052 薬師
毎週土曜日更新を目指していますが、リアル仕事の関係とプロット吟味のため、春までの間、更新頻度が減る、もしくは不定期になるかも知れません。
オラに元気を分けてくれ!
ラナート平原東部の城塞都市ハギスフォート。
時刻は夕暮れ。ナギス村では丁度アルリーノが村の住民に巨人族襲撃を知らせている頃である。
ハギスフォート市内では大多数の住民が避難したことと戦時であることの影響からか、武装した兵士達の姿が随所で見掛けられる。そんな中、小さな男の子を連れた少女が街路を歩いていた。
藍色の半袖膝上丈のワンピースドレスに白襟白エプロンの格好はどこかの小間使いであろうか。しかし、その足下の靴下も含め、白エプロンも薄汚れており顔には疲労の色が濃い。
「お姉ちゃん、お腹すいたよ・・・・・・」
「ナクト、ゆっくりしてる時間がないの。今はこれで我慢してね」
少女がポケットからキャンディーを取り出しナクトと呼んだ男の子に与えると、ナクトは疲れた表情ながらもニコリと微笑む。少女は思わずナクトを抱きしめ弟成分を補給すると再び歩き始めた。
メイド少女の名はサーシャ。巨人族襲来の報により、サーシャが勤めていた大商人ロッパは、家財道具と財産を集めて王都へ早々に避難してしまった。その際、ありったけの財産を荷馬車に積み込み、サーシャ達使用人は徒歩でついてくるよう言われたのだ。4歳の弟ナクトと二人暮らしのサーシャは、家で待っている弟も一緒に連れて行って貰えるよう頼んだが、非常にもロッパの返答は、歩いてついて来られるのなら良いと言う冷たい言葉であった。
弟を馬車に乗せて貰いたかったサーシャだがにべもなく断られ、結局、その場で解雇されてしまったのである。
その後、家に戻ったサーシャは荷物をまとめ、避難する馬車に弟を乗せて貰えないかと、市街を探して回ったが、その頃には馬車は殆ど見つからず、見つかっても法外な料金を請求されるという有様で、結局諦めて徒歩による避難を覚悟し始めていたのである。
サーシャは道すがら、午前中まで働いていたロッパの邸宅のそばまで来たのだが、主が居ないはずの屋敷に、人が出入りしているのを見て驚いた。ロッパもある程度の家財は放置していったはずで、屋敷の中はもぬけの殻という訳でもないのだが作業員風の男達がこの時勢に運び出すならまだしも、家財を運び込んでいる。
護衛もしくは荷物搬入の監視役なのだろうか。入り口付近にいる軽装の冒険者風の男にサーシャは思わず近寄り、話しかけた。
「あのう、ここは商人ロッパさんの御屋敷のはずですが皆さんは一体?」
話しかけた男は長剣を腰に吊るし左手に小さな円形盾をつけた皮鎧の風体で、少し気の抜けた表情をしている。顔つきは彫りの深くない、むしろさわやかな美男子の部類かも知れないが、ぞんざいに束ねたぼさぼさの長髪と、気の抜けた垂れ下がった目尻、やる気のなさそうな表情が全てを台無しにしている、そんな青年であった。
「ここは俺の雇い主が買い取ったんだよ。ホスラー様って商人だ。前からハギスフォートに店を構えたかったらしくてね、避難するロッパさんから買い取ったらしい。それで早速、荷物を運び込んでいるってとこさ。お嬢さんは何か用?」
「あ、いえ、私、午前中までロッパさんに雇われててここで小間使いやってたものですから。まさか、今ここに人が居るなんて思わなくて、それで」
青年はほう、と発するとサーシャを上から下まで視線を流した。
「次の職を探してたのかい?」
「いえ、避難するのに馬車を探していたのですがもう見つからなくて。私はともかく小さな弟が居るものですから」
青年はなるほどと言った風に頷くと、二人に少しここで待つように言い、屋敷の中に入っていった。しばらくして戻ってくると、サーシャが思いがけない事を話し出した。
「もし良かったら、住み込みで働かないかい?前に勤めていたのであれば屋敷にも詳しいだろうしこちらも助かる。何、戦争のことなら心配いらんよ。この国の騎士がそう簡単に負けるわけはないし、万が一市内に進入されても、そのために護衛として俺達が雇われている。一緒に屋敷にいれば安全は間違いないよ。ホスラー様にも許可は貰ってきたけどどうする?」
