051 ナギス戦線終結
シナギーの決死隊の面々は、竜巻によって風が強まって来た為に大地の精霊に穴を掘ってもらい、地中に避難坑を造って待避することにした。
渦巻く強風は次第に強さを増してゆき、避難坑口から覗き見ている彼らの目の前で、無数の枝葉が風に捕らわれ吹き上げられていく。
「一体、なんだってんだ、こりゃあ?」
「なんでも、近くの田んぼに、急に竜巻が発生したんだそうだ。精霊導師達が今、それを打ち消そうと別の竜巻を作っているそうだが。放っておくと村まで被害が出るかも知れないんだとさ」
「巨人だけでも迷惑なのに、今度は竜巻か!」
そんな話をする彼らの中で、1人崖際の別のモノを見ている中年のシナギーが居た。イーズの戦いを手伝った精霊導師成り立ての男、バレイルである。
バレイルの視線が捉えているのは、強風で残り火の少なくなったたき火の上にある、丸焼き用に横掛けの木串に刺さったままの、猪の丸焼きだ。
先ほどまで精霊砲を撃っていて、終わったらやっと朝飯に猪肉を食べようと思っていたバレイルは、予期せぬ強風の発生に、肉を食べ損なっていたのである。
バレイルは脳裏で、なんとかあれを回収出来ないかと考えていた。
強風によって熱が冷めたのか、暴走していた巨人達は沼の前で立ち止まっており、後方から押し寄せる仲間達もいない。もはや生きている巨人達はまばらで、沼の前に8人しかいない。最初に崖下に埋め込んだ1人を入れて9人である。それもそのはず、シナギー達は知らなかったが、実はこの時には既に後方では竜巻の直撃により、次々と巨人達は上空へ吹き飛ばされていたのである。
巨人も少なくなり強風で戦闘も中断されたこの状況で、戦闘は既に決着がつきつつあると思っていたバレイルの意識は既に肉に移っている。
「俺はまだ何も食ってないからな、ちょっとあの猪持ってくるワイ」
バレイルの言葉に他の皆はどうやって?と聞くが、バレイルはニヤリと笑った。俺達には頼りになる友人が居るじゃないか、と。
仲間達が見守る中、バレイルは大地の精霊に頼み、バーベキューのすぐそばまでトンネルを掘り始めた。やがて、トンネルが出来上がると、猪肉のすぐ手前に階段を作るように地上に近づき、最後に出口を貫通させる。途端にトンネル内の空気が吸い出されるように動く中、バレイルは身体が飛ばされないように様子を伺いながらゆっくりと進み、猪肉の刺さった木串に遂に両手で手を掛けた。
喜び歓声を上げている仲間達を尻目に、猪肉を1人で持てるかどうか力を込めるバレイル。
元は大きな猪であったが、内臓を取って焼いてあるし既に半分ほどは仲間に食われている。1人でも運べる重さにホッとしたバレイルは、この強風の中でも判る香ばしさによだれが出るのを感じながら、そろそろとトンネルに後ずさって戻り始めた。一歩、二歩。三歩目も下がれば風の影響はかなり少なくなる。バレイルがそう思ったその時。
足下が唐突に崩れ、バレイルの身体は宙に投げ出された。
驚愕するシナギー達が見たものは、暴れるあまり遂に崖まで崩しながら身体を解放した巨人ボンザが底なし沼に落ちていく姿と、猪肉を抱えたまま巨人の後を追うかのように落ちていくバレイル、そして崖を構成していた土砂。
底なし沼の上に張られた試作型土捨て棒による投棄結界はそれらを全て呑み込み、自らを構成する4本のうちの1本までもが岩塊にぶつかって投棄結界内に姿を消すと、ようやく結界が消失するのであった。
「バレイルが死んじゃった・・・・・・」
「あれではどうしようもない。あいつも食い意地が張ってなければあんなことには」
「それよりも、竜巻がこっち来てる!戻れ、穴塞げ!」
残されたシナギー達は、一時は自分達も歓声を上げていたことを棚に上げて、取りあえずは竜巻から避難すべくトンネル奥に戻りながら、開口部を塞ぐのであった。
