06 転移者
2015/12/27
修正加筆を行っています。
玄関前での魔法戦闘はスフィの目論見どおり、その実力を学生や職員達に充分知らしめることができたようだ。
生徒達からはスフィに対して尊敬の視線が集められ(一部男子から違う視線もあったようだ)、そのスフィを馬鹿扱いするイアンには好奇な視線が集められた。
場を修めたレドも生徒や若手職員達からは尊敬されていたが、年配の導師からは、これくらいやってもらわないと困る、さっさと連れて行け、という態度がありありだった。
特にロキスンなどは「道具に頼らずに実力を磨くべきだ」と言い残して去っていったほど。
「なんじゃ、あの失礼な薄らハゲは。喰い殺してやろうか」
ロキスンの悪意は日頃からでレドもかなり気分を害しているのだが、スフィが物騒なことを言い出したおかげでレドは自分の気が大分楽になったことを感じた。
「お腹壊しますから放っておきましょう」
レドは笑いながら二人を学院長室に連れて行くのだった。
ラナエスト魔法学院長、ウォルス・クレイドは学院長室で疲れを感じていた。
考える事が多すぎるのだ。学院の運営はいつもの事として、武具品評会の新規定問題、テオストラ露天鉱床の幽霊騒ぎ、ウォーヒルズやジャイアントヒルズの巨人族の動きが活発化しているという情報もあるし、レドが報告したシュナイエン帝国の活動、そして三千年前の解放騎士。
それだというのに、さらに目の前に問題を起こした者が居る。
「数十年ぶりに来ていきなり学院に喧嘩売るとは何考えておるんじゃ!」
「そんなに怒るな、ウォルス坊や。ぬるま湯に浸かってる魔法使い共にウルスラントの自然の厳しさを教えてやらんとなぁ。あんなことでは氷帝竜が来た時に対処できんぞ?」
「その呼び方はやめるんじゃ!・・・確かに昔に比べると強者は減ったわ。しかし、だからといって強い技術をただ教えれば道を危ぶむ者が必ず出てくる」
「では、今強い者が居ないのは、教えてもろくに大成しない危なっかしい連中が多いのか」
ウォルスは悔しそうに唸ったが、それはスフィの指摘があながち外れていないことを示している。
「当たらずも遠からずじゃが、若い芽も沢山芽吹いておる。まだまだ捨てたものじゃないわい」
「このレディアネスのようにか。中々いい腕だったぞ」
スフィは妖艶にレドに微笑みかけたが、レドは知ってか知らずか、意に介さずスフィの色気を受け流し・・・
「学長、そろそろ正式に紹介してくれませんか?」
レドへの悪戯が不発で残念そうなスフィと、脇でニヤリとしているイアン。
「おお、そうじゃった。こやつはスフィ・ウルスラン。学院にはLv12魔道士として登録されておるが、“開かずの間”の主じゃよ。そしてその正体は、氷帝竜スフィルそのものじゃ」
“開かずの間”とは、魔法学院にある、ずっと誰も入れないで居る部屋の事だ。生徒達の間では学園の七不思議の一つとされ、その秘密を知っている者は職員や導師でも極一部に限られていた。
「人化して魔法使いの修行もしてたと?」
「驚かんのじゃな」
スフィがレドの様子に感心する。
「名前とか態・・・存在感とかから、薄々と。それに、使っていた魔法がどう見ても普通ではありませんでした。通常の魔法のセオリーを全部無視していた、あれは精霊魔法や神魔法に近いと思いましたよ」
「竜魔法は自らの・・・人で言うところの精神魔力、生命魔力、それが質が違っているだけだからのう。精霊も神も皆、その辺の基本は同一じゃ」
「まるで神様と会ったことあるような言いぶりだな」
イアンが横やりを入れると、スフィはそっぽを向いた。
「で、イアン、君は?」
「俺はイアン・ミナガワ。ウルスラント山脈で遭難しているところをスフィに拾われたんだが、それ以降、厄介になっている。助けてくれたスフィには感謝しているが人間離れした思考にはツッコミっぱなしだ」
「フン、妾の事は置いておけ・・・それよりも、イアンはな、この世界の魔法を受け付けない体質なのじゃ。イアンは・・・」
「どうやら、ワールド・ウォーカーらしい」
スフィは厳かに告げた。
スフィの言葉にレドとウォルスは驚愕する。ワールド・ウォーカー・・・つまり、“転移者”。
文献にたまに出てくる、“転移者”。なんらかの理由により異世界から来た彼らは、様々な文明の限界突破をもたらしたと言われている。中には、自由に世界間を渡り歩いた者も居たらしく、魔法使い達にも、究極の目標として異世界を渡り歩く“転移者”を目指すものは多いのだ。
スフィが続けた説明によると、原因不明の転移によりイアンは別世界からウルスラント山脈に飛ばされてきたらしい。偶然、スフィが発見し、隠遁している山小屋で介抱して、その後一緒に暮らしていたのだそうだ。