避難生活もせずに済むし弟の安全も確保出来、仕事も新たに見つかったのであれば言うことなしだ。ロッパは性格が悪かったが、きっとホスラー様と言うのはロッパとは比べものにならない良い人なのだろう。
願ってもない誘いに、サーシャはお願いしますと頭を下げた。
「俺はヴァインだ。よろしくな」
ヴァインの笑顔に、最初の印象を少し修正したサーシャは、ナクトと共に屋敷へ入っていった。
これが彼女の人生の分岐点である事に気づくのはずっと後の事である。
ハギスフォート太守府。
その部屋の中には大量のガラスの小瓶や、口広のグラスが所狭しと並べられていた。
部屋の一角では黙々と作業する1人の女性がいる。アンダータイツの上下に、深緑色の膝上カーゴパンツ、ソフトレザーの胸当てと袖無しベストを着込んだ、全体的に暗緑系統の服装だ。髪の毛はそこに閉じ込めているのだろうか、深緑のターバンを頭に巻いている。その女性の作業内容はと言うと。
揮発油を使った携帯コンロで鍋に湯を沸かし、沸騰したら火を消してミントを入れ、蓋をして蒸し、冷めるのを待つ。その間に火蜥蜴の皮を刻み、天秤を用いて決められた重さ毎に小分けする。温くなったミント湯の上澄みを計量カップで計りつつグラスに注いでゆき、ミント湯がなくなると今度は一つのグラスに、刻んだ火蜥蜴の皮を少しずつ入れる。
薄緑のミント湯が赤く変色し、次第にシュワシュワと炭酸のような気泡が発生し始めた。この泡の発生が激しすぎると爆発する可能性がある。分銅で皮の重量を計っているが、ミントの溶け具合でも必要量が変化するため、この行程が一番注意が必要だ。
万が一爆発しそうな場合は隣に用意してあるミント湯で薄める事、これもコツであるらしい。
やがて、爆発することなく皮が溶けきったことを確認すると、ガラス小瓶に漏斗で移し替え、さらに漏斗を取り替えてからスライムオイルを少しずつ流し込む。液体に粘り気が出ればコルクの蓋をして完成。
これが、エルフ族に伝わる秘薬、火球爆発の魔法と同規模の効果のある爆薬、ダムフレスだ。
ダムフレスの調合部屋として与えられた一室で、ジーナロッテは薬品の調合をひたすらに行っていた。
ミーナ達と別れてから、ひたすらに根気よく作業を続けている。時折、兵士達が完成したダムフレスを回収しに訪れ、それらを持ち去る他、手配のついたガラス小瓶等の持ち込みや食料の差し入れに訪れていたが、材料を使い切り周辺を整理して強ばった背中や腰を伸ばす頃にはもう、とっくに日が変わっていた。
「あいたたた・・・・・・人間の身体って不便ねぇ、じっとしてる部分がこんなに強ばるなんて」
ジーナロッテがぼやいていると兵士がやってきた。
「おつかれさま。ダムフレスはこれで打ち止めよ。材料が切れちゃった・・・・・・」
言いながら兵士の方へ向いたジーナロッテが絶句する。なぜならそこに居たのは兵士ではなく、ハギスフォート太守にして上級千人隊長のクロッゼだったからだ。
「あら。クロッゼ太守、これは失礼しました」
「いや、いいんだ。驚かせて済まない。深夜過ぎまで調合をしてるって聞いたのでね、様子を見に来たんだ。軽戦士兼罠師と聞いていたが立派な薬師じゃないか」
気恥ずかしくて頭を下げるジーナロッテにクロッゼは苦笑して手を振った。
「休んだらどうかと言おうと思ったのだが、もう終わってしまったか。よく頑張ってくれた」
「いいえ、こんなことでもお役に立てるのでしたら良かったですわ」
「寝室を用意してあるから案内しよう。後は我々兵士の出番だから今夜はゆっくり休んでくれ」
「すいません、流石に限界みたいです。お言葉に甘えて休ませて貰いますわ」
ジーナロッテは自分の足下がふらついた為、素直にクロッゼの言葉に従うことにした。
「明日は自由行動にしてて良い。襲撃があっても君は自由にしてくれて構わんよ」
「そんな訳には行かないでしょう!」
「いや、いいんだ。適材適所、功労に報いると言う事もある。どうしようもない戦況になればこちらも形振り構っていられなくなるが、現状では大丈夫だからな。それでは、ゆっくり休んでくれ」
寝室まで案内したクロッゼがそう言って立ち去るので、ジーナロッテはとりあえず考える事を止め、ベッドに潜り込む。よほど疲れていたのだろう、彼女はあっという間に眠りに落ちていった。
翌朝、目を覚ましたジーナロッテは顔を洗い身支度すると、食料の配給所へ向かった。