吹き飛ぶような、ではなく、まさに吹き飛ばす強風が渦を巻き、軽いものは次々と竜巻の渦に巻き込んでゆく。重いものも、例えば巨人族の生者も死者も竜巻が直撃すれば次々と宙へ浮かび上がり、風の壁の中を舞い上がっては何処かへ飛んでいく。
離れた所に精霊導師達が生み出した竜巻も次第に大きくなってきており、二つの竜巻間では特に風が強くなっていた。
ミーナ達はラナクル号の甲板でその様子を見ていた。
精霊により風よけの結界を周囲に張れた為、竜巻の近くでも吹き飛ばされることなく状況を観察出来ているが、ラナクル号は平原が風により波打つ為、ミーナの操船が大変な事になっている。
アイズはオルフェルの左籠手に飛び移ると、自分の右足をオルフェルに、左足をシフォンに掴むよう指示を出した。
「すまんがエルジオボウを我の翼の上に乗せてくれ。そして水の精霊の力を我に集めるのだ」
言われるままに、広げられたアイズの翼にエルジオボウの弦を潜らせて矢代わりの短筒の部分を乗せると、アイズが呼び出した短筒と合わせて4本の短筒がアイズの上に展開された。
シフォンとミーナが呼びかけ、精霊達がアイズに集まってくる。
アイズの尾羽が顔に触るため仰け反りながら、オルフェルはアイズに叫んだ。
「一体どうするんだ!?」
「これから竜巻に冷たい攻撃をするのだ!暖かい空気が上昇気流を加速させている。それを冷やせば、もう一つの竜巻と相殺されて消えるはずだ!しっかり我を押さえてるのだぞ!」
アイズに一瞬、遙か昔にクルエストと共に戦った日々が蘇る。当時の8門に比べれば今は小さくした4門だが、一撃ならば持ちこたえるだろう。
4本の短筒の先に光が灯る。その前方に3重の水色の魔方陣が空中に浮かび上がった。
後は・・・・・・亡きクルエストと同じように、未来を信じて笑うのみ。不安を吹き飛ばすのだ。ナギス村を守るために、そして運命の導きとも言えるミーナ達を助けるために。
「ハッハー!それではいくぞ!エネルギーベクトル逆転!4門収束砲発射!」
その声と同時に射出された水色の光線が、魔方陣を潜り抜けて白く変化して一条に束ねられ、巨大竜巻の上部に照射される。
1秒、2秒、3秒・・・・・・10秒経った辺りで、ビシッっと何かの亀裂音が発生し、次の瞬間には4本の短筒は粉々に砕け散った。
「ああ~~!!」
ミーナが叫び、シフォンとオルフェルは絶句している。
「良いのだ。無理はしたのでこうなるとは判っていた。それにもう、充分だ。直に下降気流が来て終わりとなる」
アイズの言葉に3人が竜巻を見ると、二本の竜巻が距離を縮め重なり合い、急速に風が弱まる。やがて、竜巻内を目に見える白い空気塊が急降下し、地上にぶつかると同時に辺りに白い靄の突風をまき散らした。
突風に晒されながらミーナ達が踏ん張っていると、やがて風も収まり、辺りには再び白い靄が漂う。しかし、最初の頃のような濃密なモノではなく、視界はある程度効いていた。
「エルジオボウはもう無いの?」
シフォンの質問にアイズは頷く。
「元々、現代技術を超えた技術だからな。失った方が良いのだ。精霊砲も村に戻ったらアルリーノに回収してもらうつもりだ」
アイズはそう言うとオルフェルの左籠手から羽ばたき、平原の索敵を行う。アイズのセンサーに、巨人はもはや決死隊の付近にいる8体しか確認出来なかった。
「巨人の残りは8体だ。決死隊の方に行こう。それでこの戦は終わりだ」
アイズの言葉にオルフェル達は喜び、ミーナはラナクル号を発進させるのであった。
ジャイアント・ヒルズの上空に滞空している魔導艇タービュランスは、竜巻の消失をようやく観測していた。周囲では時折、竜巻に巻き上げられた巨人が上空から地表へ墜ちている。
「巨人の丘に巨人が降る、か・・・・・・」