転移者であるイアンにはこの世界の魔法は効かず、そのため回復魔法も使えなくて発見当時は助けられるか微妙なところだったらしい。なぜ魔法が効かないのか、その原因を突き止めていく中で、イアン自身は魔法の才能があることが判明。呪文詠唱とは違う形式で魔法を行使することが可能となり、わずか3ヶ月でLv3相当の魔法を修めてしまったそうだ。
「呪文詠唱とは違う形、というのは?」
レドの質問に、イアンは左腰のポシェットからカードを取り出した。
「これだ。触媒の魔力までは俺にも使う事が出来る。そのため、触媒を魔力インクに溶いて、カードに魔印誓言を使った、起動ルーンから始まる呪文を書いたのさ。通常は触媒に直接魔印誓言で書くんだって?」
レドは旧鉱山で出会ったシュナイエン帝国の魔術師、ザカエラの使っていた魔法罠を思い出した。
「ああ。通常はそうだ。わざわざ触媒を溶いてその呪文効果の専用インクを造るのは手間だからな」
「俺の場合は、そうしないと魔法効果が発現しないから仕方がないな。でも、これなら嵩張らずに持ち歩いて、戦闘中でも使う事が出来るんだ」
「確かに。準備の手間に比べれば利便性は格段に上かもな・・・」
「それに、これの開発のおかげで、俺に魔法が効かない理由はなんとなく検討が付いたんだ」
ウォルスが続きを促し、イアンが答えた内容は。
「騎士魔法の練習もしてみたし、精神魔力を触媒にする魔法も使える。つまり、俺には生命魔力も精神魔力もあるんだ。ただし、この世界のモノとは性質が違うんだろう。俺の体内に月のゲートを開くことが出来ないのが理由だと思う。だから、直接体内にゲートを開かない、魔印誓言の外部仕掛けは起動するんだ」
「なるほど。その可能性は高いな・・・そうすると、玄関で俺の斥力壁を破ったのは・・・」
「直接的な魔法と魔法で生み出されたモノは効かないんだ。大波は魔法で作り出したのではなくて、あれはどこかから呼び出してるんだな。だから効果があったし、穴掘りの穴も、魔法による仮初めの穴なら効かないはずだ。でも永続効果というか、“穴を掘る”効果だから穴には落ちる」
イアンの明瞭かつ簡潔な分析と説明は、ウォルスとレドを唸らせた。間違いなく非凡な証拠だからだ。
レドはイアンなら自分の行き詰まった開発に良い刺激がもらえるかもしれないと思えてきた。年が近い魔法に才能ある知り合いはこれまで居なかったのだ。
「そんな訳でイアンには竜のブレスも効かないのじゃ。おかげで助けて貰った」
唐突なスフィの言い方はまだまだ説明を要する話し方だ。ウォルスが先を促す。
「どういうことじゃ?」
「それをお主に聞かせることが今回来た目的の一つ。後はしばらくここに世話になりたいのと、イアンに魔法の勉強をさせたい、というのが理由じゃ」
元々スフィの部屋はあるし、イアンのような優秀な魔法使いの卵に教えるのは大歓迎だというウォルス。レドが後でイアンに部屋を見せる約束をさせられたところで、スフィは語りだした。
「雪解けの頃に、秘密の洞窟に休眠させている本体の様子を見に行ったのじゃ。久々に陽の光を竜体で浴びて、ついでにイアンを乗せてやろうと思ってのう。あまり動かないでいて、鱗にキノコでも生えていたら情けないからな。そしたらどうじゃ。洞窟の中で妾の身体が動いておったのじゃ。何故妾の居らぬ身体が動いて居るのか、妾にもさっぱり判らなかった」
「あれが邪竜の魂なのか悪魔なのか、何者かは判らぬ。しかし、身体を乗っ取られた妾は、自分の身体に殺され掛けてのう。イアンの協力の下、なんとか封印することには成功したものの、身体を取り返してはおらぬのじゃ」
「このままでは封印が解けた場合、賢者の塔と氷帝竜の喧嘩がまた始まるかも知れぬのよ。それを回避するためにも、身体を取り返すためにも、解決策を探したいのじゃ」
「ふうむ・・・そんな事が起こっておったとはな・・・まず判った。ワシも協力させてもらおう。それから、このことは国王陛下にも伝えるが良いか?」
「イアンの事は上手く伏せてくれ。ワールド・ウォーカーの噂が広まったら、世界中の国々や魔法関係者が手を出してきそうじゃ。それと、国王に伝えるなら、もう一つ案件がある」
「なんじゃ?」
「山がざわついておる。動物達にも落ち着きがない。地中で何か動いているような・・・天変地異の前触れで無ければいいがのう」
どうしてこう、厄介毎ばかり起こるのか。
とりあえずテオストラ露天鉱床の件は孫に任せることが出来そうなので、その分荷が下りるのだが。
ウォルスは深くため息を吐くのであった。
感想や評価、ブクマ等頂けると嬉しいです。
また、質問当もあれば受け付けます。
よろしくお願いします。