日の昇り具合からすると、少し遅めの朝といった頃合いか。配給所の兵士から暖かいスープと堅い黒パン、干し肉を貰ったジーナロッテは、適当に花壇の縁に腰掛けて食べ始める。その間、周りから聞こえてくる情報を整理すると、夜中に巨人達の襲撃が一度あったらしい。
しかし、ハギスフォートの城壁は堅固で、また、密集した巨人達には配給された爆薬の効果が高く、防衛は楽であったとか、その爆薬がエルフの秘薬であるだとか、普段から売ってればいいのに、と言ったものである。
自分の行った行為が役に立っていた事が聞かされると嬉しいもので、ジーナロッテの顔も自然とほころんでいた。
食事も終わりかけの頃、さてこれからどうするかと思案する。
昨夜クロッゼに自由にして良いとは言われたが、このまま待機して来襲に備えるか、それとも・・・・・・何か薬品や罠でも作るか。
ダムフレス以外に元々自分が覚えている薬品も調合出来るし、城内戦用に罠を用意しておく手もある。もし火蜥蜴の皮が手に入れば、ダムフレスの追加も出来る。そう言えば、冒険者ギルドでも素材の買い取りをしているので、逆に素材を売っているかも知れない。
そう考えたジーナロッテは、冒険者ギルドへ向かう事にした。
戦時下でありながらも、冒険者ギルドには絶えず人が出入りしている。
義勇兵ならば太守府に集まるし城壁に防衛に回る者も居るのだろうが、冒険者というのはいつでも何処でも生活が変わらないのだろうか。
ジーナロッテがそう思いながらギルド内を見渡すと、依頼の張り出される掲示板に目を留める。その内容を見てジーナロッテはなるほどと納得した。
依頼内容は騎士団からの依頼が殆どで、その内容は都市内の物資輸送や道具の製作、建物の修繕など、戦う力が少ない冒険者でも出来るような仕事が結構な数で張り出されていたのである。
それらをじっくり見たい気持ちもあったが、とりあえずはギルドカウンターに行き、素材の売り出しがあるかどうかを確認する。
「今はあまり在庫がありませんが、リストで示して頂ければ在庫確認します」
ギルド職員の見せるリストを元に交渉した結果、ジーナロッテが購入したものは、火蜥蜴の皮が1枚、波泡花の花弁が6つ、その他にも鳳仙花の種、樹霜の欠片、重曹、スライムオイル、弾虫の干物などであった。
配るほどには作れないが、昨夜の作業でミント水は小瓶で何本か残っているし、自分用としてダムフレスは用意出来そうだ。その他にも、波泡花の花弁は飛び出すような罠の仕掛けに必須であるし、鳳仙花の種は噴出する炎の仕掛けに、樹霜の欠片は急激に伸びる木槍に使える。
買い物を終えて、再び依頼の張られた掲示板を見ると、殆どが戦争に関する騎士団からの依頼の中で、その他にいくつか商人からの依頼がある。主な内容は、王都に避難している間、自宅が荒らされないように守って欲しいという内容だ。
そんな中で一件だけ、館の清掃、2時間のみという依頼があった。張った場所から見るに、掲示されたのはつい先ほどのようである。報酬は7千コトス。この種の依頼にしては破格ではないだろうか。
カウンターに行きギルド職員に聞くと、依頼主は新たに商店を確保した商人で、この戦争でハギスフォートが墜ちるとは当然思っておらず開店準備を急いでいるのだが、冒険者が戦争関連の仕事に就く者が多く人手が足りないとの事。その為、報酬が高めなのだそうだ。
短時間で実入りも良いし、都市内の依頼と言うこともあって、巨人来襲時にも対応は出来そうだ。先ほど購入した材料代の補填にもなる。
ジーナロッテはその依頼を受けることにして、ギルドから紹介状をもらい、依頼主である商人、ホスラーの屋敷に向かうのであった。
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ハギスフォート編はこれまでとちょっと毛色の違う話になるかも知れません。プロットの練り直しとリアル仕事の関係で更新頻度が減るかも・・・・・・
全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてありますが、特に今回の話とは関連が深い内容となっています。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