艦橋からその光景を眺めているのはロウゼルだ。従軍僧侶から回復の魔法を掛けてもらった彼は、艦橋に並んだ椅子の一つに腰を掛け、感傷的にその光景を見ていた。勿論、その原因を作り出したのはあらゆる意味で自分である事を判っている。巨人をけしかけて戦争を起こしたのも、魔導艇に魔方陣を仕込んで開発したのも、竜巻の魔法を使おうとした事も全てロウゼルが原因だ。その結果に後悔はなく、ただ一点だけ、様々な分野を極めたと思い込んでいた自分にまだ未熟な部分があったのだという感慨。魔法使用時の魔力摩擦の痛みがあれだけの実害を及ぼす事はロウゼルにして、予測不可能であった。だからこそ、人生は面白い。
「平原南方の作戦は失敗のようだな。進路をハギスフォートへ向けろ。隠蔽したまま南東方向10ケリーまで近づいて戦争の行方を見るとしよう」
ロウゼルの指示に従い、タービュランスは次の戦場へと向かうのであった。
ミーナ達はシナギーの決死隊と合流し残る巨人達を仕留めると、全員をラナクル号に乗せてナギス村へ帰還した。その頃には精霊を介した連絡によって戦闘終結の報が広められ、平原に昨夜から避難していた者達の草小舟も次々と芝生港に帰還し始めていた。
緑風亭に戦闘に参加した者達が集まり、アルリーノやイーズを交えて互いの状況報告を行う一同。結果、巨人族は全て撃退したが、シナギー族の被害は死亡がバレイル1人、その他精霊導師に軽傷3人、程度で済んでいると言う。5千人の巨人に対する被害としては奇跡的であるが、バレイルの訃報にはイーズも残念な表情を作るしかなかった。
もっとも、誰もがその表情を苦笑にすぐに変えてしまう。シナギーは元々陽気な種族で前向きな精神構造をしており、そしてバレイルの最後も語ってみればある種、滑稽であったのだ。
“過ぎたる食い意地はシナギーを滅ぼす”
シナギー族に新たな格言が生まれてしまったのであった。
ナギス村の危機は去り、ミーナ達はハギスフォートへ戻ることにした。ジーナロッテを1人残してきているし、向こうの戦争もまだ終わっていないであろう。
イーズは別途ラナエストへ向かうと言うことで、ミーナ達とはここで別れることになった。船で送ろうかというミーナの誘いに、1人が気楽だし君らはハギスフォートへ急がなきゃ、とイーズ。機会があれば又会おうと言い残し、イーズは旅立っていった。
一方、アイズはこれからオルフェル達に同行するという。アイズが居なくなることにアルリーノは最初焦ったが、今後もクルナフ神社の役割はアルリーノに渡された杖によって果たすことが出来るので問題ないし、また、アイズは旅立ちの時が来たのだとアルリーノに告げたのであった。
「むやみやたらと精霊導師生み出しちゃ駄目だよ!」
ミーナがアルリーノにラナクル号船上から念押しし、アルリーノは苦笑する。
アルリーノ、マッサウ、ジーナらが見送る中、ラナクル号は芝生港をゆっくりと離れていった。
ミーナがこれまで使っていた草小舟はジーナに返す事になり、代わりにラナクル号を今後使う事になったのだ。普段は通常の草小舟として運用し、いざというときは魔導エンジンを起動させることが出来る。アイゼンに使っていたエンジントリガーも、ミーナに渡されていた。
アルリーノはアイズに言われた事を思い出していた。
アイズから貰った杖“サーキット・リンカー”は肉体の才能ある者に対して脳の一部に手を施し、精霊を感じられなくしている部分を解除するのだそうだ。しかしそれは、生物が生まれながらに掛けている制御を解除することでもあり、その力に溺れれば人も精霊も不幸に導いてしまうのだという。
そのため、アイズがこれまでの例大祭において精霊導師を生み出す際には、対象者の思想や性格と言った内面も考慮して選択していたのだが、アイズがこの地を離れる以上、これからは“試練”と言う形式で内面の審査をしていかなければならないのだそうだ。
「まぁ、せっかくだから例大祭のイベントとして賑わうものでも考えようか」
アルリーノは楽しげに笑ったが、傍らでマッサウがジト目で見つめる。
