奪われるものも程度が低いもので済んだ事は、賭けでもあり予想通りでもあった。
吸収した知識の中には、商人の知識や魔法使いの知識もあり、“悪魔の契約書”についての知識もあったのだ。運が良いことにそこには、契約書を強引に破って悪魔が召喚された場合の知識もあったのである。
契約書を破ることによる悪魔の“魂からの搾取”は、ただ一度だけ。
消えてゆく悪魔ペリアルには最早構わずに、サーシャが念導の力を使用したのと、ジーナロッテ達が部屋に駆けつけてきたのは同時であった。
轟音と共に、床下が破られて二本の長剣が飛来する。飛びかかる剣をオレアナはディスペアラ化した身体能力で躱したが、次の瞬間に身体の自由が効かなくなった。
完全にディスペアラ化したオレアナは思い出す。
“死君主は全てのディスペアラを支配する”と言うことを。
二本の長剣がオレアナの背後から腹部を交錯するように突き刺さる。
階下の客間に飾ってあったものである事をオレアナは理解するが、続けて長柄斧が飛来し右肩に深々と斬り刺さった。
ディスペアラである以上、強力な聖属性の武器によらない限り物理攻撃はオレアナに効かないし、痛みも鈍く少ししか感じない。
しかし・・・・・・次第に、耐えがたい激痛が生まれ、オレアナは痛みに床を転げ回り始めた。
「痛いっ、痛い痛いイタイイタイイタイタイタィィィ、ァァアアギャァアアアアアア!!!!」
サーシャがレギオンカースを吸収してディスペアラ化の解除をゆっくりと進めたのだ。
「これで貴方の計略は全て無駄になったわ。貴方からもレギオンカースは取り除いたし、私を縛る契約も無効となった。貴方はもう、死君主には決して成れない!」
「お、おのれぇえサーシャァアアアッ!!!」
血反吐を吐き断末魔の叫びを上げるオレアナ。
紅い瞳で冷ややかにそれを見下すサーシャ。
「私は、私とナクトをこんな目に遭わせた貴方を絶対に許さない!あの世で、死君主に成れなかった事を悔しがるが良いわ」
憎しみをぶつけ、恨みを果たしてようやくサーシャの気持ちが晴れる。
望まぬ形で死君主になってしまったが、オレアナへの復讐とナクトの救出がようやく終わったのだ。
張り詰めていた気が途切れたのであろう、サーシャは意識を失って崩れ落ちる。
薄れゆく意識の中で、サーシャは漠然とこれからの事を考えていた。
ナクトの無事さえ確保出来れば、自分は流浪の旅をするなり、冒険者をするなりしながら、人に戻る術を探し歩くしかないのかなぁと・・・・・・しかしその意識は安息の眠りに包まれていくのであった。
ジーナロッテ達はサーシャとナクトを冒険者ギルドに宿を借りて寝かせることにして、ホスラー邸を出ることにした。巨人の襲撃もあり、戦闘に参加出来る身としてはそちらにも対応せねばならない。ジーナロッテを留守番と看護役にし、オルフェル、シフォン、ミーナは前線である城壁へ向かうことにして、ホスラー邸を後にした。
ジーナロッテ達が立ち去る頃。
サーシャの言い放った言葉に、遠のく意識で呪詛を吐きながらオレアナは辛うじてまだ命があった。そのオレアナの意識に、ささやきかける声が聞こえる。
「面白い事してるな、お前ら。人間のくせになかなか良い憎しみを持ってるじゃないか。ペリアルが来てるようだったので見に来たんだが、これは来て正解だったぜ」
何者かのささやく声を、もうどうでも良いと無視していたオレアナであったが、次の言葉に意識が覚醒する。
「ふむ、俺の召喚主ロウゼル様の関係者ね。俺と契約するなら助けてやるぜ?」
『する!なんだってするわ!』
「良かろう、ならば俺の問いに答えろ。お前は誰の命令でここに来ていた?お前の仕えていた者の名は何という?」
『ロウゼル様、我が師ロウゼル様よ』
オレアナがその名を明確にした瞬間、心臓が止まり絶命する。ヴァインの話していた“死の制約”が発動したのだ。
オレアナの死体のそばに姿を現した悪魔フォーリナムは、自身が付与した契約に基づき、オレアナの魂をわしづかんだ。これで死の制約がオレアナの身体に及ぼす効果は切れた。魂の所有権はオレアナを殺した制約に関する悪魔も主張するだろうが、魔界で来るか来ないか判らない魂を気長に待っている悪魔と、物質界にいる自分である。制約を掛けたのも自分を召喚したのも同じロウゼルであること、最後には魔界にオレアナを送り込めば済むともフォーリナムは考え、まずは剥き出しの魂に自分の魔力を注いで変質させる。
続いて、オレアナの遺体に魔力を注ぐと、その身体は青い炎に包まれて損傷の無い、綺麗な身体となった。ただし、右肩の切り裂かれた傷跡の代わりに、黒い入れ墨のような紋様が刻まれている。フォーリナムが作り替えたオレアナの身体に魂を戻すと、オレアナの身体がむくりと起き上がる。
「どうだい?身体の調子は?」
「悪くないわね。天は私を見放して居なかった!私にはまだチャンスがある!」
オレアナのぎらつく瞳は、悪魔のフォーリナムに取って好ましいものではあったが、オレアナの台詞には面白くないものがあった。
「違うぞ。見放さなかったのは天では無くて悪魔の俺だ。俺の名はフォーリナム。お前は俺と契約して魔人へと生まれ変わった」
「魔人?死君主よりは格が落ちるけど、まぁ仕方が無いわね。それでも助かったわ、フォーリナム様。長い命があれば研究も進むでしょうけど、まずはフォーリナム様に仕えさせて頂きます」
忠誠を誓うよう跪くオレアナ。微妙に精神も改質されていることをオレアナ自身は知らず、自然と出た動作である。
「ハギスフォート攻略を手伝って貰うぞ。背中の翼を出せ。これから巨人達に合流する」
オレアナは背中から黒い皮膜の翼を出現させるが現在は裸である。少し迷ったあと、タンスから衣類を取り出し、それを抱えたままフォーリナムの飛翔に続いて飛び上がった。屋根に開いた穴から夜空に飛び立った二匹は、そのまま高度を上げて巨人族の本営に向かうのであった。
人外と化したサーシャとオレアナ。二人の因縁はまだ終わらない。
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今回のパートは物凄い疲れました・・・・・・
サーシャはともかく、オレアナまでも言うことを聞いてくれない。
制約や条件をテーマに造る話はそれなりの準備が必要だと思い知らされました。
ところで、作中では「リッチ」を使いたかったのですが、色々権利関係が怪しいので、造語として死君主を設定しました。結果、リッチのような遺体っぽい不死者ではなくなりましたが。
全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてありますが、特に今回の話とは関連が深い内容となっています。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