「お前1人に任せておくと碌なモノにならん。その話、ワシも絡ませて貰うからな」
要らん世話だ、と返しながらも、アルリーノはマッサウの背中を叩きながら緑風亭に向かって歩き出した。
「さぁ、戦勝記念と慰労祭だ。今夜はお前のとこで騒ごうじゃないか!」
「金は村長のおごりということでな!」
マッサウの返しに周りのシナギー達は湧き上がり、アルリーノは慌てて打ち消そうと必死になるが・・・・・・
こうして、ナギス村に訪れた危機は終息を迎えたのである。
ラナクル号の船縁に留まったアイズは、昔を思い出していた―
三千年前地上に隕石が衝突し、クルエスト・ナフラヴァントが命をかけて守ったナギス村。
当時、手足を失った解放騎士アイゼン・エルジオレッドが転がっているところに駆けつけたのは当時のナギス村村長ブラマーダであった。
操者室で原型を留めず息絶えたクルエストにブラマーダは嘆き悲しみ、村を救ってくれた恩は忘れない、このまま奉らせて欲しいとブラマーダがアイゼンに話しかけたとき、主を失ったアイズは魔導ブレインとしての使命を終えようとしているところであった。
存在意義の消失と機密保持がその理由であったが、丁度その時、連合軍司令部より最後の通信が入る。
“隕石衝突の被害は最小限にすることが出来た。しかし、戦力消失のため連合軍の維持は不可能。最後命令である。関係者は身を隠せ。来るべき再戦に備え、今は身を隠すべし”
『来たるべき再戦・・・・・・今は身を隠す』
クルエストの言葉が思い出される。
『この堅物めっ!いいか、俺が死んだらお前は俺の感情サンプリングしろっ!そうでねぇと新しい主と付き合えねぇぞっ!』
『レティシア・・・・・・俺の分も生きろよ・・・・・・生きてりゃぁ、良いことあるさ・・・・・・』
生きていれば、来たるべき再戦に参加出来る。しかし、今は身を隠さなければならない。
クルエストは神では無く、奉られても参拝に来た者達に恩恵を与える事は出来ない。しかし、その感謝の気持ちと儀式が続くのであれば、彼の死は無駄では無かったと、ナギス村が守られたことに意味はあったと言う証明になる。
アイズはそこまで思考すると、自身の言語パターンを変更し、ブラマーダに答えた。
「ハッハー!奉ってくれるのであれば、これからはクルエスト・ナフラヴァント改め、クルナフとして奉るのだ。年に一度であれば我は目覚めることにしよう。たいしたことは出来ぬがせめて、精霊導師が生まれやすいように手伝うということでどうだ?」
突然、クルエストの口調を真似して話し出したアイゼンに驚いたブラマーダであったが、その後、ブラマーダとアイズは色々と言葉を交わし、神社としての体裁や例大祭の内容、アイズが目覚める為のエンジントリガーの譲渡など細々とした事を取り決めた。
それからしばらくは、ナギス村復興のために助言を与える等として起動し続けていたアイズであったが、半年後、ブラマーダと決めたとおり眠りについた。それから毎年、例大祭の時期にだけ目覚めることを繰り返して三千年―
アイズはオルフェルの記憶を探った事から、一行の仲間にレティシアとクアンが居る事を知っている。
『あの時、クルエストが守ったもう一つの存在が無事であった。そして今目覚めている。オルフェル達の仲間に居る。これを旅立ちの運命と言わずしてなんと言おう』
大いなるモノとして神託に示されたアイズは、こうしてオルフェル達と行動を共にする事になったのであった。
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全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてありますが、特に今回の話とは関連が深い内容となっています。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




